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聖なる魔女は海を抱いて眠る  作者: 朱居とんぼ
第2章 生贄の羊
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 右舷艦首前方より船影が近づいてくる。


見張りから知らせを受けたアレクシスは、ミズンマストの横静索につかまって、望遠鏡をのぞいた。掲げられた旗と艦型を確かめる。間違いない。カイティーリヤのフリゲート艦、テンぺレスト号だ。事前の打ち合わせ通り、魔女を迎えにきた。


「戦闘準備をせずに向かい合うのは勇気が要りますね。一応、砲撃手以下は待機させていますが」


 副長が上ずった声をだす。


「ボートを下せ!」


 アレクシスの声に水夫達が動く。と、艇長のテニスンに船べりに連れて行かれたはずの魔女がとっとと走って艦尾甲板にやってくる。アレクシスは思わず額をおさえて肩を落とした。


「……なぜこちらに戻ってくる」

「あのカイティーリヤ船の艦上で、司祭が待ち構えていた。カイティーリヤは魔女弾劾を未だに続けているお国柄だろう? 私は行きたくない。火炙りはごめんだ。あれは苦しいものだぞ」


 後ろ手に縛られた魔女が盛大に顔をしかめて訴える。アレクシスはため息をついた。


「この距離でよくカイティーリヤの艦上が見えるな。安心しろ。向こうもわざわざお前を火炙りにするために欲しがっているわけではないだろう。お前の力とやらを見せてやれば貴婦人のように丁重に扱ってくれるはずだ。ここよりよほど居心地がいいぞ。ごはんもくれる」

「本当だろうな。何かあったら化けて出てやるぞ」

「ああ、保証してやる」


 アレクシスは望遠鏡を副長に渡すと、魔女を肩に抱えて舷側にたらされた縄梯子まで歩いていった。


「だいたい、不死のお前がどうやって幽霊になれると言うんだ」

「死んだことがないから幽霊になったことがないだけで、死んだら幽霊になるかもしれないじゃないか。そもそも火あぶりだぞ、火あぶり。痛いんだぞ、苦しんだぞ。不死でも痛い時は痛いと言っただろう」

「分かった、分かった。何かあれば助けにいってやるから大人しく連れていかれろ」


 魔女の体をボートへ降ろす。

 哀しそうな顔をした魔女がじっとこちらに顔を向けながらボートに揺られていく。アレクシスの胸をちくりと良心がさした。

 だがこれは上層部が決めた取引だ。個人の感情を交えるわけにはいかない。自分はブラン王国海軍士官なのだから。


 魔女を受けとったカイティーリヤの艦は満足げに夕暮れの海を去っていった。



   *****



 無為な時間が過ぎていく。


 カイティーリヤ沿岸に留まって十日。約束の親書がまだ届かない。魔女を陸地まで送り届けた後、待機していたカイティーリヤ側の使者が別の艦でこちらまで届けてくる、そういう段取りになっていると、ラドウィック提督から聞かされていたのだが。


「どうします? カイティーリヤのこの反応」


 副長が眉をしかめて問いかける。


「交渉ごとはラドウィック提督にまかせていたからな。海にでた後、陸で何かあったのか」


 船乗りの急所がこれだ。海にでている間、どうしても陸の出来事にうとくなる。哨戒任務を終えて国に帰ってみれば、政変が起きて仕える王が変わっていたなど冗談にもならない。


「私はまた港でいきなり銃口を向けられて軟禁されるのは嫌ですよ。忠誠の在処を言え、と言われても給金と年金にしか興味はないんですから困ります」


 同じことを思い出しているのだろう。副長が言う。


「それでよく王党派についたな」

「あの時点では王権がどちらに転ぶか分かりませんでしたからね。それに直属の上官はラドウィック提督。直接耳に囁かれて断れば命が危ない。まあ、いざとなればあなたに脅されやむをえず、という言い訳も通じますし。ナンバーツーの利点です」


 のほほんとした顔で副長が言う。この利に聡い男がまだ隣にいるということは、ここは安全ということだろう。アレクシスは意地悪く考えた。


「とりあえず独断で動くのもまずい。なんとか連絡をとらないとな」

「カイティーリヤにいる連絡員の居場所は聞き出してありますよ。行ってこられますか? 私は留守番しておきますから」


 用意周到な副長がにっこり笑って懐から住所を書いた紙を取りだした。



  ****



 商船の上級船員といった扮装でアレクシスはカイティーリヤに上陸した。


 どうしてもついて行くと言い張った艇長のテニスンをつれて、海の男たちが行きかう港町を歩く。目的の旅籠は表通りから一本外れた所にあった。


「良かった。こちらからは連絡がとれないのでどうしようかと思っていたところだったんです」


 まだ若いカイティーリヤ人の連絡員は、アレクシスが身分を明かすなり言った。


「お国でラドウィック提督が捕えられたんですよ。芋づる式に今、王党派が捕まっている最中です。カイティーリヤとの密約もかぎつけていて、王党派を渡せとねじこんできているんです」

「カイティーリヤは王党派を売ったわけか」

「私も今夜にでもここを引きあげるつもりでいました。カイティーリヤ側も繋がりを消すのに必死で。巻き込まれるのはごめんです」

「密約はなかったことに、か。どうりで待っても親書は来ないわけだ。では、あの魔女はどうなったのだ?」

「魔女?」


 突然聞いたアレクシスに、連絡員が眼をまたたかせる。


「ああ、あれですか。受けとっていないとしらを切るにはブラン側が強硬で。後腐れなく処刑することにしたようです。偶然拿捕した艦に乗せられていたということで。不死というだけで利用できる力はなかったようですね」


 連絡員がそれどころではない、といった口調で明かす。


 アレクシスの体が強張った。


 脳裏に魔女の哀しそうな小さな顔が浮かぶ。火あぶりは嫌だと言っていた、少しすねたような寂しげな横顔。

 あれは魔女だ、あの心細げな表情は男を惑わす演技だとわかっているのに脳裏にちらつく。


 黙ってしまったアレクシスに、連絡員がもどかしげに言った。


「とにかく逃げてください、艦長。カイティーリヤ側は〈偶然拿捕したブラン王国の軍艦〉を欲しがっているんですから。そして捕まったが最後、無事ブラン王国へ引き渡されるとは思えませんよ」


 背後に控えていたテニスンが無言でアレクシスの肩を引く。早く戻ろうと言ってる。海に出さえすれば安全だと。


 だがアレクシスは動かなかった。


 ぐいぐいと後ろへ引く力を振りほどき。アレクシスはもう一つだけ聞いた。


「魔女を処刑する、と言ったな。いつだ? そしてそれはどこで、だ」


 背後でテニスンが小さく、艦長は甘すぎるお人だ、とぼやく声がした。

 

 アレクシスはそれを無視した。


 約束、したのだ。

 何かあれば迎えに行ってやるとーーー。

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