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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第八十四話 康之

京近くの山中に兵たちが休んでいた。


「殿、物見が戻ったようです」

「連れてこい」


忠興の言葉に、側近は頭を下げ、物見を呼び入れた。


「京の様子はどうだ」

「豊臣の兵は大半高槻に向かったようで、兵は極わずかしか残っていませんでした」


物見の報告に、忠興はほくそ笑んだ。

読み通りであると。


「豊臣一門で残っている者はいなかったか」

「はっ、いずれも大坂に移動したようです。奉行衆は前田玄以様が残っているだけでした」


国内での大勢力の敵がいないと、秀永は考えている。だから、兵の大半を高槻に向かわせるだろうと忠興は予測を立てた。

その予測が当たったことに、満足し、愚か者と秀永を見下していた。


「ならば、兵を進め、御所を抑える」

「はっ」


忠興の言葉に、家臣たちは頷いた。

家臣たちは心の中では、御所を抑えることに忌避を覚えている者もいるが、口に出すことはなかった。

口に出せば、忠興の勘気をうけて切り捨てられると思っているからだった。


「殿、進めるのは良いのですが、牢人達は如何いたしますか」

「ふむ」

「当家の兵であれば統制もできますが、牢人達が勝手に動きますと、御所の尊き方々に危害が及ぶ恐れもあります」


家臣の言葉に、忠興は思案した。

忠興としては、御所を抑え、公家たちを掌握すれば、秀永を朝敵とすることが出来る。

そうすれば、表面は従っていても内心不満のあるだろう大名たちを扇動することも可能と考えていた。

扇動で踊った大名たちを糾合すれば、反秀永の勢力を作りあげることが可能と自信を持っていた。

淀君との子である実子を、神輿にして秀永と相対し勝利すれば、天下は我がものであると。

牢人達の行動で、公家に被害があっては、反感を買いかねないと危惧した。


「ならばどうする」

「牢人達を複数に分け、豊臣の施設を抑えに行かせればよいかと。その際の略奪を認め、それ以外は認めないとすればよいかと」

「……わかった。目付に兵をつけ、監視をさせてればよいか」

「それが良いかと」

「刃向う者は容赦する必要はない。牢人と目付以外は、御所を抑えに行く」

「はっ」

「公家衆がこちらに従わなければ、威圧すればよい。やつらはそれだけで従う。まあ、それと利益をちらつかせれば頷くだろう」


酷薄に公家を軽蔑するように忠興は言い放った。


「では行くぞ」

「はっ」


忠興の言葉に家臣たちは、自家の兵の元に戻って移動の準備を始めた。

暗闇が明ける頃に、細川の兵たちは進軍を開始した。






「どうだ」

「物見が帰ってきたようだ」

「では、動き出すか」


細川家の幟のがはためいているのが見える気の陰に、秀永の忍びたちが潜んでいた。

物見がもどってきてから一刻ほど経過した。


「潜り込んでいる者達から連絡はどうだ」

「まだ……いや、動くようだ」


周りには二人しかおらず、何も変化がないように思えたが、ひとりが細川の兵が動くと言った。


「適時、離れるように伝えているな」

「ああ、戦で混乱した時に、後方に引いて細川本陣の動きを見ると言っていた」

「分かった、これから京に知らせる」

「こちらは引き続き張り付く」


二人は頷き合って、分かれた。




細川の監視から離れ、京へ向かった忍は俊足を飛ばして戻って来た。


「ごめん」

「何者だ」

「風魔だ」


扉を少し開け、中の者が忍びの姿を確認した。


「見たことがあるものだな、何かあったか」

「細川が動いた」


忍びの言葉に、扉の中にいた者が扉を少し開け、忍びを招き入れた。


「周囲は」

「誰もいない」

「ならばついてこい」


そう言って、忍びを屋敷の中に入れ、主人の元に連れて行く。


「殿、風魔から話があると」

