表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
届け、私の60秒!  作者: kiko // (詞..若月夢)
6/8

6.カラダは軽いよ


「マジかぁ…」


夢を見た。

最高の夢を見れた筈なのに、私は自分の目を疑って髪をくしゃくしゃしてしまう。


よりによって今日かよ…


「ウソでしょ」


もう一度体温計を当てる。

ドキドキしながら時間が来るのだけを待つ。


今日はホントにいい夢だったんだ。夢の中だけどまともに私は試合をしていた。いいプレーも悪いプレーも含めて走れていたんだ。

でもそれはあくまで夢。夢は夢のままでいい。いいから…覚めた今だけは私の寝ぼけであってほしい。


ピピピ、ピピピ。


ビクっとした。

ただの体温計の音。

「…」


“39.5℃”


試合当日の朝。

私の朝は高熱で始まった。

ここ二週間そこまでひどくもならなかったのに、よりによって…


カラダは熱いし、だるい。

起きて何分もないのにもう疲れている。布団から出たくないのが本音。

風邪じゃない。いつものやつ、喉の痛みも関節の痛みも頭痛も腹痛もない。もう一年近く向き合ってるから分かる。

風邪じゃないから抗生剤は必要ないけど、頓服飲んでおとなしくしなければもっと熱が上がる。


なによりこのカラダを駆け回ってる倦怠感と嫌悪感は、とてもじゃないが試合どころじゃない。


でも、やりたい。

せっかくの今日なのに。

行きたい。

そんな思いが勝って私はベッドでいつものストレッチを始めた。

カラダをほぐさなきゃやってらんなかった。


だけどやればやる程、倦怠感がぐるぐるカラダを覆い尽くしていく。気持ち悪さもどんどん増していく。


ダメだ。


ベッドでヘタレこんだ。

AM5:00

いつもより1時間早い。ここから1時間休んで状況が変わる訳がない。でも熱が下がればどうにかなるかも知れない。

でも…


8:00に家出ればいいから、もう少し時間伸ばせるか。

どうしよう。

どうする。


頭にひとつ浮かんだ。

いつもならこんな事しない。一ヶ月前の私だったら今日は休んだ。

でも、今日は違う。今日だけは…譲れない。

カラダは休め、休めと叫び、私はそれに反発する。


“熱が出たら絶対に試合に出ないで下さい”


“命を賭けて下さい”


先生、ごめんなさい。

後でいっぱい怒られます。


私は頓服をミネラルウォーターで喉に流し込んだ。




「おはよ、ママ」

「あら、早いじゃない。寝れなかった?」

「うん。まぁ、ちょっとね。私、もうちょっと寝てくる。7:30くらいまで寝たい」

「…大丈夫なの?」

母に顔色見られないように冷凍庫から氷を口に入れる。

「朝ごはんはコレにするから作んなくて大丈夫だよ」

口をもごもごさせごまかしながら、飲むゼリーを取り出す。ついでに目を盗み冷凍棒を懐にしまった。

「試合時間早いから、ごはんは終わってから食べるつもり。だからお弁当だけお願い」

「ねぇ?本当に大丈夫なの?」

「うん。カラダは軽いよ。時間早いからなるべくギリギリまで休んでいかないとね」

「…なら、いいんだけど」

母は何か言いたげだが私は部屋へ足早に。

「じゃ私、もうちょっと寝てくる」


ママ、ごめん…嘘つきました。


部屋に戻った私は目覚ましとスマホをセット。懐から取った冷凍棒を二本、両脇に挟むと再び布団の中へ。

キッチン行って帰るだけで更に疲れた。

でも頓服も飲んだし熱少しでも下がればマシになる。


あー。気持ち悪い。


そんな事感じる余裕も無いくらい、既に瞼は閉じていた。

意識も落ちていた。




夢を見た。


私が私を見てる夢。

私が見た私は1人、コートに倒れていてそこには誰も居ない。

誰も居ないコートのしじまはまるでホコリひとつ浮かんでも敏感に伝わるくらい、私の吐息も胸の音も丸聞こえで、それがかえってうるさい。


私はどうにかして倒れた私を助けてあげたいのだが、私には近づけない。カラダが動かないのだ、動かないどころか少しづつ自分から遠ざかっていく。呼びかけたいけど声も出ない。


倒れた私は全く動く気配が無いし、私も動けない。


どうしたらいいものか。

腕を組もうとしたが、なんだ、この違和感。

腕がスカスカして…


うん?

