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オレはみんなに囲まれた

 イヌイさんは、肉と甘いものが好きである。

 ここ数日で好みを学んだオレは、今日もるんるん気分で厨房に立っていた。


 いやー、何を食べても栄養だの健康だのが保証されてるって便利だよなー。

 栄養面を考えたら、いわゆるペットフードに叶うわけがないんだけど。味だけであれば、色々と試行錯誤する余地はある。

 そこらへん、ご都合主義全開な魔王パワーに感謝だ。


……そもそも、イヌイさんを幸せにするために魔王様がパワーを発揮してるんだから。当然っちゃ当然なのかな?

 奥が深い。


「さ、て、とー……」


 煮豚っぽいものを取り出し、薄切りにして皿に並べる。

 つけあわせに、同じ鍋から取り出したにんじんやじゃがいもっぽいお野菜。

 まんま同じ食材もあれば、見た目と味が異なるもの、そもそもこれ食えんの?ってものまで様々だ。

 料理をしている時が一番、異世界に来たんだーって実感するシーンである。


 魔王様?

 あれはもう慣れました。異世界というより、理解不能な不思議巨大生物です。


 冷蔵庫から取り出すのは、間にフルーツを挟んだホットケーキのタワー。

 チョコソースより生クリーム派のイヌイさんのために、絞り袋を手に取る。

 ホットケーキの上に描くのは、デフォルメ化されたイヌイさんのお顔。

 うん、我ながららぶりーなイラストだ。

 本当は隣にオレの絵も描きたいとこだけど、それはスペース的にも線の太さ的にも厳しいので断念します。


「ほい、これで完成だ」


 最後に巨大いちごっぽい果物をスライスして飾り、今日の夕食は完成。

 人間用の食事はいつも通りメイドさんが作ってくれるので、作るのはイヌイさんの分だけである。

 ああ、もちろん味見はしてるけどね。我ながら、なかなかのお味でした。



 両手に大皿を持って、イヌイさんの部屋へ歩く。

 ああ見えて、際限なくってぐらいイヌイさんはよく食べるからなぁ。

 子猫よりはでかいとはいえ、小柄で柔らかな身体。その身体のどこに、自分と同じぐらいの体積が入るんだろうか?

 いや、胃袋だとは思うんですけどね。

 イヌイ袋は無限の可能性を秘めているんです。


 だらだらとそんなことを考えながら歩くオレの前方から、何かが聞こえてきた。


「ん?」


 人の話し声っぽい音に、近づいてみると―――


「闇の内に生まれ影の下へ没する死者達よ

 我が魔術を糧に汝らの怒りをここに示すが良いのじゃ!」


 柱の影に潜んでいた怪人物が手にした杖を向け呪文のようなものを叫んできた!


 杖から飛び出す黒い人魂のようなもの達がオレを取り囲み、


「な、なんのつもりだくそじじい!」

「魔王様に仇為す悪しき人間め、わしが正義の名のもとに裁きを下す!」


 会話に応じないくそじじいが杖を掲げると、黒い人魂がオレを囲むように回りだして壁となった。

 さらに、オレを囲んだ人魂が四方八方からオレを責め立てる!


『幼女の乳揉んだロリコン!』

『毎朝メイドを襲う性犯罪者!』

『猫耳に興奮するオタク!』


 ぐ、ぐおお……

 なぜかメイドさんの声でオレを責める人魂に気圧されつつも、精一杯の虚勢を張って怒鳴り返す。


「ちがう、猫耳以外は違う!」


「……猫耳は認めるんじゃな」


 必死に叫ぶオレに対して、なぜか背後から魔王様の呆れた声がかけられた。

 って、魔王様?


「いるんですか魔王様!

 なんかあのくそじじいが乱心してるんですけど、なんとかしてくれませんか?」

「確かにじいはくそじじいかもしれんが、今は乱心しておらぬ」


 魔王様、オレが言うのもなんだけどそれ割とひどいんじゃない?

