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届け、私の60秒!  作者: kiko // (詞..若月夢)
3/8

3.放課後、その②

青天の霹靂

晴れた日に突然起きる雷の意。

転じて突然の大事件、人を驚かす変動。


アプリの辞書で調べたらそう載っていた。



「ー以上。他に誰か?」

いつもなら…

“ーないか。じゃ解散”

“ありがとうございました。明日もよろしくお願いします”

ーで、終わる流れなのだが、この日は違った。


「先生、私から」

手を挙げたのはサトちゃんだった。


「なんだ」

普段は完全に裏方に徹しているサトちゃん。そのサトちゃんが手を挙げるなんてよほどまずい事でもあったのだろうか。


「これは私達3年の意見でもあるのですが」

「…」


…?

私達3年?

私は、知らないぞ。何のこと?


「夏の大会…ミハルを試合に出してもらえないでしょうか」


「!」

空気が変わった。


周りが一気にざわつき出す。私もサトちゃんを二度見してしまった。

カトちゃんの目つきが震えるほど怖い。いや、既に私の爪先は震え出している。

ブルって当然だ。なぜなら、この目をした後どんな結末になるか、厭と言う位私は思い知っているから。

でも、そんな事よりも…


私が試合⁈⁈


え?

え、何、ソレ?

全く何も話しが見えない。意味自体さっぱりだ。言葉そのものが理解出来ない。


私が試合に⁈


私が試合に出る…??

出れる?

うん?

うん⁈

?????????????????


ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…

ビリビリビリビリビリビリビリビリビリ…


全身に流れる気持ち悪い電気と渦。それが混ざりに混ざって駆け巡り過ぎたせいで、私は嗚咽と共に本当に吐き気を催した。

そして下を向いて小刻みにブルってる私に声が突き刺さる。


三原みはる

「……はい」

安里あさとが3年の意見だと言ってるが、お前はその中か?」

「あ…あの、いや、その…聞いてはない、です」

「先生、足りませんでした。ミハルを除く3年の意見です」

「そうか。それで?」

すると今度はミワちゃんが口を出す。

「先生。あたし達の今があるのはミハルのおかげです。ミハルが今まで頑張ってくれたからこそ、あたし達も頑張ってこれた。ミハルは今はまだ病気で大変なのは分かってます。分かってますけど、あたしら3年はミハルがずっとひとりで苦しみながら闘っていたのも知ってます。そんなミハルに最後の大会、プレゼントしたいんすよ、先生!ミハルは一切動かなくていい。ユニフォームを着て、あたし達と一緒のコートに立たせてあげたい。少しでいい、一本だけでもいいからシュート打たせてやりたいんすよ、先生!お願いします。ミハルを試合に出してくれませんか?お願いします」

「…」

固唾を呑み見守る沈黙。


「駄目だな」

「!」


「でも」

とどろき‼︎お前は医者か?」

「…」

「三原」

「…はい」

「お前の今の、身体の状態。医者から言われてる事を正直に答えろ」

「はい」

「…」

「…怪我については…治っていると言えば治ってます。ですがそれは手術が終わって歩けるようになったという意味で完治ではないです。ヒザと足の付け根、特に左足は違和感が強く走ったりボールを持つ動きは出来ないってゆうか言うこときいてくれないです。痛みが出る事もあります。私の担当の先生に聞いたのは、特に悪い箇所はヒザの皿で無理して激しく動けばヒザが外れる可能性があると、靭帯も損傷して今度こそ本当に動けなくなると言われました。…病気は1年近くなるけど…そのままです。みんなの気持ちはすっごく嬉しいけど…ごめん。無理だよ」

言いたくなかったけど、あえて正直に言った。

「ミハル」

「…ごめん」


例えば、例えばの話しだけど。

夏の大会がどこまで行けるかは分からないけど全ての結果が出て、3年生の引退が決まったとする。

最後は紅白試合で先輩を見送ろうなんて会があれば、私もほんのちょっとだけ出してもらって、ほんわかな空気の中で届かないシュートをポンと打って"やっぱ入らなかった、ダメだねーあははー♡”“センパイ、おつかれさまでしたー”“パチパチパチ”と温かい拍手で“はぁー。三年間色々だったなー"としみじみ出来たかもしれない。


でも…

夏の大会だぞ。


一番最後で一番重要なインターハイ地区予選。

うちのガッコはシードされてるし順当に進めば地区優勝も充分手の内だ。都大会突破だつて決して夢じゃない。つまりは全国に行ける力があるのだ。

全国に行ける力があるのにそんな試合に私が出れば必ず勝ちを取り逃がす。


私が試合に出るには何点必要だ。


10点か?

