5.その影に見えた彼女
夏の大会まであと何日、まで迫っていた。
最後の最後で私のベンチ入りも決まり、自分が試合に出れた時を想定して、私は連日自宅で動画やらDVDでイメージトレーニング。
カラダを動かせない自分にやれる事はかぎられている。
安静にして、ケアして、イメトレ。
イメトレは、より鮮明に夢に出てくるくらい動画を頭に刷り込むようにしてる。
例えば、今観てるのはNBAのプリンス・カーリーのスリーポイントショット。
私が一番好きなNBA選手で得点王にも輝いている。彼から学ぶもの、シュートフォームもそうだけどそれよりも感じるものは“リズム”とゆうか、空気のようなもの。
それは結構曖昧なんだけど、彼にボールが渡ればシュート打つ前から“あ!入る!”と思わせる、なんとゆうか絶対的な存在感。
そして“あ!入る!”と思わせる空気は、現実にその通りとなりゴールを量産。
逆に“あ!入る!"って空気がない選手は、何本打ってもゴールは遠い。
女子高生の試合であってもそれに近いものはちゃんとある。
全国大会に出場してくるガッコの選手は、テレビで観ててもビシビシ伝わってくる。“あ、こいつ、練習やってる”って。
まぁ、練習するのは当たり前なんだけど、あえてそのオーラがビシビシ伝わってきて、そんな選手がいるガッコは必ず何が起きる。
私もこんな雰囲気身についたらどんだけ楽なんだろって思う。
天才はやっぱりすごいって漠然に考えながら、バランスボールを椅子代わりに観てる。
ケアに関しては足。
足はあまり良くない。病気もあるから集中してリハビリに専念出来ていない。その分、整体とかもやってるが…やる度に熱が出る。熱が出るのは体質なんだろうけど、熱が引かなくて次の日は必ずガッコ休んでる。
そんなだから筋力も落ちまくっている。今の私はガッコの階段上がって、一つ上のフロア行くのもしんどい。普段は階段を使わずエレベーターだが、エレベーターは優先者マークが堂々と貼ってあり一般生徒は使えない。
私は若いし、足の自由は効かないが補助杖を使ったりもしてないので、外見は一般生徒。
そのパンピーちゃんが平気でエレベーターを使ってるので毎日の様に白い目で見られてる。もう慣れたけど 笑。
足の自由が効かないけど、日常生活には支障はきたさない、体力は0だけど。
歩く事は出来るが走るのは無理。
病気もあるけど、私が負った怪我は私から運動を奪ってしまった。
激しい運動をすればその先に補助生活が待っていると、病院で忠告された。
だから私がコートに入り1分もつのかも不安だ。
そして病気。
最大の不安、腎臓病だが最近はまずまず。
ベンチ入りが決まったあの日。泣き崩れて心底興奮し結果、その夜は高熱が出た 笑。
興奮しただけで熱が出る情けないカラダではあるが、それ以降は体調が変化することはない。
若干微熱が出たり、気分が優れなくガッコを早退したり等はあったがそれはいつもの話。
部活には顔を出していないが、ここ2、3日は信じられないくらいカラダが軽い。それだけが救い、どうにか当日までこの調子で…そしてどうにか1分。持ちこたえて欲しい、みんなが作ってくれる1分、どうにか…
ちょっと疲れた。
DVDずっと集中して観てたから目がしぱしぱしちゃう。
甘い物食べたいけど、私の口の中はノンシュガーのミントガム。甘い物の代わりでさっきからずーっと1時間以上噛んでる。
ちっとも美味しくない。
もう慣れたけど。
甘いのは我慢、間食ばっかしてデブになりたくないし。病気になってからは特に食生活は気を使ってる。
動けない自分がやけ食いして憂さを晴らすことも出来るが、そのあとが厄介だ。一度ダラけてしまうと元には戻れない。ダラけるのは楽で楽しい、厳しく節制してきた日々が馬鹿みたいに思える。
その誘惑がもたらす悲劇が脂肪。
腹に、腕に、太ももに、そして胸にはちっとも付かない 涙。ちっとも付かないどころか胸筋が落ちて若くてもだらしない垂れ乳にもなりえる 号泣。
そうなると…なんか、乳首まで黒くなってしまうんではないかと恐怖に陥る。ならないとは思うけど。
ブスでいいんだけど、カラダはブスになりたくない。
いかん、いかん。
リフレッシュしないと。
この間中古だけど偶然手に入れた、このお宝DVDで…♡
“ピンポーン”
ー?
なんだよ、タイミング悪っ。
しぶしぶインターホンのモニターをONにする。
…マジ?
