オレは料理を振る舞った
フライパンから、醤油の焼けるいい匂いが立ち昇る。
たまんないね。
タレも味噌も塩もうまいが、やっぱり醤油の香りが一番だ。
そんなことを考えながら、炒めた肉を皿に取って今度は野菜を炒める。
味付けは、肉を炒めた後の少しの醤油味と、塩コショウで十分。
薄味に炒めあがった野菜をご飯の上に盛り、その上から濃い味の肉を大量に盛る。
野菜も肉に手軽に取れる、特製の炒め丼の出来上がりである。
「よし、おまたせ」
出来上がった二人分の丼と、ご飯無しの皿炒めを手に台所から食卓へと向かう。
「遅い、遅いぞこのゴミ虫め!」
「待っている間に暇を持て余しておりましたので、日本の警察様宛てに一昨日の朝の写真を加工して」
「はいはいはい、しゃべるよりも食べる!」
くそじじいとメイドさんを遮って、それぞれの前に作った料理を出す。
ちなみに、オレとメイドさんが丼、じじいが酒のつまみ用の皿炒めだ。
……皿を炒めたわけではない。
有名チェーン店の『牛皿』のように、野菜炒めを皿で提供している感じだ。
「いただきます」
「いただきますわ、ご主人様」
「ふん、まずかったらゴミ虫の部屋で吐いてやるのじゃ。いただきます」
悪態をつきつつも、ちゃんといただきますは言うじじいがお茶目……とは思えないなぁ。
呆れ気味に苦笑して、手をあわせてから久々の自分の料理に箸を伸ばした。
まずは、肉を噛みしめる。
醤油とその他の調味料が、肉の味わいを損なわない程度によくしみていてうまい。
野菜を避けてご飯を食べ、米のある食生活に感謝する。
二口目は、歯ごたえを残すためにやや控えめ・薄味に炒めた野菜を齧る。
一部の野菜は火の通り具合や硬さが予想と違ったが、そこは初めて料理する野菜だから仕方ない。
むしろ、初めて食べる野菜の味を楽しめるので、オレとしてはこれでおっけーだ。
薄味の野菜炒めを楽しんだ後は、肉・野菜・米をまとめて口の中にかきこむ。
……うん、まずまず。普通においしいけど、あくまで普通の範囲内だ。
別に、料理人とか料理が得意だとかいうことは全くない。
一人暮らしの長い男の、ただの自分の食事用料理。
だから一般的な、不可のない味。
オレにとっては至極食べなれた、家庭の味みたいなもんだね。
「不慣れな食材、不慣れな調理場であることを考えれば、十分に及第点を差し上げますわ。
……待たされたことは不問にして差し上げます、ご主人様」
「それ、どう見ても上から目線だよな」
「はい。
ご主人様が、最底辺ですから」
左手に丼を抱え、右手の箸の先で唇に触れたまま、ふわりと微笑むメイドさん。
でも言ってる内容は酷い。
「最低なご主人様が最低で変ですから」
「いや、そこまでとどめ刺さなくていいから」
さらに酷いこと言われた……
余計なことを付け足すメイドさんに、疲れた声で突っ込むと
「そ、そんな……!
ご主人様の作って下さった食事に幸せと喜びを感じるメイドの私に、そのような無体なお言葉を投げつけられるなんて。
とどめと言うのはこう、一昨日の朝のお目覚めの際に私がご主人様の」
「わー、わーーっ!
ごめんなさい、最低でいいからごめんなさい!」
丼を抱えたまま泣き崩れて見せるメイドさんに、オレの方は丼を置いて額をテーブルにつける。
「……くすくす。
おいしいご飯に免じて、懲役三百八十年くらいで勘弁して差し上げます♪」
「それ、全然勘弁してないっすよ……」
いい笑顔で歌うように囁くメイドさんに、さっきよりも更に疲れた声で、それでも突っ込むことをやめられなかった。
「ぅおい、ゴミ虫ぃ」
そんな風にオレ達の話がひと段落するのを待っていたのか、じじいが地の底から響くようなおどろおどろしい声を出す。
うん、無視しよう。
さっくり捨て置き、食事を再開する。
この根菜はもう少し薄切りにした方がよさそうだな。この葉物も筋があるから切り方を変えよう。
「ごぉみぃむぅしぃぃ」
「……なんだよくそじじい」
「酒で流し込めば、食えないことはないというレベルじゃな」
このじじいの発言だと、褒めてんだか貶してんだかよく分からんな。
曖昧な返事をしつつ、自分の分の丼をかきこむ。
じじいが変わらずちびちび突いているのを横目に、オレは空にした丼を置いた。
「ごちそうさまでした」
作ったのは自分だけど、挨拶はいつも通りだ。
食材に感謝~なんてことまで言うつもりはないけど、まあ習慣である。
―――さて。
腹ごしらえは終わったし、食材の特徴も大体わかった。
「じゃあイヌイさんの分のご飯を作るか!」
オレが自分の昼飯を作っていたのは、食材や調理器具に慣れるためだ。
別に料理が趣味なわけでもないし、自分が食べるだけならメイドさんが作ってくれた方がずっとおいしい。
じゃあどうして料理をしていたかと言えば、イヌイさんにご飯を作るためだ。
ほら、昔からよく言うじゃないか。
可愛い子は胃袋で掴めって。
魔王パワーで何を食べても大丈夫になってるわけだし、魔王様の財力で高級食材も満載。
おいしい料理を作れば、イヌイさんの好感度アップ間違いなしだ!
使った食器を手早く片付け、オレはイヌイさんのための料理に取り掛かった。




