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届け、私の60秒!  作者: kiko // (詞..若月夢)
4/8

4.大好きなバスケットボール


「ーうん。悪くないと思います。少しですが回復の兆しが見えますから、このまままた様子を見ましょう」


大会の初戦まで二週間を切った。

準決勝の相手は予想通り、聖エルモア高校。

外国からの留学生が来たらしく、その影響からか一回戦、二回戦共に100点ゲームで相手校を圧倒。厳しい試合になるかも知れない。


今日は病院で検査の日。

ガッコ帰りに寄って、いつもの検査を一通りした後で最後は先生とお話し。

前回の検査結果とか、私が毎日つけている体調日記を見てもらったりして今後の方針なんかを決めていく。ついでに全然関係ない雑談も交えながら。


「ー先生」

「なんでしょう」

「試合…なんですけど」

「…」


診察が終わり部屋を出る前、思い切って先生に聞いてみることにした。


「もうすぐ夏の大会があって、最後の大会で…まぁ私には関係ないんですけど」

「…」

「なんてゆうか、その…」

「バスケット、ですよね」

「…はい。チームメイトが、そのぉ、私を試合に出したいと言ってくれて…私は断ったんですけど、ただ、なんてゆうか、もし本当に出れるとしたら…」

「…」

「私はバスケ、やってもいいですか?」

「…」

「…」

「うん。なるほど」

「…」

「例えば、学校の先生はどう言ってるかな」

「だめだと、言われました」

「うん…うん。そうだね」

「…」

「さっきも言ったけど、血液検査や君の日記を見て言える事は、回復に向かっているということです。ただそれは回復してるというよりも、兆しが見えた、のかなぁ…という段階でスポーツなどの運動はこのまま控えていただきたいんですね。やるべきではないし、やってもらっては困る。以前にも練習に参加して倒れたときもあったでしょ。さすがにねぇ、そこはあなた自身も分かっていると思いますが」

「ですよ、ね」


私はうつむいて苦笑い。うん、いいんだ、それは。分かってたし。

なんで聞いちまったんだろって。でもそれはしょうがない、うん、ついつい滑ったから、口が。


「…バスケットは好きですか」

「え?まぁ、はい」

「どんな所が」

「どんなとこ?うーん…シュート打って入ったら気持ちいいし、あっ、でも普通のシュートじゃないんです。ロングシュートでバンクにもリングにも触れずにネットに吸い込まれると“シュッ”って音が聞こえて、それがいいんですよ。あと、私のポジションはガードといってー」


気付くと私は先生に色々バスケの話しをし始めていた。

先生は黙ってそれを、うんうんと、うなづきながら耳を向けてくれていた。


「ーだから練習の成果が試合で発揮出来た日には嫌な練習も好きになれるんですよ」

「なるほど。うん、なるほど。僕はバスケットはルールとか良く分からないので、聞いてみてなんとなくではありますが理解出来た気がします。三原さんの話しですごく楽しそうなスポーツだと感じました」

「…」

「…ずっと頑張ってきて高校生最後の大会ですしね、僕個人としてはなんとか試合に出れるようにしてあげたいのですが。ただ、やはり難しい。形成外科の先生も同じ事を言うと思いますが、あなたの体は絶対でなくても安静が必要なんですよ」

「ええ」

「あなたの性格からして、チームメイトから何もしなくてもいい。コートに立つだけでいい、と言われても、そんな事しない筈だ。自ずと全力でプレイしてしまうでしょう。一度の全力プレイがどんな結果を招くか。コートで倒れた君なら分かる筈だ」

「…はい」

「治る病気や怪我がそれで更に遠のくどころか、最悪の結果が君を襲うこともある」

「…」

生唾を呑み込んだ。


「ーと、伝えたんですけどね。学校の先生やご友人にも」

「え⁉︎」

センセ?友達?

「うん。あと親御さんにもね」

パパ…ママ?

