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夢を見る。
ふわふわとどこか不確かな夢を。
銀色の髪をした少女が笑っている。人の子として生まれ、父母や人に愛されていた少女が笑っている。
彼女は笑いながら温かい白い浜を砂を蹴散らして走る。楽し気に緑の木に登り、咲いている赤い花をとって髪に差す。温かな陽光、心地よい潮風を眼を細めて全身に浴びる。少女は全てを愛していた。
そのうち少女は次代の海の娘に選ばれた。
海の娘とは聖なる巫女だ。
海底にあり、七十年に一度浮上する、荘厳な石の聖殿に暮らす。そしてこの世界の海を守るのだ。
聖殿に一度立ち入った娘は不死になる。永遠なる海に体をつなげるからだ。若い姿のまま、七十の年を過ごし、再び地上に戻ってくる。次代と交代した後は、海とのつながりを解き、ただ人に戻ってゆるやかに年をとっていく。
少女の両親は娘を祝福した。
そして同時に涙した。
少女にその涙の意味は分からなかった。ただ、次代に選ばれた、その誇りと海への愛だけがあった。
やがて継承の儀式が行われる満月の夜になった。少女を次代に迎えての、七十年に一度の儀式は盛大に執り行われた。
島の沖に聖殿が浮上し、当代であった娘と、次代であった娘が地上へと戻ってきた。
少女は心をわきたたせた。
今度は自分が次代となり、先の次代であった娘が当代となる。そして二人で海を守るのだ。
少女は、海に沈む新しい当代とともに、最初の一期目、七十年の長い年月を海底で過ごした。当代の指導を受けて、体を海に繋げる準備をした。
長い年月を冷たく暗い海の底で、当代と二人きりで過ごした。遠い海上からさす淡い青い光を見あげ乍ら、温かな陽光を、緑の島を吹き抜ける風を想った。愛する人々の顔をなつかしんだ。
そして時が満ち、任期が開けた。
聖殿が海上にうかびあがり、嬉々として島へ戻った少女は、厳しい現実と向かい合うことになった。
島には少女の見知った顔は一つもなかった。
慣れ親しんだ風景はすべて変わっていた。少女を愛してくれた父母も友も、すでに墓の下に入っていた。少女を知らない民だけがそこにいた。
もうそこには少女を迎えてくれる人はいなかった。
少女を神と崇める人間しかいなかった。
少女は手を握りしめる。そして次の当代となる継承儀式の席で、少女は言った。
「私に付き添いはいらない。次代の娘は必要ない。一人の方がすっきりする」
人々は驚き、言った。次代を学ばせる期間が必要です、と。少女はそれに答えた。
「必要ない。なぜなら次代も、そのまた先も永劫に私が海の娘を勤めるからだ」
少女は宣言した。
「それは可能だろう? 海の娘となった者は不死となるのだから」
皆が言葉を失った中、一人の娘が歩み出た。
海の輪廻から解き放たれ、陸に、人に戻ることを許された先代だった。彼女は歩み出て、そっと少女を抱きしめた。そしてすべてを理解した涙を流す。先代に抱かれながらも少女は前を向いていた。その瞳からは一滴の涙も流れはしなかった。
そして、少女は女神となったーーーー。
*****
アレクシスはゆっくりと目蓋を開いた。
いつもの艦長室の天井が見える。遠くから聞こえるのはカモメの声か。どこかの入江に停泊しているようだ。窓の外を見なくても分かる。船の揺れがゆるやかだ。
「艦長……」
声のした横を見ると涙で顔をぐしゃぐしゃにしたジェレミーがいた。袖で鼻をこすっている。他にも数人、鼻をすすっている水夫たちがいる。
「……戦いは? どうなった」
アレクシスはしゃがれた声で聞いた。ジェレミーがしゃくりあげながら答える。
「大丈夫です。メインマストが折れたからテンぺレスト号は追って来れませんでした。後は副長が指揮をとってここへ」
「他の者はどうした」
「副長は居留地へ情報集めに。テニスンは艦長にもしもの事があったら殺すと魔女を見張ってます。他の者は上陸して艦長を待っています。このサハが案内してくれて」
アレクシスは眼を動かした。
色の浅黒い、一目で南方の民と分かる男がそこにいた。アレクシスにうなずき口を開く。
「艦から降ろすの、他の者、嫌がった。ここ、艦長の城。今日、目覚める、サルサーラ様、言った。だけど抱いて運ぶのも面倒だ。起きるのを待ってた。サルサーラ様がお待ちだ。来い」
たどたどしいブラン語で話すと、サハが背を向ける。
アレクシスはゆっくりと起き上がった。シャツの前をはだけられたままの胸を見る。そこにはひきつれた傷痕が一つあった。とっくにふさがり、古傷と化した痕。命が助かったのが不思議な場所にある傷痕だ。
アレクシスの肩に水夫の手が添えられた。フォルマスだ。うながされるまま寝台から足を降ろす。肩を貸してもらい、いつもより揺れて感じる床を歩く。
よろめきつつ船室から出ると。温かい陽光が彼を迎えた。これは北に位置するブラン王国沿岸の陽の光ではない。これは南の、南大洋の日差しだ。
アレクシスは眩しげに眼を細めると聞いた。
「ここはどこだ?」
サハがにやりと笑う。
「ここは南大洋環状諸島。俺達の島だ。お前、ずいぶん長く眠っていた」