「わかった、入れ」


中から声がかかり、家臣が障子を開け、忍びを部屋に入れた後、襖を閉めた。

人によっては、忍びは庭先の土の上で頭を下げた状態で待たされることもあるが、秀永の配下たちはそのようなことはしなった。


「何があった」

「細川が京を目指して、動き出しました」


秀永から話があり、忠興が京を攻める可能性を示唆されていた。

その為、丹後方面から京に入る街道の主要な場所に忍びを放っていた。その中から、忠興が兵を率いて進んでいると報告を受けた為、監視を強化していた。

一旦進軍が停止していた為、どう動くか確認を行っていた。


「戦の支度をしていたか」


忍びに問いかけた。


「遠目では分かりにくいですが、おそらくしていたと」

「通り過ぎると、言うわけではないか」

「吉継様の言われる通りかと」


忍びは頷きながら、吉継の言葉に同意した。

周囲を警戒して進むのと、攻める為に進むのでは、兵の気配や装備の構えが違ってくる。


「では、五助、予定通りに」

「分かりました」


湯浅五助は、そのまま部屋を出っていった。


「その方も、ご苦労だった。これは褒美だ。関係した者達と分けてくれ」

「いえ、それは」

「殿下からの言われたものだ。受け取っておけ」

「ありがとうございます」


銭の入った布袋を忍びに吉継は渡した。

忍びは恐縮しつつ、伝え忘れの内容に話をして下がっていった。


「そうなると、宮津の方も接収が終わったか。この騒動が追われば、国内は一応落ち着くか」


吉継はそう言いながら、机の書類を見ながらつぶやいた。







港から急使が宮津城に走った。

正体不明の船団が現れた為である。


「松井様、港より急使が!」

「分かった」


忠興から宮津城の備えを任されていた松井康之は、家臣の言葉にただ事ではないと思い広間に向かった。

今回の件は説明を受けていた。

藤孝の隠居と長岡家を起こし、興元を跡継ぎとした時に藤孝に慰留を求め、忠興にも諫止をするも受け入れてもらえなかった。

藤孝に付いていこうと考えたが、忠興に慰留され細川家を残すために、長子興之が残り、次子興長を藤孝の元に送り出した。

忠興のやり方を見ていると、将来危険と考えて血を分けたのだが、今回の件を考えれば、それが間違いではなかったと康之は考えていた。

もし、秀永を殺害しても、忠興では天下を治めるほどの求心力はないと見ていた。

拾丸を担ぎ上げる気でいるが、それを公表することは無理であり、世間に知られれば、拾丸の地位が失われる。

天下人は、秀吉であって、淀君ではない。豊臣の血の入っていない者が天下に号令することは不可能であり、豊臣家の家臣は支持しないだろう。

不義の子を、豊臣家臣団が認めるとは思えない。そして、それを利用して、天下第一の実力者家康が反旗を掲げ、諸大名を糾合するだろう。確実に負ける。

忠興の考えは妄想でしかないと、康之は思い諫言しても聞く耳を持たず、留守居役として置いて行かれた。


「どうした」


急使に康之は問いかけた。


「沖合に見知らぬ船団がこちらに向かって来ております」

「幟などはなかったか」

「何分遠くだったことと、見たのは漁師でそこまで分からなかったようです」


康之はしばし考え。


「船の形状は」

「我々の知っている船の形状なので、外の国ではないと思いますが、何分、先ぶれもなかったことにて、どうすればよいかと指示をお願いしたく」

「分かった。もし、こちらの船であれば、大筒も備えておろう。兵を率いたとて無駄であろうな」

「見えただけでも5隻。その後ろにも数隻引きつれていたと」

「残ってる兵も百もない。私が出向く、供を」

「はっ」


秀永に合流すると使者を出して、持てうる兵と牢人を雇い入れて忠興が出立した為、宮津城に残された兵は最低限しかいなかった。




康之が港に着いた時には、沖合に十数隻の船が停泊しているのが見えた。

既に数百ほどの兵が港に上陸しており、周辺の住民は混乱して逃げ出していた。

