オレはプライバシーを暴かれた
「な、なぜだ……」
がっくりと膝を、次いで両手を突く魔王様。
それにあわせ、これまで以上の轟音と揺れがオレを包み込んだ。
まるで一軒家が崩れ落ちてくるような迫力でオレの上に覆いかぶさって来たが、今回は腹の辺りのスペースに収まったために潰されていない。
初めて生き延びた、とかどうでもいいことを思いつつも抜け出す。
「なぜなのだ!
お主の部屋には、あんなにたくさん猫グッズがあるというのに!」
「ちょ、ちょっと!
なんで人んちの様子知ってるんだよ!」
両手を地につけたため、冥府の入口の如き口が眼前で開かれている。
そこから迸るのは、オレを攻めたてる邪悪ボイス。
「カレンダー、置物、ジグソーパズル!
ペン立てに壁のステッカー、キーホルダー!」
「おいこら、やめろよ魔王!」
思わず辺りを見回すが誰もいない。
誰にも聞かれてないことには安堵するが、なんでこいつそんなこと知ってるんだよ!
「猫柄Tシャツに栞、ストラップ!
ペンに壁紙、スクリーンセーバー!」
「地球文明に詳し過ぎだろ、詳細にオレの部屋の様子知り過ぎだろ!」
「極め付けは、棚に居並ぶぬいぐるみに、ベッドで一緒に寝ているぬいぐるみ!」
「ぷ、ぷらいばしー!
オレのプライバシーの保護を要求する!」
「あ、マウスパッドはネコミミで薄着の扇情的な人間の女であるな」
「ぎゃああああぁぁぁっ……」
心が一機減りました……いっそ殺して。
「しかし、なぜなのだ?
やはり我の顔か? 顔が気に入らぬか?」
お互い、床に座って。落ち着いて話をする。
足が短いので、床に座っても魔王様の体長はほとんど変わってないんだが。気分の問題だよな。
あと、座っててくれた方が突然殺されるのが減りそうでいい。
「……そういうんじゃない、ですよ」
深くため息をつく。
顔は怖いけど、落ち着いて相対する分には大分慣れた。
多分、ちょっと寂しそうな表情をしている、それが分かるくらいには慣れた。
別に、隠すことでも恥ずかしいことでもない、と思う。
だから、正直に言う。
一生懸命で、正直な魔王様に対する礼儀として。
「確かにオレは、なぜか魔王様がご存知の通り、猫グッズがいっぱいだし猫は大好きです。
座った姿も寝姿も、丸まってるのも歩いているのも子猫も親猫も肉球も鍵しっぽも耳たれもへちゃ顔も大好きです!」
「では、なぜ我が協力を断るのだ?」
「―――オレが、猫アレルギーだから、ですっ」
猫アレルギー。
それも、最悪で呼吸困難まで発症する、重度のアレルギー。
「遠くから見るだけならいいんです。
でも、少しでも近寄ろうものなら、目から鼻から喉から、激しいアレルギー反応が出るんです」
オレの、小さい頃からの悩みだ。
猫が大好きだ。
だけど、触れない。近づけない。
もどかしく、狂おしい。
病状と言うより、オレからすればもはや呪いも同然だ。
「おお、なるほど。
一ヶ月ほど前に路上で猫に手を振りながら鼻水を垂れ流していたのは、興奮してしまったからではなくアレルギーだったのであるな!」
「ちょっと待てぇぇっ、あんたどんだけオレの様子覗いてたんだよ!?」
オレの叫びに、そっと目を逸らす魔王様。
こええ、どんだけオレの日常が暴かれてるんだ!?
「……その追及は、後でしますけど。
ともかくオレは、重度の猫アレルギーなんです。
近寄るだけできつい、触ったりしたら酷いことになります」
なんとか意識を切り替えて、ため息とともに言葉を吐きだす。
魔王様は、オレのことをじっと見つめて何かを考えていた。
「猫は大好きです。
撫でたいし、抱きかかえたいし、一緒に暮らしたいです。
でも、できません」
できない。
アレルギーは、治らない。
命に関わるから、猫とは暮らせない。
たとえどんなに―――
「―――猫が、好きなのであろう?」
「……大好きです」
どんなに猫が好きでも。
オレにはアレルギーがある。だから―――