モニターにはカトちゃんが。
無視しようとしたらまたチャイム。
チッ…
舌打ちして重いため息、あ…またチャイムを鳴らしやがった。
はいはい、行きますよ、行けばいーんでちょ。ココロの中で赤ちゃん言葉で目一杯の嫌味。
ガチャと開けるドアに無愛想なオッさん。
私も無愛想だけど。
「…」
「…」
「どうしたんすか?」
「様子見に来たんだよ」
“ほれっ”と私にケーキ箱をよこす。
ケーキ…くそ、嫌味かよ。
イラっときたがここで帰すのもなんなんでとりあえず家に上げた。
「お、いい家住んでんなぁ」
…ほっとけ。
「親が頑張ってくれてますからねー」
「親御さんは仕事か」
「父はタクシー、母はパートです。ケーキありがとうございまーす。私は食べないけど」
「安心しろ、ご両親の分だけだから」
だんだんムカッ腹が湧いてくる。
私は平常心を保ってティーカップを用意、紅茶を注ぐ。
リビングではカトちゃんが勝手にDVDを再生していた。
「おい、こりゃなんてグループだ」
「…カトゥーン」
「カトー?」
加藤はあんただろ。
「亀梨君ってのがこの子で、私はこの人好きなんです。野球とか詳しくてなんか色々野球の番組にも出るから、私も野球のルール覚えましたよ」
私は淡々と言った後DVDをoffにした。
「ーで、ホントに今日は何かあったんですか?家に来たのだって初めてだし、あ!分かった。私にホレたな?ダメダメ、私には亀梨君も手越君もいるんだからさ」
「あ?俺はガキと貧乳に興味ねーよ」
「!」
このセクハラオヤジ!
「なんで俺が色気ねーくせに金だけは無駄に掛かりそうなお前に惚れるんよ」
「…あーそうですねー。部の専用タブレットにガイジンのエロ画像入れてますもんねー」
「ありゃ元々俺の自腹で買ったんだ」
あー言えばこうと、ホント、この人のこうゆうとこが嫌いだ。
「いいか?男が女のエロ画像好きなのは当たり前だ。俺みたいにオープンにしてる奴はまだマシだぞ。それこそお前の好きなジヤニーズなんて得体が知れないだけに、裏知ったらヤベーぞ。毎日アイドルやらファンを食いまくってんだからよ」
「…」
私は怒りが貯まって机をバンッ!
「セクハラ!」
「どこまで王子様探してんだよ」
「もう帰って!帰れったら」
ホントに無視して家に上げなければ良かった、こんなジジー。
「…」
「…」
「…」
「…なに?」
「あーすまんすまん。くだらないDVDで盛り上がっちまったな」
「…」
盛り上がってないし。
私は睨みつける。
「だーから悪かったって。な?」
「…」
「話しがあって来たんだよ」
「?」
「昔話し」
「どゆこと?」
「長くなるが、まぁ聞け」
「…」
「…」
私は追い出すことを一旦やめてソファに座った。
「ー次の試合、俺はお前をベンチを入れると決めた。お前が望んで、部員が望んで、医者からも許可が下りたからな。俺も入れてやりたいと思った。皆が望んだんだ、別に何がこうって訳じゃねぇが…昔を思い出してよ。まだ俺が若かった頃だ。ここじゃなくて他の学校だったが、初めてバスケ部の顧問になったのはいいが、男バスかと思ったら手違いで女バスの担当でな。まぁへこんだわ、嫌いなんよ、女はめんどくせえからな」
「…」
ちょっとイラっ。
「おい、ホモじゃねぇぞ」
「分かってるよ」
「…」
「…」
「男と違って女は根本から全く別の生き物だ。俺の受けてきた指導をそのまま奴らに伝えようにも通じねぇのよ。例えばルールなんかで男と女に差があればいいんだが、体操みたいにな、器具が違うとか、だがバスケは同じ。試合時間、コートの広さも、3Pの長さも…そうすると男と比べて体力もパワーも足りない女は、それを補うため変な癖をつけるんだよ。分かるか?」
「…両手シュート、とか?」
「そうだな。それもある。シュートは片手が理想だ。正確なフォーム、高さ、スナップ、腕力はその次でいいんだが、女の場合はとにかく届かせるために胸元から強引に打ち込む奴が多い。距離は届くが余計なナックルが掛かるから大幅にブレるし、バランスも酷い。だがそんなことよりもゴールに届かないことが悪だと考えるんよ。挙句の果てにレイアップさえ片手で打てない奴までいた。それを中学時代から平気でやってた訳だから高校じゃ修正が効かないのさ。そのクセ、口だけは達者でこっちの言う事は聞きやしねぇ」
「…」
「都合のいい時に生理だクソだ、着替えひとつも更衣室なきゃ出来やしねぇ」
「そんなの…しょうがないじゃん」
「そうだよ、だから女は厭なんだよ」
「…」
