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飽きない旅路

 あの日、町を抜け出した。武器や食料を買い込み、荷車に置いた俺は失態に気が付いた。幾ら身体強化があってもこの体力の無さはカバーしきれるものではないし、小さな子供が次の町まで歩けるとは思えなかった。

 だから、馬車を買った。最近の出費はオークションで荒稼ぎしている大富豪のような俺にも看過し難い事態だったが、必要経費と涙ながらに良い馬を購入した。


 次の町へ移る理由はシュリにあった。幾ら目の色を変えてもすぐに気付かれて、商売の阻害になるのは必須であったし、ブルウの姿で買った奴隷をグレイが所持していると言う事態を避ける為でもあった。

 検問はいつもの手法でくぐり抜けて、とは俺のなけなしの良心が許さず、シュリを隠蔽魔法で隠し、しっかりと検問をくぐり抜けて少し馬車を進めた所。詰まる所、今に至るのでった。


「馬車がここまで揺れるものだったとはね」

 馬を止め、近くの太い木に結んでいると動き始めて何回目になるか分からない愚痴が口から溢れた。

 既に日は落ちかけていて、馬の疲れを癒す為にも野宿の準備をしていた。


「それはそうですよ。馬車なんですから。ご主人様はまだいいですけど、身体強化魔法を使えない私なんかもっと疲れるんですよ?」

 当初はあれだけ怯えていたシュリは今や嫌味まで効かせてくるようになっていた。

 全く、順応性の高い奴である。その歳に似合わず、弁も立つし、意外にも気が強い子だった。

 俺も嫌味を言ったところで咎めやしない。それも分かってのことだろう。口調は丁寧だし、弁える所は弁えていると言う訳だ。

 本当に可愛げのない奴だ。


「どこを見てそんな事を言っているんですか? 頭のてっぺんからつま先まで、何処をどう見ても可愛いに決まっているじゃあないですか。寧ろそれ以外の要素が見つかりません」

 口に出ていたらしい。隣でえっへんと薄っぺらい胸を張った少女は確かに見た目だけを見れば美少女だったがそれを自分で言ってしまうのはどうにもお淑やかさに欠けていた。何より歳がまだ二桁に突入したばかりである。