どうゆうことだ。

「君が来る少し前ね。一週間位前か、学校の先生、加藤先生だっけ」

「カトちゃんが」

「3日か4日くらい前にも女の子二人、友達みたいだね」

「サトちゃんにミワちゃんだ」

「昨日はご両親もお見えになったよ。そのあとまた加藤先生が見えてね」

「…」

「不思議とね、皆揃って同じ事言うんですよ…君を試合に出してやれないか、とね」

「なんで…だって私、カトちゃんにダメって…みんなにもやれないって言ったし…それにパパもママも、なんで」

「…愛されているんでしょうね、あなたは。うーん、困ってしまいますね。僕は医者ですが、人間だ。しかし、医者なんです。あなたの病に対してこれといった治療方法がない限り、あなたに安静にしてもらう事が一番の治療なので、運動はして欲しくない。でも、一度くらいは思い出も作らせてあげたい。運動会のリレーとかでしたら…まぁ…許可を出してもいいでしょう。ですが、あなたが出るのはバスケットボールの試合、しかも公式戦だ。フレンドリーシップのようにはいかないでしょう、あなたを試合に出すのは危険なんです。何度も説明したけど…その度、駄目ですか?駄目ですか?の繰り返しでー」

「…」

みんな、私のために…


だって試合とかの話しをするとすっごく目をキラキラさせて自分の事のように喜ぶミハルがすっごく可愛くて愛しくてミハルの三年間を形にしてあげたいって


あたし達3年はミハルが頑張ってきたのを知ってます。ずっと苦しんでたのも知ってます。そんなミハルに最後の大会をプレゼントしたいんすよ


友達の声が聞こえる。

センセや両親の姿も見える。

みんなが私を、こんな私をまだ夢の途中に連れて行こうとしてる。


自分のためだけでいいのに。

夢はもう託したのに。

その私をまだ生き返らそうとしてくれる。

胸をずっとつついて、痛いのに愛しい。

私は今まで自分は試合をしてはいけないと考えてた。迷惑掛けたことあるし、逆の立場なら迷惑だと一番に考える。


「あなたのように聞き分けが良いと助かるんですけどね。どうでしょう、運動会のリレーでしたら許可を出しましょう」

「…」

先生の横顔、とても辛かった。

私は横に振った。


みんなが許してくれるのなら…

わがまま言っていいのなら…

たった一度、一度だけでいい。


「先生…私、試合、出たいです」

「…」

「分かっています。分かっているけど…でもやっぱり…試合出たいです。ボール、触りたいです。ユニホーム、着たいです。メーワクなの分かっているけど、もう一度。許して貰えるならもう一度コートに立ちたいです」

「…」

「先生」

「…」

「…」

「…危険なんです」

「はい」

「この先バスケットボールをやれる機会はいくらでもあります、病気さえ治れば。今行動すれば全て棒に振るかも知れないですよ」

「はい」

「…」

「…」


長い沈黙が続いた。

そして先生は言った。


「条件があります。今まで通り練習には参加しない事、出来れば見学もなるべく控えて下さい。当日、万が一、気分が少しでも悪いと感じた場合、そして熱も出た場合は絶対に試合には出ないで下さい。もしそれを呑めるなら…」

「…」


「1分」


「!」


「1分でしたら許可しましょう。1分が限界です。いいですね、1分です」

「…いいんですか」

「守れるのなら」

「守ります!先生…ありがとうございます」


1分。

たった1分。私はこの1分にどれだけ想いを寄せたか。いや、試合に出れる訳じゃない、決めるのはあくまで監督の仕事。むしろ出れなくて当たり前、ユニホーム着れる保証はないんだ。

でも、0じゃない。

それだけでホントに救われた。しがらみのようなつかえが取れた気にもなれた。


「本当は出て欲しくないんです。何度も言いますが、危険なんです。ですから」

「…」

「命を賭けて下さい。それくらいの覚悟が必要です」

「…」


命…


ココロが少し揺らぐ。怖いよ、そりゃ。

死ぬのかな。

少し考えた。考えた後、先生を見た。

先生の目は真剣だった。

だから私は命を賭けて下さいと言われた先生に大きくうなづいた。




右に私

左に分銅

どちらの皿に砂は降り落ち

今か今かと待ちきれずチップを幾重に積んで

私の影ばかりにスポットライトは当たるのさ

眼の欲がそこにあるから、当の自分は

天秤!天秤!アソコに天秤!