20点?

50点か?

私はその点をどれだけの時間、守れるのか。


2分?

30秒?

10秒…?

そもそもみんなのがんばりは、こんな私を出すために高校バスケ、三年間も続けたのかよ。


違うだろ!


私が逆の立場なら絶対反対だよ。私は自分の為にバスケやったし、勝ちたいからつまんない練習も必死こいてやった。それくらい勝利は嬉しい、勝てば勝つ程嬉しさは意味も内容も深く濃く染まっていく。

だからそんな事の為に試合をぶち壊されたくなんかない。

百歩譲ってそんな人間を出場させるんだとしたら、トーナメントは一回戦。相手は格下の下、必ず勝てると確信した時間帯と点差があれば納得はしないが、私は許せると思う。

しかし私達の初戦は準決勝。

相手は十中八九、聖エルモア高校。今まで何度かは試合してるが公式戦では全勝している、だが決して弱いガッコではない。

夏の大会、全ての力を出して挑んでくる相手に対して楽な試合展開なんて存在しない。

その大事な試合。役に立たない選手のおかげで敗れればそれはただの負けではない。三年間の積み重ねが悪意無き破壊にガラガラと崩れ落ちていくのだ。

後悔ではとてもじゃないが収まりきれない喪失感。ぶつけようの無い怒りと湧き出る涙は誰に訴えればいいのか。


だからこそ私が思う事。

私の立場でなら反対する。

私の為に自分を犠牲にしないで。

その言葉だけで充分。

私は、私のハートはみんなと同じコートに居るから。だから、ありがとう。

ごめんね。


「ーだそうだが」

「…」

「以上だ、今日は解散」

「…」

「返事!」

「す、すいません。気をつけ、礼」

“ありがとうございました。明日もよろしくお願いします”

覇気の無い号令、覇気の無い挨拶。

重い空気のまま部活は終えた。

そしてそれは部室に戻っても、帰り道も引きずった。誰も、何も言葉を発さないまま。


私、サトちゃん、ミワちゃん、三人は一番最後に部室を出た。

気まずい雰囲気は消えることは無かった。逃げたいが逃げ遅れて取り残された、のが正解かも知れない。

足が重い。どう切り出していいか、その中で…

「ごめん」

「サトちゃん…?」

「あたしらが間違ってた。何の相談も無しに暴走してマジで悪かった」

「ミワちゃん」

「無理なのは分かってたし先生だって反対するだろって、でも…でもね、ミハル。やっぱりミハルを試合に出させてあげたくて、だって試合の話しとかするとすっごく目が輝いてキラキラさせて、自分のことみたいに喜ぶミハルがすっごく可愛くて愛しくて、ミハルの三年間を形にしてあげたいって、ずっと…ずっと前から考えてた。もし間に合わない時はベンチだけでもって…でも、私達がした事は結果余計ミハルを苦しめちゃったんだよね。ごめんね」

