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町にて行商

 あれから、スィーの知る町に潜入することに成功していた。

 関所があったが、まさか潜る訳にも行かず魔法を駆使して侵入した。

 町はこれぞファンタジーと言った風に賑わっていた。図体のデカイ兵士達が巡回している為、悪さをしようと言う奴はあまり見られなかった。

 石畳を彼等が行進した時に後ろからついてくる鎖帷子くさりかたびらの擦れる金属音は彼等を何倍にも大きく見せる程に重いものだった。


 俺はと言うと今はこの赤屋根の建物が並ぶ町で行商をしている。始めは冒険者なんてロマンがあっていいななんて思っていたが、そんな都合のいい物はなく、大凡俺の想像していた冒険者の仕事はお国の兵士様達か勇敢な狩人達か野蛮な傭兵達かがやっていらしたので、諦めた。


 無いものはない。世の常だ。


 勿論、行商をやると言ってもひょろひょろな奴がやっている様では舐められるので、スィーに教わった偽装魔法を使って大人に見えている様にしている。

 まあ、子供と言ってもこの世界ではとうに大人として扱われるが、若いので舐められるのは同じなはずなので問題はない。


 売っているものは生活用品から玩具まで色々と、最近では職人さんから発注が来てたりもする。

 目立つのも何かと面倒なので現代知識を使った物凄い発明のような事は謹んではいるが。


「兄ちゃん、ちょっといいかい?」

 頭に布を巻いている濃い髭を生やした中年の男性客が何やら試すような笑みを浮かべて話し掛けて来た。

 この手の客は初めてではない。こいつらは大抵、茶化しに来ているだけだ。しかしながら、こういう奴らは店の噂を、評判を流してくれる。

 始めは何かといちゃもんをつけようとしてくるが、最終的には珍しい物を買って、うちのいい評判をいろんな所に吹いて回る。


「はい、如何なさいましたでしょうか?」

 電気屋でアルバイトしていた時を思い出し、うざくない程度の笑顔で接客をする。


「ああ、聞いた話なんだが、何でもべっぴんの嬢ちゃんを連れた行商人が摩訶不思議な品物を扱ってると聞いてな、少し冷やかしに来って訳さ」

 中年の男性はニヤリと笑って自慢の髭を撫でながら悪びれもせずにそう口にする。

 彼の目線の先のスィーは相変わらず無表情だ。


「成程、摩訶不思議な物ですか、それ程の物は扱っていませんが、珍しい品物なら両手では余るほど扱っております。どうぞ見て行ってください」

 俺は相変わらず笑みを崩さずに答える。


 摩訶不思議、そう言われる類の物は所謂いわゆる魔法具と呼ばれる品々の事である。

 そもそも何処かのRPGやファンタジー小説の様においそれと魔法具など出回らない。

 そもそも魔法使い自体が希少だし、それらはほぼ全て国が管理している。

 別に作れない訳ではないが、そんな如何にも目立ちそうな商品はここに並べていない。

 この前闇オークションで出したが、正体は隠していたからバレていると言う事は無いだろう。


謙遜けんそんしなさんなって、あんたが売った商品で、竜が住む山からとってきた食べられる雲なんて物があるそうじゃあねぇか。それを摩訶不思議と呼ばずなんと言う」

 中年の男性客はしたり顔で、それこそご丁寧に仁王立ちをしながら、腕まで組んでそう言った。

 正にこれこそドヤ顔……と思いながらも俺は少し驚く。

 竜が住む山からとってきた食べられる雲と言うとこの前、売った綿あめのことだろうか。ずいぶんと飛躍したものだ。

 まあ、この位ならばどちらでも指して問題ではない。どうせ眉唾と思う輩が大半だからだ。しかし、例外が目の前にいたが。


「そうですか、お褒めにいただき光栄です」

 俺は紳士に、少し格好をつけて洋風のお辞儀をした。

 そんな会話を諸共せず、スィーは飄々ひょうひょうとした顔をしている。

 普通、火花散るとまで言わないが、まるで闘っているかのような変わり者達の会話についていけないとなるとオロオロするのが一般的と思われるが、これを見る限りスィーもやはり変わり者の一人と言う訳だろう。


