第七十五話 蜂起
「殿下」
「動きましたか」
「はい」
九州北部で、耶蘇教徒の動きが活発になったと小太郎より報告が上がっていた。
来年以降に起きると考えていたが、秀吉の死の情報を広めた為か、代替わりの混乱を利用して蜂起した。
畿内の動きの情報はあったが、先に九州が動いた。
蜂起の情報が入ってから、孝高を九州探題として送り出し、対応を任せていた。
「どうなっていますか」
「肥前と豊後で大規模な蜂起になっているようです」
「大村、有馬の残党が肥前、大友が豊後ですか」
「はい」
大村、有馬は耶蘇教政策に反し、信者を増やし、南蛮との取引と奴隷売買を行った為、取り潰されたが、家臣や入信した信者は数多く残っていた。
奴隷として売られることも、身を犠牲にするのも信仰のためと、子どもや自らを奴隷として売り払う者たちが数多くいた。また、それを推進する宣教師や、豪族たちが身銭欲しさに、そそのかす者たちが消えなかった。
宣教師は追放していたが、潜伏するものや日本人が宣教師になるものなど、根絶することはできなかった。
秀永は信仰は自由だが、神の言葉を悪用し、私利私欲に走る者たちを許すことはできなかった。
大友は、大村、有馬と同じだが、家臣団によって支えられ、立花宗茂など、独立した家臣たちの援護もあり所領は減らされたが大名として存続はしていた。
名門意識の高い大友吉統は所領が減った現状に不満を蓄積させていた。しかし、時代の流れも感じており、所領を減らされても暴発することはなかった。しかし、子の義乗は、若さもあり隠れた耶蘇教と連絡を取り合って、機会を伺っていた。国外で南蛮とも交渉を行って、軍艦の派遣も取り付けた。
忠興が義乗の動きを知り、接触してきた際は、朝廷との交渉を依頼し、豊臣家の地位を落とす事と、己たちの行動の正当化を図った。
依頼された忠興は、田舎者の没落した名門と見下していたが、表面上は神妙にうなづいた。義乗は、父親にも捨てられた身の丈に合わない野心を持った愚か者と忠興を評価した。
双方とも目的の為に手を結んだが、内心は侮蔑しあっていた。
南蛮の力を借りれば、武力で忠興は潰せると義乗は考えていた為、余裕をもって話し合いを行っていた。
忠興は、南蛮の力を恐れつつも、豊臣家を潰した後、歯向かえば朝敵にすればよいと、南蛮に国を売り飛ばしたものととして、討伐すればよいと皮算用をしていた。南蛮の船や武器は恐ろしいが、それも補給が続けばの話。兵数も少ないだろうし、忠興はおそろしくはないと計算していた。
その考えに間違いはないが、義乗と手を組んだ以上、忠興自身も日本を売り飛ばしたものとみられることを。
「孝高様は、博多などに集まろうとした北九州の蜂起した者たちを集まる前に、各個撃破して潰したようです。それによって、肥前と豊後の者たちを合流させることを防いだようです。蜂起した者たちもろくな武器を所持していないので、集めて兵糧攻めでもよかったと言っておりました。しかし、そうなると、関係ない者たちの田畑も荒れることを考えれば、分断するほうを選択されたようです」
「そうですか」
「肥前は、水軍と宗茂様を大将とし、鍋島、小早川などの家を指揮下に。豊後は家政様を大将に、毛利、長宗我部などの家を指揮下に攻めさせたようです。清正様は孝高様の元、島津の軍を攻めるようです」
「島津は全軍で来ていますか」
「いいえ、義弘様のみで、一部のみです」
「そうですか」
「義久様は止めたようですが、義弘様は振り切って出陣したようです」
「島津家が潰れても良いと、義弘さんは考えたのでしょうか。己の行動が家や家臣、領民を苦しめると理解しなかったのでしょうか」
「我々には分かりませんが、武士の意地とでも思っているかもしれません」
小太郎の言葉に、秀永は左右に顔を振った。
「愚かすぎます……九州は孝高さんに任せましょう。後始末は、三成さんに原案を出して、最終案は乱終息後に行いましょうか」
「殿下」
そういって、岩覚が、吉継と信繁を引き連れて部屋に入ってきた。
「畿内でも動きが」
「はい」
「堺を中心に人が集まり始めているようです。京でも動きがあるようですが、鈍いようです」
「規模は大きくないのですか」
「そのようです。堺にも人が集まってはいますが、堺自体は協力はする気はないようです。小さな店の商人の中には支援するものもいますが、その数は多くありません」
「呼応する大名はいますか」
「今のところはいません」
