01 刺殺
はじめての投稿です。
感想、レビュー等お気軽にいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
腹を刺されたのは初めてだった。
いや、それだと少し語弊がある。この場合は刺された事自体、初めてだと言った方が正しいだろう。
これまでも、何度か危ない目に遭った事はある。それで怪我を負った事も、とても数えられる数じゃない。
でも今回のはどうだ?
痛みも、下腹から滴る血の量も、明らかに今までの比じゃない。
何これ滝?
刺さりっぱなしの包丁を今すぐにでも抜きたいが、抜いたら出血が酷くなるとはよく聞く話なので触らないでおく。
俺を刺した男、田渕茂男(予想)四十五歳(推定)無職ロリコン(確信)は、数メートル先に座り込み、俯いてぶつぶつと何か呟いている。
「ちがうんだ……俺は女を刺そうとしたんだ……そしたらこいつが……ちがう、こうじゃない……これじゃ俺はただの人殺しだ……!」
おい茂男、一体何がちがうって?俺を刺したのは間違いだったって?冗談じゃない!人を刺しておいて間違いでしたじゃ済まないぞ!
放心状態の茂男にだんだん怒りが込み上げてきた。なんで俺はこんなやつに刺されたんだ?
ぐらっ
世界が回った。
と思ったが、どうやら回ったのは俺の視界だけらしい。
血を出しすぎたせいか、俺はもう立っている事もできず、その場に倒れこんだ。
「お兄ちゃん!」
俺の後ろで小さくなっていた沙柚が、地面に倒れた俺の体を抱き抱える。
沙柚の制服が、俺の血で赤黒く汚れていく。
沙柚の目から零れた涙は、俺の頬を濡らして地面に落ちた。
ああ、そうだった。
自分があそこの間抜けに刺された理由を思い出した。
あまりの激痛に忘れていたが、俺はここに妹を助けに来たんだった。
ここは俺と沙柚が通う森橋高校の二階女子トイレ。
今は授業中。
どうして俺が女子トイレにいるのかというと、それは妹がピンチだったからに他ならない。
俺は昔からどういう訳か、妹の身に危険が迫っていることを感覚的に知ることができた。
妹の身が危ないとなれば、たとえ美人教師の授業中だろうと、入れば変体のレッテルを貼られる女子トイレだろうと、駆けつけるのが理想の兄というものだろう。
現場に駆けつけたとき、茂男は既に沙柚に向かって突進していた。
急いでその間に入ったところ、茂男の持つ包丁は俺の下腹を貫いた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
沙柚は大泣きしながら、抱えた俺の体を揺すった。
あんまり揺すられると痛みが……げふっ!
大丈夫だと、頭を撫ででやればこの揺れはおさまるだろうか。
――だいじょうぶだ。
あれ?声が出ない。
腕も上がらない。
これは……。
気づけば、女子トイレには何人もの教職員が集まっていた。
茂男は体育教師達に押さえられていたが、抵抗している様子はない。
俺を見た若い女教師は口元を押さえ、叫び声を上げた。
ように思ったが、仕草だけで、何も叫びはしなかった。
不思議に思っていると、沙柚の声も聞こえない事に気がつく。
沙柚は俺の体を揺すり続け、依然として泣きじゃくり、大きく口を開けているのに。
ああそうか。
もう何も、聞こえなかった。
ならば笑ってやろうかと顔を沙柚に向けたが、それすらももう叶わない。
瞼はゆっくりと下りてきた。