私の腕、ないじゃん。

ってゆうか、カラダそのものが無い。

ん?

カラダが無いのに私はここに居て、私があそこで倒れてる。


あれ?

ひょっとして私、死んだ?

全然どこも痛くないけど。

あ、あれだわ。あそこに倒れてるのが私の実体で私は魂。だから痛くない。

あー。なんか納得。死んで私が幽霊になった。

そっか…

死んだんだ。

どうやって死んだか分からないけど、コートにいるから何か練習したのかな。試合はやれたんかな。でもコートに1人って…


ちょっとさみしいけどこんなもんか、私の人生。ザコ丸出しじゃんか 笑。


魂の私はどんどん離れていく。

どこまで行くんだろ、天国かな、どこでもいいや。

疲れてるし、なんも抵抗する気も起きない。ただただ流されるまま、ずっと、ずーっと。

そんな私に眩しい光がまとわりついてきた。

うっとうしくなり目をぐっと閉じると、私は静かに目を覚ました。


「…」


目覚ましはアラームが鳴る5分前。


「…」


…生きてた。

自分のカラダも確認した。

ホントに不思議な夢だった。

むくっと起き上がり、はぁーと大きく息が漏れた。


脇からこぼれた冷凍棒はぬるくてゆるゆる。汗まみれになってた私はパジャマもびっしょり濡れて寒気が走った。

取れないだるさの中ですぐにパジャマを脱ぎ、下着ごと全部取り替える。

タオルで顔を拭った後、体温を計った。


38℃


こんだけ汗かいてるのにまだ熱ある。

さっきは寒気走ったのに、なんかゾクゾクするし、カラダは熱い気がする。芯が冷めてないみたいな、あの気持ち悪い倦怠感は5:00のまま、まるっきりそのまま。


どうしよう。


行きたい。

行きたいけど、でも、でも…ホントに私、いいのだろうか。

みんなが待ってる。

待ってるけど、コートに立てるの?


熱、少し下がったけど、間違いなくまた上がる。


1人でコートに倒れた夢。


“命を賭けて下さい”


死ぬ、のかな?

くそっ。

ここにきてブルってる。夢の中では死んでも平気だったのに。

なんで。

なんで、なんでだよ!


行きたいのに。

試合行きたいのに…震える。


最悪だった。

その時、ケータイのアラームも鳴った。

それを止めてメールが入ってたのに気付いた。


サトちゃんに、ミワちゃん、それぞれ一通づつ。

珍しい。いつもラインなのに。



差出人:サトちゃん

おハロー☻✨

6月×日

6:20


ミハル♡おはよーございます( ´ ▽ ` )ノ✨

☀️気分はどう?☀️

今日はいよいよだね↑↑

ミハルの晴れ舞台楽しみだよ!


。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:


って言いたいけど

ミハルは無理しすぎる時あるからこれだけは守ってね。


起きて体調悪かったら、来たらダメ!


このあいだ、あんだけ焚きつけてなんだけど

やっぱミハルの元気な姿をずっと見たいから、無理だけはしないで。


ヤバかったら必ず休むこと。

いつでもラインしてちょ☻✨


りりか♣︎ょり





差出人:ミワちゃん

おはよう。

6月×日

6:40


おはよーさん。

どう?体の具合?

まさかビビったんじゃないのか?

ヽ(;▽;)ノ


なぁ〜んてな✨笑


今日は

必ずミハルをコートに立たせるようにがんばるよ。


でも体調悪かったら絶対来るなよ。

今日休んだら試合は無理だけど、安心して。

まだリーグ戦あるから。

リーグ戦は20点どころか40点差をつけてやるから

ミハルは偉そうにあたしらを待ってて。


来れるなら勿論大歓迎✨

お互い体が資本だもんね


返事だけよろしく頼むわー




サトちゃん。

ミワちゃん。


二人のメールはまるで今の私を見ているような、そんな内容だった。

私が逆だったら、こんなメール送っただろうか?


なんでこんなに優しいの?

