第八十二話 清正
側面の足止めの兵たちのいる場所から爆音が聞こえ、義弘は側面から黒田の兵が押し寄せてくると感じた。
「殿、黒田の兵が来るようですな」
「ならば、黒田の者たちが来る前に、加藤の兵たちを喰らうまでよ。思った以上に、胡乱なもの達も踏ん張っておる」
義弘の言葉に家臣は頷き、正面の加藤の陣へ進む足を速めた。
島津軍と加藤軍は乱戦になっており、一進一退のの状況となっていた。
兵数としては、島津の方がやや優勢となっていたが、加藤軍も逆茂木や溝を利用して、耐え忍んでいた。
「押せ!押せ!生き残るには、加藤の者どもを喰らうしかないぞ!」
島津の物頭の声に、兵たちも奮起し徐々に加藤の兵が押され出していた。
勝たなければ、生き残ることが出来ないと精神的にも追いつめられている島津軍の兵たちの勢いが増した
側面の爆発音から、三方から攻撃を受けるのも時間の問題と兵たちが感じていた。
武士ではないが、素破、乱破と呼ばれ、はみ出し者たちが集まった胡乱なもの達も強く、日本で戦が無くなればはたき場所も、奪うこともできないと理解していた。
日本の外に行く気もなく、平穏な農民として働くことを嫌がっていた者たちが集まっていた。
戦乱の時代であれば、早々に崩壊して、無秩序に逃げまどっていたもの達が、生き場所がなくなると理解し、死に場所を求めて合流した者達ばかりの為、死兵となっていた。
一向門徒の中でも、豊臣に従うのを良しとしない者も生きることを放棄して突撃を繰り返していた。
耶蘇教徒たちは、日本での居場所がなく、日本の外に行ったとしても、南蛮との内通を疑われ、監視される日々と伝え聞いており、信仰を捨てることが出来ず、死して天国へ行くことを夢見て、加藤の兵と戦っていた。
「炮烙を使い、加藤様への道を切り開くべきかと」
「……」
義弘は考えた後頷き、家臣たちが少し大きめの壺を幾つも取り出し、壺の首に巻いた縄を持ち始めた。
壺から出た導火線に火をつけ、縄を持ち頭上で回しながら、加藤の陣へ走り出した。
乱戦になっている少し後ろで、遠心力を利用して、壺を加藤の陣に投げ込んだ。
島津と加藤の兵が入り乱れている場所を飛び越えた加藤の兵たちの場所に壺が投げ込まれ爆発した。
その爆発に巻き込まれた加藤の兵たちが混乱し、陣が乱れた。
「敵は、乱れている、突撃だ!」
義弘は大声で命令し、自らも槍を片手に馬を走らせた。
混乱している加藤の兵たちを討ち取りながら、逆茂木を倒すように指示を出しながら、加藤の陣を切り開いていった。
「踏みとどまっても、挟撃されるだけぞ!加藤を踏み潰せ!」
義弘の声に後押しされるように、島津の兵たちが加藤の陣の奥深くに突き進んでいった。
槍を持ちながら清正は前線を見つめていた。
一進一退ではあったが、徐々に押されてくると、予備の兵を投入しつつ陣を維持していた。
しかし、爆音とともに、前線の兵たちが混乱し、島津軍が清正目がけて突き進んでくるのが見えていた。
「炮烙を使ったか」
「殿、危険ですので引いて陣を立て直しては」
「無理だな」
「島津軍が食らいついてきますか」
「そうだ、引けば餓狼の如く追いすがり、食い散らかされる。その時点で、孝高殿が来る前に突破され、博多方面に逃げられるわ。岡城なり、島原城なりに逃げ込むか、博多あたりで船を奪いどこぞへ逃げるか。それとも強盗山賊になり、日本国内で暴れまくるか……」
「では」
「此処で踏みとどまる、皆の者、迎え撃つぞ。ここまでくる人数も多くあるまい。最後の予備の兵を」
「はっ」
「鉄砲隊、弓隊を左右に配置せよ」
清正の指示に、義弘を迎え撃つための体制を整え始めた。
「森本殿」
「ふむ、まずいな」
「ええ、島津の兵の動きが思ったより早かったようです」
島津の後方に回り込んだ一久の兵たちが戦場に到着したが、義弘の本陣があったと思われる場所はもぬけの殻だった。
「これでは、川中島の武田の別動隊のではないか」
「嘆いても仕方あるまい、殿もしのがれているはず、直ぐにでも島津の後ろをつくぞ」
「はっ」
一久率いる別動隊は、休む暇なく島津の兵の後ろを追った。
自爆攻撃の後始末を行い、態勢を整えた孝高は島津の側面を攻撃しはじめた。
「皆の者、島津の負けは決まったぞ!いけ!」
孝高の号令の元、黒田の兵は、島津の側面を攻撃し始めた。
