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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第八十七話 徳川

何故だ、何故このようなことになったのだと、教如は心の中で言い続けていた。

一向門徒の進軍が、徳川の先陣とぶつかると、その速度は遅々として進まず、教如は苛立ちで今までの事を思い出す。


物心がついてから、周囲の教えもあり本願寺の正当な後継者であり、浄土真宗の正統だと信じていた。

下賤の卑しい身分から主家を乗っ取り、足利将軍家を無下にする信長との戦いを決断した父顕如を誇りにさえ思った。

王法為本の元、足利将軍家を守り、御仏の教えを実践する我らと敵対する仏敵信長を懲罰するのだと、教如は父顕如に宣言し、坊官の下間一族と協力して、信長と戦いに明け暮れた。

各地の門徒も呼応し、信長を苦しめるも、大勢のもの達が極楽浄土へ旅立っていった。

信仰の篤い門徒を心強く思うと共に、絶対に信長を調伏すると意気込んでいた。

しかし、父顕如が不甲斐なく、信長に屈服し、それでも徹底抗戦を叫び同調するものもいたが、大半のものは降伏することに賛同していた。

これでは、亡くなったもの達が報われない。真の王法為本はどうなっていしまうのかと、父顕如に縋りつくも袖にされてしまった、

認めることが出来ず、賛同するもの達と共に、石山本願寺に籠城し徹底抗戦の声をあげるも、父顕如から勘当され門主の後継から外された。

父顕如に対する尊敬は憎しみへと変わり、憎悪が心の中に芽生える事になった。

石山本願寺を退去後は、各地をまわり強硬派をまとめ上げる事に心血を注いでいった。

そのうち、怨敵信長が倒れ、その家臣の秀吉が織田家の家中を治め、天下を取ることになった。

弟准如が父顕如の跡を継ぐと聞いた時には、天を恨んで慟哭した。

周囲の者は、准如は僭称の門主であって、教如こそが正当であると励まし、その声に応え教如は以前にもまして精力的に各地を回り始めた。

秀吉によって敗れ落ちぶれた武士や貧しいものたち、孤児たちを支援して、支持者を更に増やしていった。

だが、秀永の行いによって、崩れていった。廃村などの復興などの支援を強力に行い、稗や粟、蕎麦などだけではなく、外の国から色々な芋や南瓜などを購入し、農民に分け与えることで、農産物が安定して供給されるようになっていった。

信者の中にも、その流れにのって、廃村の復興の為に離れる者や、外の国に活路を見出すものが増えだし、支持者が減っていく事になった。

各寺の僧たちは変わることはなかったが、信者たちの数は確実に減っていった。

寺社対策として、刀などの武器の保有の禁止だけではなく、一定以上の収穫物は税として納める事を命じられた時は、多くの寺社が怒りの声をあげた。教如は好機とみて蜂起するように声をかけていった。

感触も良く、これで秀吉に損害を与え、その余勢で真の本願寺を復興すると周囲のものと息巻いた。

その後、税として納められた保存のきく農産物は、飢饉や災害用として保管場所で管理され、次の収穫の際には、飢饉や災害がなければ寺に寄進という形で返還されると聞き、多くの寺社は怒りを収めた。

その為、教如の企みは日の目を見ることなく潰える事になった。

悔しさのあまり、地団駄を踏むも状況は変わらなかった。

鬱々とした日々を送っている時に、忠興からの誘いがあり、豊臣家を乗っ取る、もしくは、潰すという企みを聞き、千載一遇の好機と思って乗ることにした。

忠興の支援もあり、武器弾薬、食糧なども備蓄することができ、各地の支持者と共に、機会を待ち今回の蜂起に至った。


「忠興は何をしているのだ!我らを使いつぶす気か!」


高槻の地に蜂起した者が集まっても、忠興が挙兵した知らせはなく、まして、高槻に家臣さえ寄こしていなかった。

協力者として直政が来たが、何の力もない、兵も金もない武士如きが来て、何の役に立つのかと腹が立った。


「教如様、怒りで我を失えば、見える物も見えなくなってしまいます」

「しかし、徳川の下郎に抑えられているではないか!」

「三河武士は、強勢であり打ち破るのは簡単ではありません。此処で焦ってはしくじってしまいます。我々は敗れていないのです」

「三河では、門徒は優勢に進めていたと聞いているのに、不甲斐ない!」


教如の話に、頼龍は何も言い返さなかった。

三河の一向一揆では、三河武士が家康に反旗を翻したのであって、他の国の武士と戦ったわけではない。

強勢を誇る三河武士同士である以上、その優劣は付ける事は難しい。

この地に居る一向門徒は、武士であろうと、農民であろうと、流浪のものであろうと、三河のものではない。

其処に強さを求めても、意味がないと頼龍は心の中でつぶやいた。


「それよりも、鳥銃などを使う者達を使い、組頭や兜首を取るべきかと、そうすれば、指揮系統が乱れ敵も弱まるはずです」


頼龍の言葉を聞き、教如は息を大きくは居て、心を落ち着かせた。


「確かにその通り。少し、焦っていたかもしれん。お主の言う通り、遠方から狙わせよう。馬に乗っているから狙いやすいだろう。後、強弓のものたちも合わせて射るように指示を出せ」

