魔王は女装を試みた
「我は開眼したぞ!」
その日、魔王様は会うなり
「ぶふぉあっ」
―――オレを吹き出させた。
「なっ、なんじゃその反応はぁぁ!」
べちゃっ。
「傷ついちゃうわぷんぷん」
べちゃっとされていつも通り復活させられると、魔王様は改めてオレに胸を張った。
「協力者よ、我は開眼したぞ!」
そう告げながら。
開眼してしまったらしい魔王様は、巨大な胸をぶるんと振るわせた。うえぇぇ。
「……えーっと、魔王様。
差し支えなければ、何に開眼されたのか、お教えいただいても?」
なんだか非常に怖い想いで、恐る恐る聞いてみたら
「女装である!」
「うわ、駄目だこいつ手遅れだ!」
予想の最悪にどん底ぎりぎりで手遅れだった。
「見よ、我がスカートを!」
いつもの肩当ローブを外し、おそらくは娘のサイさんを見習ったんだろうキモ魔王様。
きっと腹巻なんじゃないかなと思っていた胴巻きの布は、どうやら娘と同じくミニスカートだったらしい。
水色の袖なしシャツに、紺色のミニスカート。
「……なぜ落ち込んでおるのだ、協力者よ?」
これっぽっちもときめかないミニスカートなんて、ミニスカートじゃないやい。
サイさんの時も、これっぽっちもときめかなかったけどな。
頭のモヒカンは、後頭部あたりでリボンで縛って無理やりポニーテールっぽくしてある。
だが長さが足りてないせいか、あるいは全然垂れてないで尖ってるせいか、ポニーテールと言うよりもチョンマゲに似ていた。
シャツの中に何が入ってるのか知らないが、胸は運動会の大玉ころがしサイズ。
その球体が離れて両脇の方へ垂れ転がっており、谷間というかハーフパイプのコースみたいになっていて、ただただ醜悪。
そもそも、いつもローブだから分からなかったんだが。
ローブの中の体は……いや、実に予想通りだな。
腹がでぷーんとしていた。太くてたるんで、メタボリック。
……ちょっと安心したりなんか、してないよ? 仲間だと思ってないよ?
「何を勘違いしておるのか知らんが、これはイヌイさんに好かれるためであるのだぞ?」
「……へ?」
「我にもお主にも懐かぬイヌイさんが、我が娘には懐いた。
これすなわち、おなごであるからと見た!」
「……うん、ないわ」
「んなっ!?」
きっと、今のオレの目は、こう。この世の全てに呆れた感を滲ませて、細い三角形をしているんだろう。
やるせなさを深いため息とともに吐き出し、問う。
「魔王様。
お前の目は節穴か、節穴なのか? この覗き穴め」
「ちっ、ちがう、覗きと言うでないわ!」
「うるさい覗きの魔王!
イヌイさんが反応してたのは、あの怪物ワニ本体じゃなくて身に付けてたスカートのぽんぽんだろーが!」
「うちの娘が怪物ワニ!?
……いや、それはどうでもいいか」
どうでもいいのか親として。
いや、思わず漏れた本音だから真面目に反応されるとやばかったので助かったけどさ。
でも、あえて心で問おう。どうでもいいのか、親として。
「―――だ、が!
こんなこともあろうかと!」
魔王様は、背後からばばーんという音を立て!
口からブレスでも吐くかの如く、空に向けて大口開けて吠える!!
「ちゃんとスカートに、ぽんぽんつけてるもんねーっ!」
要約すると、こういうことだね。
・ ぽんぽん付きのスカート履いた → これでイヌイさんがじゃれてくれるはず!
「では行ってくるぞ!」
魔王様は勝利を確信した満面の笑みで手を振ると、意気揚々とイヌイルームへと消えて行ったのでした。