「ー…ない」

「え」

「そんなことない!」

私はつい興奮して叫んでしまった。

「私、嬉しかった!突然だったしどう答えていいか分かんなくなってマジで吐きそうになったけど、でも、あの言葉は嬉しかった。だから私の分まで」

「なぁ、本当ダメなのか?朝言ったじゃんか。まだ諦めてないって。もしちょっとだけでもコート立てるんならあたしがいくらでも助けてやるよ、な?」

「ミワちゃん」

熱い!私の友達は熱いよ。ハートがぶっ壊れそうだよ。

でも、だから私は夢を託せる。

唇を噛み締め二人の手をギューッと握った。


「私の病気は必ず治るし、治れば本格的に足のリハビリもやれる。強がっても意味ないからはっきり言うよ。私のカラダは大会には間に合わない…わがまま言えば試合は出たいよ、うん。でも私を出す為にみんながどんだけの負担をしちゃうの?そして私が出ればもっともっとキツイ状況になるよ。聞いて…勝てる試合なの、勝てる大会なの!上に行けば大学の推薦だって待ってるんだよ。分かるでしょ?試合は甘くないって事くらい。いくら点差をつけてもそこにマイナス因子があれば流れなんてすぐ変わるし、変わった流れを取り戻すのにまたどんだけのエネルギー使うか、私達は厭というほど味わった。だから、私は私の夢をみんなに預ける。ベンチじゃなくてもラインでいくらでもサトちゃんに繋げればアドバイスくらい送れるし、それに…全国大会まではまだ少し時間あるから」

「全国…って⁈」

「地区予選は無理でも全国に行く頃ならひょっとしたらさ、だから、私を全国へ連れて行くの」

「…」

私の思いは伝わったはず、二人の目を見れば。

コートに立つだけが試合ではない。

サトちゃんのようにマネージャーとして中から助けることも出来る。

私は私のやれる内で臨む。それが一番良い方法なんだ。


私達はそのまま校門を出る。二人に送って行くと言われたが、今日は病院だから父が来るのを待つと答えて、二人が見えなくなるまで見送った。


私は病院とは反対へ歩き出す。

私は嘘をついた。

自分の家まで自転車があれば大した距離じゃないけど歩くには時間が少なからず必要だ。

ホントは歩き過ぎるのもカラダに負担が掛かるから良くないのだけど…


私は歩きたかった。

歩きながらなんか色々考えてた。今日のこととか、今までのこととか、なんか色々…




私に分岐が起きたのは高校二年生の夏。


夏合宿が終わった頃から急激に疲れが増した様なだるさや腹痛、微熱が続き、それが収まっても練習中に途中で気持ち悪くなり、ついていけない事が度々あった。

最初は夏バテだったり、生理痛の重いやつかと思ったのだが症状は何も回復せず、ついには血尿まで出てしまった。

さすがに血尿はショックがデカかった。

時々おしっこがとんでもなく濃い黄色とかだと笑っちゃう時もある。生理の時、血液が尿に混ざる事もあるし、ナプキンとかで血を確認したこともある。そんじょそこらじゃビビらないけども、おしっこまっきっきとか血が混ざるってもんじゃなく私が見たものは…


血液そのものだった。


白い便器が真っ赤に、びしゃびしゃに染まったあの恐怖は見た目にも精神的にも今思い出してもトラウマになる程だ。

そして病院に行って私は告げられた。


紫斑病性腎炎。


いわゆる腎臓病の一種なんだけども。厄介な事に病気の原因は不明。

治る病気ではあるのだけど治療法が確立されてないので、いつ治るかは分からない。入院をする必要はない。日常生活も送れる。

ただし運動は禁止。必ず安静が義務。

おたふく風邪みたいなものだろうか?風邪とは言うもののウィルス性ではないから抗生物質を注入しても意味がないので、治るにはひたすら安静に待つだけ。

この病気は内臓がそんな状態になってしまったと。


そしてそれはつまり、私のバスケットボール人生に終止符を打たれた日にもなった。


いや、バスケ出来ません、ハイそうっすか、って納得出来る訳ねーっしょ。


そんなよくわかんない原因不明の病気の為になんで私が!

バスケ頑張って私立にスカウトされて、この桜杏高校に来て、1年生でレギュラーも勝ち取って2年になった今、秋になれば満を持して新人戦を迎える筈だったのに、なんで!

なんで私が!


目の前の現実に目を当てられる訳なかった。


ドッキリであって欲しい。


生意気な私を反省させるべくいいタイミングでプラカードを持った誰かが、テッテレ〜っと悪ふざけで飛び込んでくる。

…早く飛び込んで来いよ! 私は騙される気満々なんだから。

早く、早く!

お願いだから!


