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魔王は力を発揮した

 生きるために何が必要かと聞かれたら、大半の人が睡眠か食事と答えるだろう。

 もちろん、水やら酸素やら地球やら、『なきゃ死んじゃう』ものはたくさんあるんだが。

 それでも、質問への回答としてはこの2点が大多数を占めると思う。


 あ、地球がなくても異世界で生きられるね。ついでに、今のオレの場合は魔力も『なきゃ死んじゃう』ものでした。



 なんの話かというと、マイスイート猫エンジェル・イヌイさんのことである。

 ちなみに名前は魔王様がつけた。猫なのにイヌとか、いたく興奮していた姿が凶悪でした。

 あいつ、実は犬派なんじゃないだろうか……疑わしい。


 イヌイさんの食事は、なんと日本産のキャットフードである。


 怪我も病気も、その他あらゆる病苦も跳ね除ける魔王様の最強防御術。

 その力は絶大で、食事を摂ろうが摂るまいが、何を食べようが体調を崩すことはけしてないそうだ。

 しかしそんな完璧魔王パワーでも、空腹や食事がまずいことはどうしようもなかった。

 体長は崩さないが、ひもじいものはひもじいし、まずいもんはまずい。

 そんなわけで、猫料理の専門家もいない我々は、地球の大手メーカーさんのお力を借りることにした。


「境界の魔王の名の下、我が場へ愛しき猫の糧を招かん。

 ありとあらゆる食の果て、対価持て異界よりここに現出せよ!」


 仰々しい異世界召喚の魔法陣から光とともに溢れ出す、ありとあらゆる猫缶の山。パウチもあるし、箱もある。

 この中から毎日何種類か出してみて、イヌイさんに食べたいものを食べてもらうことにしたのだ。


 ぶっちゃけ、どこからどうみても盗品です。

 送り込んだ金貨を、代金として正しく処理してくれることを祈るばかりであった。


 食事が盗品ならば、寝床だって……と思いきや、こちらは盗品ではない。

 アイデアこそ地球産ではあるが、布はこちらの世界にもある。

 かまくら型の寝床やこたつなど、広いイヌイさんの部屋には多数の猫グッズが置かれていた。




 魅惑のイヌイルームの隅っこで眠るイヌイさん。

 短い手足を投げ出し、すり鉢状のクッションの中で横向きに丸くなった姿はカメラを連射したい程愛らしい。

 右手のにくきゅうもちょっと見えてて悶絶しそうなほどにらぶりー。

 寝息とともにお腹が微かに上下しているのもすごく幸せだ。


 ああ、可愛いなぁ……癒されるなぁ。


 撫でたい。


 もふって。

 もふってしたい。


「ぬ、おおおおお、かーわーいーいーーー!」

「魔王様うるさいです、起きちゃうでしょ」


 頭のすぐ上で、四つん這いになった魔王様が吠える。

 鼓膜が破れそうな轟音に耳を押さえつつ、ジト目で睨む―――ことはせず、魔王様の方を見もせずに小声で突っ込んだ。

 寝てるイヌイさんから目を離すことなんてできない、ワニ顔を見る暇があったら猫を見ていたい!


「だが!

 お主とて分かるはずだ、このとめどなく溢れる可愛い感が!」

「ええ、わかりますとも!

 だからこそ安眠を妨害してはいけない、けっして!」


 魔王様の咆哮にも、オレ達の会話にも反応せずに眠り続けるイヌイさん。

 しっぽがぱたりと揺れた。ああ、可愛過ぎて鼻が……!


「ふはははは、我を誰と心得る。

 我は境界の魔王なるぞ。部屋を隔てる壁を物ともせずに見つめ、またこちらの音・気配・存在・匂い・その他全てを遮断し相手に気取らせぬ。

 我が魔王の絶大なる力を思い知るが良いぞ!」

「それって要するに、覗きにおいて無敵ってことですよね?」

「ええい、つべこべ言うな!

 あまりうるさいと、お前には見せぬぞ」

「うっ……ごめんなさい」


 魔王の持てる力の全てを注ぎ込んで、寝ている猫を覗き見するオレ達。

 物理的な壁と魔王パワーの結界?に隔てられているからか、イヌイさんは全く気付かずに幸せそうに寝ている。

 その身体からふんわりと溢れ出す幸せオーラに当てられて、魔王様もにたぁりと邪悪な笑みを浮かべ。

 オレもまた、幸せを噛みしめて穏やかな時を過ごしていると―――



「魔王様が腑抜けたのは、あんたのせいかぁー!」


 どこからか怒りの雄叫びが聞こえると思った時には、後ろから突き飛ばされ魔王様の結界に叩きつけられて即死していた。



「ふっかぁぁ―――ああっ」


 ちらちらとイヌイさんの様子を見つつの復活。

 寝返りを打つ姿に気を取られるのはすごくよく分かるけど、早く起こして下さい。


「ふう……さて」


 魔王様に復活させてもらうと。

 オレは後ろを振り返ることなく、魔王様の斜め下で壁に貼りついて少しでも近くからイヌイさんを見つめた。


 寝返りのせいか、右手のにくきゅうは見えなくなっている。

 しかし今度はだらーんと伸びた体勢となって、さぞくつろいでいる感じが出ていた。


「いいですね、癒されます」

「我にも分かるぞ、これがりらっくすというものなのだな」

「そうです、魔王様」


「ちょっとぉー、魔王様もあんたもアタシを無視すんなぁー!」


「今良いとこじゃ、ちょっと静かにしてなさい」


 背後で叫んだ何者かに対し、魔王様が手を振ったらしい。風圧がすごかった。

 途端に声は聞こえなくなって、壁を叩くどんどんという鈍い音が聞こえ。

 次の手振りで、その音も一切聞こえなくなった。




「お、おおお……あれが伝説の、鼻ちょうちん……!」

「くうう、生きててよかった、イヌイさんもオレと同じで鼻が出るんだ!」


 無粋な邪魔者を黙らせた魔王様に感謝しつつ、オレ達二人はイヌイさんの愛くるしい姿に心を蕩けさせるのであった。


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