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聖なる魔女は海を抱いて眠る  作者: 朱居とんぼ
第三章 サルサーラ ー輪廻の海ー
13/14

 本島を迂回して、巨大な戦列艦が姿を現した。


 テニスンが言う。


「副長がやってくれたようでがすね」

「あの男がへまをするわけがない」


 アレクシスは返すと望遠鏡を覗き込んだ。


 一隻、二隻、三隻。それに小型のスクーナー艦が先導している。

 他にも二隻いるフリゲート艦は哨戒任務のため島を離れているはずだからこれで全部だ。


 反乱は速やかに封じ込めるべし。


 それがブラン王国海軍の方針だ。眼と鼻の先に脱走艦がいて、島民の不穏分子と接触し、しかも魔女を積んで様子をうかがっているとなれば総督も黙っていられないだろう。副長はうまく炊きつけてくれたようだ。


 船首を沖に向ける艦達。鈍重な戦列艦がゆっくりと本島から外海へ出てくる。まともに組みあってはあっという間にねじ伏せられる。力が違いすぎる相手だ。

 だが、足はこちらのほうが早い。


「さあ、ひきずりまわしてやるか」


 追いかけっこの始まりだ。だが、速すぎてもいけない。相手があきらめて島に戻ってしまっては意味がない。こちらに注意をずっとひきつけておかなくてはならない。あと少し、あと少しで捕まえられる、そう、相手に思わせなくてはならない。

 砲弾の届くぎりぎりの距離で誘う。日暮れまで後四時間はある。その間、こちらがもつかどうか。


 できるだけ遠くへ。


 日が暮れ、月が昇れば神殿が浮上する。それまでなんとしても引きつけておかなくてはならない。


「帆を全て張れ! 取り舵いっぱい!」


 アレクシスは命じた。



  ***



 熟れすぎた果実を思わせる夕日が沈んだ。


 滑らかなうねりを見せる暗い海。その表面がうっすらと群青に透ける。水平線の彼方からゆっくりと銀色の月が姿を見せはじめた。

 それとともに。

 三日月を描くサンゴ礁の中心、深い海へと続く海の底からごぼりと泡が湧きあがった。


 ごぼり。ごぼり。


 小さな泡の連続が、やがて大きな連なりとなり、海面を揺るがす波となる。


 時が来た、のだ。


 海底深くに根差す神殿が浮上してくる。大地の、この星の命を秘めた創世よりの岩の連なりが姿を見せ始める。

 人の力ではとうてい動かすことのできない巨岩。自然そのままの形をした岩、それが一段づつ積み重なり、まるで計ったかのように四角い、裾へと広がる小山を形づくっている。平らな頂上にあるのは巨大な岩が立ち並ぶ円環だ。


 大いなる力の結晶。

 それは人知を超えた星の命の流れそのものの姿をしていた。


『あれが、あれが、海の神殿……』


 環状諸島の言葉で感極まったサハが呟く。


 海のうねりが遠く離れた本島にまで押し寄せ、マングローブの林に隠れた小船を揺らす。木をくりぬいた船体がマングローブの根にあたり、ごつごつと鈍い音を立てた。


『サルサーラ様っ』


 船べりにしがみついたサルサーラを島民がかばう。


『大丈夫だ。それより早く、神殿へ!』


 サルサーラが顔をあげ、命じる。

 命じつつ。サルサーラの一部が魔女に戻る。


 体を繋げ、心を繋げた相手。その彼が置かれている立場を感じ取る。炸裂する砲弾の音が波間から浮上する神殿を見据えるサルサーラの耳元で聞こえる。一刻も早く自分がすべてを終わらせなければ。もし彼がまた銃弾を受けたとして、傍にいない自分には助けられないのだから。


『早く、私をあそこへ!』


 サルサーラ、南海の魔女は必死で叫んだ。



  ***



 戦いに身を置き、神経が研ぎ澄まされているからだろうか。それとも後ろ髪を引かれる想いをしているからだろうか。

 アレクシスの心もまた、遠く波間に揺れる魔女の存在を感じ取っていた。


「回頭、左舷、四十度っ」


 指揮をとりつつ、体は確かにここにいるのに、魂は同時に別の場所にもいる。


「魔女め。あの馬鹿は何をやっているんだ。船をだすのが早すぎるだろう、もっと隠れていろ。その船体にはまだ波が高すぎるっ」


 舌打ちをもらす。声が届かないことがもどかしい。


「艦長っ、船首右手よりスクーナー艦が回りこんできますっ」


 マストに取りついたフォルマスの声。その隣に砲弾が着弾する。引き裂かれる横木、ばらばらと焦げた木片と肉片が甲板に降ってくる。


「二段縮帆ほどけっ」


 血にまみれながらアレクシスは叫んだ。



  ***



 一方、島の沖では魔女たちが懸命に神殿へつけようと小舟をあやつっている。

 サハが叫ぶ。


『サルサーラ様っ、これ以上近づけませんっ、波がっ』


 揺れる小船の上で魔女は立ち上がった。


『ここまででいい。泳いでいく』

『サルサーラ様っ』


 男達が止める。その腕を振りほどき、魔女が言う。


『私は死なない。が、早くせねば死んでしまう奴がいるのだっ』


 魔女は波打つ海に飛び込んだ。


 波のうねりは海中深くにも影響を及ぼしていた。分厚い水の層に巻きとられ、翻弄される。息が、苦しい。魔女はがぼりと水を飲んだ。


「だが、私は死なない。そうだな」


 誰に言うでもなく、胸の内で呟く。


「ならば、いける」


 かすむ眼を見開き、感覚の薄れていく腕で水をかく。


 やがて。

 足が、海の水ではありえない、しっかりとした石の床を捕えた。


 体が、繋がる。

 海に、この星そのものに。


 せき込みつつ立ち上がる。足を神殿に踏みしめ力が満ちるのを待つ。海底のそのさらに奥。この世界の根底をつくる芯の部分から力が湧きあがり、神殿の頂に焦点を結ぶ。


 世界を創造する力。世界を循環する力。この星が生きようとする力。それが意思を持つ生物、サルサーラの小さな体に集まる。力が噴出する先を求めてサルサーラに問いかける。舞い上がる銀の髪。青白い光が湧きあがる。全身を包み、噴き出す。


 青い眼を見開き、サルサーラは叫んだ。


「風よ!」


 空に伸ばされた両腕の先から嵐が巻き起こる。


 それは狙いを過たず、ウィンダム号を攻撃するブラン王国の艦艇に襲いかかった。波を裏返し、マストをへし折り、荒れ狂う。


 自然の怒りの前に、人は無力だった。

 帆を失い、舵を折られたブラン王国艦は荒れ狂う波に流されていった。


 攻撃の止んだウィンダム号の上で。生き残った水夫達が空を見上げる。雲ひとつない穏やかな星空。こちらには一粒の雨も落ちてきていない。


「魔女、お前なのか?」


 傷ついた腕を押さえつつ、アレクシスは頬を優しく撫でる風にささやいた。


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