命を量りに賭けてらっしゃるよ

今日も儲かるさいのいちも出ない舞台の勝者は

栄光と壊れた私。





夕方、私は父に頼んでもう一度ガッコへ戻った。

「パパ…」

車では沈黙が続いたけどドアを開ける直前、私は口を開いた。

「ん?」

「ありがと。ママと一緒に病院に来てくれたんだよね。先生から聞いたよ」

「…」

「パパとママが頼んでくれたおかげで先生が…試合出てもいいって、1分だけ。勿論熱出たり足痛かったらダメだし、それ以前にカトセンセが使ってくれる訳はないんだけど。でも嬉しくて…パパ、ホントにありがとう」

「…」

「ちょっとだけ体育館に行ってきます」

「…行ってらっしゃい」

「うん!」

パパはいつも通り無口だが、いつもよりももっと優しい顔に見えた。


私はピロティを通り校舎を避けてグランドの脇、フェンスの外を歩いて行った。こっちの方が若干ではあるが体育館への近道でもあるから。

いつもは体育会系が占拠してるグランドも、職員会議の関係で今日は全ての部が休みの為、西陽だけが寂しく照らされている。

体育館も例外ではない。

誰が居る訳でもないのに私は体育館まで歩いて行く。

何か急に沸き立つものがあって体育館に足を運びたかった。


誰も居ない筈の体育館だが、扉を開けるとそこには一人、黙々とフープに向かいシュートを打ち続けている姿。


何本打ち続けていたかは分からないがフリースローレーンから力みのない綺麗なシュートフォームで“ぽん”と掌から放たれるボール。

高い半円の軌道は理想の弧を辿りリングの中へ。

私の好きな音、リングに触れずネットだけをこする“シュッ”という音と共に床に落ちたボールは、不思議とまたシューターの足元まで逆回転で転がっていく。

そしてまたそのボールを拾い上げ、同じようにシュートを打っていく。


私が一番憧れるシューターはNBAのプリンス・カーリー。

でももう一人、このガッコにいる。

私が初めてこのガッコに来て、このシュートを打ち続けていた人、それがこのバスケ部顧問の加藤隆行。

こんなシュートを目指して練習頑張ってきた。

くそ、相変わらずムカつくくらい私の理想のシュート打ってる、アラフォーのくせして。


「ー黙ってないでこっちに来たらどうだ」

「は、はい」

背中越しからの声にビクッと反応した。

シュートを打ち終えたカトちゃんは私を確認する。


「なんだ、お前か。何の用だ、今日は休みなんだが」

「さっき、病院行ってきました」

「そうか」

「家に帰るつもりだったけど、ここに来たくて」

「…」

「センセ。ありがと」

「…」

「病院に来てくれたんでしょ、先生に聞きました。すっごく嬉しかった、すっごくすっごく嬉しかったです」

「そんなことはどうでもいい。医者はお前になんて言った」

「…」

「…」

「ホントはダメだけど…1分だけならと許してくれました」

「そうか」

「はい。でも私、試合に出たくてここに来たんじゃないんです」

「…」

「そもそも練習ずっと離れてた私がベンチの資格なんてないし、私は今まで沢山上級生から色々ポジション奪ってきたから、今度は私がみんなを見送る番で、出れないのはいいんです。ただ、すごく嬉しくて…諦めたバスケ、やっていいって言われた時、すっごく嬉しかった。とてもとても嬉しかったんです。なんでだろ、たった1分だけなのに、試合やらないのに、でもバスケやっていいとやっちゃダメは全然違くて…うん。ついついこの体育館に来てしまったんです。このコートに、あのゴールに、ボールに、ありがとって言いたくて。そしたらセンセも居たからセンセにも言いたくて」