逃げる住民に逆らうように、康之は上陸して留まっている兵の元に馬を進めた。


「何者か」


上陸した兵たちから問いかけられたが、康之は心の中で、そちらこそ誰だと言った。


「細川家家老松井康之だ。そちらはどこの家中の者か。何の用があって上陸したのか」

「しばしお待ちを」


康之の言葉に、兵は上役に話すためにその場を離れた。

しばし後に、大将と思われる武士が出て来た。


「我々は、殿下の命により、北の地より参陣した最上義康だ。此処を守っている責任者は、お主で良いのか」


義康の言葉に、康之は冷や汗をかいた。

もしや、忠興の謀が発覚しているのではないかと。


「間違いはありません」

「急なことで済まぬが、何分、殿下に刃向う賊の討伐ゆえ内密に動いていたのだ」

「……」

「此処でいいのか」


義康の後ろから見慣れぬ服装の男が現れた。


「言葉がうまくなったな。イシム」

「まあな、この国の皇帝に会うには言葉を知った方が良いからな」

「皇帝ではないが、説明が難しいな」

「実質的な支配者か、めんどうだな」

「そう言うなよ」


見知らぬ風体に康之は顔を顰めた。


「そちらは、どなたですか」

「ああ、シビル・ハン国の王子イシム殿だ」

「イシムだ、短い間だがよろしくな」


明の北方の国がシビルハン国と聞いたことがあるが、何分はるか遠くの話で康之は国名だけは知っているだけだった。

細川家は忠興自身が外の国に興味を持たなかった為、国内の情報を集めるばかりで、国外の情報はおざなりだった。


「分かりました。では、休まれる場所を用意いたしますので」

「いや、それに及ばん」

「では、もう出立されると」

「違う違う、もう分かっているのだろう康之殿」


眉間にしわを寄せ、康之は最悪な想像が当たったことを理解した。

どう誤魔化しても、かわすことが出来ないとも。

此処で一戦したところで、急襲されたようなもので戦支度も兵もいない。

無駄死にという言葉しかない。

玉、忠隆達を逃がすにも刻がない。


「そうそう、兵は此処だけではないから逃げるのはやめておけよ」


義康の言葉に、逃げ道がすべて塞がれたことを康之は感じた。


「まあ、そう絶望した表情をするな。藤孝殿から助命嘆願も出てる。公家衆からも上がってきているようだし、殿下はそこまで求めていない」

「……」

「忠興殿は無理だが、命まではとらんよ」

「義康よ、それは甘くないか。禍根はすべて断つべきではないか」

「イシム、これは忠興殿が一人で考えたものだ。すべての罪は彼の身で周囲の者までは及ばぬ」

「しかし、子が恨み敵をとかならぬか」

「なったらなった時よ、個人の罪を周囲に広げても無意味だ。罪はその者が負えばよい。それが殿下のお考えだ」

「甘いお方だな」

「そうかもしれん。だが、関係のないものが巻き添えをくらって、有為の者の命を絶つのも損失だぞ」

「むぅ……」

「まあ、良いではないか、実際に殿下に会って話をしてみたらよいさ」

「分かった。しかし、義殿が居らぬと、義康ものびのびしているな」

「……それは言うな」


義康を指さしてイシムはげらげら笑い、義康は苦い表情をした。


「で、どうする康之殿」

「……分かりました。従いましょう」

「よかったよかった。では、武器弾薬はすべて抑えさせてもらう。反抗的なものは良いが、仕掛けてきたら始末するから徹底してくれ」

「分かりました」


康之は、悔しい気分とほっとした気分でった。

細川がどのような形であれ残るだろう。

無謀な忠興によって、細川が、そして、松井が断絶しなくてよかったと。


「差し押さえに行くぞ。それと街道及び獣道など、京への道はすべて抑えろ。怪しいものはすべてとらえてかまわん」


義康は家臣に指示を出し、自らとイシムは兵を率いて、細川家の一族を抑えに康之の案内で城に向かった。



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