「家康さんはどうですか」
「動かないでしょう。家中で動くものもいるかもしれませんが、一向一揆での記憶が残ってるものも多く、呼応はしないでしょう。まして、勝ちが見えてこないのに動けないでしょう」
家康は動かなくても、不満のあるものが動くかもとは秀永が考えていた。直政はその最右翼だったが、軽率な行動はしないようだった。
忠興が色々画策し、暴発させようとしているが正信などが潰している。直政も動きを合わせようとしていなかった。まして、家康が動かない状況で、不満があっても徳川の家臣が動くはずはなかった。
「整理できるのは九州のみですか、ああ、忠興さんもでしょうか」
「力のある大名は整理できないと思います」
「仕方ありませんね」
乱世の生き残りで野心のある力のある大名は数少ない。政宗は国外への意識を向け、国内への関心は薄れた。上杉、前田、毛利は天下への意思はない。最大勢力の徳川は機会を狙っているが、危険を冒すことはない。
もし、秀頼に転生していたのならば、家康は前世と同じ動きをしたんだろうと思う。
「殿下」
「何かありますか、信繁さん」
「淀様に動きがあります」
「母上が」
「はい、忠興殿と治長殿を介して連絡を取っているようです」
「小太郎さん」
「はぐれの忍びを複数雇い入れているようです」
「……そこまで私が憎いのでしょうかね」
「……」
秀永の言葉に、皆沈痛な表情を浮かべた。
秀永に対する淀君の対応を思い浮かべ、みんな母親としての情の無さに腹を立てていた。
「小太郎殿、殿下の周囲の警戒を密にしてください」
「分かりました」
「清興殿にも含め、戦場での警戒も必要です」
「……これを利用して、豊臣家内部も正しましょう、利用できるものは利用します」
「……わかりました」
淀君や取り巻きの女官が政治に口を出してきている報告を秀永は聞いており、この機会に、不要な人員を整理しようと決心した。
「九州はどうなっている」
「はっ、義乗様が耶蘇の信者を掌握していると報告が来ています」
「……あの青二才が、掌握できるとは思えないが」
忠興は、家臣の報告に吐き捨てるように話す。
「まあ、没落したとはいえ、大友の家臣団が支えることが出来れば問題ないか。集合する場所はどこと言っているのだ」
「蜂起すれば、府内に信徒は集まり、神の兵になると」
「馬鹿か」
家臣の説明を聞き、こぶしを畳に叩きつけた。
家臣は、びくっと、体を硬直させた。
「愚かすぎる。馬鹿につけるものはない……、九州を混乱させたらよいか。肥前は大村や有馬の旧臣がまとめるだろうが、鍋島や立花に抑え込まれるだろう。やはり南蛮を待つべきだったか。いやしかし……」
忠興がぶつぶつと独り言を言い始めた為、家臣は何も言わず言葉を待った。
「黒田のじじいが九州に向かったはず。耄碌しても知恵はあるだろうか……そういえば、島津はどうなった」
「義弘様が、軍をまとめ肥後方面を北上しています」
「日向方面は無理か、やはり、大友の共闘は無理だったか」
島津を討伐、神の国を作るという野望の元、大友軍が南下し島津と激突した耳川の戦いの遺恨は残っているのかと、忠興はため息をついた。それだけはなく、義弘は耶蘇教はどうとも思ってはいないが、神の国を作るという妄想による寺社仏閣の破壊には、怒りを感じていた。
自尊心が強いだけの義乗と手を組めば、顎で使われるのが分かり切っていた。まして、戦も知らない青二才に使われることは義弘も納得しないと忠興は考えた。
「島津はどれぐらいの兵を出したのだ」
「義弘様の手勢、二千ほどになるようです」
「ちっ、義久は動かなかったか」
「はい」
「所詮は、田舎者の戦しかできない猪武者か、家中をまとめきれなかったか」
忠興の考えでは、島津を中核にして、大友や耶蘇教徒をまとめ、九州から豊臣系の大名を追い出し、九州をこちらの勢力でまとめ上げようと考えていた。
だが、島津は大半の兵は出されず、大友も肥前もばらばらになっている。
孝高が九州にいることを考えると、蜂起は失敗する可能性がある。義弘がもっと兵を率いていればと思い、義久を憎んだ。
「仕方あるまい、九州での動乱を各地の大名にばらまけ。豊臣の失政と、劣勢であることをばらまけ、愚かな民は動揺するだろうし、不満を持っているものは動くだろう」
「分かりました」
そういって、家臣は部屋から出て行った。
「畿内での蜂起を大きくしなければならん。わが子を秀永と挿げ替えて、天下を動かしてやる」