「ただ、その中でも当然俺が目を掛けた奴もいた。何人かいたんだが、その内の1人が井上…井上見弥といってな、うん。俺が初めて会ったのは井上が2年の時だ。ポジションはお前と同じガード。実力は当時のお前よりもう一歩出てた。井上のプレイを見たときに女バスも悪くないと感じた、いや、希望も持てた。あいつは根性もあるし、素直だったからな。俺のシゴキにも半べそかいても着いてきたし、俺がスクワット千回やれと言えば千回やった。その場で出来なくても家に帰って残りの回数やったと次の日言われても俺は嘘だとは思わなかった。それがプレーに出てるからな。チームも井上中心にまとまり、順調に事は進んであいつが3年になっていよいよインターハイを残すのみとなった予選。都大会も勝ち続けて準決勝まで行ったのだが……」
「…?」
「…」
「…」
「その試合で井上は大怪我を負った。相手の故意による悪質なファールでな。お前も経験あるだろ、ファールゲーム」
「…」
反則をわざとすることは許されない行為だ。
でも勝つためには時にあえて反則をして流れを切る必要もある。
言ってみればそれがファールゲーム。
例えばバスケの場合、シュートを打つ際にファールをされると、フリースローを二本打てる(そのシュートが入ったら一本のみフリースロー)。
個人で5回ファールをすれば退場だし、個人ファールはチームファールとして加算されて、チームファールが5回を越えると、バイオレーション以外のファールは全てフリースローになってしまう。
(バイオレーション=相手に触れる等の反則と違い、自分だけでしてしまった反則)
ファールは個人もチームも圧迫するものであり、しないに越したことはない。
シューターにフリースローを与える事は敵にボーナスをあげるのと変わらないからだ。ただし、それはあくまでフリースローを決めたらの話しで無条件に点が入るわけではない。
つまりこれを逆手に取るってこと。
ファールした→フリースロー→相手が外したらリバウンドでキープ→こちらの攻撃。
みたいな流れを組めると、逆に今度はファールされた側は焦り出す。わざとファールされてココロが乱れればボーナスであるはずのフリースローもポタポタ落としてしまう。
私も過去経験した。
シュートが決まりリズムに乗ろうしたら、何度も嫌がらせされんるんだ、これが。
審判の見えない角度で脇に肘鉄食らわされたり(もはやファールゲームでもなんでもない 笑)そこまでするかよってやつもやられたが、私はあえて何もやり返さなかった。
イライラすればこっちの負けで、あっちはわざわざリスク払って反則してるんだからほっとけば自滅すると。
そして私の腹の中では“加藤のジジーに比べればこんなのハナクソ”っていつも思ってたから、ファールでフリースロー貰える度に無表情で淡々とシュートを決めていた。ココロでは“わざわざご苦労様♡”って言いながら。
「ーその試合、相手の執念は特に凄くてな、井上は執拗に狙われた。だがあいつは全くその挑発には乗らず、逆にファールゲームを自分のものと利用して、チームもそんな井上に感化されて着実に点を重ね後半残り五分で差を20点まで広げた」
「後半?」
「当時はクォーターじゃなくてハーフ制だったんだ」
「ふーん」
「で、残り五分、これを決めたら決定的な場面。自陣でボールカットして一気に速攻を仕掛けて井上は自ら切り込んでレイアップで飛び込んだ。だが井上より一歩遅れた相手ディフェンスが後ろから井上のユニホームを掴んで強引に引き落としたんよ…その結果、井上は無防備に床に叩きつけられ肩の脱臼。肘も強く打って、大怪我を負った」
「え」
「元々練習中に肘は痛めてはいたが、普通に試合もこなしていたし、勿論処置も怠っていなかったからそこまで深く考えていなかったんだよ。井上の代わりを出来る奴もいないからな。そしてあの怪我だ。相手の悪質なファールだったが、そもそももっと俺が井上を早くベンチに下げてればどうにかなったかも知れないからな。あの事故は俺の責任でもある」
「…それで、勝ったの?」
「勝った。勝ったが…代償を負った。井上は次の試合、何が何でも出ると泣きながら直訴してな。初めてだった、俺にあんなに反抗したのは。何度も何度も大丈夫だからと俺に訴えてよ、チームの奴らも井上をやれるとこまでやらせろってな。まぁ、当然無理な話だ。井上を直ぐに病院へ送った。そして次の試合は負けた、あっさりな。相手が強過ぎたのもあるが、井上不在のショックだろう。脆いよ、強いチームだと思ったが中心抜けるだけでこうも崩壊するなんて、さ。井上達の夏は終わり不本意なまま引退…そして、井上は姿を消した」