「あー、そうだね。そうだね」

「むう。何ですか、その反応は! ……まあ、良いです。ところでどこに向かっているんですか?」

 やはり冗談で言っていたからかアッサリと引き下がったシュリは俺にそう尋ねてきた。


「現在いるのはルイーラの町を出た……この辺だね。目的地はグランスリーだから、ここから南に真っ直ぐと南に行きたいところだけれども」

「山がありますね」

「その通り。山があって馬車で登るのは不可能だから迂回して山を回る形で向かう」

「山が邪魔ですね……」

 シュリは俺が説明の為に広げた地図の山を憎々しげに睨む。

 気持ちは分かる。山は俺達の行く手を阻むように横に長くそれは正に通せん坊をするが如くであった。


「全くだね。でも、少し短い西から回るつもりだから多少は短い時間で着くと思うよ?」

「その方が近いですし、妥当かと思います」

 しっかりと会話についてくる辺、本当は年齢を誤魔化しているのではないかと疑問になる。

 偽装をしていない今の見た目はヴァンパイアだ。ヴァンパイアと言えば、不老不死や長寿の代名詞。本当に詐称しているのではないだろうか。


 ヴァンパイアと言えば、シュリは意外にも虐められてきた原因であるヴァンパイアのトレードマークとも言える赤い瞳を気に入っていた。理由は頑なに教えてくれなかったが。


「ところでスィーさんはこの状態でもこちらの状況は分かるのでしょうか?」

 シュリは会話が途切れたのを見ると、実のところ気にもしていないような事を尋ねてきた。

 暇だから会話でもしたいのだろう。


「少なくとも音は聞こえるみたいだけど、そこのところどうなんだい? スィー」

 言われて気になってしまった俺はスィーに聞いた。


 《解除》


 解除の魔法で憑依状態を解いたスィーは銀色の煙を炊き上げ優雅にヒラリと宙から着地した。

 スィーだから一々この様な演出があっても美しく飽きないが、俺も偽装の度に毎度毎度こんな演出があると思うと頭が痛くなってくる。

 隠密系の魔法の筈が発動の際にかなり目立つのも頂けない。


「音、聞こえる。視界、良好。問題はない」

 何故俺に語学を教えてくれたスィーが片言の有様なのか。俺やシュリより長生きをしている筈が、寧ろ一番言葉を交わすのが下手だった。

 態とやっているのか、素なのか判断に困る。


 閑話休題

 音が聞こえるのは予てから分かっていたが、視界まで拓けているとは。意外にも居心地がいいのだろうか。最近になって漸く外に出られたのに意味があったのだろうか。

 まあ、余計な事は聞くまい。


「へぇ、案外魔石の中もいいもんなのかねぇ。それは兎も角、シュリ、暇なんだろう?」

 俺は暇と決めつけながら光魔法を使い辺りを照らすと自作のアイテムボックスから何冊かの本を取り出した。


「これは……?」

「本だよ。図書館でちょっとね」

 俺がシュリに渡した本は町の図書館でほぼ不正行為に近い働きによって入手した物であった。


「まさか盗んだんですか!?」

「まさか、俺はそんなことはしないよ」

 図書館に入った時に意外とお金を取られ、惜しいと思ったケチな俺は紙とインクの持ち込みが自由なのをいい事に魔法でちょちょいと複製していたのである。

 複製をしていることをバレないようにするのは困難だったが、複製した本を隠すのは自作アイテムボックスのお蔭もあって楽に行えた。


「確かに不正ではありませんが、せこいです」

「ま、まあ、いいじゃあないか。お蔭で暇は潰せる訳だし」

 俺の言い訳を聞いたシュリは初めは盗人を見るような目で俺の方を見つめてきていたが、次第に目が文字の方に行き、大人しくなっていた。

 静かなものだ。


 俺も複製してまだ読んでいなかった本を漁り出し、地域別の魔物の資料を読み始めるとやがて日は落ちていった。


◇◆◇◆


「な、なんですかこれは!?」

 最早意外でも何でもなかったが、本を渡した翌日には二冊三冊と読み終わった本を積むという驚異的な読書スピードを誇ったシュリは俺も未だに読んでいない本の内の一冊を手に取り声を荒げた。


「何って、タイトルの通りだよ」

「魔法陣の本ですよ!? これ一冊でいくつ家が建つと思っているんですか!?」

 シュリは隣に座って馬を操る俺を責めるように捲し立ててきた。

 成程、重要資料コーナーの立ち入り料金が高かった訳だ。

 しかし、そこまで高価なものになりえるとはやはり魔法という物は貴重なものであると改めて実感させれる。毎日、それこそ息をするかのように何のありがたみも感じずに魔法を使っているとそこら辺の感覚が麻痺してくる。


「へぇ、そんなに高価な物だったんだ。でも俺の場合普通に魔法を使えるから知っていてもあんまり意味がないんだよね」

「うう、なんて勿体無い。ならば、私が有効活用して差し上げますよ!」

 シュリが何故かとても張り切っているが放っておこう。

 そもそも魔法陣と言うものは数学の発展教科みたいな物で、発動条件も難しくとても使い物にならない。

 魔法具にも組み込めない様なボンクラ技術を戦闘中に使えるわけもなく、また、詠唱魔法で満足している俺には必要なものではなかった。


 何かしらの抜け道があるなら是非とも利用したいものではあるので参考までに読む気ではいたが、シュリが読むのなら郁子むべもない。


◇◆◇◆


 暇を潰すべく馬車を操りながら薬草の図鑑を魔法で宙に浮かせて、自白剤の元となる植物の項目を読んでいた時、それは起こった。


 前方から金属がぶつかり合う音が鳴った。

 何事かと視力強化を使って前方へ目を向けると一人の男が剣を片手に向かってくる矢を振り払っていた。対する矢は止めどなく降り注ぎ、男に休みを与えなかった。だが、そんな中でも男は諦めていないようで、矢を振り払いながらも隙を窺っているようだった。