「…」

「前に、辞めるなら退部届け出せって言われたけど、私。バスケ部辞めません。バスケ好きだからあと少しだけバスケ部に居させて下さい」

「……出たくないのか」

ボソっと呟くカトちゃんの唇。

「え」

「試合に出たくないのかと聞いてるんだ」

「…」

「どうなんだ」

「…出たいよ」

私もボソっと呟く。

「…」

うつむく私。

「出たいですよ。でも今の私に、今の私はチームの役に立たないよ。足だって震えてる。ボールの感触だって残ってない。こんな私、私が出たら絶対負ける。みんなの夢、潰せない。私は笑顔で見送りたいんだ」


「!」


ボールが不意に私の胸元へ飛んでくる。

すごい球だが、私はキャッチしていた。目も追っていた。


「どうだ、久々のボールは」

「…」

痛い。

両の平、指先までジンジンと広がる皮の質感。叩かれた様な痛みの中でしっかりと吸い付いてる私の掌。

バスケ始めたばかりの頃、キャッチボールさえまともに出来なかった私は、いつもハンブルばかりで突き指の繰り返し。

痛くて、速いパスが怖くて、でもその中で少しづつ知った。どうやれば速い球を、強い力を受け流せるか、そこからどんな動きに移せるか、毎日何十回と繰り返して学んだ。


残っていた。

私のカラダはまだボールの触り方、憶えていた。


「ちょっとそこで待ってろ」

「?」

カトちゃんは一旦体育館を後に。5分くらい放置して戻ってきた。

「お前はさっき皆の夢を潰したくないといったな」

「…」

「ーこれがあいつらの夢だ」

「これ…!」

手渡された物。

背番号9のユニホーム。

「私…いいの?」

「いいか、これだけは言っておく。俺は何も鬼じゃねぇ。バスケの推薦でわざわざ来たお前が故障して役に立たなくなった。その痛みくらいは分かるつもりだよ、気の毒にも感じたさ。だがそれとこれは別だ、俺はあくまでお前を試合に使うつもりはない。分かるか?」

「…」


理解してる。

カトちゃんが私を思ってくれるのと、試合で使うのは別だもん。

弱い奴が立てるほど試合は甘くないんだ。

私はコクコクとうなづく。

でもカトちゃんは私のココロを見透かしてるのか違う答えを言った。


「未来があるからだ!お前は若い、若さは財産で才能だ。たとえ高校でバスケを諦めても病気が治れば次のステージがある。お前の学力なら充分一般入試でも大学にいける。勿論そこでは一からのやり直しだが、三原はそれを乗り越える力が必ずある。今、持ってるボールが証拠だ」

「え」

「俺はさっき全力でパスを出した。だがお前はしっかりキャッチしてる。どんなに体が壊れてしまってもお前はボールを離さなかった。それは若いからだ。一度覚えた事は忘れないんだ。だからこそお前の力が本当に蘇るまで出来れば辛抱してもらいたい、というのが本音だ」