私にドッキリは来なかった。

当たり前だけどさ…


でも、本当の地獄はここから。

次の日、私は自らの口で部の顧問や部員に一時休止宣言をして戦線離脱。

私が居なかろうと部活は何が変わるのでもなく、いつもの練習、いつもの練習試合、ただそこに私が居ない。私が観てるのは私の居ない外の景色。

それが何より辛かった。

カラダは動くのに動いてはいけない毎日、とてもじゃないが耐えられない。

耐えられなくなった私はコーチの目を盗み、一度だけ練習に、紅白試合に参加した。

どうしてもボールに触りたくて、コートに戻りたくて、真夏の炎天下の体育館で強行した私は結果、途中でぶっ倒れた。赤い胃液を吐いて。


倒れた私は救急車で搬送されたのだが、記憶は全くない。

部にもガッコにも多大な迷惑を掛けた私は、コーチから次ボールに触れたらクビと言われ、家族にも病院の先生にも大目玉を喰らい、私はバスケを諦めた。


失意の中、脱け殻みたいになった私に更に追い打ちが。

とある日、病院の検査終わりの帰り道で、階段から転げ落ちた。


原因はスマホのいじり過ぎによる注意散漫ってとこ。無防備で派手に落ちた私は何がなんだか分からず、どっちが頭でどっちが足かも理解出来ず全身砕かれた激痛に襲われ、そのまま手術室。笑


マヌケにも程がある。


命は助かったけど、入院生活が余儀なくされて本当に動けなくなってしまった私は、もう笑うことしか出来なかった。

ぁぁ、そうか。神様が言ってるんだ。


オマエには運がなかったって。


そう考えると何故か不思議と力が抜けた。今まで張ってた肩の力みもあきらめという言葉に呑み込まれた。


あきらめ…かぁ。

それはもう、しょうがない。それは分かってる。でも、この後、私はどうなるんだろ。

バスケ推薦で入学したのにカラダはダメになったし、退部だよなぁ。そうならガッコも退学かなぁ…まぁどっか紹介してくれるよね?

ひょっとしたらバスケダメでも普通に成績良ければまだ残れるかな。

勉強で大学進学出来ればガッコの宣伝にもなるし、授業真面目にやってたおかげでテストも悪くない。むしろ勉強は好きだからこの際、そっちに望みを持つべきだ。


勉強好きで良かった。

バスケが出来ない今、私がやるべき事は学生の本分、勉強しかない。

大学進学出来たら薬剤師にでもなろうかな。

特に理由はないけど。


入院生活はなんかずっと勉強してた。

参考書解きまくって、たまにアプリのパズルやったり、ジヤニーズの動画でリラックスして…悪くない生活だった。

バスケは私から少しづつ距離が遠くなっていく。しょうがなかった。

バスケしたいなぁ、って思う日も勿論あった。でも不思議と“しょうがない”と素直にあきらめを受け入れるようになってた。


そんな頃からだったと思う。


あの二人が近くに来たのは。


サトちゃんとミワちゃん。




二人は毎日のようにやって来た。二人一緒に来たり一人の時もあったり。

この二人が来ると決まってバスケの話し、ウンザリするほどバスケの話し。月刊バスケを広げてはNBAや、全国の大学や高校の強豪校の特集。タブレットを繋げては本日の練習動画、挙句に私が過去に出場した試合の動画まで編集して見せつけ勝手に盛り上がる。

そしてほぼ無理やり私のメアドとラインのIDをゲットすると、今度は毎日メール、ライン、更にタブレットの動画を送信してくる毎日。


……

………………


嫌味かよ!


やっと諦められたのに。

諦めるのにどんだけココロ、ぶっ壊したか!


忘れたいとは言わない、離れたいんだ。


離れたいんだよ!


察してよ。

私が読みたいのは月バスじゃなくて、明星!

私が観たいのは部活じゃなくて、玉森クンと安田クンのドラマ!


頼むからほっといてくれよ。私はもうあなた達と関係ないんだから。

めんどくさい。

めんどくさい、めんどくさい、本当にめんどくさい!

二度と関わるな!