黒田の兵に気が付いた一部の兵たちが迎撃に向かい、乱戦となったが、兵数の優位性は覆せず、側面の攻撃を許してしまった。
少し遅れながらも利高率いる兵も逆の側面を攻撃し始めたことにより、島津の兵たちは動揺し始めた。
そこに、後方から加藤の幟が進んでくるのが見え、更に動揺が広がった。
「死ね!死ぬのだ!もはや逃げ場はない!一人殺せば一歩極楽に近づくぞ!」
「異教徒を殺害すれば、天国への扉は開かれる!」
兵たちの動揺を感じ取り、一向門徒と耶蘇教とが兵たちを追いつめ、煽り出す。
死兵として戦っている者が多くとも、人としての恐怖や不安から逃れられないものも多い。その為、教徒たちが煽り、狂奔するように扇動する。
食い扶持のない胡乱なもの達に信仰などないものでも、死の恐怖から逃れるために、教徒たちの声を聞き、心に念仏を唱えながら、加藤、黒田の兵を斬りつけていた。
その為、黒田の兵や一久の加藤の兵たちは、突進する義弘の兵を補足することが出来ず、島津の兵たちに足止めされていた。
「撃て!」
清正の命令に従い、鉄砲による攻撃が突撃してくる義弘の軍に放たれた。
「次!」
撃ったもの達を下がらせている時に、弓により攻撃を行わせ、その後、鉄砲による攻撃を行うことを繰り返した。
島津は竹の盾を前面に出しながら、仲間の屍を超えて、清正目がけて動きを止めなかった。
「殿」
清正は頷くと、槍を掲げた。
「逆賊を討つぞ!突撃だ!」
「「おう!」」
号令に従い、待機していた兵たちが義弘の兵に突撃をした。
義弘に従った兵も、鉄砲や弓で減らされてはいたが、百ほどの兵が従い乱戦となった。
清正も槍をふるい島津の兵と戦った。
数では島津の方が多いが、連戦の疲れもあり、待機していた加藤の兵たちに討たれていったが、十名ほどの集団が、加藤の兵たちの攻撃を跳ね返しながら、清正の目の前まで進んできた。
「殿、邪魔はさせませぬゆえ、存分に暴れてください」
家臣の言葉に、義弘は清正の前まで、進み出た。
「お久しぶりです」
「元気そうだな」
「このような馬鹿げた負け戦に何故加わったのですか」
「ふふふ、今さら何を言ったとて……まあ、黒田殿に後はお任せする」
「……わかりました」
義弘はにやりと笑い、清正は口角をあげた。
一拍の間ののち、二人は馬を進めて、渾身の槍の突きを繰り出した。
義弘の槍は、清正の頬をかすめ、耳を切り裂き、兜の緒を切り裂いて兜が宙に舞った。
清正の槍が義弘の槍よりも遅く突き出されたが、義弘の喉を貫いた。
義弘は口から血を吐きながら、馬から零れ落ちて地面に伏せた。
清正が周囲を見渡すと、島津の兵はすべて斃されており、戦が終わったことを感じた。
「島津義弘を、この清正が討ち取った!」
清正の声に、周囲の加藤の兵たちは喚声をあげた。
「もし、万全であれば、勝負は判らなかったかもしれないな。衰えているはずの年齢で、この突きとは……」
高齢で、連戦の疲れもあるにも関わらず神速の突きをもらい、清正は相打ちも覚悟した。
切り裂かれた耳から流れる血をぬぐいながら、義弘を見た。
清正の横を通り、小姓が義弘に近づき首を斬り落とそうとした。
「首を取る必要はない」
「しかし」
「首見分が必要かもしれぬが、殿下も取る必要はないと言われている。そのまま、義弘殿の遺体は島津に引き渡す」
「分かりました」
乱戦になっている前線に、義弘の死が伝えられると、一向門徒は敗走し始めたが、周囲にいた黒田と一久達によって、討ち取られていった。
耶蘇教徒はその場で生き残りが集まり、清正の陣に突入をして、全員討ち取られた。
乱破、素破は武器を放り投げ、降伏してる者と死を求めて突入してくるものに分かれた。
「島津の者達よ、義弘殿の遺骸を薩摩に送り届ける必要がある。降伏せよ!」
清正は、数少ない島津の兵たちに降伏を呼び掛けた。
二桁も残っていない兵たちは、自害をしようとしたがその呼びかけを聞いて、ためらった。
何かの罠と考えたが、義弘の遺骸を故郷に埋葬できるならばと、武器を捨て降伏した。
その後、戦の後始末を兵たちは行った。
「殿、申し訳ありません」
一久は、戦場に遅れたことを清正に詫びた。
「間に合ったから問題あるまい」
耳に布を当て、手当をした状態で清正は答えた。
