第七十七話 直政
九州での耶蘇教徒の蜂起が起きると同時期に、畿内でも同様の蜂起が起きた。
秀永の予測では、蜂起を扇動している忠興の動きから、南蛮と言われているスペイン、ポルトガルの勢力とが近づいた、上陸する時に蜂起すると考えていた。
ただ、忠興が考えていた以上に、蜂起する者たちの人数が多くなり、抑えにくくなっていた。
己の策が、下賤の者たちの暴発によって破綻することに我慢が出来なかった。
暴発させればよいと、暴発は破壊力がある。その破壊力によって、豊臣が疲弊すれば、求心力も低下するだろうと考えた。
それと同時に、各家の不満を持った者たちの調略を家臣たちに急がせた。
その結果、何名かは家を逐電し、蜂起に参加し、蜂起した者たちを率いることになった。
また、本願寺の教如にも声をかけ、強硬派も参加することになった。ただ、かつての勢いはなく、各地の門徒に檄文を送ったが、反応は芳しくなかった。
檄文を大名や教如の弟の准如に送ったが、門徒が全面的に参加する大規模な一揆は発生せず、その前に潰されていた。
「直政殿、今こそ、威を示し我らと手を結んで、下賤の豊臣を滅ぼしましょう」
「……」
「家格の低い、榊原、本多などが幅を利かせるような徳川に身を寄せるべきではないでしょう。本来の家格を考えれば、徳川ではなく井伊家が東海を治めるべきではないのでしょうか」
「……」
直政の調略には、家臣ではなく忠興自らが行っていた。
これまでは、家康に対する不信や、豊臣に対する敵愾心を醸成させるために、茶の席で囁いていた。
ことを起こすに至り、直接的な言葉で、直政に話をすることにした。
今までの関りで、忠興は直政の心に、現状に対する不満がある事を感じていた。
己の調略に自信を持っており、直政は取り込めると忠興は自信を持っていた。
直接声をかけ、高山重友、明石全登、内藤如安、坂崎直盛が畿内での蜂起に参加していた。
明石全登、坂崎直盛の参加により、その罪を広げ宇喜多家をこちら側につかざる得ない状況に追い込もうとしたが失敗してしまった。
直政を引き込むことにより、徳川家が謀反を画策していると噂を広げ、追い詰めようと考えていた。何度も直政に会う事により、豊臣からの疑いの目を直政に向けさせることは、忠興は出来ていると考えていた。
三成などからの監視が直政についていることを調べ上げていた。
ここで、最後の仕上げとばかり、忠興は直政を追い詰める為に、直接的な言葉を使う選択をした。
「今起たねば、今後機会は巡ってくることはあり得ませんぞ」
「……」
直政の態度に、忠興はいらだっていた。決断も、拒絶もしない態度に煮え切らなさを感じつつも、ここで、決裂しても良いとは思えない為、忠興はこらえた。
別に、諾の言葉がなくても、周囲が、豊臣が蜂起に直政が関与したと判断すればよいだけと判断し、その場を辞した。
「殿」
ひとり茶室で、瞑想している直政に声をかけた。
ゆっくりを目を直政は目を開けた。
「出かける」
「はっ」
「殿、直政殿が来られたようです」
「弥八郎、どう思う」
「忠興殿が動いたようですので、そのことでしょう」
「あの若造、わしをはめようと画策しておるのだろうが、さて、直政はどう決断したか」
「殿はどうされるので」
「分かっておろう。殿下が亡くならない限り、わしが天下を取ることは出来ん。政務を含め、殿下が携わっていなければ付け入る隙もあろうが……無理だな」
「ついておりませんな」
「そうだな、だが、まだまだどうなるかわからん。殿下も幼い、ある日突然亡くなることはありえる。最後まで機会はあきらめんよ」
「そうしなければ、殿も徳川の家臣たちも納得しないでしょうね」
「うむ」
二人が話していると、小姓が直政が部屋に来たことを告げた。
「入れ」
家康の声で、直政が部屋に入ってきた。
「直政、何ようだ」
「はっ、この度の蜂起に関しまして、どのように動かれるか、お考えをお聞かせしていただく」
「ふむ、おぬしの事だ、分かっておろう」
「……動かないという事でしょうか」
「それ以外あるまい。それに、門徒の動きも怪しい。奴らがあちらについた以上、わしの敵だ、許すことは出来ん」
「……」
「それに、豊臣家に今のところ大きな隙は無い。わしが起ったところで誰もついてこないのはわかるだろう。三成への不満も、殿下がいれば抑えられている。そもそも殿下がいる状況では、豊臣を割ることも、諸大名を割ることもできん。それぐらいわかっているだろう」