って何度も思った。

何度も何度も私を救ってくれて…


はぁ…


また息が漏れる。


気分は最悪だ。

体調も最悪だ。

頭痛とか腹痛とかないクセに、足は痛い。

特にヒザ、嫌な予感がする。


先生はこんな状況では絶対休めと言った。

本当に危険なんだと言ってた。

最悪な事もあると言ってた。

命を賭けなさいと言われた。



…答えなんてもう、決まっていた。


私はもう一度ストレッチを始める。

時間もないから手早くだけど入念に。痛む足は優しく。

テーピングのアイテム揃えてから私は二人にラインする。


》》》

ミワちゃん、サトちゃん。

おはよー( ´ ▽ ` )ノ

今日の私、すっごい元気ブンブンまるだよ!

カラダ軽いし、元気すぎてちょっと寝坊した♥︎

駅で待ってて。

パパと一緒に車で迎えいきます

( ̄▽ ̄)

》》》


さて、と。

シャワー浴びるか。

だって…

汗臭いままじゃ二人に嫌われるもん。





しょうがない

こればっかはしょうがない

好きなもんがそこにあって譲れないんだから

波風立てても

目鯨泳いでも

明日の立場は逆でも平気なツラで知らん顔でしょ

昨日私、あんだけ言った。

カワイイウソ。女でよかった。

はぁ?

全然ウケないんですけど

全然ウケないんですけど

全然ウケないんですけど。

…なにか?







ボールの突く音。


コートを駆け抜ける足音。ボールがバンクに当たり、リングを揺らし、ネットに吸われる度“よっしゃーナイスー”とか"あー!まだまだ!”とか“燃えろー走れー”とかの応援。

手を叩き、ペットボトルを太鼓代わりに、時には地団駄する響きは、全て私のカラダに伝わってくる。


足の裏から血管に、血管から骨に、内臓に、私のカラダ全部に流れる会場の空気。

熱い!

燃える様に熱い。

頭までズンズンぶっ叩かれる様な痛みとテンション。

興奮しない方がおかしいってくらい、荒ぶる息を抑えて私はコートを見つめていた。


夢のようだった。

何度も夢を見た。

私がユニホーム着て、バッシュ履いて、この両手でボールを持ってる。


私、もうすぐあそこに立てるんだ…


試合終了の笛。

勝ったチームは大円団。全身で喜びを表現するさなか、負けたチームはその影で腰まで砕けて涙を流しその夏が終わる。

必ず勝敗は仕分けされ、勝った者だけしか喜べない。

その光景が懐かしく思えた、私には随分遠かった気持ちだったから。


「行くか」

試合を静観していたミワちゃんはコートが片付いたのを確認し、眉ひとつ動かさずポツリ呟いた。

それは不思議と耳に届き、スイッチが入る。


「円陣、いくぞー!」

“イチ、ニッ、サンッ、サァー!”

私達は一斉に自分達のコートへ流れ込む。

私はサトちゃんと最後に足を踏み入れた。


“トクンっ”


胸に手を当てる。

静かに自分を落ち着かせ、目を閉じる。


ホントに夢みたい。

目を開けてみてもまだ不思議。


…帰って来れたんだ、うん。


「サトちゃん」

「ん?」

「コートって、広いね。天井もさ、高い。すっごくライトも眩しい。私、大丈夫かな?震えてない?浮いてない?」

「いつものミハルだよ」

サトちゃんの笑顔にホッとした。


「どうする?シュート打ってみる?」

「うん。でもその前にちょっと付き合って、慣れたいから」

「いーよー」


開始10分前。

両チームはハーフコートに分かれて最後のアップを行うのだが、大抵この時間はレギュラーを中心にシューティングやらフォーメーションの確認をしていく。


私はそれには参加せずサトちゃんと一緒に、邪魔にならない場所で別行動。

パスをお互い何本か通し、先ずはボールの感触、コートの感触を確認。

ボールをキャッチする度モーションをひとつ増やし、足の踏み位置やフォームなんかもサトちゃんに見てもらう。


「サトちゃん。今度はボールを少し高く上げて、そっからドリブルしてみる」

「オッケー」

ふわりと上げてくれたボールを空中でキャッチ。

“よし”

足は、いける。

そこからドリブルを始める。

“よし”

これなら、いける。

サトちゃんにフェイントを掛けて抜きに行く。

フロントチェンジからキラーチェンジ。

左から右、そしてまた左。

“よし”

朝は足の痛み、心配だったけど大丈夫。

熱だけ、熱だけなら大丈夫。


と、思った瞬間だった。


“!”