「…」


分かっている。

理解している。

私の為に言ってくれてる事、私の為に考えてくれてる事。


病院から許可貰えて、ユニホームも貰えて、ベンチ入りさせてくれるだけで、私は幸せ。


試合には…出たい。でも、それはもう本当に大丈夫なんだ。本当に嬉しかったから。


色々頭の中で考えていた。

整理して答えを出した私は笑顔になれた。



私はバスケットボールが大好きです。


好きで好きでしょうがなくて…自分の為にプレイしていた。自分のプレイこそがチームを救うと考えていた。

だから沢山練習した。

私に合わせてくれればチームは勝てるとも思っていた。だからチームで一番になれるように頑張った、エースになるべく。

しかし中学のメンバーでは限界がある。もっと上で、もっとバスケを真剣に考える人達とプレイしたくてこのガッコに来た。

全ては私の野望の為。

なんて馬鹿だったんだろう。


私はバスケットボールが大好きです。


高校に進んでも全く考えは変わらないまま、むしろますますのめり込んで。

より高い技術、より高いレベルのチームメイト、私の天下はココで決めてやろう、と。

このガッコは正に宝の海だった。

が、ココロは潤わなかった。

レギュラーになれても、試合で活躍してもココロは渇いていく。

ココには望むもの全てあるのに、ココロは渇いていく。


とある日、練習終わり帰る際、忘れ物をして部室に戻った時、サトちゃんとミワちゃんが居た。

部員が皆帰った中で、サトちゃんは一人残ってボールを一個一個丁寧に磨いていて、ミワちゃんもそれを手伝っていた。


衝撃だった。


先輩マネージャーも帰ってるのに彼女は誰に言われる事なく、毎日ボールを磨き、保健用具の補填、練習メニューの管理、朝練前は誰より早く来てコートをモップ掛けしてすぐ皆が練習に参加出来るようにしているのだと、ミワちゃんから聞いた。


私はバスケが好きで自分が上手くなりたいから普通に練習をしていた。

その裏で私と全く違う考えを持つ同級生が私達を思い、影で支えてくれている…そんなこと私は考えようともしなかった。


そして自分もマネージャーを手伝っていると、表面にも出さない同級生。

ミワちゃんの強さが少しだけ理解出来た気がした。


この日から私は毎日マネージャーに感謝の気持ちを持つようになった。

二人をちょっとだけ違う目で見るようになり、遠くからなんとなく眺めていた。


そして少しづつ何かが変わり始めてくる。

毎日ではないにしても、なるべくマネージャーを手伝うようになった。

練習後も残れる日はサトちゃんやミワちゃんに付き合うようになった、と、言っても別に仲良くなって話し込んだりとかは無い。二人は楽しそうに話してはいたがそこに参加はしなかった。

私は変わってきたとはいえ、相変わらずバスケに対する考えは自分中心だが、少なくてもマネージャーの為にも無駄な事はしたくない。と考えるようにはなっていった。


私はバスケットボールが大好きです。


渇いていたココロがほんのわずかだが潤ってきた様な気がした、他人を少し思うだけで。

表面には出さないが、別の何かが生まれそうな気がした。


そして病気になりました。


階段から転げ落ちて大怪我もしました。


結果、ダメになりました。

笑いました。


…泣きました。


バスケットボールは諦めました。

でもそんな時、初めて友達が出来ました。


私はバスケットボールが大好きです。


だから悔しかった。

動けなくなって初めて友達とプレイしたいと思えたから。

友達の為に勝ちたいと思ったから。

そんな私を友達は待ってくれている。

自己中だった自分を仲間と認めてくれている。


だから嬉しかった。

私のユニホーム、ありがとう。

背番号9、ありがとう。

今までありがとう…私の青春。


私はバスケットボールが大好きです。


試合がしたい。

試合に出たい!


