出会い日和
無事に目的地らしき所に到着した。着いたのは村だった。
しかし、曲刀使いの狩人達が熊を解体もせずに担ぎ出したのにはかなり驚いた。いくら数人がかりとは言え、魔力も使わずに一〇〇キロを超える物を持って山を下って行く様子は中々に現実離れしているように思えた。
村を外から観察していると、その狩人達は村の中に入っていき、収穫を村人達に見せびらかしていた。
熊を狩る前にも色々と狩っていた様で弓使いは背中に背負っていた籠から兎やら何やらを大量に出して置いていく。
それを少ししたら商人らしき男が買い叩いていく。
と、まあ、外から見るのはここが限界だろう。
本来ならば村に入って行きたいのだけれども、入っていけそうにない。よくよく考えてみれば、余程の余裕が無い限り厄介な飯ぐらいである。
魔法が異端だって可能性もある。ここはこの世界に少なからず人間がいるということが分かったので良しとして措く。
「この辺で発見されにくそうな場所でも探して拠点としますか」
どうせ、行く宛てもないのだ。暇潰しがてらにここの観察でもしていればいい。
序でに食べられる植物とかも知っておきたい。今までは美味しそうな果物も毒があった場合のことも考えて、泣く泣くスルーしてきていた。今の所、困ってはいないけれども、体調を崩して狩ができなくなった時のためにも、保存できる食べ物が欲しいものだ。
と、言う訳で山を一つばかり越えた辺りに拠点を作る事にした。
やはり、見つかる可能性とかがあるから可能な限り見つからない造りにしたい。後、どうせやるなら凝ってみたい物だ。
こういうのは小学生の時に造った秘密基地以来だ。ワクワクする。
もう狩りも終えて暇なので作ることにする。
隠密性を高める為にも地下にするつもりだ。
「この岩の下にしよう」
そこらの中でも一番大きい岩の下を選んだ。
理由としては俺は身体強化で持ち上げられるが、身体強化の使えないだろう村人たちには持ち上げられないだろうからである。
あ、でもあの狩人たちなら持ち上げかねんな。まあ、態々持ち上げたりしないだろう。
「よっこらしょ、と」
身体強化を使い、手始めに岩をどける。やはり身体強化を持ってしても自分より大きな岩なので、かなり重かった。足が軽くめり込んでいた。
「うわっ、」
岩の下から団子虫や百足と言ったキモい虫がうじゃうじゃと出てきたのである。思わず背筋が凍った。
この世界に来て若干の虫耐性ができていた俺にもこれは流石に触れたくなかった。見ているだけで背中が痒くなる
「何で異世界にまで来て虫なんかに邪魔されなきゃいけないんだか。あー、気持ちが悪い」
そう言いながら、腰につけた木刀を取って虫を払い、潰す。蹴散らした虫たちは木刀や靴で間接的に退かした。
「よっと」
次に少し離れた所にある木々を刃先だけが石でできている鎌を取り出し切り刻んでゆく。
本来ならばチェーンソーなどでないと斬れないのだろうが魔力で切れやすくすれば問題解決。寧ろチェーンソーより切れやすく、スパスパと切れてしまう辺り、魔法って便利すぎる。
後は木を斬った時に出た木の欠片に先程と同じように魔力を注ぎ込み、細かい木の加工をする。
できた木材を組み合わせ、木製の鍬を完成させた。
組み合わせ部分に魔力を流し続けないと不安定な残念極まりない物だが、日曜大工などまともにやったこともない俺にはここまでできていれば十分の出来だ。
どちらかというとプラモに近い作業だけれども。
そうして完成した鍬で身体強化や硬化魔法を使いながら、岩の下を掘り下げること一時間程、少し狭いが、一部屋分くらいは掘ることができた。
穴の下を四角形ができるように掘るのは結構大変だった。部屋の上部分は崩れそうだったので斜めになってしまい、結局六角形になってしまったが。
「雨が降った時のため加工して、と」
雨が降ると土に水が染み込んできたり、崩壊してしまったりする恐れがあったので、穴の中の土を魔力を使って圧迫して固める。
魔力の主な使い方の一つである。
魔力は念じると操ることができる謎の粒子と言う感じだ。そう聞くと若干科学的に感じないでもない。
魔力と言えばまた分かったことがある。実は魔力を大量に垂れ流すと、動物は怯えて逃げるということが分かった。あの狼もそうだったのだろう。
そして、その魔力垂れ流しを狩りなどに活かして来たのだが、一番便利だった場面はやはり寝るときだった。魔力を回復速度ギリギリまで垂れ流すと虫の声も聞こえなくなるくらい効果があった。
閑話休題