って、毎日思っていた。


でも口には出せなかった。

二人が来ても無視するくらい口数は無いし(うん、へぇ、そう、の繰り返し)、素っ気ない態度で早く帰れオーラ出しまくって、明らかに嫌な奴だっと思う。

なのにあの二人は帰らない。

次の日も、その次の日も勝手に盛り上がって、来ない時はラインしてきて、メールも来て…


馬鹿なの?


気付いてる筈なのにホントに天然の馬鹿なのかな、だったらマジキモい。


でも。

彼女達は笑うんだ。


笑顔で会いに来て笑顔で帰ってく。

私がどんなに嫌な顔をしてもずっと楽しそうに笑って話し掛けてくるんだ。

ホントに馬鹿。


優しい馬鹿…

笑ってしまった。


そんな二人と接してる内に私自身にも変化が起こり始めた。

ずっと既読スルーや返信無視してた彼女らのメールやラインに、少しだけ返したり、動画見せられて意見求められたらこうすればいいって言う様になった。

ずっとつっぱっていたのに、気が付くと二人が来るのが楽しみになって、二人が来れない日は寂しくなって、少しづつ、少しづつだけど私はココロを見せるようになっていた。


そんな中、二人がお互いを“サト”“ミワちゃん”って呼び合ってたのが羨ましくなって、ある日、私はつい口が出た。

いや、つい口が出たというのは嘘で、私は勇気を出して言ってしまったんだ。


“サトちゃん”

“ミワちゃん”

って。


すごく恥ずかしかった。

ぎこちない感じなのは明らかだし、変な空気にもなった。

でも私にとっては今までで一番勇気を振り絞ったし、震えるほど緊張した。

寿命も縮んだ。

怖かったんだ、それくらい。

1年の時からずっと一匹狼気取って入院してる時だって嫌な奴だったくせに今更友達になりたいだなんて、虫が良すぎるし、でも、でも…


言ってしまった時、ハッと我に返り、そして後悔した。

どうしよう。

恥ずかしくて恥ずかしくて、頭の中、こんがらがってぐちゃぐちゃで、うつむいて、慌てて次の言葉を、話しを、ゴマかして繋げなきゃとパニクりながら過呼吸一歩前。


でもそんな私を、轟美魚とどろきみわーミワちゃんはベッドの私を抱きしめた。

親以外に抱きしめられた事がなかった私にそれは、青天の霹靂だったかも知れない。

そう、全身に雷が落ちた。

不意打ち食らって鳩が豆鉄砲くったような中、ミワちゃんは私を抱きしめる。

私より足も長く、身長も高いミワちゃんにベッドで半身の私が抱かれると私の顔は彼女の胸の中だ。

ミワちゃんのおっぱいが大きい事もこの時知った。大きいけどあったかくて、柔くて、なんかいい匂いで…気持ちよかった。


「んー?ミ・ハ・ル・さん。今、なんて言ったのか聞こえなかったぁ。ねぇ、今、なんって言ったのぉ?ミ・ハ・ル・さん?」

くっ、こんな時に“さん付け”しやがって。

「と…トドロキ、さん」

「んー?違うよね、サト?三原さん、何て言ったかしらぁ」

するとさとサトちゃんも私に飛び付いた。

「何て言ったのぉ?教えて、ミ・ハ・ル。ねぇ、言ってみて、ね」

「…」

抱きしめた温もり、彼女達の体温の中で、私は観念した。


「ミ、ミワ、ちゃん……サト、ちゃん」

「聞こえない」

「もう一回」


「サトちゃん、ミワ、ちゃん」

「もう一回、今度はあたしだけ呼んで」


「ミワちゃん」

「もう一回」

「ミワちゃん」

「もう一回」

「ミワちゃん」


胸の中で何度も言う。


「もう一回」

「ミワちゃん」

「私にも呼んで!ねぇ、早く!」


想いがどんどん溢れ出す。

自分では止められない想いが声を大きくなって恥ずかしいとかとっくに消えてた。


「サトちゃん」

「もっと」

「サトちゃん」

「まだ」

「サトちゃん」

「もっと」

「サトちゃん」


「ー大好き」

「え」


「ミハルが大好き」

「!」


聞こえた。


耳元で囁かれた魔法のコトバ。

私が言われたかった言葉。言いたかった言葉。

男の子に告られても響かなかった。

それなのに…

彼女、安里あさと凛々りりかから囁かれた風のような一言は私のハートを深く突き刺した。


「あたしも、ミハルが大好き」

「ミワちゃん」

「ミハル、大好き」

「サトちゃん」

涙!