左膝に走った痺れ。


なんだ、これ?

痛みじゃないけど…何、これ?

「…」

左足をトントンと二回踏み付けたが痺れは消えてる。

「ミハル、どうした?膝?」

「え?あ、大丈夫。なまった分、ちょっと違和感あっただけ。もう一回やってみるから同じのお願い」

「そう、うん。分かった」

サトちゃんはもう一度ふわりと同じ球を投げる。

私は空中でキャッチ。でも今度はドリブルしないでキープだけ。

「…」

痺れはない。痛みも無いし気のせい、かな。

「どう?ミハル、痛みあるんじゃないの?」

「うん、大丈夫。今軽く試したけど痛みとか全然なかったから。もう一回お願い」

「いいよ。はいっ」

再びふわりと舞うボール。空中でキャッチすると今度はドリブルで切り込む。

“よし”

やっぱ大丈夫。ちゃんとテーピングもサポーターもしてるし、さっきは膝がびっくりしたんだ。


それにしても疲れる。

たったこれだけでもう息が上がってる。ホントになまったんだなー。

でもこれなら1分はもつ。

1分なら、なんとか。


そこからいくらかキャッチボールを繰り返し、私達はシュート練習に合流した。


「おう。来たか、ミハル。打つ?」

「うん。少しだけやってみる」

「先輩、いきますよー」

歓迎ムードの中、ゴール下から1年生が真っ先に私にパスをくれた。

左45°、私の得意なシュートスポット。

ボールを貰い、左手から右手にフロントチェンジ。そのままジャンプショット。


イメージは出来てる。

いつも見てたカトちゃんのシュートを思い出してそれをやったつもり。


ボールは高いアーチを描くが、リングにはひとつ届かなかった。


「だめかぁ」

苦笑い。

「気にすんなって。エアだけど綺麗なフォームだよ」

「イメージだけはね。やってたんだけど」

再びもう一本シュートを打ってみる。

これも外れた。

更にもう一本。次は力をこめて打つ。

するとボールは綺麗な弧のままリングの中へ。


シュッ…


ネットの擦れる音。

こんなに耳に障る会場なのに、その音を私は確かに聞いた。

そしてゾッとした。


入った。


ヤバイ、なんかもうヤバ過ぎてウルッときてる。

人目はばからず、やったー!やったー!うおーっ、嬉し過ぎぃぃぃ♡♡♡

って喜びたい気分ではあるのだけど、私は冷静を取り繕っていた。


「…みんな、どしたの?」


気付くと皆が自分のプレーを止めて私を見ていた。

「ミハルぅぅ!」

皆が私に駆け寄ってくる。

「やったじゃん、完璧だよ」

「すごいよ、うん。すごい!」

「先輩、感動しました!」

「いや、まだ練習だし。試合でやんなきゃ意味ないし」

「照れんなって。相変わらず可愛くない奴 笑」

試合前からこの異様な盛り上がりに、他のガッコからもなんだなんだ⁉︎と変な注目と空気を作ってしまった。


「ちょっと、もう一本やってみて」

「う、うん」

今度はみんなが一斉に見てる。

うわぁ、やりづれー。

ただ、練習は練習。仕方なく同じシュートを打つ、丁寧にイメージを重ねて。


“!”


その時、またあの痺れが左足に響いた。


え⁉︎


「…ごめん、もう一本、いい?」

「おう、じゃんじゃんいこう」


私はもう一度同じシュート。


“!”