 しかし、弓兵が裏手に回ったようで後ろから狙われた矢は男でも対処しきれなかったみたいで肉と骨を断裂する鈍い音が微かに聞こえた。そして、そこには一人の傭兵風の男があお色の草むらを赤い血に染め、倒れていた。


「シュリはここにいて、スィーはシュリのそばに」

 シュリの首飾りの魔法を起動して、座っているシュリと魔石の中のスィーに指示を出した。


「了解……」

「ご主人様は?」

 スィーは頷くが、シュリは心配そうな顔で俺に聞いてきた。


「邪魔なものをどけてくるだけだから大丈夫だよ。何てったって俺は魔法使いだからね。でも、何かあったら迷わず逃げてね」

「最後のは了承しかねますが、概ね承知しました」

 これだけ余裕があればシュリも心配はなさそうだ。一応心に深い傷を持っているだろうからこういう時にパニック状態に陥らないか心配だったのだが、杞憂だったようだ。


 俺は男が倒れているところまで来ると顔をしかめた。男の周りには数本の折れた矢と地面を突き刺す無数の矢が散乱していた。男の肩と腹部、腿には矢が深々と突き刺さり、それらの傷から出た血液はあお色の絨毯を赤で染め上げていた。


 むごい。

 本数を見るに複数人の弓兵が矢を放っていたことは明白だった。


「うう、危ねぇ。近寄るんじゃねぇ」

 俺が関係者ではないと理解してか、男は呻くように言った。だが、俺はそれに敢えて逆らい腰を屈める。――刹那、弓が風を切り裂く音が六つ聴こえた。


 それは状況を見るに確実にこの場に向かって放たれたものだった。

 唯一武器を持った男は倒れ、頼みの綱である筈の俺は丸腰で防具すら纏っていない。このまま行けば、矢の内の少なくとも一本が俺の体を貫き、初めて会った筈の傭兵と運命を共にすることになるのは誰の目から見ても明白だった。


 現に倒れ付している男など目を瞑り、無念と言わんばかりに下に顔を俯かせていた。


 そう、結果は火を見るよりも明らかであった、筈だった――。


 しかし、矢は俺に到達する前に透明の壁のような物に阻まれ、肉体を断裂する音の代わりにゴムが破裂するような音が六回響き渡る。


 場に静寂が訪れた。この場にいた者たちは予期せぬ現象に唖然とし、一人を残して動ける者はいなかった。その隙を俺が見逃すはずもなく、地面に突き刺さっていた矢を数本ばかり抜き取るとそれを捨てるように後ろに向かって高く投げ上げ、嘲笑する。

「お前らが撃ったその矢に射貫かれるがいい」


「あ、あんたは……」

「何やってんだ。早く打て、打て!」

 打たれる覚悟をしていた血だらけの傭兵風の男は目を見開きそう漏らし、向こうの木の陰や草むらの中からも騒めきと焦りの声が聴こえた。


 《我が体は必中の弓張月なり。我が瞳に映る限り、この百発百中の矢、妨げる物は無し――追尾チェイス加速バースト


 俺がそう唱えると、高らかに上がった矢はまるで弓で放たれたかのように速く、そして、意志を持ったかのようにジグザグと木の裏側、草むらの中までに回り込み、潜り込み敵を深く突き刺した。

