オレはメイドに包まれた
そんなこんなで、イヌイさんがこの世界に来てから五日、オレが来てから一週間が過ぎた。
この一週間、イヌイさんとの距離は全く縮まっていない。
オレに近寄らせてくれる距離は約5mで、それ以上近づくとマッハで逃げる。
魔王様に至っては、距離に関わらず未だに顔を見ただけで逃げ出す始末である。
そろそろ、イヌイルームの全長をもっと長くすることを検討するべきかもなぁ……
でも広げる理由は、少しでも遠くへ逃げたいイヌイさんの為か、少しでも逃げる距離が短くなったと魔王様を喜ばす為か、どっちだろう?
綺麗事を言うなら、二人ともオレにとって大切です。うん、これだ。
口癖になりつつあるが、気長に行こう。家族として、長い付き合いにするつもりなんだからな。
毎日マッハで逃げられて落ち込む魔王様をそう慰めたら、感激か何なのか、泣きながら背中を叩かれていつも通り殺されました。
少し理不尽だが、これがいつもの事である。そんな毎日であった。
暖かな布団の中、温もりに包まれて微睡む、至福のひととき。
眠りと目覚めの狭間で、生命が幸福の海に身を委ね、ただ漂う。
そんなひととき、寄せる細波の如く静かな声が耳をくすぐる。
「お・き・て、ご主人様ぁ……?」
甘い、甘い声。
静かに脳内を満たして蕩かす、魅惑の音色。
「もぉ……今日も、おねぼうさんなのぉ?」
眠りという幸福な海で漂うオレを、繰り返し揺らす細波。
甘い、甘い香り。
「あんまり、おきて、くれないとぉ……」
細く美しい指が、ゆっくりと、服の上から肌を撫で。
美しい肢体が、身体を、顔を覆って。
柔らかく暖かい身体を、夢の中で無意識に抱きしめる。
「あ、ん……優しくして、欲しいのに……素敵、えっち」
柔肌に、指が沈み。
ぬくもりが染み渡り、香りが染み込み、甘い声が染み入る。
味覚以外の全てを満たされ、染められ―――
「こんなにされちゃったら、ご主人様のこと……」
頭を、その豊かな胸に抱いて埋め。
耳たぶに触れるほど近くで、甘く、甘く―――
「お巡りさんが、懲役二十六年くらいにしちゃいそうですわ……♪」
「!?」
跳ね起きる!
いや、跳ね起きようとしたけど、頭をがっちり抱きしめられてて動けねぇ!?
顔を包みこむ巨乳を跳ね除けたい、いや触るのはまずい埋もれていたいやばいやばい助けて!
「おは、おはようっ!」
「おはようございます」
オレが朝の挨拶をすると、何事もなかったかのようにオレから離れる―――メイド。
「今日もご主人様が素敵過ぎて、動画撮影が捗りました」
「朝から何言ってんの!?」
「ふふ……知りたいのですか?」
そう言って、ベッドで上体を起こしたオレと同じ目線の高さで目を細めて微笑むメイド。
その笑みは、ひどく淫靡で、蟲惑的で、美しくも恐ろしい。
わずかに身を捩ると、添えられた腕に大きな胸がむにゅりとたわんでこれでもかとばかりに視線を惹きつける。
やばいやばい、見たらやばいけど見なくてもやばい見たいやばいこの子相変わらずやばい!
「い、いいえ、知らなくていいから勘弁してください」
必死で心に力を入れて視線を引きはがすオレの懇願に、嬉しそうに小さく頷くメイド。
とりあえず、今日は―――
「ご主人様が幼女を襲っている現場を捉えた、警察に提出するための動画です」
「やめてっ!
警察に提出するとか、どこまでもシャレになんないから本当にやめて!」
「提出するかどうかは、ご主人様次第でございます」
怖い、怖いよ!
なんで朝からナチュラルに脅されてるの!?
わざとメイドが自分の胸の谷間に挟んだスマホっぽい画面。そこに映るのは、なぜかオレが上からベッドに寝ているメイドを抱きしめている映像。
「それ、カメラ逆さまにしてもそんな映像にならないよね!?」
「メイドですから」
「答えになってねーよ!」
理不尽の塊というべき恐怖のメイドに全力で突っ込む。
「ご主人様?」
「ん……何?」
「朝からメイドに全力で突っ込むとか、逞しくて素敵ですわ。ぽっ」
「どこがだよ!」
ああ、もうこいつは!
笑顔も見せず、頬を赤く染めて上目遣いにオレを見るメイド。
「どこがって、それを私の口から言わせたいのですね……ご主人様、えっちです」
「全っ然、違う! 言わなくていい」
オレの全力に、ますます頬を染め、オレの身体の一点をじっと見つめながら、赤い唇に指で触れて。
「監禁で、懲役、十三ヶ月ですわ……げ・ぼ・く♪」
本当に。
ほんっとーに、見とれるほどに可愛い笑顔で刑の執行を呟いた。
アイドルだのモデルだの、そんなものなんか目じゃない。
こんな可愛い子見たことない、笑顔も肢体も魅力的過ぎて眼が離せなくて、だけど脅されまくりでもうどうすればいいか分からない。
もう小憎らしいほどに、恐ろしいほどに、朝起こされるだけでどきどきして、完璧に超絶可愛い。
見た目は、どう見てもまだ子供なんだけどな!
まさかの爆乳サービスろりメイド参上!
「ご主人様、こんなお目覚めはいかがでしょうか?
朝から私が、しっかりと身体に触れ、ぬくもりを分かちあい、お顔を抱きしめて。
ご主人様のなさりたいように、手を、唇を、全てを受け入れて差し上げますわ。
その後で、しっかりと警察に動画を提出して差し上げます♪」