「…?引退したから体育館来ないとかじゃなくて?」
「…」
「…?」
「…不登校っつうか、学校に来なくなったんだよ。試合では大怪我負ったけど幸い大事には至らなかったんだ。が、その怪我が原因で決まりかけた大学のスポーツ推薦も取り消された。ひとつの怪我がふたつみっつと夢が消えていく。責任感も強い奴だし周囲からの期待も信頼もデカかった分、あの試合で周りに見せる顔が出来なかったんじゃないのか」
「でもそれはしょうがないことでしょ。周りが責めるわけないじゃん」
「ああ。だが、他人が言うのと本人が感じるのは別なんだよ」
「…」
「そしてそのまま来なくなったあいつは、三学期の始めに退学した。卒業せずに井上の高校生活は終わった」
「…」
「卒業式から何日か過ぎた頃、俺の元に届いたのが井上の訃報だった。あいつは死んだ」
「え」
「交通事故だったんだが、葬式の時には随分責められた、当時のバスケ部の女共にな。なんであの試合、少しでもやらせてあげなかった、ベンチだけでも入れなかったってなぁ。少しでもさせてあげればこんな事にならなかったってなぁ…まぁ否定はしねぇさ。確かにもう一度コートに立たせて再起不能にしてやってもいいが…出来る訳ねぇだろ、指導者として。どんなに責められても俺は間違ってはいない。今でも正しいと思ってる。だから…お前をベンチに入れたのを後悔してるんだよ」
「私と井上さんが被ってる、みたいな」
「コートで死んで本望とか思うなよ。一番悲しむのはご両親だ」
「うん、まぁ…」
「悪かったな、つまんない話で。体調だけは崩すな」
カトちゃんは席を立ち、そのまま玄関へ。
「センセ」
私は呼び止めてしまった。
いつもならスルーなのに、彼の背中を、後ろ姿を見たときに何か言わなきゃと、とっさに声がでってしまった。
「なんだ」
「多分井上さんは本当に試合したかったとは思うけど、でも私は井上さんとは違うから」
「…」
「うーん。私も試合はしたいし、ベンチに入れてもらえてすごく嬉しかった。でも井上さんとはちょっと違うってゆうか…私、ホントはとっくに諦めてたんだ。口ではいつか復活するって言っててもココロではコートに立つ勇気も無くて、何度も諦めた、ホントだよ。怖かったんだ、色々失うものが多くて、離れていってしまう。何度も諦めて夢を託すふりをしてた、いや、ふりじゃないけど悪く言うとそんな感じ。私、ホントずるい奴なんだ。でも友達は何度も救ってくれたよ。いつも失う私の夢を取り返してくれるの。今度のエルモア戦、怖いよ。何秒もつんだろ、私…私のせいで負けたらってまだ考えてる。出来れば私の出番が無くて勝てればいいなって、まだ腹のどこかで考えてる。でも、やるよ。病院の先生にも親にも友達にも、もちろんセンセにも感謝してる。みんなのために頑張るけど…一番は私の為。私の最後のわがまま」
「…」
「勝っても負けても。試合に出場しても…出来なくても私のバスケはここで終わりって決めたから」
「出れなくてもか」
「うん。病気治っても、足良くなっても、私のバスケはここで終わり。だって最高のテンションなんだもん。カラダ全然ダメなのに、試合やっても役に立たないのは私が一番知ってる。それでも舞台作ってくれるんだよ、私の為に負けていいって言ってくれるこんな最高の試合。これ以上最高な気持ちで、この先臨めることないもん。私は私の60秒に全て賭けます。だからもし私のせいで負けてガッコからセンセの評価とか下がったら…ホントごめんね」
「ガキが舐めた事言ってじゃねぇよ」
「…うん」
「…」
「…」
「お前が試合に出るのはお前の責任。お前を試合に出すのは俺の責任。余計な事は考えるな」
「うん」
「…」
「センセ」
「まだか」
「うん」
「…」
「試合終わったらさ、私を井上さんのお墓連れてってよ」
「あ?」
「あなたの分までがんばったって言いたいの」
「住所教えるから勝手に行け」
「私1人じゃ無理なの知ってんじゃん!パパは仕事で忙しいし、頑張ったご褒美に付き合ってくれてもいいでしょ、車持ってんだから」
「ご褒美だ?」
「そうだよ。がんばる私にたまにはデートのひとつくらいいいでしょ」
「…そういうのは、頑張ってから言うんだな」
「じゃあ…がんばるよ」
「フン」
カトちゃんはそのままドアを開けて出て行った。
勝っても負けて、出ても出れなくても、これが最後。
掌を見つめ握っては開き、グー、パーを繰り返す。
後には引けない。
動いてね…私のカラダ。
私の…60秒。