また痺れが走った。

今度は痛みも出た。


もう一回シュートを打つ。

また痛みと痺れ。


「…」

「どうした?」

「ちょっとベンチ戻ってる。無理出来ないからね」

「そうか。そうだな」


なんとか笑顔でゴマかしてベンチへ1人。

歩いてる間、左足に痺れがずっと回ってる感じが続いた。


「…」


タオルで顔を軽く拭って素知らぬ顔…のつもりだった。

実際はとんでもない疲労に襲われていた。なんにもしてないのに、頭もクラクラするし、気持ち悪いし…カラダは嘘つかない。

そして足の痺れ。

ベンチに座っても膝を中心に回ってるような感じ。

手で軽くパンパンするとその場所が、針を刺す痛みが広がった。


こんなのバレたら即病院決定だ。ここまできてそれだけは厭だ。

なんとかバレないようにしなきゃ。


「…!」


変なタイミングでカトちゃんと目が合った。


「どうした、燃料切れか?」

「体力温存。カラータイマーは1分なんだから。ちゃんと手応えもあったし、あとはのんびり待つだけ。お味噌だよ、今日の私はお味噌汁☆」

「…そうか」


手を後ろに組み、足をぶらぶらさせて私は如何に楽勝かの態度。

カトちゃんと目を合わせないようにコートのミワちゃん達を見守る。

でもかえってそれが変な空気を感じて、私は一度“うーん”と背筋を伸ばして席を外した。

開始直前と知りながらトイレに行くとわざわざつまらない嘘もついた。

個室に入るまで、平然を装って。





知らないフリ 自分を見て見ないフリ

遠く欠けた月の下

這いつくばったその先でカエルのしょんべん浴びてるわ

知らないフリ 自分を見て見ないフリ

勝手に決めた夜の終わり

あたしの爪先舐めて喜ぶ

カタツムリみたいな奴らにあたしの何が理解わかるのさ。

あたしのしおばかり舐めて、泪なんて所詮はあんたの靴跡なんだろ?






「ミハル!」

「サトちゃん…!」


トイレから出て何度もうがいをしてるとこ見られてしまった。


「どうしたの?具合、悪いの?」

「ん…?手洗いうがいは忘れない 笑」

私はポーチに入れたガムをさりげなく一口。

両手に握ってくにくにしながらおちゃらける私だったが、サトちゃんは騙せなかった。


「顔色…凄く悪いよ。さっきの時も少し変だった。開始前にトイレなんて普通ないよ」

「…っ」

言葉が詰まってしまった。


個室に隠れた途端、ベンチで感じた疲労と悪寒が一気に押し寄せて私はそこで、吐き戻していた。

朝ごはんは飲むゼリーだけだったのに、それも全部いっちゃった感じで(ほぼ胃液だけど)余計体力を削られたのは否めない。

口に残った匂いだけ消す為にうがいして、歯磨きして戻るつもりだったが、サトちゃんに見られてついガムを放りこんでしまった。


「ーすごい熱。ミハル、調子いいってラインで言ったじゃん」

私の額に手を当てたサトちゃん。

あっさり今朝の嘘がバレてしまった。


「試合、もう始まってるから……戻らないと」

私はサトちゃんを見れなかった。

反転して痛む足を見られないよう歩き出す。

サトちゃんは私の手を離さなかった。


「サトちゃん…!」

「…」

サトちゃんは顔を横に振る。

「…」

私は唇をギュっと噛み締めた。

「病院行こう、ね」

「…やだ」

「ミハル!」

「試合!始まってるから!」

「ミハル!」

手を振り切ろうとしたがサトちゃんは絶対に離さなかった。

私は小さな声で言った。


「試合…始まってるから…私にとって、今日が最後だから」

「最後なんかじゃない!まだ決勝も。リーグ戦も5試合もあるじゃない。都大会だってある、ミワちゃん達が連れて行ってくれる!信じること、出来ないの?」

「信じてる、信じてるよ!でも違うんだ」

「違うって…なに?」

「…」

「…」

「…サトちゃんには全部話す。話すから内緒にして。お願い」

「…」


「私、ラインでウソついた。ごめん。カラダ軽くて元気って書いたけど5:00頃起きた時に熱が39.5℃あって、頓服飲んで氷当てて無理やり熱下げようとしたけど下がんなくて、風邪じゃないんだけど、すごく気持ち悪くて今もトイレで吐いた。足も朝痛くて、テーピングしたけど、さっきまた痛くなって…」