 そんなことを考えていると中年の男性客は将棋盤を目に入れるとこちらにこれはなんだと訪ねてきた。


「それは将棋盤に御座います。その盤の上で決められた役割を持つ兵である駒を使って争うのです」

 俺は簡単に説明をする。


「ほぅ、決着はどーすりゃつくんだ?」

 中年の男性客はこれに結構興味を持ったようでそう訪ねてくる。


「大将、この紋様の駒を先に討ち取った方が勝者となります。そして──」

 俺は駒の役割を書いた紙を中年の男性客に渡してルールも序でに説明する。


「成程、こりゃあ面白そーだな、買った。そいやぁ名乗ってなかったなレイル・サージスト・ルイーラ・バーツだ。また買いに来るから宜しくな」

 俺の説明が終わると将棋盤を軽々と左手に担ぎながら中年の男性客──レイル・サージスト・ルイーラ・バーツは自己紹介をする。呪文のような名前だ。

 しかし、驚いた。只者じゃあないと思ってはいたが、こんなに荒々しい家名持ち――貴族様が存在していたとは。貴族様は気取っているか、御淑やかなものだと思っていた。偏見だったのだろうか。

 更にこの国でサージストと言えば伯爵の地位を表す名前だ。


「貴族様でしたか。とんだ御無礼を。行商人のグレイです。以後お見知りおきを」

 俺は名前を偽り自己紹介をした。一応、行商人としてはグレイとして活動しているから問題はないだろう。

 この出会いが良かったのか悪かったのか、今の俺には知る由はなかった。


◇◆◇◆


「そこのお兄さん! ちょっと見ていかないかい? なに、怪しいものじゃない。あんた狩人だろう? えっ? 何で分かったかって? 見りゃ分かるさ、護身用の剣だけしゃなくて弓も持っていたらな。まあ、そんなことはいいんだ。これ! これを見ろ。これはな、対獣用の罠なんだがな――」

 一ヶ月も経つと俺はすっかりと商人になっていた。

 ねずみ捕りの巨大版、名付けて獣捕りを狩人に力説している俺がそこにいた。


 狩人は魔物や魔獣を時には狩ることもあるが、やはり彼等は獣を主として狩る。魔物や魔獣の方が実入りはいいが、如何せん危険度が獣達の比ではない。

 だから、馬鹿な夢を見ない堅実派の狩人達は獣を狩る。何事にも例外はいるが。


 この世界は時代的に無いはずのものがあったり、あるはずの物が無かったりと俺からするとかなり歪な科学的成長を遂げている。こう言ったことは大凡おおよそ、妖怪の所為もとい、魔法の所為と相場は決まっている。

 そこの隙を突くことで程よく目立って程よく稼ぎ、商売ができる。


 しかし、一番の収入源が副業のため始めた闇オークションだというのが解せない。


 どうにか相手を頷かせて獣捕りを狩人に買わせたところで、前世からゴシップ好きの俺の耳は二人組の役人の話声を拾った。


「最近は"悪魔の子供"を見なくなったな」

「ああ確かに、遂に噂を聞きつけた祓魔師にでも祓われたか?」

「それならいいんだがな」

「なんだ? やけに含みのある言い方じゃあないか」

 背の低い方の役人はじれったくなったのか疑問を呈す。


「実は――」

 そう区切って背の高い方の役人は続ける。


「母親が死んだらしい」

「そ、それは……」

「ああ、殺した犯人を呪い、報復する為に闇に潜んでいるのやもしれない」

 背の低い方の役人は顔を青くして絶句したが、やがて落ち着きを取り戻すと聞き返す。


「……殺されたのか?」

「いや、事実上は衰弱死って事になっているが……。って言っても憶測に過ぎないがな」

「なんだよ、驚かせるなよ!」

 そう笑いながら役人達は次第に話題を変えて足を進めて行った。



「スィー、祓魔師って何かわかる?」

 俺はスィーを横目にそう聞く。商売の間、説明などで様々な表現をさせていた手は手持ち無沙汰になり、スィーの頭を優しくなでている。


「ん。精霊体のみに干渉する魔法使いの別称」

 スィーは頭を撫でられたことで少し薄目になりながらもそう口にした。


 精霊体――それは魔力的要因から生じた生命体のことを指す。人間のように物理世界に生を受けたものとは仕組みが違い、精霊体は生命の維持に魔力が必要不可欠である。悪霊、魔物、精霊などはそれに当たる。


