オレは感動に殺された
窓なき広い部屋に、横たわる遺体。
それはさながら、傍らに立つ存在への供物。
邪悪に口元を歪め、両手を掲げて高らかに邪悪な巨体が宣言する―――
「ふっっかぁーつ!」
例えるなら、でかい手で頭を鷲掴みにして、巨大な豆腐の中、奥深くまで無理やりねじ込まれるような感じで。
あっさりと、オレは生き返った。
「喜びのあまり、ついうっかりと握りつぶしてしまった。
だが眷属化はばっちりだ、安心するがよい!」
「ついうっかりで握りつぶされることの、一体どこを安心すればいいんだ……」
ひび割れた床に座り込んだまま、オレは気疲れを止められず重い溜息を吐く。
ああ……なんか色々と漏れ出ていくようだ。魂とか。
「いかんぞぉ、ため息を吐くと魂幸せが逃げて行くと言うではないか」
「そんな話、初めて聞いたよ」
疲労感とともに声を吐きだしてから、ゆっくりと目の前を見上げる。
目の前にいる、巨大な怪物を。
邪悪な笑みを刻んだ、巨大なモヒカンワニ顔。推定、三頭身。
なぜかリズミカルに揺すられる、非常に横幅のある鈍重そうな胴体。
身体にあわせてにぎにぎとされる、手と爪をあわせてオレの身長ぐらいの巨大な手。
ゆっくりと地面を踏みしめひびを広げる、ワニのように膝を曲げて踏みしめた両足。
巨大で無骨な肩当に、カーテンみたいなローブで身体を包んでいる。
「ふんふんふふーん」
何が楽しいのか、身体を揺すりながら左右にステップを踏む怪物。
あれか、踊ってるんだろうか。
楽しくて仕方ないんだろうか。
「その笑顔で踊られると、邪悪な儀式とか生贄万歳に見えるからやめてくれ……」
「生贄だとぉぉ!
なんと野蛮な、汝はそのようなことをするのか!?」
何を早とちりしたのか、怪物はその手を―――
ぐちゃりっ。
「ふっかーつ!」
そして三度、あっさりと生き返るオレ。
なんか、このパターンにも慣れてきたな。
「おお汝よ、話を聞こうとしただけで死んでしまうとは情けない……」
「自分で握りつぶしておいてなんて言いぐさだよ!?」
全力で突っ込む。
だが、目の前の怪物はオレを握りつぶしたことなど覚えてもいないようで、相変わらず邪悪な笑顔で踊っていた。
「そもそも、なんで踊ってるんだよ?」
「嬉しいからだ!」
「あ、そうですか」
非常にテンションの高い怪物に、疲れが止まらない。
オレ、なんでこんな怪物と話してるんだろ。
「―――そうだよ!?
ここはどこだよ、オレなんでこんなとこで怪物と話をしているんだよ!?」
「おお、やっと尋ねてくれたか。このままここで、踊り続けねばならぬかと思っておったぞ」
「いや、それ話と踊り関係ないよな?」
「喜びのあまり、身体が止まらぬのだ!」
「あ、そうですか」
いいや、もう。
こいつはこういうもんだと思っておこう。
真面目に相手をしたら負けってことなんだな。
何度か殺されて復活したからか、最初のような恐怖はない。
もちろん、噛みつこうとされたり殴られそうになれば怖いだろうが、通常状態では顔の方を見ることもできるようになってきた。
突っ込むぐらいなら何ともない。
「とりあえず、状況を教えて欲しい。
ここはどこで、あなたは誰で、今何がどういう状況なのかを」
「お、おおお……!」
「えっ」
オレの投げやり気味な質問に対し、なぜか俯いて両の拳を震わせる邪悪さん。
な、なんかやばいこと言った? え、怒るの、怒られるの?
「おおおおおお主!」
「はいっ」
落雷のような声とともに、まるで蛇が襲いかかるように顔が間近まで迫ってきて―――
「我と会話に応じてくれるのだな!」
「へ……?
いや、あの……駄目です、かね?」
何を言われたのか、よくわからないんだけど……
いや、だって。会話しないと、何も分からないよな?
「良い! 実に良きかな!
我の姿を見ただけで取り乱したり泣いたり死んだりするでなく、あまつさえ自分から我と対話を取ろうとしてくれるとは!
我は今、もーれつに―――」
天をふり仰ぐワニ頭。
鼻先が長いせいか、上を向くと三頭身だった身体が二・五頭身くらいになるんだなぁ……
そんなどうでもいいことを思いながら。
「感動しているっ!」
ぶわりと噴き出した涙が、滝の如く天から降り注ぎ。
オレは、感動の涙に溶かされて、やっぱりまた死んだのだった。