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ゴリラが猫に落ちるまで

 突き飛ばされる前にちゃっかり回収していたイヌイさんの食事を持って、魔王様がイヌイルームに入る。

 その瞬間、寝ていたイヌイさんが文字通り飛び起きて、部屋の一番角に逃げてみーみー哀れな声を出しながら部屋から出してとばかりに壁を必死で引っかいた。

 必死さが、可愛いけれど可愛そう。悶絶するけれど抱きしめてあげたい。



「……我はまだ、食事を届けることも許されぬのだな……」

「まっ、魔王様!

 まだこれからです、ずっと一緒に暮らせば時間はたっぷりありますから!」


 廊下に戻ってから両手をついて打ちひしがれる魔王様の手に触れ、必死で慰める。

 少し顔がむずむずして痒いが、鼻水垂らしつつ我慢。


「ふん……ばっかみたい、魔王様も人間も情けない顔しちゃって」


 オレ達の様子を見ていたツインテワニが、つまらなそうに言った。



「情けない顔……確かに、魔王としてはそうなのかもしれない」

「え?」


 この世界における『魔王』という存在が何なのか、オレは何も知らない。

 魔王様のことだってよく知らないし、俺は無力だし何もできないかもしれない。だけど。


「でも、魔王様が、心から望んで、必死に頑張ってることなんだ。

 オレのことを悪く言うのはいいけど、魔王様の気持ちは認めてあげて欲しい、と思う」


「……

 あっ、あんたとあの小動物のせいで魔王様がすっかり腑抜けちゃったんだからね!

 べちゃべちゃのぐちゃぐちゃな顔でそんなこと言われたって、あたっ、アタシの心は動かさせないでるんだからねっ!」


 顔を真っ赤にして怒り出すツインテワニ。

 邪悪で強大な魔王ってイメージからすれば、オレとイヌイさんが疎ましいのは分からなくもないんだけど……

 うーん、難しいなぁ。


「来たばかりのオレと違って、何年も魔王様が悩んでいる姿を見ていたんでしょ?

 魔王様は、自分が好きなことのために、自分の望みを叶えるために頑張っているんだ。

 それも、一方的に望みを押し付けるんじゃなくて、イヌイさんのこともちゃんと考えて一緒に暮らそうとしているんだ」

「そ、そんなの言われなくたってアタシの方があんたなんかよりずっと分かってるんだからね!」

「分かってる……そうだよな、オレなんかに言われなくたって分かってるよな。親娘なんだから。

 なら、魔王様とイヌイさんの事も、もう少し見守ってあげて欲しい」


 せっかく、親娘で一緒に暮らしているんだから。

 できれば、お互いを理解して、お互いに納得して暮らして欲しいよ。


「おおおおのれぇぇ、わ、我が落ち込んでいるのをダシに、我が娘を口説くなどとはぁぁっ!」

「ええええ、そういう理解なの!?」


 これでも一生懸命魔王様のフォロべちゃっ。




「では、イヌイさんのご飯持って行きますね」

「うむ、頼んだ」


 魔王様から返されたご飯を手に、イヌイルームへ入る。


 オレが部屋に入ると、イヌイさんはその場で顔をあげてこちらをじっと見つめてきた。

 ああ、愛くるしいのに凛々しい顔しようとしてる背伸び感がたまらない……!


 はっ、鼻血……じゃなくて鼻水が。ふきふき。

 鼻をかむ音にちょっと驚いているようだが、部屋の壁を引っ掻いて逃げたりはしない。

 嬉し涙に視界を霞めつつ、食事の皿を取り替える。


……んー、ゼリーよりかりかりの方が好きみたいだな。

 あと、魚より肉が好きみたいだ。


 皿を持つ手が痒くなるのを我慢し、食事状況の確認を済ませた。

 それから水も新しいものに取り替える。


「イヌイさーん、ご飯の用意できたからねー?」


 声をかけると、広い部屋の端からこっちの方へ走ってきて。

 だいたい、5mぐらいの距離で止まった。


 食欲と警戒心がないまぜになったような表情で、ちょっとそわそわしているのかしっぽの先をぴくぴくさせている。


 ねえ、距離感遠すぎない?