 しかしながら、スィーは普段はあまり支障がないが、口下手と言うか、口が少ないのは説明をするときには少し分かりにくい。

 本人は久々に言葉を交わしたからと言っていたが、素からあまり話すタイプではないように思える。


「対精霊体特化の魔法使いと言ったところか……」

 俺がそう呟くとスィーは重々しくも頷いた。

 スィーも精霊体であるし思う所があるのだろう。ここで聞くのは野暮というものだ。いつか話してもらえればいい。それよりも――


「悪魔の子供ね……」

 悪魔。俺の知っているものと同じであれば、魔王の手先やら召喚者に応じて悪事を働き、隙あらばその召喚者の体を乗っ取る悪者。そんな悪の権化を表したような者だ。


 だが、子供と言うのが如何せん気に食わない。

 この世界での子供というと一三歳以下辺りで、そんな小さな子に大人が寄って集って"悪魔の子供"呼ばわりなどあまりにも可哀想ではないか。

 更にはその年にして肉親を失ったときては憐れだ。


 本物の悪魔なら俺が言うところは何もない。しかしながら、何かの隠語だったり、或いは風習や決めつけで合った場合、それは許しては於けない。


「少し調べてみるか」


「ん」

 俺は提案して路地裏に入るとスィーも肯定の意を表して、尾いて来る。


 周りに誰もいないことを確認すると俺とスィーは変装を解く為の言葉をつむぐ。


 《解除ブレイクスペル


 短く唱えると、黒と紫色の粒子が足から俺とスィーを包む。

 目の前は完全に見えなくなり、幻想の皮膚を溶かす感触が伝わる。


 全ての幻想が溶けると卵の殻が割れるが如く、鳥のひなが生まれるが如く俺達は外の世界に顔を出す。


 いつやっても本物の魔法は神秘的なものだ。


 それらが終わると俺は引いていた木製の荷車に向かって手を翳す。


 《汝、闇に隠れさせたまえ――隠蔽ハイド


 その魔法を行使するとそこにあった筈の荷車は跡形もなく消えていた。否、この場合は見えなくなったという方が適切だ。


 空を見ると丁度日が落ちて、居酒屋が流行りだす時間帯に差し掛かっていた。


「ちょうどいい時間だ。スィー、悪いがここに」

 俺が服で隠れていたペンダントを手にしてそう言うとスィーはこくり、と小さく頷く。


 《……古きに……帰らん――憑依スピリットポジション


 スィーがこの魔法を使うとスィーの身体、精霊体が一つの妖しい光に凝縮され小さな風が起こる。

 その精霊体の塊は俺の周囲を三回転すると、満足したのか静かにペンダントの中に入っていった。


 何にでも、こう簡単に憑りつける訳ではない。何かの繋がりや、引きつける力が必要だ。そう、そしてこのペンダントはかつてスィーの憑りついていた岩の一部――魔石だ。

 スィーはこの魔石に宿ることで人の目に写ることを避けられる。


「居心地はどうだい?」

 俺は魔石――スィーにそう尋ねる。


 すると、魔石は微かに光り、問題はないと合図を送ってくる。


 《我が仮面は何者でもなく。何者でもあらんとする。ならば我が仮面よ、我に欲する姿を与えたまえ――偽装カモフラージュ


 俺が長く唱えると、またしても黒と紫の粒子が集まり、煙のようになって外の世界から俺を隠す。


 詠唱は短いより長い方が効果が増すのだ。


 煙が消えると屈強な男。漢の中の漢。傭兵のリーダーをしていそうな男の姿がそこにはあった。


「じゃあ、行くか」

 豪く堅が良くなった姿の俺はそう何事もなかったかのように口にして夜の街へと繰り出した。


◇◆◇◆


 夜の飲み屋で得た情報では"悪魔の子供"は紅蓮の瞳を持つ少女らしい。この国、若しくはこの世界において紅色の瞳は悪魔の象徴らしく、悪魔の子供などと呼ばれている所以だ。