「グハッ、」


 矢をその体に受けた者は鮮血で宙に虹を描き、苦しみながらも呪詛を吐きながらこの世を去ってゆく。


「ひぃ、」

 相手が腰を抜かし鮮血が舞う中、俺は地面に突き刺さった矢を新たに抜き、軽やかに矢を放る。


 《我が体は必中の弓張月なり。我が瞳に映る限り、この百発百中の矢、妨げる物は無し――追尾チェイス加速バースト


「グァ、」


 矢は青色の放物線を描いて、またしても敵を射止めた。

 魔眼を使って敵が潜んでいない事を再確認すると魔法障壁――魔法でできた防御障壁を解除する。


 冷静になった俺は人を初めて殺めたことに言い知れぬ罪悪感と自己嫌悪に陥った。

 動物を殺した時とは全く違う。心臓を掴まれたような感覚になり、耳には死に際の苦悶の声がこびりついていた。

 しかし、俺は辛うじての自己防衛という名目上の盾で自分の罪から責任をそらし、深く息を吐く。


 うん、大丈夫だ。問題ない。


「魔法使い、か?」

「そうですよ」

 血の気のない顔で尋ねてきた傭兵風の男の言葉に肯定し、今後のことを思案した。


 このまま逝けばこいつは死ぬ。

 魔法で助ける事は容易ではないにしろ、できない事は無い。


 だが、問題はここからだ。もし、こいつを助けたとして、その後は?

 俺が魔法を使えることを知る者が一人増え、秘密が漏れる可能性が高くなる。

 仮に自分の管理下に置いたとしても、仲間と上手くやっていけるかどうか怪しいものだし、着いてこないと言った場合には口封じの為に折角、傷を治したばかりなのに殺さなくてはならなくなる。


 その反面メリットもある。

 旅に同行させるのに成功したら面倒な馬車の操縦を押し付けられるし、道案内も頼めるだろう。

 シュリが知らないような大人の間での常識や後暗い方の常識も心得ているだろう。

 更にこの惨状を見る限り初めは剣で矢を弾き、避けながら抵抗していたに違いない。これだけの剣技を持つ者などそう居るものではない。


 何より、あの気持ちの悪い人殺しの感覚に遭わなくて済むのだ。


「ねぇ、傭兵風の人」

 俺は結論を出すと傭兵風の男に声をかける。


「その命を対価に俺に一生雇われてみないかい?」

 俺はこの状況に似つかわしくない笑みを浮かべて傭兵風の男に問うた。

 これは一つの脅迫だ。命を助ける対価に一生を主に捧げろという奴隷勧告に等しいものだった。


「……フッ、ああ、いいだろう。やってやろうじゃねぇか」

 一拍あけてそう言った彼の表情は諦めと期待の入り混じった矛盾したものだった。


◇◆◇◆


 その傭兵風の男の名をカインと言う。

 彼は剣術と女癖の悪さが傭兵たちの中でも頭一つ分ばかり飛び抜けていることで地元では有名だったらしい。そして何より、あんなところで命を狙われる割に、裏の処世術はしっかりと心得ているようだった。


 更にこの辺の地理には詳しく、山を巧く通り抜ける近道も知っていた。これにはシュリも大喜びで腹踊りをする勢いだった。勿論、カインは言うまでもく大歓迎された。


「ところで、ご主人。シュリの嬢ちゃんがやっているのはもしかして魔法陣かァ?」

 馬を操縦しながらカインは尋ねてきた。

 カインはシュリと一対一で話す仲ではなく、世間話程度なら必ず俺を挟んでくる。


「そうだよ。シュリに魔方陣の本を渡してからというもの、片時もあれを離さないんだよ」

「玩具を貰った子供みたいに言わないで下さい。これは列記とした学術の一つです」

 俺が呆れたように答えるとシュリは怒っていますと言わんばかりにそう反論した。


「でもねぇ、五ミリでも書き間違えたようものなら発動できなくて、座標固定の所為で動かすことができない魔法陣なんて物、使いにくくって仕方がないよ。更に低威力って話にならないじゃあないか」

 俺は首を振って追撃をかました。


 魔法陣とは座標などを特別な方程式に当て嵌めとものとそれを図形化したものを組み合わせることで発動することができる。

 その為、魔法陣は決められた定位置から動かすことができず、凄まじく厄介なものと成り果てていた。


 ニタリ、シュリがそう笑ったように見えた。


「実はですね……」

 シュリは一度区切ってこう続けた。


「見つかったんですよ。動かしても魔法陣が発動できる方法を」

「はっ? それってすげェ事なのかよ? ご主人?」

「……」

 俺は思考が追い付かなかった。魔法のことを研究している人たちをこの子が凌駕りょうがしているという事態に。きっとそのことには何人もの学者や魔法使いが難儀し、解決方法を求め、何年もの時間を通やしてそれでも解決できなかっただろう問題だ。