ダメだ、止めないとミワちゃんの服汚しちゃうのに…止まらない。

「ミハル」

「…ぅぅ、ぅう」

涙で詰まってる私にサトちゃんは優しく更に困らせる。

「ミハルはどうなの、私達のこと」

「…ぅぅう…ぅ」

「ねぇ」

「ぅぅ…うん。ぅん」

「ちゃんと言って」

「ぅぅぅ…ぅ、ぅっ」

「ミハルが大好き」

「ミハルがだぁーい好き」

「ミハルが大好きだよ」


「ぅ…す、すき、だよ」

溢れる。


「私だって大好きだよぉぉ!」

言葉が溢れる。


「二人の事が、大好きだよ!」

想いが…溢れる!


「サトちゃんもミワちゃんも、こんな、こんな私に優しくしてくれて、私、ずっと嫌な奴なのに、友達なんかいらないって、ずっとずっと思ってて、だからバスケだけやってても全然楽しかったし、怪我してもうバスケ出来なくなっても勉強頑張ればなんとかなるかも知れないから、だから、入院して誰もお見舞い来なくてもなんとも思わなかったし、正直言うと二人が来てくれた時も、もうメーワクで、ぅぅ、ぅう、なんで、うぅ…なんでバスケ諦めた私にイヤがらせみたいにバスケばっかここに持ち込んで、私は、あなた達なんか消えちまえよ、って思ってたんだよ。私の気持ちなんか、私の気持ちなんかあんた達なんかに分かる訳ないのに、ズカズカぁ、ぅぅ、ぅ、ズカズカ、あ、上がり込んで来てさぁ、すっごく嫌いで、めんどくさい奴で、明日、明日こそは言ってやるんだって決めてたの、ね。でも、言えなかった…来る度に言ってやるんだって毎日決めてるのに言えなかった。言えなかったぁ!好きだったから、好きだったから言えなかった。友達なんか別にいらなかったけど、私はね、ミワちゃんの事が1年の時からちょっとだけ憧れてた。バスケに自信はあったけど、もし私と同じポジションならホントに勝てるのかって、それから勝手にライバル視して絶対ミワちゃんにも私と同じ思いさせてやるんだって、負けたくないっていっぱいがんばった。プライベートはいいけど、バスケだけでは私の事を振り向かせたくて私の事で頭いっぱいにさせてやりたくてがんばってきたんだよ。サトちゃんの事も1年の時からずっと尊敬してた。いつも地味でめんどくさいこと、掃除もボール磨きもスコアも文句言わずに笑顔で汚れ仕事やってくれて、そんな部活のメンテやってくれるサトちゃんの為に、このコートとか、このボールとかで無駄なことしちゃいけないって真剣に頑張れたのは、サトちゃんのおかげなの。部の事は知らん顔だったけど、マネージャーとか馬鹿にする奴とか許せなくて1年坊主が前になんか言ってたのが耳に入って、そいつら全員呼び出して男も女も“次マネージャーに生意気な事言ったら私が絶対許さないから”ってすごいメンチ切ったコトもあるし、実は仕返しされたらどーしよって内心ビビったりしたけど、ハハッ…でもそれくらいサトちゃんも尊敬してた。先輩マネージャーよりも尊敬してたー………ーそんな二人が来てくれたんだもん。バスケ諦めた私に二人が、二人だけが来てくれたんだもん。ずっと来てくれるんだもん。嫌いなんて言えないもん。もう来るなって言えないもん。大好きだから、サトちゃんとミワちゃんが。大好きになっちゃったから。大好きなの。二人が大好きなの!伝わった?私の気持ち、二人が大好きなんだよ‼︎‼︎うわァァァァァァァー‼︎‼︎」