穴を掘っただけでは無骨過ぎるので中を木材で覆う。
「分かってはいたけど暗いな。電気とかが欲しいものだ」
こちらに来る時に持って来れた物は衣服とスマホと財布と時計くらいだ。
明かりをつけられる唯一のスマホは電池を落としている。必要な時に使いたいからだ。しかし、充電も二〇パーセントを切っている状況だ。放電とかで、電池を入れることすらすぐに出来なくなるなってしまうと予想される。
「そう上手くいかないもんだなー」
そう呟くと虫が先程まで湧いていた岩を魔力の糸で穴の殆どを塞いだ。
そして、暗くなったことで眠くなった俺は近くに置いてある毛布を手繰り寄せ、俺は泥のように深い眠りについたのであった。
◇◆◇◆
珍しく昼寝をしてしまった。最近ハードな生活が続いていたので疲れが溜まっていたのだろう。
「あー、よく寝た」
周りをボーッと見てみると部屋の所々が雑だ。綺麗に掘れていなかった穴は俺の美意識を傷付けるには十分だった。
部屋の掃除が終わった後に箪笥や本棚を動かされて、埃が見つかったときのような複雑な気持ちだ。
……いや、何故に周りの様子がハッキリ見えるくらいまでにこの穴の中が明るいのだろう。
おかしい。
そう思い、振り返ってみると。
「……何だ? これは」
光源である銀髪の幼女が寝ていた。スゥースゥーと寝息を立て、気持ち良さげに寝ている。
着ている服はまるでファンタジーに出てくる妖精のそれである。純白のワンピースの裾はギザギザに切れている。奇抜な筈のその格好もその幼女はしっかり着こなしている。
状況がまるで理解ができない。
昼寝をしていたら隣に幼女が寝ていたとかどういう展開なのか、しかも何か知らないけれど光ってる。
小さい体とはいえ、岩をどかさずにあの小さな穴から入ってくるのは不可能な筈なのだが……。
今にも寝ているこの幼女を引っペがして状況を説明してもらいたい所ではあるが、この寝顔を見ているとそれはやってはいけない気がしてくる。
途轍もない犯罪臭。
ここは放置して飯を作ろう。木でできた箱から朝に狩った兎と魚、木でできた水筒を出す。
さて、飯の時間だ。と火付セットを出したが、床が木でできてるから危ないと思い手を止める。
「床だけ木材を撤去するか……」
折角設置したが、焚き火の燃料とするか。
ああ、床に木を設置させたのは無駄な労力だったのか……。いや、全部とは言わず、一部だけ木を剥がせば床に引火することを恐る必要はないのでは……?
そう思った俺は四・五畳程の部屋の中央に固定されている木だけを取り外し、蒔きにした。
火によって上がった煙が篭らないように魔力の糸で岩を完全に退かし、焚き火を用意する。
火がついたら、魚と肉を串に指して焼き始める。
すると、銀髪の幼女が匂いにつられもそもそと起き上がってくる。その未だに眠そうな瞳は澄んだ空色で、その瞳を見た俺は固まってしまった。
綺麗だ。美しい。
その澄んだ瞳は何かを見通す様に、全てを見透かす様に、深く、鋭く、強さを感じる。
こんな時に自分の語彙力の、表現力の無さに歯がゆさを感じる。
月並みの感想しか出てこないが、完成されている。左右対称のその顔が、銀色の髪と瞳の色合いのバランスが、肌の色、髪の色、瞳の色、服の色、全ての調律が取れており、完成されている。完成されているが故か、光を放つが故か、人間味を感じさせない。
「起きたかい?」
俺が分かりもしないだろう言語で投げかけると案の定、向こうは首を傾げる。
彼女は はっ、と何か気付いた様に周りを見渡し始めると一息入れて、ほんの少し驚いたような顔をしながらこちらに向き直る。
改めて見ると、顔つきは体の割に大人びている。可愛い系と言うより、綺麗系だ。表情の変化が薄いところがより品を感じさせる。
幼女では無く、少女と言った方がピンとくる。
「*******?」
見惚れてしまっていた俺に銀髪の少女が首を傾げながら何かを問いかけてくる。
凛とした落ち着いた声がずしりと腹の底まで響いてくる。
首を傾げてくるところがチャーミングだ。
か、可愛すぎる!
俺も気を取直してジェスチャーを駆使してどうにか自分の名前を伝えるに至った。
「サカナ?」
そう尋ねられて頷く俺はその可愛い口から自分の名前が呼ばれたことに一瞬の感動を覚える。
そんな俺を放置して銀髪の少女は口を開き、何回か間を置きながら自分を指差して単語を繰り返す。
「スィー……スィー……スィー……」
自分の名前だろう。やはり綺麗な声だ。
ここに録音機器があればッ……あっ、スマホがあったっけか!