 少女の名をシュリアと言う。父は居らず、母と2人で暮らしていたらしいが、母が他界し、その後身売りをしていたそうだ。


 更には父が不明な所から、悪魔と人間の子供なのではないか? と邪推する者も少なくなく、悪魔の子供と言う名前が広がっていった大きな要因でもあったそうだ。


 悪魔の子供は悪魔の様な瞳を持つ子供、まるで悪魔から生まれたかの様な子供という意味でもあったりする。

 聞き回ったところ、悪魔と信じている人、信じていない人、それぞれ半分半分だった。


 兎も角、その少女、シュリアが身売りをしている所を奴隷商人が買い取った。

 そして闇オークションで今度、彼女を売るそうだ。

 闇オークションでは珍しい物、危険とされているものを大量に捌いている。それは適法と違法の間に広がる広大なグレーゾーンと呼ぶに相応しく、政府もある程度認知しながらも放って置いている。


 とは言ったものの奴隷制度がこの国で違法な訳ではない。

 "悪魔の子供"を正規のオークションで高値で買う物好きが現れない可能性を考慮して、より物好きが集まった闇オークションで売るという訳だ。

 明後日、その闇オークションは開かれ、その少女は売られる。


「俺はどうするべきなのだろうか……」

 俺は幻想を纏った状態を解除し、取ってある宿の古びたベッドに腰をおろした。


 助けることはできる。金さえ積めば大抵のことは済むこの世の中ならば。

 元々一文無しから始めた訳だが、今では有名な商人の一人として認知されている。

 裏に通ずるコネクタもあるし、手段は揃っている。


 奴隷制度に対する忌避感もさほどない。それは奴隷を所有する者が如何に奴隷達を扱うかによって全く違ってくる為である。

 嗜虐の為に使うのならば、それは俺にとっての悪であるし、反逆の可能性を限りなく減らす目的で使うのであれば、それは止むを得ないと思う。

 商人や貴族は金や命を狙われる事など日常茶飯事で、奴隷を所有しているのは指して珍しいことではない。


 だが、メリットはない。

 助ける必要も無いはずだ。この世界には数え切れない程に不憫で遣る瀬無いこの手の話がある。


 最初は気に入らなかったから、少女が余りにも不憫に思えたから行動に出た。

 しかし、その子を救うとして、救えたとして、果たして俺はこの偽善を働いて良い物なのだろうか。

 所詮は赤の他人。身内ならいざ知らず、赤の他人にここまで情けをかけて良い物なのか。

 彼女だけを助けたとしても、それは一部に過ぎず、他もまた助けないのは不平等で、無責任な事ではないのか。


 そんな考えが頭にこびり付いて離れない。


「するべきこと、違う。したいこと、やりたいこと」

 魔石からいつの間にか出ていたスィーは俺の心情を理解してか、そう諌める。

 スィーの顔は真剣そのもので、やはり美しかった。


「やりたいこと……」

 出来る事ならば助けたい。叶うのならば救いたい。

 不幸な人の全てを救うなんて傲慢な事は言わない。

 全ての理不尽から救い出す事なんて何処ぞの勇者やら英雄にでも任せれば良い。

 一人でいいのだ。一部でいいのだ。

 不憫だから手を差し延べる。気に掛かったから救う。理不尽だからから助ける。

 答えは初めから簡単だったのだ。それでいいのだ。


「お茶くみとかの雑用係が丁度欲しかったところだからね。仕方ない。買いに行くよ、スィー。……ありがとな」

 俺が誤魔化しながらも決断を口にするとこれくらい何でもないと言うかのようにスィーはニコリと微笑んでいた。


◇◆◇◆


 今日は闇オークション当日である。

 闇オークションは魔法具を欲する一部貴族の支援と入場料、入札参加費用によって成り立っている。


 開催者はまちまちで貴族が開く事もあれば大商人が開く事もある。しかしながら、それは裏の裏の話。


 書類上は代理の者が開催していることになっている。そして、今回の主催者は大商人のライラール。

 今回の目玉商品の一つ"悪魔の子供"を売る商人だ。


 闇オークションと言っても、夜から開催する訳ではない。昼下がりから開催され、夜中には解散される。


「そろそろか」

 武具屋で時間を潰していた俺は夕刻の光が見えると呟き、歩き出した。

 相変わらず傭兵長の様な偽装を纏っているときに出す声は低く、渋い。


 これは闇オークションで舐められて価格を吊り上げられないための対策だ。因みにこの姿の時はグレイではなくブルウと名乗っている。