「あのまま突撃してくるとは思わなかった。まして、前線の胡乱な者たちがあそこまで頑強に踏ん張るとは思わなかった」
「そうだな。さすがは島津の義弘と言ったところか」
「孝高様の利高殿のおかげで、敵を減らすことが出来、この度の戦い勝つことが出来ました。ありがとうございます」
「いやいや、こちらも一向門徒によって、遅れてしまった。すまん」
「信仰に狂った者達は始末が悪い」
「お主も人の事はいえまいて」
孝高の耶蘇教の信仰について、暗に指摘に、清正は苦笑を浮かべた。
「殿下に注意を受けて、強要はしておりませんよ」
「くくく、今はな」
何とも言えない表情で、一久と利高は顔を見合わせた。
「まあ、それはさておいて、義弘殿の確認を」
「先ほどした、間違いない」
「兄上、よろしいのですか、島津に渡して」
「問題あるまい、そもそも義弘殿の蜂起は、他の者たちと意図が違う」
「意図ですか」
「そうだ、この件については、殿下の承認が必要だが義久殿と話をする」
「大丈夫ですか」
「大丈夫だ。義久殿を含め、義弘殿の子で次期当主の久保殿も動いておらん。もし、島津が総力を挙げての蜂起だったら、此処まで安閑と出来ぬよ」
「では、何故」
「島津家の未来の為だろう」
「未来ですか、此処で蜂起すればお取りつぶしの可能性もあるのにですか」
「そうだ」
「考えられません」
「孝高様のお考えを聞いていると、考えがあって義弘殿はこの蜂起にのったと」
「その通りだ」
「義久殿が動かない、動かない家臣……となれば、現状の島津に不満を持っている者達を煽って、義弘殿は動いたという事ですか」
「その考えであっているとおもうぞ。それと、島津に反抗的、独立の動きをしている者達も巻き込んだようだな」
「島津の意思統一と、内憂の排除と言ったところですか」
「すべてが取り除かれたわけではないだろうが、これで、島津の当主の統制力が強くなるだろう」
「己を犠牲にしてか、しかし、島津を罰せずとはいかないのでは」
「分かっておる。義弘殿から要望もあったので、案は考えているが義久殿との交渉次第だな」
「決裂すれば」
「お取りつぶしだな。だが、義久殿と義弘殿の話は終わっているだろうから、交渉は無事に終わるだろう」
「なるほど」
「お主はどうする」
「私も薩摩に一緒に行きます。一久たちに兵を預け、一旦所領に返します。交渉が終わったころに兵を再度集め、岡城へ援軍に向かう事にします」
「そうか、利高に動けない兵を預けて領地へ貸す。交渉が終わり次第、我々は島原の城へ援軍に向かうとするか」
孝高と清正が義弘の遺骸をみると、義弘は満足そうな表情を浮かべていた。
内城にて、孝高、清正、義久、久保が顔を合した。
上座に孝高、清正が座り、義久、久保が下座に座ることにより、島津が恭順の意思を示した。
「この度は申し訳ございませんでした」
義久は、孝高、清正に詫びを入れた。
「義弘殿のお考え、義久殿、納得されていますか」
孝高は義久に問いかけた。
「その通りです」
「久保殿も同じか」
「はい」
義久と久保は頭を下げながら答えた。
「なるほど、分かりました。最終的には殿下の承認が必要にはなりますが……薩摩は安堵します。大隅、日向の所領は没収し、代替えとして、日本の外の領地を与えるとします」
「はっ」
義久と久保は頭を下げた。
義久と義弘の懸念は、島津家の中にある三州太守に対する悲願が島津を滅ぼすのではないかということだ。
二人とも三州太守への思いは強いし、家中にも固執するものも多い。
世代を重ね島津の者たちのその思いが強くなり、固執すると破滅するかもしれないと考えた。
今ならば、日本の外にも所領を持つことが出来る。日本に固執する必要がないのではないか、不満を持つもの達を排除できれば、外に活路を見出すことが出来ると二人は話し合った。
そこに、今回の蜂起の話が持ち掛けられ、乗ることにした。
島津本家の統制力の強化と、日本の外へ飛び出す機会であると。
戦場で死に場所を求めた義弘が、蜂起に合流し、義久が後をまとめると決めた。
久保は、話を聞いた時反対したが、死を覚悟した父義弘に説得された。
「義弘殿を弔って差し上げよ」
「ご厚意ありがとうございます」
「この度の事が落ち着いたら、手を合わせてもらう」
孝高の言葉に、義久と久保は涙を浮かべながら頭を下げた。