溢れ出した私の想い。

とめどなく噴き出した想いは泣きじゃくり何がなんだか分からぬ塊となって、私の口から吐き出し喚き散らしていた。

1人で勝手に子供みたいに泣いて、叫んで、バカみたい。なにやってんだろ。

でも、もういいや。

泣きたいだけ泣いちゃおう。

悪くないよ…悪くない。


私が泣いた日、私は友達に出逢えた。

私が泣いた日、またもうちょっとだけ、自分に希望を持つようになった。


この日以来私は二人をミワちゃん、サトちゃんと呼ぶようになった。私の事はずっと名字のままだったけど 笑。

彼女達曰く「三原」が“ミハラ”ではなく“ミハル”ってのがツボにハマったらしい。元宮崎県知事みたいでウケるぅ〜、だってさ。



そういえばこの日、もっと意外な事もあった。

私が泣き止んでなんか色々まったりしてそろそろ帰るかって頃、ミワちゃんはもう一度私を抱きしめた。


「泣きたくなったらまた胸貸してやっから、な」

「うん」

「なんだったら“ちゅー”もしてやろうか?」

「え」

「ほぉらっ」

ミワちゃんの両手が私を頬を添える。

「え?え⁈」

「どうなんだよ、して欲しいの?うん?」

な、なんか顔がどんどん近づいて、いや、距離が、え?え⁈

色んな意味で弱り切った今の私に抵抗する力は無く、ぁぁ…

トロンとしてつい目をつむってしまった。


「…」

チュッとした唇触。


「はい。ホイチュー」

「え?」

私の唇にソフトキャンディが。

「プッ。お前、ホントにかわいいな。なになに?あたしがなにしようと思ったわけ?」

「…‼︎」

自分でも分かるくらいに真っ赤になり言葉も失う。

「サト、見てみ。ミハル真っ赤♡」

「…」

からかわれてるだけなのにまだドキドキ。

「もう、ミワちゃん!なに馬鹿なことしてんの、あんたは!」

バシッと一撃、サトちゃんのチョップが頭へ喝。そしてミワちゃんから私を取り返すと今度はサトちゃんが抱きしめる。

「ごめんね、ミハル。よしよし」

子供をあやすみたいに頭をなでなで、されるまま。

「う、うん」

なんだ、この変な感覚。

「いやぁ、ワリィワリィ。まさかそこまで放心すると思わなかったからさ。安心しなよ。あたし、レズっ気全くないから。ってゆうか男いるし」

「‼︎」

笑いならがらさらっと今、とんでもない事言った!

「彼氏いるの?」

「うん?一応ね。え?変か⁈」

「え⁉︎いやいやいや、全然変じゃないよ、うん。ちょっと意外だから、いや、ほら、ミワちゃんは女の子とかにすごいもてるし、ボーイッシュだし」

「笑」

「ミハル、こう見えてもミワちゃんは結構女の子してんのよ。料理上手だし毎日学校のお弁当自分で作ってるし、一回彼と一緒のとこバッタリ会ったけど、彼もすごいイケメンだし、ミワちゃんもめっちゃおしゃれで可愛くてさ」

「あたしより背小さいけどねっ」

「…」

全く照れもせず、くくくっと笑うミワちゃんが素敵に見えた。

おしゃれなミワちゃんかぁ。今なら理解出来る気がする。

この二人、いつもこんな会話してたのかなぁ。デートか…したことないけど。おしゃれな服もない。


「私、もっと聞きたい。ミワちゃんのこと。サトちゃんのも」

「え?私⁉︎」

「サトにも男いるんだぜ」

「えぇ!サトちゃんにも」

「ちょっとミワちゃん!えぇ!もう、ヤダ」

ミワちゃんとは対照的にすっごく照れてる。かわいい。

「サトちゃんにも彼氏いたんだ」

「うーん。まぁその、ね」

「私、全然知らなかった。男の子好きになったことないし、おしゃれとかもよく分からないし」

「じゃ、退院したらデートすっか」

「え」

「あたしと、サトと、ミハルの三人で。買い物したりお茶したり」

「デート…」

「あ!それいいかも。うん、ナイスミワちゃん。私、ミハルの服選んであげたい。絶対可愛いの似合いそうだもん」

「デート…」

「どう?行きたい?」

「うん」


ワクワクが止まらなかった。

女の子同士でデートってゆうのがココロにドンピシャだった。

デートっていっても結局友達三人で遊ぶだけなんだけど、でもそれが“デート”に変換されると…なんだろう、とても新鮮でドキドキのワクワクで、嬉しいことばゆさが胸を刺激する。