 泣いていい?

 涙ながらに心で問いかけるけど、もちろん返事はしてくれない。


―――いや、魔王様に対して自分で言ったんじゃないか。焦らないで頑張らなきゃ。

 ゆっくりと下がって部屋から廊下へ出ると、誰も居なくなって安心したようにイヌイさんが食事を始めていた。



「ぬうう、あんなに近づけるとは。羨ましいぞ」

「野良猫を相手にした時だって、もっと近くまで居られたんですけどね……」


 でも部屋に入るだけで逃げられる魔王様よりマシなことは確かだよな。

 ひょっとして、眷属化したことでオレの身体からも魔力とかオーラとか出てるんだろうか?

 今度確認しよう。方法は分からないけど。


 べちょべちょの顔を拭いてぬぐって、ようやく一息。

 あとは、それぞれのご飯の減った量とか、記録をつければ完了である。


 魔王様と並んでイヌイさんの食事風景を見守りながら、そんなことを考えていたら―――



「ほんと、二人して猫だなんだとばっかみたい!」

「ん?

 おおお、娘よ、何をするのだ!」


 突然、ツインテワニがイヌイルームに入った!?


「え、ちょっと!」

「いいからあんたは黙って見てなさいよね!」


 うろたえるオレと魔王様を無視して部屋に入ると、食事中のイヌイさんへ向かって歩いていく。


 来訪者に、顔をあげ耳を立ててぴくりとするイヌイさん。

 足音や振動はないのか、静かに近づいていくツインテワニ。

 約5m、オレとイヌイさんの間と同じくらいの距離で一度立ち止まる。


「あんたのせいで、魔王様が腑抜けちゃって困ってるのよ」


 なぜか身体を翻し、ポーズをとりながらイヌイさんへ語りかけるツインテワニ。

 イヌイさんは少しだけ身体を震わせると、短めのしっぽを大きくゆっくり振り始めた。


「だいたい、魔王様の最強魔術を使われてるのも気に入らないのよね」


 ぴしりと突きつけられる、長い爪。揺れる胸。


 いや、そんなものには見とれてないぞ。

 気色悪い醜悪なツインテワニに見とれるとか、なんぼなんでもそこまで落ちぶれていないんだ。うん、そうに違いない。


 見とれていないオレとは違って、イヌイさんはツインテワニを見つめている。

 耳も向け、目も大きく開いて穴が開くほど見つめている。


「ねえ、聞いてる?」


 言いながら、両手を腰に当ててふんすと鼻息荒く―――


 その瞬間、イヌイさんがツインテワニに飛び掛かった!


「きゃっ」


 悲鳴をあげるワニを無視して、飛び掛かったイヌイさん。


 ミニスカートのふちに並んだぽんぽんにしがみつくと、全力でじゃれだした!


「あっ、こら!

 アタシのスカート引っ張らないでよ、女の子だからって駄目なんだからね!」


 くるくると転げながら、一生懸命手を伸ばしてじゃれるイヌイさん。

 白いおなかが柔らかく伸ばされ、短いしっぽも滑らかに翻り、嬉しげに泣き声をあげながら全力で遊ぶ。


「ちょっともう、聞いてってばぁ」


 両手を伸ばして挟もうとするけど、うまく掴めなくて猫パンチでぽんぽんが跳ねてしまう。

 その跳ねる動きにさらにじっとしていられず、転がったまま気持ちだけは飛びつこうとしてにくきゅうを振って手招きする。


「あ、こら、あの、この……くっ、」


 そんな、自分に向かって一生懸命なイヌイさんの愛らしさを前に。


「か、かわいいぃぃ……!」


 ついにツインテワニが醜悪な顔に薬品で溶け出したような笑みを見せ、無駄な抵抗を止めた。


 スカートの裾をぱたぱた振るのにあわせて、ぽんぽんが弾む。そこへイヌイさんが飛びつくのを嬉しそうに見ながら、今度は次のぽんぽんを揺する。


「ああ、ああ……なんと言うことだ……!」


 すぐ横で魔王様がうめき声をあげるのを、同じ気持ちでオレも聞いていた。


「うふふ、イヌイだっけ?