 そんなことを突っ込む隙もなく―――


「我を差し置いて手料理を振る舞い仲良くなるなど、ずるいぞ人間よ!」


 落雷のような声で、魔王様が吠えた。

 音は力となって、人魂に囲われたオレを揺さぶりたじろがせる。

 どこかで何かが割れる音が響き、ついでにじじいが吹っ飛ぶのが視界の端で見えた。ざまあ。


「であるから、今日の食事はお主には作らせん、それは没収してくれようぞ!」

「ああっ、オレの手料理が!」


 壁の中から数匹の人魂が近寄り、オレの両手の皿を奪っていく。

 とっさにジャンプして尻尾?を掴もうとしたが、掴んだはずなのに手はすり抜けて取り逃がしただけだった。


「く、く、く。ゴミ虫な人間ごときに、わしの魔術が妨げられるわけがなかろぉが」


 回る人魂の切れ目から、勝ち誇った顔で笑うくそじじいが見えた。


「ささ、陛下。

 ゴミ虫は、ここでわしが全力で食い止めますのじゃ」

「うむ。じいよ、我はじいの雄姿を忘れぬぞぉ!」


 嬉しそうに叫ぶ魔王様。

 くそじじいは満足そうにうなずくと、


「陛下よ。

 わしの屍を越えてゆ―――」

「それはだめだ! ほんと色々まずいからだめだ!」


 危険な発言に全力で突っ込むオレ。


 しばし目が合うと、くそじじいはしぶしぶと頷き


「子供たちよ、わしの屍を越えてゆけぇっ!」

「言い直しやがったごめんなさい!」


 このじじい、怖いものなしだな!

 思わず謝ってしまったオレは悪くない。本当にごめんなさい。


「それと陛下、後ほどゲームマネーの課金の方もよろしくお願いしますぞ」

「じいよ、そちもワルよのぅ」

「いえいえいえ、ゴミ虫ほどでは」


「お前ら、余裕でノリノリでちょっと羨ましいなおい!」


 なんだこれ、オレ一人が蚊帳の外で二人が遊び過ぎてるだけなんじゃねーの?

 もしくはいじめの現場か。


「ふはは。

 我を放っておいて、一人でイヌイさんときゃっきゃうふふしていた罰である!」


 魔王様は大口を開けて言い放つと、ずしんずしんと廊下を揺らしながら歩き去っていった。

 その手に、なんだかモザイクがかった異様なナニカの乗った皿を手にしたままで……




「どれ、ゴミにも等しきゴミ虫のゴミ料理だが、ゴミ捨て前にゴミの分別のチェックでもしてやるか」


 為すすべなく魔王様の巨体を見送ったオレの前で、くそじじいが床に置かれた2枚の皿を見下ろして。


「ゴミ捨てと、畑の肥料と、トイレに流すのと、どうしたらよいかのぅ」

「食べ物を粗末にするんじゃありません」

「たーべーもーのぉぉぉ?

 そんなわけないじゃん、ぽーい!」


 言うなり、くそじじいは両手で高々と煮豚の乗った皿を天井目掛けて放り投げて―――


「ごみごみごみごぶへらばぁっ!」


 いずこからか音もなく走ってきた大型車のようなものに跳ねられ、廊下の壁に何度もバウンドしながらどこかへ消え去った。


「……は?」


 ダンプカーのように軽々とくそじじいを跳ね飛ばしたのは、誰あろう


「かっ、勘違いしないでよね!」


 ピンクのフリルが毒々しい、魔王様を小型化したような『え、これでメスとか言われてもワニの性別なんて分からないよ』お姫様。


「あんたがあたしに食べて欲しくて作ったからじゃなくて、食べ物を粗末にしたら駄目だってだけなんだから!」


 宙に舞う料理を完璧な再現率で指先に乗せた皿に受け止め、斜め上を向きつつちらちらとこちらを見ながら


「あたしと仲良くなりたくてわざわざ料理を作ってきたとかそんなこと知らないけど食べ物を粗末にしたらじいやが怒られちゃうから助けてあげただけなんだからね!」


……助けるって、ダンプカー並の勢いで跳ね飛ばすことを言うんでしょーか。

 いや、突っ込まない、突っ込まないぞー。


「だからあんたが今どんな状況か知らないしこの料理が何なのか知らないけどお城の中で落ちてたから仕方なく食べてあげちゃうんだから勘違いしないでよね!」

「いや、勘違いしてるのあんたじゃ」


 オレの力ない突っ込みは、人魂を踏みつぶすサイさんの足音に飲まれて誰にも届かなかった。

 そのまま、ふんっとばかりに赤い顔を背けると、手の平よりずっと小さな皿2枚を抱えて猛烈ダッシュで走り去る巨大なお姫様。


 あとに残ったのは―――


「え、何があったの、これ?」

「愛するメイドさんが猫耳つけてくれたらもう我慢できなくてR18になっちゃ―――あら? もう終わりのようですわね」


 お城の面々に全くついていけてないオレと、人魂の後ろでずっとアテレコしていたメイドさんだけだった。



 助けてイヌイさん、猫成分が足りないよ!

 足りたらアレルギーで大変だけど、足りないよ!





 その頃、快適で食に満ち足りた魔王城生活で、すっかり野生の勘が鈍ったイヌイさんはと言うと。

 巨大ワニ怪獣&異様な物体が迫りくることに気付かずに、『にゅうぅ…?』とクッションに毛布を掛けた上で微睡まどろみのひとときをエンジョイしていたのでした。


 大団円のエンディングに向けて、怒涛のオールスター再登場風です。

 イヌイさん逃げてー、超逃げてー!


 こちらで書くのもなんですので、少しだけ活動報告に。


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