 そして、その風貌に合わせ偽装魔法を纏わせた厳ついネックレスも周囲を威圧するようにギラりと輝いている。

 ――そのネックレスの正体が可憐な少女であるなど誰が思おうか。



 俺が立ち止まるとそこにあったのはあまり繁盛していない飲み屋。


 ここが今回の会場の入口だ。会場はその秘匿性を守る為にそう安安と作れないが、この町には三つある。

 その一つに向かう為の入口がここと言う訳だ。立ち止まっているのもなんなので、早速飲み屋に入る。


「いらっしゃい。何を飲む?」


「喉がただれるような、辛い酒を」

 四〇路のイカしたオヤジが尋ねてくると俺は予め決められていたようにそう返した。


 そう、これは闇オークション入場の合言葉だ。


「金をそこにおけ。それと、ここで寝られるのは商売の邪魔だから、あっちで飲め」

「分かった」

 ぶっきら棒な声にそう返し、金を置くとイカしたオヤジが指差した小部屋へと向かう。


 この飲み屋は流行っていない割に意外と広めで三〇人は軽く座れるだけ椅子がある。

 座っているのは五人程度だ。


 皆こっちをチラ見したり、メンバーで談笑していた。人が少ないからか談笑の声はダイレクトにこちらまで伝わる。


 小部屋につくと俺は一つ息を吐く。


 この小部屋には扉が付いておらず、暖簾の様な物が付いているくらいだ。


 薄暗い部屋を見渡すと、あっさりと探していた物を発見する。

 部屋の端っこにある古びたソファーだ。

 このソファーの座る部分を捲ると地下へと続く道が出来ている。


 地下への通り道はなんでも四箇所以上はあるそうで、ここに行列ができてしまわないように調整がされている。


「行くか」

 ソファーの前に立っている俺は一つ呟くと、ソファーの座る部分を捲り、下水道への道の様な所を下って行く。


 設置されている梯子は頼りなく、体重をかける度に軋む音が鳴り、その音は暗闇の世界へと響いていった。


◇◆◇◆


「これよりオークションを開催いたします。まずはアインズ氏よりアイリスティーの絵画になります――」


 例の奴隷の少女はオークションの前半戦である昼に出品されるそうだ。

 警戒するべきは疑われるような行動を起こす事。偽装魔法を纏っている今、疑われようと問題はあるまいと思っていたが、ここに来て重要な事に気付いてしまった。


 ここには国で管理し切れていない魔法具があるのだ。それは俺達の偽装を見破る事のできる魔法具があるかもしれないと言う事である。

 もしもそんな物があれば、如何わしい真似をする以前に偽装魔法を纏っている時点で疑われてしまうのだ。


「しまったな」

 正体がばれてしまったら国に突き出されるかもしれない。

 魔法使い自体は稀にだが、町に潜んでいるものもいる。ただ、常時発動型魔法『偽装』を使えるとなると話は別だ。

 多くの魔法使いがいる中、大規模に及ぶ魔法や高度な魔法を使える魔法使いは軍の中でも一握り。ましては町の中に潜んでいる等とバレれば言うまでもないだろう。


 そんな俺の考えを諸共せずにオークションは進んで行く。


 何も理由もなく隠れているわけではない。

 ただ好かない。国に良いように扱われる事が。そして何より、自己防衛以外の理由で知りもしない敵を斬ることが。

 どれも命を賭けるのに値せず、また、愛国心も何もあったものではない。

 これらはもしかしたら、日本人特有の思考かもしれない。



 魔法具がオークションで出される度にヒヤヒヤしていると薄暗い闇の中で、目が痛くなるほどの光を反射する舞台に待ちに待った例の奴隷の少女が上がろうとしていた。


「さて、今回のメインの一つ。ライラール様より"悪魔の子供"と噂を持つ少女。奴隷シュリア!」


「おお……」

「ありゃあ、すげぇ」

 質素な服を着て目を瞑った少女が舞台に上がり終わると大きなどよめきが漏れる。


 そして、その瞳が見開かれた。


「しかしあれは……」

「ああ、不気味だ。本当に悪魔なのやもしれん」

 瞳が開かれた途端、観客たちは更なるどよめきの渦を齎した。


「ヴァンパイア……」

 俺だけが一人そう呟いていた。

 ワインレッドの瞳。それは夜の貴族――ヴァンパイアを彷彿させた。そして黄金色の淡く光るその髪は神々しく、聖なる者の気品を漂わせるが、煮え滾るような真紅の瞳と獲物を捕らえたら離さないだろう鋭い牙が混在し、何処か棘棘しい印象を観客達に与えていた。


