オレは嫌でも起こされた
その後もまぁ、四回程。
激情のあまり地面に打ち付けた手に潰されたとか、拍手で発生した風圧で壁に叩きつけられたとかで、死んだりしたわけなんだけど。
この目の前の―――
「我が名はカバ=モスラ、魔王である!」
魔王様によると、オレは魔王に呼ばれて異世界へ転移したらしい。
そして、転移時の事故(と言うが、ようするに魔王様のうっかり)によって死にかけたので、助けるために魔王の眷属とされたそうだ。
魂と契約してどうとかで、蘇生できるほどの強い契約でうんぬん。
細かい話は、これっぽっちも分からない。
ただ、目の前で魂タイーホ君の性能を滔々と語る魔王様の話を聞くまでもなく。
何度も死んで目覚めた、おそらく生き返った記憶がある。
嫌でも嘘くさくても、これが現実なんだろう。
そう思うと、深い深いため息が出た。
「つまり、発動時に対象を強く思うことで特定の魂だけを捕らえるとともに、今後は予め魔力を貯蓄することで出力を調整しいつかは一家に一台―――」
しかしまあ、この魔王様の話の脱線すること脱線すること。
本当に嬉しそうに、あれこれとよくしゃべっている。
しかも震え上がるような恐ろしい声で、満面の邪悪な笑みを浮かべているからたまらない。いったいなんていう拷問だという感じだ。
「こら、聞いておるのか!」
「本題以外は聞き流さないと、話が進まないんだよ!」
大声を出されると一瞬びくっとしてしまうけど、恐怖を飲み込んで叫び返した。
オレの声と膝が笑っているのはご愛嬌である。
「頼みがあるから、異世界からオレを召喚した。
オレが死に掛けたから、助けるために契約して眷属にした。
で、肝心の、頼みってのは何なん、ですか?」
素に戻っていた口調を、気持ちだけでも敬語にする。
きっとまた、この無茶苦茶な魔王を前に突っ込んでしまうのを止められないんだろうな、って思いながら。
「その……あの……」
それまでの、大声で、邪悪で、テンションの高い姿から急転直下。
急にもじもじと、それはもう気色悪い姿で体をくねらせ始める魔王様。
ぶぇ、吐き気が……下手な恫喝よりよほど怖いぞ、これ。
「わ、わたしね?
あのね、お願いがあるんだけど……」
どこの女子高生だよ!
と突っ込みたいが、口を開くと声より前に胃の中のものをぶちまけてしまいそうで必死に飲み込む。
一人称変わってんじゃんかよとか、キモいよとか、ぶちかましたくて仕方ない。
「ね、ね、ね……
いやーん、はずかしいぃぃぃっ!」
ばしーんぐぢゃっ
―――どうやらオレは、恥じらいの平手打ちで壁の赤い染みにされたらしい。
『いやーん、復活☆』という魔王様の声に必死で抗ったが、どう頑張っても復活させられた。
眷族に、自由はないと知った……
「お願いします魔王様、元の口調でしゃべって下さい」
復活させられたオレの目の前には、引き続きくねる魔王様。
仕方ないから土下座してお願いした。これ以外に、気持ち悪さを克服する術がなかったから。
オレは、なんて無力なんだ。
力が欲しい。
何者にも、魔王のキモさにさえも負けない力が……!
「む……
わ、わかった。恥ずかしいけど、がんばる」
ちらちらと、顔を背けたりこっちを見たりしながら呟く魔王様。
分かっているとは思うけれど、念のために説明しておくとこれっぽっちも可愛くない。怖いし気持ち悪い。ワニ顔だし。
何度か深呼吸の後、魔王様は今度こそオレを真っ直ぐに見つめて。
幾多の(オレの)死を乗り越え、ようやく本題を口にした。
「我は、猫を、愛でたいのだ……!」
「……はい?」
ねこ?
Cat?
にゃんにゃん……?
「えっと、すみません、もう一度お願いします」
呆然としてしまったオレの問いかけに、魔王は恐ろしげに眉を顰めて
「む、むぅ、それは、あれか?
お主の世界でいう『いいえ』→『おおすまぬ、雷の音で良く聞こえなかったのだ。もう一度聞かせてくれぬか はい/いいえ』というやつか?
無限プールか?」
「オレ何も質問してないし、それを言うなら無限ループだろ」
無限プールって、つまり底なしプールってことじゃないかな。怖すぎる。
って、そんなことはどうでもいいんだ。
オレは、胸を張りつつちょっぴり不安げなワニ顔―――
「……」
オレ、なんで魔王様の表情が理解できてるんだろう?
自分に絶望した……
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫です、問題ないです……」
爬虫類への造詣が深まった事への悩みを語っても、おそらく爬虫類には通じまい。
仮に、もし通じちゃったらまた一機減る気がするし。なのでそんな話題はさておいて。
「とりあえず、質問なんですが」
「なんだ?」
「猫を愛でるって、具体的に何をどうするんですか?」
「そんなこと、決まっておろう?
撫でたり、首元ごろごろしたり、寄り添ってお昼寝したり、一緒にポッキー食べたりするのだ!」
猫はポッキーを食べないと思うが、それ以外は割りと普通……かな?
「どこで?」
「ここ、我が城でである。
と言っても、この魔王の間ではなく、居住スペースの方でだが」
「猫は、どこにいるのですか?」
「それはもちろん、お主と同じように、お主の世界から召喚するのだ!」
「……」
なんだ、何を言ってるんだこの魔王は?
オレと同じように、異世界から猫を召喚して?
その猫を、愛でる?
そのために、オレを、召喚した……?
「―――魔王様」
「な、なんだね?」
思わず低い声が出たオレに、びびったように一歩引く魔王様。
その魔王様に、一歩詰め寄ると。
オレは、心から、叫んだ。
「まっっったく、わけわかんねーよっ!」