「やっぱり!なんかおかしかったもん」

「…」

「…」

「サトちゃんからメール貰って、ミワちゃんからも来て、それで今日ダメでも必ず出番作ってくれるって。30点でも40点でも点取るから安心しろって。すごい嬉しかった」

「だったら」

「私は今日が最後って決めたんだ」

「え」

「勝っても負けても、私が出ても出なくても。この先、勝って次に行く程試合は厳しくなるし、そんな中で私の事を考えたら必ずどこかで無理が出る。私が試合出て負けるならそれで構わないって言ってくれたけど、それだけは絶対に嫌なんだ。負けてもいいとかじゃなくて、私の為なのが、耐えられない。病院の先生に1分が限界って言われて、今軽く練習してみて改めて理解したよ。やっぱり1分しか私のカラダはもたない、うん、ホント理解した。もちろんこの後は病院行く。でももし試合見ないでここで病院なら…もうこの先私のカラダは動かない。気持ちもあるけど、無理出来ない、無理するのが怖い。だから今日だけ、今日だけなんだ。私が動ける日は。ユニホーム着て、ベンチ座っていられるのは。この試合、私は出られなくてもいい。準決勝終わったら決勝は見ないで病院行く。だからこの試合だけ。ここだけみんなと一緒にいたいよ。サトちゃん!お願い…お願い」

「…」

握った手が緩んだ。

サトちゃんはしゃがみ込むと私の足を触り出す。

「…つうっ」

「痛む?」

私はコクリとうなづく。

「座って」

私は言われるままぺたんと腰を下ろした。

「ちょっと待ってて。いい?1歩も動いちゃダメよ」

「うん」

1分も掛からない内にすぐにサトちゃんは帰ってきた。

手に持った応急セットですぐに私のサポーターを脱がした。

「いつぐらいから痛み出した?」

「サトちゃん…許してくれるの?」

「いつから痛くなったって聞いてるの」

「ごめん。えっと…サトちゃんとキャッチしてドリブル入れた時、変な痺れがあって、シュート何本かしたら痛みも出た。あの後すぐ休んだけど膝とか触っただけで刺されたような痛みもあって、それがずっと続いてる」

「そう」

サトちゃんは私のテープを一度見て、全部剥がしていく。上からオキシドールで粘着を弱めてくれたが、それでも若干痛みは回った。


「…臭ってないからガムは捨てて」

「うん」

銀紙に包むと私にスポーツドリンクを手渡す。

「冷たくないから体に負担は掛かんないから、ゆっくり飲んで」

「ありがと」

唇に付いただけで甘く感じた。

それだけで少し幸せ。

「…足は腫れてないけど熱、持ってる感じ。ちょっとスプレーかけるから無理なら言ってね」

冷却スプレーで膝をプシュー。

「ぅ、ぁ」

「痛い?」

「…少し楽になった。もうちょっといい?」

「うん」

スプレーが回ると、ぅぅ、あっ、など声が漏れてしまうがさっきよりはマシになった。

ある程度スプレーをしたら軽くタオルで拭いてそこからテーピングをやり直した。

「.…なに?」

「ううん、なんでもない」

サトちゃんの鮮やかな手さばきに見入ってしまった。

「そうだ、ミハル。これ」

「これ?貼るの?」

「熱あるもん。下げなきゃ、少しでも」

「でも」

私に手渡された熱冷ましのゲルマット。

「これすれば問題ないでしょ」

「ハチマキ…」

確かにハチマキ付ければ大丈夫だけど…

「サトちゃん…これ、普通に恥ずかしい」

「なら病院、今行くか?おぶってあげるけど」

「つけます。ハチマキ」

即答で私は額にマット、そしてハチマキを巻いた。


…悪くない。むしろ気持ちいいかも。

スポーツドリンクも更に美味しく感じた。


「サトちゃん。ありがと、おでこ、いい感じになった」

「どいたしまして」

「なんだか、ママみたい」

「ミハルのママ、優しいもんね」

「うん。サトちゃんに怒られた時もママに言われてるみたいだった」

サトちゃんは何も言わずじっと私を見つめ、私の頭を撫でると次にギュっと抱きしめた。

前にもこんな事あった。

あったかくて、やわくて、安心する。

痛みも忘れるくらい。


「私、がんばる」

「…がんばれ」

「うん」


支えてもらい立ち上がる。

痛みは…ある。


体育館の扉を二人で開ける。


眩しくて輝くライトの下で、既に準決勝は開始されていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