 この世界にヴァンパイアという伝説上の生き物がいるかは定かではないが、容姿はヴァンパイアのそれであった。

 否、これをヴァンパイアとは語らずに"悪魔の子供"と騒いでいるところを見るにヴァンパイアというモノは存在しない。若しくは認知されていないのではないだろうか。


「一四〇バルツ!」

 突如、野太い声が轟き、辺りは時間が止まったかのように音のない世界が広がった。これは何も野太い声に反応しただけではなく、その額のあまりの巨大さとルール上の問題にあった。


 バルツ。それは金額の単位、そして全ての貨幣のレートを表すコーツ、ラッツ、バルツの三段階の頂点に君臨する。

 "一〇〇バルツがあれば家が建つ"と言われる慣用句がある様に奴隷を買うには多額過ぎる金額であった。


 一四〇バルツは一見するとキリの悪い数字に見えるのだが、ところがそうでもない。

 様々な種類の硬貨が並び立つ中、魔法硬貨だけは魔法使いにしか作製できないこともあって、一・四倍もの付加価値が掛かっていた。

 読んで字のごとく、魔法硬貨とは硬貨に特別な方法で魔力を流し込んだことで、変色した特別な硬貨である。

 そして一四〇バルツはルビリーレ魔法金貨にして一枚。

 一四〇バルツを使うということはそう言う事なのである。

 だが、それを今払うということは――


「おい、卑怯だぞ!」

 そう、それは正に卑怯な入札方法であった。競りをせずに入札参加費用を減らすという事はオークションを開催する為の貢献をしないと言う事と同意義であり、会場にいる全ての客を敵に回したという事でもある。

 そもそもが、競りを楽しむ事もオークションの醍醐味の一つの筈で、それを冒涜する行為は阿呆の所業であった。


「何か問題でも? 入札する事に違反でもありましたかね?」

 確かに入札した男が言ったように初めから高額で買い取ってはいけないなどという明確なルールはない。

 しかしながら、初めは常識的な適正価格から始め、競りを楽しむため五パーセントずつの上乗せで入札していくのが暗黙の了解であり、こういった目玉商品の場合はそれが顕著に表れる。


 いくら暗黙の了解とは言え、早々に高値で目玉商品を買い叩くなど、非常識この上ない。


 概ねこのような戯者はその倍の価格を提示され、その伸びきった鼻っ柱を圧し折られるのが通例である。しかしながら、非常に性質が悪いことにこの戯者が見せた金額は如何せん高すぎた。


 観客たちが憎々しげに暗くて薄らとしか見えない筈の男の顔を睨んでいた。だが、同時に彼らの表情の中には口惜しさも滲ませていた。


「他にはいらっしゃいませんか?」

 後数秒も沈黙が続けばこいつが落札者で決定だ。しかし、それでも苦しい沈黙が続く。


「……二八〇バルツだ」

 不意にその静寂を完全に打ち消した低い声は俺の口から発されたものだった。そして、その声は会場にいた全ての人を困惑に貶めた。正直に白状するとこの俺もおっかなびっくりしていた。

