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聖なる魔女は海を抱いて眠る  作者: 朱居とんぼ
第2章 生贄の羊
9/14

6

 ゆらゆらと、戦闘で四散した樽や索具とともにゆっくりと海底へ沈んでいく。


 静かだった。


 ついさっきまでは鼓膜が破れるかと思うぐらいの音が周りを取り巻いていたのに、海の中は別の世界だった。静寂と無に支配されている。ゆらゆら揺れる水面からの光で、視界の全てが群青の色に染まっている。


 ああ、あの時と同じだ。

 少年の日に、王女殿下とお会いした日と。


 アレクシスは朦朧とした意識の中、腕を水面に伸ばした。想い出の少女の顔にそっと触れる。


 冷たい。

 その感触が今は思い出の少年だった頃の時間ではなく、自分はもう大人の男だということ、狙撃を受けたのだということを思いださせる。


 一気に意識が覚醒する。


(艦はどうなった……!)


 心が焦る。だが体が思うように動かない。水をかいて水面へ浮かび上がることができない。


(俺はこのまま死ぬのか……?)


 こんな海原に、部下と艦をほうったまま?


 がぼりと水をのんだ。苦しい。肺腑が焼けるようだ。


 その時、視界の青に変化が生じた。

 青い光の筋に、波頭の銀が混じる。銀に輝く泡だ、海上の空気を含んだ。

泡が膨らみ、中から銀色の煌めきが生まれた。水をかき、こちらへ向かってくる白い顔。ゆらゆらと広がる髪に陽光が透けている。


 魔女、だ。


 あれは、あの時の少女は……。


 銀の髪の少女が手を伸ばして、アレクシスの頬を引きよせる。合わせられる唇。重なった唇から、空気が流れ込んでくる。

 間近でにっと、微笑んだ瞳。意地の悪い狡猾な笑み、それでいて懐かしい慈母のような瞳。


 ああ、お前、だったのか……。


 その思考を最後に、アレクシスの意識は闇に飲まれた。



  ***



 ごろりと力の無い体が甲板に投げ出される。

 赤い染みが白いシャツを覆いつくして、煤けた甲板の上まで広がっていく。


 テニスンがアレクシスのベストとシャツをはだけて、傷ついた胸をさらした。


「艦長っ艦長っ、おいっ、軍医の野郎は、肉屋の包丁野郎はどうしたっ!」


 眼を血走らせてテニスンが叫ぶ。そのいかつい肩を、細い腕が掴んだ。


「どけっ」


 白銀の髪から海水を滴らせながら魔女が立っていた。その顔に浮かんだ必死の表情に、つめかけた水夫たちの叫びがやむ。


「お前は私が死なせない」


 決意を込めて言うと、魔女はアレクシスの上に身をかがめ、重なった。


次から、第三章 サルサーラ ー輪廻の海ー です。

いよいよクライマックスです。

もう少しお付き合いください。

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