第八十八話 正則
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「殿!」
「どうした」
正則は尾関正勝の呼びかけに答えた。
今までであれば、正則自身が前線で指揮していた。しかし、秀永からの忠告と、不測の事態に備え後方で指揮をしていた。
秀範が側面攻撃に移動しており、成功と同時に攻撃に動くつもりであった。
前線で指揮していた正勝が可児吉長に後を任せ、正則の元に戻って来た。
「殿が危惧された通り、自爆をするもの達が出てきました」
正勝の言葉に、正則は眉をひそめた。
秀永からの自爆の危険性を言われていたが、まさか本当に実行するとは正則は思わなかった。
死ねば武功も稼げない、無駄死になるだけと思っていた。
だが、秀永は死を正当化し、生きる事を罪とすることを平然という事が、宗教の負の面と話していた。
現世の辛さ、苦しみを和らげる宗教の正の面と相対する考えとも。
「重友殿がそのような外道の策を取るのか、信じられん」
「しかし、殿、実際に行われています」
うなり声をあげながら苦悶の表情を正則は浮かべた。
勝たなければ、武士なんぞ吐き捨てられるものと正則も思ってはいたが、外道の策で勝ったとして、それは正しいのかと悩んだ。
「でも不思議ですね」
「何がだ」
「耶蘇教徒は自害を禁止しています。なのに自爆するような突撃は自害と違うのですか。私には同じに思えますが」
「ふむ」
正勝の問いかけに正則は顎を撫でた。
「殿下は、坊主どもは嘘も真にすると言っていたな」
「それはどういう意味で」
「身を犠牲にすれば、極楽浄土に行ける功徳をつめるとか、都合の良いように筋を捻じ曲げることもあると。一向門徒なぞ、死ねば極楽従わねば地獄なんて事も言ったと聞いている。実際は分からんが、神や仏の言葉をたばかることも悪いとはやつらは思っていないだろう」
「確かに、坊主どもはそうだったですね。金、女にまみれた連中もいましたからね」
信長、秀吉によって、神仏の武力は弱められ、攻撃的な勢力はなくなりつつある。
それ以前は、比叡山、高野山や日蓮宗や浄土真宗のように武力によって自らの要求を認めさせようとする勢力も多かった。
「身を守る為に戦った者もいただろうが、指揮するもの達は勢力の拡大や富を奪う為に動いていたものも多かっただろう」
「して、どうなさります」
「近づかせないように、銃や弓を中心に、長槍を使うしかあるまい。大筒の破裂する弾と同じか」
「そこまでは」
吉長が言葉を発する途中で、パンという音が甲高く響いた。
「殿!」
正則はどう対処をするかを考えていた際、嫌な感じがして、首を傾けた。
その際に、兜の角に鉄砲の玉が当たった。そして、その威力で正則は手綱を放していた為に後ろに大きくのけぞった。
のけぞった時に、鉄砲の弾が傾けた正則の顔の位置を通り過ぎてい居た。
落馬しそうになった正則は、槍を地面につけて防いだ。
「大丈夫だ」
首を傾げていなければ、顔を撃ち抜かれているだろう。
恐ろしいのは、体勢が崩れた際の顔の位置が撃ち抜かれていることを知り、正則は冷や汗をかいた。
「まさか、二段構えで的確な位置を撃ち抜いてくるとは」
「根来や雑賀の残党でしょうか」
「あるいは、南蛮のものかもしれんな」
実は、正面から角を撃たれ、体勢が崩れた際は後ろから撃たれた。
狙撃をするものは、一方ではなく、多方面に居る事を考えると正則はぞっとした。
「一方は、風魔が対応するだろうが、複数の場所にいると対処しきれないかもしれんな。気をつけなければいかん。皆も気を付けるように伝えろ」
正則は伝令に伝えて、周囲に通知するように指示した。
「殿」
「心配しするな。殿下からの援護射撃が始まっている。足立保茂!」
「はっ」
「弓隊を率いて、前線の支援を支援してこい」
「はっ」
「小河安良、長尾一勝!」
「「はっ」」
「吉長、正勝の兵と入れ替われ!」
「「はっ」」
「吉長、正勝と協力して兵を下げて、しばし兵を休めろ」
「は」
「その後、焙烙を敵方に投げ込め」
「わかりました」
「敵を柵に近づけさせるな」
「「「「はっ」」」
進軍してくる敵兵は屍を乗り越えて、攻撃を続けていた。
その為、前線の兵は精神的に疲労が蓄積されていた。
其処を踏まえて正則は兵の入れ替えを指示した。
「右近殿」
「どうかしましたか」
「前線で自爆をするものが出ています」
如安の言葉に、右近は眉をひそめた。
右近はそのような攻撃の仕方があると、南蛮の宣教師から聞いていた。
しかし、右近はその攻撃は行わないと言い切っていた。
教如は興味を示していたが、自爆は自害と同じであり、教義に反すると考え拒絶した。
勝たなければ意味がないのは理解しているが、それでも、耶蘇教のために立ち上がったのに教義に反するのは筋が通らない。
神がお許しにならないと考えた。如安とも話し合い認識は一致した為、行わないように兵たちにも周知させたはずだった。
「誰が」
「司祭が指示したようです」
「……南蛮の司祭ですか」
「いいえ、大友の旧臣だったものです」
如安の言葉に、右近は眼を閉じた。
南蛮人が話している際に、日本の民を猿と言っていたのを思い出した。
言葉が全てわかるわけではないが、如安も右近も多少分かるようになっていたから気が付いたことだった。
ただ、信者に対しては蛮族を教化していると思っているようで、扱いは違っていた。
しかし、大友の旧臣や大村や有馬のもの達の中には、狂信的に信仰している者が居ていた。
秀吉や秀永による締め付けによって、反抗し命を落としたものも数多くいた。
その際に、神が試練を与えている。その試練を乗り越えるには、命も奉げると。そして、それを邪魔するものは敵だと。
「司祭は」
「呼んでいます。もう来るか……話をしたら」
如安が呼んでいると言っている時に、司祭が近づいてきた。
「司祭殿」
「なにか」
右近が話しかけると、司祭の表情は変わることは無く、表情が抜け落ちていた。
「なぜ、自爆を」
「なぜとは」
「私は止めよと言いましたが」
右近の言葉に、司祭は皮肉気に笑った。
「何を言っておられるのか。悪魔に魅入られた者どもを調伏するのは神の御心にそうもの。その為に、命を奉げるのは天国への道を得る為」
「おろかな……」
「ふふふ、ははははは」
司祭は右近の言葉に狂ったように笑い声をあげた。
「この悪魔たちによって穢されたこのムジカの国を浄化し、導かなければならないのではないですか!右近殿!何を恐れているのですか!」
「信者の命を無意味に失わせるのは、教義に合わない」
「汚れたこの国の民の命を浄化するのです、何の間違いがあるのですか!」
話の通じない司祭に右近は眉をひそめた。
「さあ、右近殿、神に命を奉げましょう」
司祭が言葉を言い切る前に、如安が司祭の首を落とした。
「これ以上、話を聞いても無駄です。あまたの命を無駄に散らす必要はありません」
「致し方ない」
右近は司祭の遺体を見ながら十字を切った。
「皆の者、前へ前へ」
そう言いながら、右近と如安は周囲のものと共に前線に進んでいった。