「分かりました」


教如の支持に頭を下げ、周りの者に頼龍は指示を出した。






「忠勝様!」

「どうした」


前線で忠勝は一向門徒の攻撃を防ぐ指揮をしていた。

斃れても、その屍を踏み越えて攻めてくるもの達を、弓で斃し、槍で突き放していた。

かつての三河一向一揆の再来のように感じてながら戦っていた。

若者たちは経験のない、終わりのない戦いに、疲労がたまていると感じていた。


「康勝様が鉄砲によって撃たれたようです」

「なんだと!」


前線で指揮をとっている長年の戦友が撃たれたと聞いて、忠勝は動揺した。


「それで、大事ないのか」

「はっ、眉間を狙われたようですが、殿下より渡された面頬が割れましたが少し傷がついた程度ですんだようです。ただ、撃たれた拍子で馬から落ちてしまい、後方へ一時下がるようです」

「そうか」


無事であると聞いて忠勝は胸をなでおろした。


「奥平信昌様が前にでるようです。前線に来るまでは鳥居元忠様が支援するようですが、こちらに近いところの支援をお願いしたいとのことです」

「分かった」


康勝と信昌の入れ替わる空白の瞬間に、一向門徒が押し込んでくる可能性がある為、元忠と共に刻を稼ぐ必要がる。


「殿より、松平康忠様、松平家忠様を送るとのことです」


斃れても倒れても、傷つくことも気にせず、傷ついても攻撃してる終わりのない戦いに、兵たちがいつもの戦と違い疲労の蓄積を感じていたので、忠勝はうれしかった。


「それは朗報だな。そういえば、組頭たちはどうだ」

「何名か狙撃されたようですが、幸い討ち死にしたものはいませんが、治療のために下がらざるえない状況になっています」


康勝だけではなく、馬に乗っているものや物頭が狙撃される危険性は秀永から指摘されていた。

その為、面頬やくさび帷子などを着こむなり、防備を固めていた。

狙撃するばあいは距離がある為、威力はそこまで強くないと考えられていた。予測通りだったか、康勝や組頭たちは命を失っていなかった。


「そうなると、指揮をするもの達は減った以上、混乱はしていないか」

「多少混乱はしているようですが、怪我をした場合、代わりに指揮をとるものを前もって配置していた為、最小限で留まっているようです」


教如が居る事で、根来や雑賀の残党もいると秀永から言われ、色々な対策を各方面で行っていた。


「この戦が最後、康勝お主もそうだろう、早く戻って来いよ」


この戦がこの国で行われる大規模な最後の戦と忠勝は考えていた。

また戦が起きるには、はるか先になるだろうと思っていた。

年齢的にも、外の国で戦うには難しいと思っていた。

朝鮮や明であればいく事も可能だろうが、家康も忌避しているし、秀永も攻める気はまったくなかった。

攻めない理由を秀永から聞いて納得もしている。


「ふん!」


嫌な気がして、忠勝が槍を面前で振り払った。

その時に、カンっとなった。


「狙撃か」


狙撃してきたと思われる場所を睨んでいたが目線を戻した。

狙撃してきたのが、攻めてきている方向からではなく、後方からだった。


「もし、敵とやりあってる時であったら危なかったな。潜んでいる者達か」


すっと、人影が忠勝の近くに現れた。


「手のものを差し向けています」

「分かった。殿にも気を付けるよう伝えてほしい」

「はっ」


そう言うと人影は消えた。


「正面から、後方から、油断できんな。ただ、兜も強化している、即死することは無いだろうが、気をつけなければならんな」


大きなため息をついた。


「殿!敵の圧力が強くなっております。前に居る者を押しのけるように、突き進む者が出てきました」


押しのけてくる者がいてもおかしくはないだろうと思った。


「それが、体を武家ながら押し出すように進んでおります。馬柵も一部崩れております」

「……、信昌殿、康忠殿、家忠殿に伝令、二番の馬柵で待機し、我々が引くので入れ替わってもらう」

「はっ」

「それと、元忠殿に二番の馬柵に引くように伝えてくれ。殿にも伝えて、さらに後詰を送ってもらってくれ」

「はっ」


伝令が走り去ったのを見送って、家臣たちに引くことを伝え、元忠と併せるよう厳命した。


「さて、気に食わないが、殿下の策を行う事にするか」