 ほらほら、次はこっちよー?」


 にゃあにゃあ言いながら、楽しげに過ごすイヌイさん。

 ワニと猫の戯れは、イヌイさんが遊びつかれて眠るまで続くのであった。




「―――ふ、ふん。あんな小動物、アタシがわざわざ何かするまでもないわよね!

 魔王様が腑抜けたのは困りものだけど前の猫が居なくなって寝込むぐらい落ち込んでたのも知ってるから今は様子見してあげるわ!」

「娘よ……」


 自分のことをジト目で見つめる魔王様と目を合わせずに、ツインテワニが言い放った。


「かっ、勘違いしないでよね!

 別にあの子が気に入ったとか可愛いとかじゃなくて魔王様が嬉しそうだから我慢してあげるだけなんだから!」

「可愛いって言ってたじゃん」


 分かりやすく頬を染めたまま、オレの突っ込みも無視。


「そういうわけだから、ちゃんと魔王様を喜ばせてるか時々様子を見に来てあげるんだから!」

「わざわざ来なくてよいぞ、娘よ」


 魔王様の突っ込みも無視。これっぽっちも聞いちゃいない。


「忙しいあたしが協力してあげるんだから感謝しなさいよね!」

「いや、なんでオレが感謝するのか分からないし、魔王様の話聞けよ」


 さらに仰け反るように顔を背けてオレ達二人を無視し。

 なぜか最後に、ちらっとだけ片目でオレのことを見て。


「あたしは魔王様の娘でサイ=ゴリラ、あの子が有害じゃないって判断するまでついでにあんたのことも見ててあげるからちゃんとあんたの言葉と魅力をあたしに示してよねっ!」


 真っ赤な顔で早口にそう言い切ると、ツインテワニ―――改め、ワニ姫のサイさんは。

 形容ではなく廊下を揺らしながら、軽トラ並の巨体でどすどすと女の子走りを繰り出し、オレ達の前から走り去ったのだった。



 魔王が、カバ。それで、モスラ。

 その娘はサイ。しかも、ゴリラ。

 実体はどっちもワニ。青いモヒカンとピンクのツインテール。邪悪と醜悪。


……この親娘、ちょっと、その。


「個性的過ぎやしませんかね……?」


 疲れるというか、なんというか。強烈だなぁ。

 なんとも形容のしがたい気持ちを思わず声に出してしまう。



 そんなオレの呟きを聞いてか聞かずか、



「ぬ、ぬおおおおお!


 イヌイさんが、娘に寝取られたぁぁぁっ!?」



 万感溢れた魔王様の咆哮が荒れ狂い、その衝撃波でオレはいつも通り殺されたのだった。




「ついでに、娘を協力者に取られたー!?」



 取ってませんよー?


 あんな娘さん、いりませんよー、まおーさまー?


 ヒロイン登場!


 新キャラは、爆乳ツインテのツンデレ魔族プリンセスです★

 お好きでしょう?




 ワ ニ な ん で す 。



『ワニでも可愛い』

『ワニでも好き』


 そう言われるように頑張ります。



 それでは次回

『第三話 ~ 魔王が女装を好むまで』でまたお会いしましょう!



 あと、おまけと言うか追記と言うか、今後の予定。

 人間から見た美少女さんも、そのうちちゃんと複数名出ますよ☆




● おまけでお知らせ:

旧作『3日で終わらす異世界転移』のほうも、ひっそり更新しました。

よろしければどうぞ☆

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