 だが、少し間を空けて歓声が騰がった。

「おお!」

「すげぇ!」

「いいぞ! よく言った!」


 しかしながら、そんな騰がった歓声と裏腹に俺は溜息をつきたい気持ちに駆られた。

 確かに入札をする気ではいた。しかし、倍額を提示して威厳を魅せようとか、調子づいた相手を貶めようなどと思ってもなかった。

 一八〇バルツで手を打つつもりで口を開いた。だが、口から出た言葉は違う数字だった。


 一息付き、周りを見ると会場は俺を置いて既に解散ムードになっていた。あの調子に乗った奴は我先にと会場から抜け出して逃げていくのが見えた。


「ブルウ氏ですね?」

 俺に声を掛けてきたのは大商人ライラールであった。でっぷりと出た腹とネットリとした卑しい声が特徴的だ。


 そうか、こいつが奴隷シュリアの売人だったか。色々な意味で関わり合いになりたくない相手だな。


 そんな気持ちをお首も出さず口を開いた。

「ああ、貴殿はライアール殿だったか」

「はい。私めの名前などを覚えて頂き至極光栄です――」

 彼の低姿勢からの言葉は纏めると、これからもよろしくね。と言った意味だった。

 そんなのはこちらからお断りだったが。

 低姿勢だったのはある程度の財力を示したのと偽装魔法で纏った巨漢のお陰だろうと予想される。


 ライアールの長ったらしくもうざったい挨拶も終え、俺が手持ちのルビリーレ魔法金貨二枚を仲介人らしき人に手渡すと奴隷引き継ぎの手続きが行われた。

「こちらにサインを。書けましたらこちらの用紙も同じ様に」


 仲介人らしき人の言う通り万年筆の様なペンで書類を書き終わると片方を向い側に立つライラールにもう片方の紙をこちらに渡してきた。


「片方ずつ大切に保管しておいて下さい。これはライラール氏がブルウ氏に奴隷を譲渡され、ブルウ氏がその奴隷を所有しているという証明書です」

「了解した」


「では私はこれで」

 仲介人は俺が一旦預けていた二枚の魔法金貨をライラールに渡し、そそくさと休憩をしに地上へ上がって行った。

 きっと午後の部のオークションにでも備えるのだろう。

 その様子を横目で見届けるたライラールは横にいた部下に奴隷の少女を連れてくるように告げていた。


「こちらが奴隷のシュリアでございます」

 ライラールは二つの足枷と手枷をした見窄らしい格好をした少女を突き出した。厳密に言うと少女の手枷から繋がれた鎖を丁寧にこちらに渡した。


 やはり――

「綺麗だ……」

 肌は奴隷だからと鞭打ちされた訳ではないようだったが、砂と汗が滲み込んだように汚れていた。

 だが、それを差し引いても彼女の真紅の瞳は宝石の輝きを放っていて美しかった。顔立ちも悪くなく寧ろ良い部類に入る。


「えっ?」

 ライラールは気が付かなかった様だが、シュリアは俺の小さな呟きに気が付いていたようだった。


 やがて手続きも全て終えるとライラールは姿が見えなくなるまで頭を下げながら帰って行った。

 大商人があそこまで遜ることも多くはないだろうなぁと少し得した気分になりながらも視線をずらした。


「シュリアと言ったか?」

 俺が声を掛けると生気のない顔でシュリアは頷いた。


「声くらい出せ」

「も、申し訳ございません!」

 散々な目に遭って怯えているのだろう。だが、ここで慰める程のお人好しではないので無視を決めて出口へと向かった。口調を戻す訳にもいかず無駄に物言いが強くなってしまったが、ここにいる以上は仕方あるまい。


「着いて来い」

 俺が振り向きもせずに命令すると後ろで慌てて返事をして小走りしてくる音が聞こえた。


◇◆◇◆


 暑苦しい地下も抜け、いつもの宿に帰った俺は傭兵隊長風の偽装を解き、スィーも魔石から外に出てきていた。


「どうしたんだい?」

 口調を戻して尋ねた俺の目の前には口をあんぐりと開けて、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたシュリアがいた。


「ご、ご主人様は魔法使い様だったのですか?」

「ああ、言ってなかったね。他言無用だよ?」

 必死に頷くシュリアをどうしたものかと眺めていた俺は忘れていたことを思い出した。


「……ちょっと動かないで貰えるかな?」

「えっ……わ、分かりました」

 返事をする彼女を横目に俺は魔力を余った魔石の欠片で作った首飾りに練り混ぜて、それを首に掛けてやる。


「えっ! こんな高価なもの受け取れませんよ!」

「そういう訳にはいかないな」

 そう言いつつ、俺はシュリアの首に掛かった魔石に手で触れる。


 《その仮面は何者でもなく。何者でもあらんとする。ならば仮面よ、娘に欲する姿を与えたまえ――偽装カモフラージュ


 唱え終えると魔石から紫色の煙吹き出し、彼女を包み込んだ。


「ケホッ、ケホッ。な、何ですか」

「魔法だよ、魔法。これで自分の顔を見てみなよ」

 そう言って家具の上に置いてあった布を被る銀の手鏡を持ってきて手渡す。


「な、何で……」

 鏡を覗いたシュリア顔はこれまでにない程の驚きに染められていた。しかし、その中にはどうにも形容したがい表情も含まれていた。


「目立って仕方が無いからね。これからは行商人見習いのシュリとして過してもらうよ」

 戸惑って右往左往する少女は金髪と緑眼・・を持った何処にでもいる少女の風貌であった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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