「……」
「起ったところで、大義名分もない。ましてや、蜂起した連中は、殲滅されるのは分かり切っている」
「そうでしょうか」
「わしの言葉を疑うか」
「いえ、しかし、蜂起した数を考えれば、殲滅など簡単にできるようにも思えませんが」
「確かに、逃れるものもいるだろうが、消え去るだろうな。特に、畿内のものたちは……まあ、門徒どもも消え去ってくれんものかな」
「殿、門徒の事はもう過去の事です」
「そうだが、これを機会に一緒に消えて欲しいものだ。反抗的なものもな」
「……領内の一部の門徒が消えているのはやはり」
「直政の考え通りだ。統治の邪魔だからな、やつらは。外に出しているものもいるが、残っているものを排除する良い機会だ」
「……」
「お主が動きたければ、動けばよい。ただ、徳川は動かん」
「……」
家康の言葉に、直政は何も話さず家康の顔を見た。
「負け戦に加担する気にもならん。まして、博打をして天下を取るのではなく、破滅しかない未来しかないことに手を貸せるものか」
「……」
沈黙の後、直政は頭を下げ、部屋を出て行った。
「弥八郎、殿下に伝えよ」
「はっ」
「それと、兵を出す。平八郎、小平太に率いさせ、殿下の討伐軍に合流させろ」
「伝えます」
「豊臣が天下を取ったとしても、わが徳川の力を知らしめねばならん……が、この度の討伐、一方的に終わりそうだがな」
「殿下、高槻の地に耶蘇教徒が集結しているようです」
「各地から追いやられているようですね」
「播磨では門徒の間でも亀裂が出来ており、多数の穏健派の者たちに、追い出されているようです」
「その他の動きはどうです」
「紀州でも蜂起があったようですが、往年の結束力はなく追い立てられているようです。耶蘇教徒も大半は外に出たか、国内のものたちも穏健的なものが多いようです」
「生活が安定しているからですかね」
「そのようです。ここ数年、餓えることが少なくなり、医術に関しても支援していることもあり、耶蘇教に頼るのではなく、豊臣家に頼るものが増えてきているのも理由かと。それと、南蛮の者たち、耶蘇教の者たちの所業を知らしめたことが、改宗が増えたようです」
耶蘇教徒の多い地域では、耶蘇教が外の国でどのようなことをしてきたか、十字軍などの所業を紙芝居のようにして、講談仕立てで各地を巡回させていた。
耶蘇教の孤児院、炊き出しなどの行為の側面以外を知り、距離をとるものが増えていた。
畿内での門徒の蜂起の事もあり、命を奪う事が仏の心か、耶蘇の心か、疑問に思うものも増えてきた。
仏の言葉、神の言葉で、目の前で親が子が友が命を落としていく。
それも苦しみながら。
仏や神の言葉を伝えているものが、仏や神の言葉ではないのではないのか。
疑問を感じていても、かつては飢えと病気に苦しんでいたことにより、縋っていた。
しかし、今は、豊臣家の施策により、飢えが減り、病気で死ぬことも減った。
心に余裕が少しでき、未来に希望が見えた時、仏や神の言葉で、命を捧げ、戦をせよという言葉は心に響く人々が減っていた。
人はだれしも死にたくはない。特に民衆は日々の糧を得て生活をすることに喜びを感じる。
この度の蜂起は、民衆ではなく、一部の宗門が起こし、一部の武士が扇動していることに、畿内の民衆は支持をすることがなかった。
その為、集まった者たちは、過激派の門徒、耶蘇教徒の狂信的なものたち、乱波・素波などのうろんなものたちでその生活から抜け出せないものたち、没落した大名・武士やその家臣などの烏合の衆だった。
名のある武士によって、組織的な動きにはなっているが、それとて、大半が着の身着のまま、罪を犯した者たちが多く、統制は取りにくかった。
高槻に集まる段階で、その道中の村々を略奪するなど、とても神の言葉にしたがったとはいいがたい状況だった。
「明日伝える予定ですが、氏直さんを大将とし、正則さん、秀家さんを副将とします。信繁さん、秀範さんは遊軍とし、岩覚さん、吉継さん、氏政さんは相談役として、傍に居てください。三成さんは兵站を担ってもらいます。この度は、三成さんの差配が重要ですので心してもらいましょう」
「わかりました」
「岩覚さんも調整お願いします」
「わかりました」
誤記についてのご助言、ありがとうございます。
対応できておりませんことを、お詫びします。