しばらくして、元忠と忠勝は炮烙玉を敵に投げるように指示し、その炸裂して被害を与えている時に、二番の馬柵に引いていった。

爆発に混乱した一向門徒は直ぐに立て直し、二番の馬柵に進軍を始めた。


元忠、忠勝が二番の馬柵に収まり、一向門徒が近づいた時に、信昌の号令のに併せて、火矢が大量に敵に放たれた。

一向門徒は、矢が刺さるのも気にせず、乱れることもなく二番の馬柵に進んで居たが、火矢が地に大量に突き刺さり始めると、地面が爆発し始めた。

それによって、爆発している後方の進軍が止まり、前方の一向門徒は鉄砲や弓の攻撃によって、大打撃を受けていた。





「なんだと!何があった!」


馬柵を突破したと報告があり、喜び、檄を飛ばしていた時に、前方の大爆発と地響きを感じ、教如は動揺した。


「地面に火薬を埋めていたのではないでしょうか」

「それがどうした!」

「引いたのに合わせて、爆発させたのでしょう」

「なんてことだ!」

「門徒はひるむことなく進軍してい居ります、落ち着いてください」


教如の頭に敗北の文字がよぎった。

なぜ、御仏は何故、敬虔な我々を助けてくれないのか、恨み言を心で叫んでいた。

逃げるかと、教如は考え始めた。

時期を逃すと、逃げる事は不可能だと理解している。


「頼龍よ」

「まだです」

「時期を逸すると」


教如が言い出す前に、頼龍は顔を左右に振った。

今逃げれば、正常な思考を持ったもの達が逃げ出してしまう。

統制が取れなくなれば、単純に進軍するだけになってしまう。それでも、足止めにはなるだろうけど、今であれば余力がありすぎる。

もう少し、余力をなくさなければ、逃げ切れないと考えた。


「右近様や直政様の動きも分かりません」


そう頼龍は言うと、側にいた者に探ってくるように指示した。


「他が優勢であれば、踏ん張るべきです」


頼龍の言葉を聞いて、教如は頷いた。


「分かった、しばし様子を見ておこう」






地面に埋めていた火薬の爆発に一向門徒が巻き込まれているのを見て、信昌たちが指示を出す。


「弓を射よ!鉄砲隊は今のうちに鉄砲を冷やせ!兵たちには馬柵から出ないように命じよ!舞い上がって突撃する馬鹿者が出ないように注意しろ!」


極わずかだが、馬柵に近づいてくるもの達が居るのを見取って、更に指示を出した。


「長槍を押し出せ!」


兵たちが馬柵から長槍を突き出し、近寄ってくる一向門徒を斃していった。

その間に、忠勝や元忠たちは、信昌たちの後方に引き、兵の再編と休息を取ることにした。


「忠勝」

「康勝か、大丈夫か」

「ああ、少し打ち付けたぐらいで、問題ない」


忠勝の兵が引いてきたことを知った康勝が、忠勝の処にやって来た。


「どうだ」

「あいつらの大半は、被害にあっているだろうから、当初のような圧力はないだろう」


無理な進軍を続けていたが、大筒や投石、地面に埋まった火薬の爆発と、一向門徒の圧力は確実に減っていた。

正気を失った兵とはいえ、数多くを失えば、やはり、攻撃が弱くなるもの。


「かつての一向門徒以上に厄介であるが、単純な攻撃しかしないことが助かっているな」

「そうだな」

「それで、狙撃を受けたらしいが、周囲の者の被害はどうだ」

「何名かが命を落としているが、大半は傷を負ったぐらいで助かっている」

「そっちはどうだ」

「こちらは命を落としたものはいないが、厄介だな」

「敵陣から以外の攻撃は、伊賀者たちが当たっているのか、しばらくしたら受けなくなった」

「まあ、敵陣までは流石に無理だからな」

「無駄に命を落とさせる必要もないだろうから、仕方あるまい」

「殿の周辺はどうだ」

「こちらの狙撃の状況を伝えたから、索敵範囲は広げているはずだ」

「ならば大丈夫か」

「多分な」

「……」

「どうした」

「いや、殿下の懸念がな」

「懸念?」

「ああ、自爆による特攻攻撃の事だ」

「ふむ、そこは厳重に守っていると思うが……油断できんな」

「そうだ、だが、慎重居士の殿の事だ、そこは抜かりはないと思うが」

「信じるしかあるまい。我々はやるべきことをやるまでだ」

「そうだな、兵を休め次に備えよう」


康勝と忠勝はそう言って、頷き合った。


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