俺はポケットの中でスマホをまさぐり電源を入れる作業に入りながら、もう一度その美声を出させるために態と間違えて名前を聞き返す。
「シィー?」
スィーは首を横にフルフルと軽く振る。
なんてことない行動一つ一つが洗練されていて、圧倒される。
そんな感動を余所にスィーまた口を開き名前を紡ごうとしていた。
こちらのスマホも電源が入り、アプリを開き終わった。準備万端。
一旦シィーが名前を言う既のところを手で制す。録音。否、録画ボタンを押すと俺はスマホを構えながら、もう一度名前を言わせる。
「……スィー……スィー……」
若干首を傾げ、戸惑いながらだったが名前を言ってくれた。
一八%になっているスマホにスィーの動画が記録されているのを確認すると電源を再び落とし、スィーに向き直る。スィーは少し不思議そうな顔でこちらを見守っていた。
「スィー?」
俺が確認するとスィーは小さく喜び彼女の周りの空間が青白く光る。幻想的だ。クリスマスの時のイルミネーションなんて目じゃない。
俺は世界三大夜景なんて物を見たことがあるが、何も感じなかった。それ程に感性がなく、芸術と言うものに疎い俺でさえも感動に浸ってしまう。
なんて綺麗なんだ……
肌はあまりの感動に鳥肌が立ち、全細胞が目を覚ます感覚が込み上げてくる。
光源も今の青白い光も魔法か何かだろう。魔力の動きが感じられる。
そうして、良く分からないが何か運命的な、奇跡的な、尊い出会いを果たしたかのように感じてならない俺だった。
◇◆◇◆
飯を食い終えた目の前にいるスィーはまた何かに気付くと魔法を行使した。
「***、*****、**」
これまで彼女が話していた時とは雰囲気が違うことだけは分かった。
その言葉を一区切れを言っていく事に溢れる魔力と色づいて行く魔力に魅了される。
スィーの手元に溜まった青白かった魔力が彼女の髪と同じ様な神々しい銀色に変化し、風に乗った霧のようにこちらにゆっくりと移動してくる。
反応し切れなかった俺は微かに体を後ろに傾ける。しかしながら、その抵抗も虚しく、その煌びやかな銀色の霧に包まれ、目を瞑りながらもそれを吸ってしまった。
そして、目を開けると何事もなかったかのように霧は消えていた。
まるでそれは映画のワンシーンのようだった。
「何だったんだ? 今のは」
俺は驚きを口にする。そう口にした後に驚いたことをジェスチャーで伝えようすると、その前に彼女は手でそれを制す。
何このポーズ。すごく可愛いくて凛々しい。フィギュア化しようぜ。
「*******(高度な情報伝達魔法を使用した)」
相変わらず分からなかった筈の言葉だったが、何を伝えたいのかが分かった。
多分、もう少し丁寧な言葉遣いだったのかも知れないが、言語としての情報ではなく、素の情報としての情報が伝わると言った所か。
十中八九、魔法だろう。この世界で不思議なことがあったらそれは魔法の仕業だ。断じて、妖怪の所為ではない。
ハードな世界がこれのお陰で大分楽になるかもしれない。
そんな俺の甘い考えがこの魔法で伝わったのか、スィーは早くも俺の期待をあっさり砕く。
「*************(これはサカナには使うことができない魔法)」
無理なのか、やはりこの世界の言葉を覚える他ないか。仕方無い。理由はおいおい聞いてみることにしよう。
こんな具合に魔法を頼ってスィーと情報共有をした。
スィーは妖精らしい。そう言われるとすんなりとなるほどと納得できてしまった。あれ程の美貌と風格、女神と言われても納得していただろう。
妖精の定義付けはよく分からなかったが、寿命の概念とは別にある。凡そ、物理の世界で推し量ることのできない存在と言うことは確かだった。
ここに居た理由だが、あの大きな岩に縛られていたらしい。
何も言葉通りに物理的に紐やらで縛り上げられてた訳ではなく、妖精の特性が故に魔術的に縛られていたようだった。
妖精は何かに宿る存在の事で、特別な存在に惹かれる特性があるそうだ。
岩は魔石と呼ばれる珍しい物だったそうで、更にそれが普通ではありえないほど大きいこともあって、そこから遠くに動けなかったのだとか。
そんな所に、俺という特異点が現れた。お陰で俺に付き添えば、動けるようになったらしく、感謝までされてしまった。
因みに魔石とは魔力変換装置みたいな物で魔力を属性化して放出させられるらしい。他の用途としては魔力貯蔵だとか。寧ろそちらの使い方が主な用途だと思ってしまうのは俺の勝手な勘違いなのか。
そして、結局俺が今の状況を話してみるとスィーは俺の言ったことを疑いこそしなかったが、完全に理解しいる訳ではなかった。序に言うと、こういった事例はスィーの知るところ初めて遭う事らしい。