 それを異世界から来た俺ならば兎も角、この世界の住人で更には子供、そして魔法陣を学び始めてから五日と経っていない人間がその難題を解いてしまったことに俺は驚愕きょがくした。


「本当……なのかい?」

 俺はカインを無視してシュリを問い詰めた。


 冗談でしたと言ったら拳骨げんこつをお見舞いする気でいた。


「ふふん、本当ですよ? って言っても具体的な方法が見つかったわけではなくて、理論を編み出したところなんですけどね」

 俺の期待を裏切り、シュリはひけらかすように言った。カインは無視されても口を挟まなかった。


「初めから説明しましょう。まず、二点と魔法陣の座標を固定します。そして、その数値を方程式に入れて書く。更にそれを解いたものを図式化します。通常は地面の一点と魔法陣と術者との距離、それらを方程式に入れていきますとそれが魔法陣になります」

「へェ、そうなのか。つーことは動かせねェわなァ。だけどよォ、術者との距離まで入れるつーなら、下手したら使い捨てになるってことかァ?」

 説明を始めるシュリにカインは相槌を返した。カインは無学だが決して馬鹿ではなく、寧ろ地頭だけで言えば、この世界の中では良い方に部類されていた。


「はい。ですが、魔法陣を使うとなれば、大抵は大掛かりなものですから立ち位置にラインを引くなりしてそういうことになるのは未然に防げます」

「成程なァ」

「そして、この方程式を誤魔化すために何人かの学者さんたちは試行錯誤して、編み出した方法は尽く失敗していました」

 そう、正にその通りで、幾つもの実験の末に出た結論は"そういう物"なのだということだった。

 "人間は息をする""地球は丸い""万物には引力が働く"そんな普遍的な真理の一つとして数えられるものだったのだと。


 それを彼女はくつがえしたというのか?


「ですが、彼らの実験には見落としがあったのです!」

 シュリはこことぞばかりに声を張って言い放った。


「彼らの行った実験は常に地面を基準に考えたもので、更には距離を長さで考えたものだったのです」

「地面はそれが座標の原点となるから基準になるのは当たり前なんじゃないのかい? それに距離を長さで測るなんてそれこそ当たり前だろうに」

 シュリの言ったことに俺はそう突っ込んだ。


「いえ、実はそんな事はないんですよ」

 当たり前のようにシュリは答える。


「そもそも地面を座標の原点にしなくてはならないなんてことはないんですよ。ただ、地面と平行でさえあれば」

 初耳だった。固定概念に凝り固まった本を参考にした所為かシュリの言ったことをそのまま受け入れることは容易ではなかった。


「じゃあ、距離は? あっ、もしかして記号で表すのか?」

 俺は質問しながらも思いついた。片方の長さを基準として求めて記号で置き、もう片方の長さをその基準の長さの何倍なのかを求め、その数値を入れればいいものだ。


「はい、ご主人様。流石です。概ねその通りです。まあ、そういう訳で距離は長さでなくても比で表すことができます」

 シュリは淡々たんたんと述べた。だが、それは淡々と述べて良い筈の内容ではなかったが。

 学者たちが聞けば、落胆し、また、歓喜するであろうそれは世紀の大発見と呼ぶのに相応しいものだった。


 きっとこれまでの人々がこの方法に辿り着けなかった理由は先入観があったからだろう。

 先入観を物色することが難しいのも事実だった。現に多くの学者たちはそれに気が付かなかった。


「はァ、すげェーんだな、嬢ちゃん。やっぱし、ご主人との旅は飽きねェなァ」

 カインにそう褒められてだらしなく喜ぶシュリの様はとても世紀の大発見をした少女のものには見えなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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