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ワニは張り手をぶちこんだ

 一言で言おう。

 ツインテール・ワニである。


 濃いピンクのツインテールを垂らした、薄桃色のワニ。

 身長……体長は自動車を縦にしたくらいなので、オレの倍は軽くある。でも魔王様と比べちゃうと半分以下だ。

 醜悪な笑みを浮かべ、魔王様と同じ三頭身、身体の割に巨大な手足。

 服装はさっきも話した通り。白いヘソ出しノースリーブに、ふちにぽんぽんがついた黒の超ミニスカート。

 どう見ても丈の長さが足りなくて、スカートと言うよりも胴体にベルトでも巻いてるようにしか見えなかった。


 魔王様が邪悪と恐怖を振りまく、恐れと滅びの正統派な魔王スタイルであるなら。

 その娘は、醜悪さと気色悪さを無差別に撒き散らす、精神汚染型の生体兵器だと言えるだろう。

 ぶっちゃけ、キモい。吐き気を覚えるほどにキモい。


 胸?

 巨大だよね。オレの頭よりでかいよね。ぷるぷるしてるよね。

 そもそもの身長や縮尺が違い過ぎるんだもの、そりゃそーだよね。

……いくら特大の超爆乳でも、ツインテワニでは魅力は感じないな。

 うんうん、別に触りたいとか興味があるとかそんなことはこれっぽっちもけっしてない多分。


 というか、胴体からの腕の生え方や足の生え方が何かに似てる気がするんだが、なんだったかなぁ……



「でも、いくら魔王様の頼みでも、アタシは人間なんかと仲良くする気はないんだからね!」


 おっと、あまりのキモさにトリップしていたが。そういえば、魔王様に仲を取り持つとか酷いことを言われたんだよな。

 危険は回避しなければなるまい。

 オレは、イヌイさんと仲良くできればいいんだ。ツインテワニの発言にこれ幸いとばかりに便乗する。


「あ、オレもそういうのいらないんで、仲を取り持つとか気を使わないで下さい」

「なんだと!?」


 流石に、これと男女的に仲良くしたいとは思わないよなぁ……

 友達なら、人柄によってはいいかもしれないけど。

 いや、ワニ柄か。バッグの模様みたいだ。


 オレと同意見のはずのツインテワニは、しかし不要と言われるとそれはそれでむかつくのか睨んでくる。

 でも魔王様の迫力に慣れたオレには、別に怖いとは感じないなぁ。

 醜悪な見てくれにもびびらず友達ならいいって考えられるあたり、オレも成長したよな?


……これって、成長なんだろうか。

 ただ朱に染まっただけな気が……ぶるぶる。


「いやしかし、これは契約であるからして我が破るわけには……」

「契約したオレが認めたんだから、いいんじゃないの?」

「だがなぜだ?

 お主とて、美少女と仲良くなりたいのであろう?

 自宅のパソコンやゲームソフトの中に、いくつもびしょうじょげーが入っているのであろう?」


 おい待て、なにオレのプライバシー暴露してくれちゃってんの!?


「ねこみみものが非常に多いとは言え、それ以外にも」


 やめてやめて! どうしてナチュラルにオレのパソコンの中身のこと知ってるの!?



「はっ―――まさか、我が娘に、」


 なぜか。

 本当に、なんでか分からないけれど。

 魔王様の表情に影が差し、床が震動し空気がびりびりと痛みを伴ってオレを包む。


「魅力を感じないなどと……」


 あ、これ死ぬわ。

 返答間違えたら、まじ死ぬわ。


「言うまいなぁ?」


 何度も死んだことで磨き上げられた(かもしれない)オレの危機察知能力が、頭を叩き割る程の勢いで警鐘を打ち鳴らす。

 一文字たりとも間違えてはならない。

 生存本能が大声で語りかける中で、必死で回答を考え―――


「どうなのだぁぁ!?」


 娘さんの百倍怖い魔王様の威圧に、膝を震わせつつも必死で立ち続ける。

 この魔王様と比べれば、娘さんの睨みも雄叫びも醜悪さも全然怖くないよ、可愛いもんだよ。魔王様本気モードすげー怖いよ!


「い、いや、その!

 ワニ……じゃなくて化け……でもなくて、あのっ」


 あああ、頭が、言葉が回らない!

 えっと、えーっと……!


「何よ!」

「言えぇっ!」


 親ワニの迫力に負けたオレは、己の命をつなぐための言葉を必死で叫んだ!




「魅力的だからこそ、他人にお膳立てしてもらうんじゃなくて自分の言葉と魅力で仲良くなりたいんですっ!」




「―――えらい!」


 はっ、オレは今何を口走ったんだ?

 恐怖で記憶が飛んでるオレの一言が、なぜか魔王様の心に会心の一撃している!?


「素晴らしい、それでこそ我が協力者よ。

 ならば契約により仲を取り持つのは止めて、いずれ何らかの形で埋め合わせをしようぞ」

「わ、わかりました」


 ツインテワニ以外の事でお願いします……


 もはや声を出す体力もなくて、心の中で呟くオレ。

 心身をどっぷりと包む激しい疲労感と、危機的局面を乗り越えた事への安心感を感じながら、額の汗を拭う。


「な、なによそれ……」


 ああ、そういえば魔王様以外にもう一匹いたっけ。疲労感でどうでもいいんだが、怠さを我慢して顔を向ける。

 こちらも、先ほどのキモ……じゃない、気色……でもない、醜悪さが―――あれ、増してる?


 なぜか、肌の赤みを増したワニ。

 ピンクのツインテールを凶悪な爪(よく見るとラインストーン?キラキラしたシールでデコってあった。げー)でいじりながら、ちらちらとこっちを向いたり目を逸らしつつ。


「そんな、そんなこと、言われたからって!

 あっ、アタシ、あんたのことなんか全然何ともこれっぽっちも意識してないんだからねぇぇっ!」


 どこか、背筋を、魂を凍てつかせる叫びをあげながら。

 ツインテワニの、乙女でデコでパワフルな張り手がオレの身体に突き刺さり。

 音速を超えて吹っ飛んだオレは、壁を突き破って瓦礫の中に没した。




 おかしい。

 命をつなぐための、起死回生の一撃のはずだったのに。

 何でオレ、殺されてるんだろう。


 どうして危機察知能力さんがフル稼働しっぱなしなんだろう、復活してもまだ震えが止まらないんだろう……!




 その頃、部屋の外で人間とワニ親娘の寸劇があったことなど全く知らずに。


 イヌイさんは『にゃきゅぅ……』と寝言を言いながら寝返りを打っていた。


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