まあ、こんな事態が毎度毎度起きられても困るというものだ。
そんなこんなで魔法による情報共有が終わった頃には夜が明けていたのであった。
◇◆◇◆
あれから一ヶ月と少し、狩りをする帰りに村を観察したり、スィーに語学を教わったり、スィーに魔法を教えてもらったりと充実した日々が続いた。
まず、村の様子だが大した変化は無かった。また、村の中に侵入をした訳では無かったので、あの村に居る異質な狩人達の事はあまりよく分からなかった。
狩人達は村の人々とは別の異質の集団だった。生活習慣は勿論のこと、来ている服から食べ物まで違った。
これは予想だが、国から派遣された兵士か何かであると思われる。
軍や兵士と聞くと甲冑を思い浮かべるが、こういうのは固定概念に囚われない方がいい。そもそものところ、ここは地球ではないのだから。
そう言えば、先程言ったように一ヶ月スィーと兎に角、沢山の会話をした。狩りをしながら、魔法を使いながら、寝るときと用をたす時以外、四六時中新たな言語に触れた。
その甲斐あって、完璧と言わないまでも話せるようになった。
読み書きは考えないにしたって、少なく見積もっても六年以上費やして、やっとの思いで習得した英語とはなんだったのか。
そういう訳でもう既にもし村の中に入ってもコミュニケーションを取れる状況にはなっている。
前までは一人が好きなんて調子に乗ったことを言ってはいたが、結局テレビもパソコンも小説もないこの世界で時間を潰す方法なんて、殆ど無に等しいものだった。
狩りなんてものは最近になると作業ゲーだし、会話は住んでいた世界が違うこともあり話題に事欠かないと思っていたが、中々相手に言いたいことが伝わらないことが多かった。
スィーから教わった魔法は俺のこれまで使っていたものとは全く異なっていた。"詠唱魔法"と呼ばれるそれは魔力を操って物質化するような俺の紛い物の能力とは違って、事象そのものを引き起こす物、おおよそ俺が最初の頃に想像していたファイヤーボールなどを起こすような代物だった。
「ここから出ようかな」
俺はそう呟きスィーを見た。
スィーは何となく翳った表情をした。判り辛い表情でもこれだけ片時も離れずに生活していれば、分かってくるものだ。
「……スィー、不満?」
スィーの声には孤独への怯えが見え隠れしていた。
「いや、そう言う事ではなくてな……」
そう口にして俺はこれまでの日々を振り返った。
異世界に来た。
始めは戸惑ったりもしたが、すべてをやり直せると歓喜した。
魔法を知った。
未知なる力は俺の探究心を擽り、今や魔法の研究が一番の楽しみとなった。
まだこの世界には知らない事が沢山ある。
知らなくてはいけないことが沢山ある。
この世界に来たのは何故か。
魔法とはなんなのか。
「俺は……」
昔の俺は
何もやってこなかった。
何も極めなかった。
何も誇れなかった。
それはとても退屈で俺の人生は味のしないガムに似ていた。
だから次こそは
たった一つだけでもやりたい。
たった一つだけでも極めたい。
たった一つだけでも誇りたい。
そうすれば、きっと俺の人生は味のするガムに変われるだろう。
「……知りたい」
この世界のことを。未知なる力の謎を。ここに来た理由を。
それらすべてはこの魔法に直結してくる問題だろう。
だから――
「魔法を究めたい」
魔法を知りたい。そして、魔法を極めたい。
魔法になら打ち込める気がした。昔は何にも打ち込んでこなかった俺だが、これになら。
その意味を持っての言葉をスィーは何となく理解した様に
或いはそのような事よりも自分は不必要ではないと確認できたからか
変容の少ない表情が比較的穏やかになる。
「村は混ざり辛い。町に行くべき……」
スィーはいつものような落ち着いた雰囲気に戻って提案した。
「なるほど、町か……より大きい集団なら一人くらい混ざってもばれる可能性が下がるからね。人目を忍ぶにはもってこいってわけだ。それで、何処にあるか分かるかい? 」
スィーの提案は最もだが、町のある場所が分からないためスィーに町の在処を尋ねる。
「今はどうかは不明。だけど、前まであった町なら知ってる」
スィーは少し申し訳なさげな雰囲気でそう言った。
「そうか、ありがとな。まずはそこに行ってみよう。なぁに、大丈夫さ、そう簡単に人は町とまでなった場所を手放さないさ」
そう言った俺の心の中は期待に満ち溢れていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。