早く、早く、退院したい。

私から彼女達に会いに行きたい。

友達の為に病気や怪我を治したいだなんて、夢にも思わなかった。

絶望を味わった私が友達から希望貰える日が来るのも、想像しなかった。

友達の優しさが温かい。友達の体温が教えてくれる。友達が私を愛してくれるのだから、私も友達を愛していく。


あの日のターニングポイント、そんなあの日の事。




寂しいから名前を呼んで

あなたが来たら強がりばかりで

紅茶の味も忘れてる

どこでハロー?

素直に甘いって言える日に

ハロー、ハニー

あなたの名前言ってもいい?

こんな私を

あなたの名前で埋まりたい

こんな私を

甘い甘いハローな味にあなたが知ってるから。




あの日から一年が経とうとしてる。

長かった。この一年が疲れるくらい長く感じた。良い日も悪い日も充分して、感じたことない日々。

もちろん勉強も頑張ってる。カラダはそのまんま。

検査、安静、カラダのケア。

検査、安静、カラダのケア、進展しない毎日。

結局夏の大会に間に合わなかった。


全国連れてって、なんてお願いしたけど私がそのコートに居ないのは分かってる。

病気治っても私が行ける資格ないことくらい。もちろんウチのガッコがそこまで行ける事は信じてる。


治るはずも立てるはずもないくせについつい、口は言ってしまう。

諦めたくせに、メーワクなの分かってるくせに、人前でカッコつけて夢、託したくせに。


あがいてるんだ。


やっぱりココロのどっかで期待してる。


サイテー…


はぁぁ…


歩いてもうどんだけ経った?

スマホで時間見たら鼻で笑った。


マジかよ。

私は亀か。


いつもパパに送り迎えしてもらってたから、距離も計れなくなったのかな。

まだ距離あるよ、家まで。

実は結構疲れてる。どっかで休みたいけどまた歩くのかと考えると余計疲れる。


そうゆう時に限って雨がぽちぽちと降り出してきた。


テレビで木原さんは昨日、降水確率0%って言ってたのに。

ウソついたバチが当たったのかな。


道路に浮かぶ雨粒は徐々にだが大きさが増す。

その中でも私はてくてく歩き。

コンビニで傘買おうかな。

それより座って休みたい。この辺はイートイン全然ないし。ってゆうか次のとこまでまだあるし。

ファミレスあるけど道路の向こう岸、行くにはまた歩いて歩道橋使って、戻る…はぁ…無理。


で、結局はそのまままっすぐ歩いた。

頭にタオルを乗せて、重い足、靴も重い。なんてだらしないカラダ。


一年前ならあそこのファミレスだったら迷う事なく歩道橋渡ってダッシュで行っただろうけど、情けない事に100m走って階段上り下りで100m戻るなんて、今の私には笑草。

ゆっくり100m歩くのも必死なんだ。


雨足はゆっくりだが加速して私がようやく見つけたコーヒーショップに辿りついた時には、本降りで制服丸ごと濡れた私がいた。


ホットチョコラテのトールにミルクとホイップ増し。キャラメルとハニーソース編み編み。


お尻からドンっと疲れを露わにして座るも、この甘さが私を安らげてくれた。

コレを飲んで私はおそらく、しばらくまったりするのだけど、多分その頃にはたとえ雨が止んでももう動きたくないと思ってる。


ココロが折れてしまった私は歩くのを諦め、怒られるのを覚悟で父に電話をした、派手な雷が耳に入りながら。



晴天の霹靂……霹靂だらけじゃん、今日は。




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