だから


試合には出ないし、ユニホームも着ません。

バスケットボールが大好きだから。

ありがとう、私の1分。



「センセ、大丈夫だよ。私はー」

ありったけの笑顔でユニホームを返そうとした。


「先生!待って下さい!」

「!」

体育館の扉が叩きつけられる様な音で全開に開く。


「ーみんな」

「ミハル!」

ミワちゃんが先頭切ってツカツカと私に歩み寄る。


「お前今、何しようとした。それ、返すつもりだったんじゃねーのか」

「…」

「先生、受け取んないでよ…受け取ったら、あたしはバスケ部辞める」

「え?ミワちゃん、ちょっと、何言って…」

「ミハルはウチらに夢託したっつってるけど、そのユニホームはあたしらがお前に託した夢だ」

「…」

「轟、前も言ったよな?お前は医者かと」

「またそれっすか」

「お前は三原の命を奪うつもりなのかと聞いてるんだ!三原がどんな気持ちでここに来たか分からんのか」


「分かるよ」


「!」


「分かるから言ってるんだ。試合出るには命を賭けなきゃいけないんでしょ?サトと二人で病院行ってミハルの先生に聞いたよ。ホントにヤバイって……先生、ミハルはマジでバスケ好きなんすよ。そして、すげーいい奴なんです、すげー優しい奴なんですよ。優しいからウチらの事、ずっと思ってくれてる。安静にしてれば病気治るとか自分の未来とかじゃなくて、ウチらの事思ってくれてるんですよ。バスケが好きだから諦めるミハルの心があたしには、見えるよ。あたしが同じ立場なら…同じにそうする。でもさ、試合に出たいよ!命賭けるけど、ヤバイけど、試合出ても何も出来ないだろうし、試合そのものもブチ壊して負けるかも知れない…でもやっぱり出たい!病気治って次でやれても高校三年間の最後は戻って来ない。あたしなら…その試合で死んでもいい!って思う。もっと自己チューで生意気な奴だったくせにこいつ、イイ奴だから、優しいから!試合にちょっとでも出れる見込みがあっただけでミハルは全て悟ったんだ。優しい奴だから、だからあたしはぁ、ミハルと一緒に試合がしたい‼︎‼︎」

「…」

「先生、私も同じです」

「…」

「ミハルが試合出れるなら負けても構わないです。私はミハルが嫌いです。生意気だし、なんも協力しないし…でもバスケに対する気持ちは誰よりも強く、熱くて、私はミハルの背中ばかり見てました。今の私達があるのはミハルがいたからこそ、ここまで来れた。ミハルが試合に出れないなら、私も試合出ません」

「…」


みんな…


「先生、何点必要ですか?ミハルが試合出るには何点いりますか?何点でも取ります、ミハルの為なら!」

「…」


私は必死でみんなの顔を見続けた。どんなにグシュグシュな顔になっても絶対逸らしちゃいけないと、唇噛み締めて見続けた。


私の為に、私の為に。


あぁ…


ああぁ…アァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎


決めたのに、決めたのに…

だけど…だけど…


何度もの葛藤。

そのココロの内で私は、ユニホームも抱きしめ言った。


「センセ。ユニホーム、さっきまで返そうと思ったけど、やっぱり…ベンチ入りたい。コレ、返したくないよ。試合、出たい!」

「ミハル!」

みんなが抱きつき、私は倒された。

カトちゃんは、そんな私達を見て髪をぐしゃぐしゃに片手で掻き揚げ考え込む。

そして、その答えが…


「…20点だ。試合終了2分前までに20点の差を付けろ。それが出来れば終了残りの1分、三原を投入しよう」


「!」

その言葉に稲妻が落ちた。


私は両手で顔を覆い、腰が抜けて崩れ落ちると感情を抑える事が出来ず泣き喚いた。

突飛でるうめきや叫び、興奮するなとキツく病院から注意されるてるが、そんなの無理に決まってる。

三分だか五分だか、かなりの時間をフルパワーで泣き続け、みんなにあやされながらようやく鎮火した。

沈んだのを見計らいカトちゃんは再び口を開く。


「いいか、負けても構わないとお前らは言ったが負けて悔しい、負けて後悔するのは、本当に後から感じるのはお前達だというのを忘れるな。相手も必死でお前らを倒しに来る、エルモアは今年になって外国人も使うようになったから、ここまで全部100点ゲームだ。今までのイメージは捨てろ。20点差を付けるのは簡単ではない。仮に三原を試合に出しても必ずそこを狙い撃ちされるのも忘れるな。いいか、三原を生かすも殺すもお前達次第なんだぞ!」


みんなが気合いの返事をする中で、崩れてる私はずっと呟いていた。


「ありがとう。ホントにみんな、ありがとう」


私は大好き。


私はバスケットボールとバスケットボール部が、大好きです。





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