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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第七十四話 利家

危篤状態で、他所の者を目通りさせれないのだが、秀永の名代として、三成が見舞の使者となって、前田の屋敷に入った。

沈痛な面持ちながらも、三成に警戒の視線を向ける家臣もいたが、跡継ぎである利長と利家の妻まつは、快く受け入れ、利家の眠っている部屋まで案内してくれた。

そこには、先に屋敷に来ていた寧々も座って待っていた。


三成だけではなく、お付きの者が入ろとするので、前田家の家臣は止めようとしたが、まつに叱責され三成とお付きとふたりで部屋に入った。

お付きの者が秀吉であることを、寧々からまつは説明を受けており、家臣に病床の利家の部屋の前で騒がないようにと、注意をして部屋に招き入れた。


秀吉が部屋に入り、枕元に座ると、不意に利家が眼を覚ました。


「藤吉郎か、迎えに来たのか」


そう利家はつぶやいた。

それを聞いた秀吉が、馬鹿者と泣きながら叱りつけた。


「槍の又左が情けない、しっかりせんか。逝くのは、まだ早いぞ。秀永を助けてくれると言ったではないか」


おぼろげな眼で秀吉を見ていた利家が眼を見開き、弱弱しくつぶやいた。


「生きておったのか」

「当たり前だ」

「俺をたばかったのか、つれない奴だな」

「致し方あるまい」

「……いぶり出すためか」


秀吉の考えを読み、利家は言った。


「そうだ、今ならば、まだ手助けができる。わしが死んで、幼少の秀永だけになれば、古狸や餓狼どものが動き出しおる」

「確かに、動いてる慮外者もいるようだ」

「家康あたりは、派手に動いてはいないが、隙があれば出てくるだろう」

「そうだろう。義元、信玄、信長様に鍛えられたあの者は油断できん。若造や辺境の者達とは違う。中央の動かし方が分かっている」

「お主が逝けば、秀永を支える柱が無くなってしまう」

「小六、小一郎が生きておればな……特に、小一郎は早すぎた」

「出自だから仕方ないが、我が一族は頼りになるものがいない。秀次は良くはなったが、政は出来ても、戦は無理だ。お主がうらやましいわ」

「ふふふ、昔の藤吉郎と話しているようだ」

「今更であろう、わしも表舞台から降りたのだから、それにお主よりも上になったからの」

「ぬかせ」


ふたりは顔を見合わせながら笑った。


「利長は有能だ。信長様にも認められる才はある。小一郎にも負けないだろう。だが、俺たちのような泥水をすすった経験がない。苦労知らずではないが、心が弱い。もっと早く、当主の座につけておけばよかったと後悔している」

「……」

「あやつは、天下を取るという心意気がない。そして、家を潰しても誰かを支える、泥水を啜っても、家を大きくするための気概はない」

「利政はどうだ」

「あやつも駄目だな。利長より戦の才はあるかもしれんが、当主としての器では利長に劣る。子を育てるのは難しいわ」

「あの死を覚悟するような修羅場を何度も経験し、信長様の威圧に耐える経験をしておれば……大抵のものは潰れるがな」

「確かな、だが……」


利家は、まつに眼を向けながら言った。


「まつが動けば、お主にとっては、不愉快になる動きをしたかもしれん」

「ふふふ、かかぁは、強いな」

「まったく」


顔を見合わせながら笑ったが、寧々とまつは、苦笑を浮かべた。


「しかし、お主が生きている以上、まつも動くまい」

「……寂しくなるわ」

「ふん、お主の所業を信長様に詫びておく必要があるだろう。そうでなければ、お主はあの世に来た時に斬られるぞ」

「ぬかせ、その前に、お前が権六に槍で突かれるのではないか」

「親父殿は、そんな心の狭い人ではないわ」

「それでは、信長様が心が狭いと言っているようなものだぞ」

「ああいえばこういう、口のへらんやつめ」


利家は、そう言いながら、瞼を閉じていった。


「少し疲れた。最後にお主にあえてよかったわ」

「わしもしばらくしたら逝くことになるだろう、寂しいだろうが待っていれ」

「ぬかせ……」


そういって、弱弱しい息をしながら利家は眠った。


秀吉があった翌日に、利家は息を引き取った。






「利家さんが亡くなりましたか」

「又左が先に逝くとはな……」

「危篤と聞いて、義母上と会いに行ったと聞いていますが」

「まあ、軽率だとは思うがな、数少ない生き残った友の死に際だからな。すまん」

「いえ、構わないのですが。お話は出来たのですか」

「ああ、しばし意識が戻ってな、わしの顔を見て、驚いておったわ。それで逝ったかもしれんな」


秀吉は、冗談を言いながら寂しそうな表情で話した。


「前田家は、利長さんが継ぐのですね」

「そうだな、だがこれで前田家は、当てにできない」

「……」

「古狸あたりが出てくればわからんが、まず裏切ることはないだろうが、利家のように積極的に動いてくれないだろう。まつ殿も家を残すために、こちらと手を切るぐらいの事はするだろう」

「前田の忍びも注意が必要だ」

「分かりました」

「古狸が如何動くか、幸い、佐吉や市松、虎之助との関係は険悪ではない。やつが付け入るほどの大きな隙はないが、今後の対応次第では、朝廷も含め、仕掛けてくるだろう」


「秀永様」

「どうしました、小太郎さん」


秀吉と秀永が話していると、小太郎が話しかけてきた。


「利家様の死を聞いて、忠興様が動きました」

「……予想より早いですね。南蛮の船はもう来たのですか」

「いえ、南蛮に頼るより、利家様の死を利用しようと考えたようです」

「細川の小僧の動きは」

「清正様や正則様など、三成様と関係が悪いと思われているもの達と連絡を取ろうとしているようです」

「ほう、豊臣の家中を割るか、まあ、ありきたりだが……あやつでは旗頭になれまい。二つに分け、その仲裁で影響力を手に入れるつもりか。古狸あたりも巻き込むつもりか」

「他にはありますか」

「耶蘇教徒に対しても、指示を出しているようです」

「諸大名の耶蘇教徒を煽り、家臣の対立を深め大名を割る気かな……」

「九州で騒動を起こしそうですが、畿内も怪しいですね。そういえば、前田家には、重友さんがいますが」

「今は、南坊等伯か、ふむ、どう動くかな。義理があるから前田家にとって、損になるような動きはしないと思うが、寧々からまつに探りを入れてもらおう」

「罠にはめられる可能性もあります」

「細川の小僧も、才はあるからな。利長がどれだけ家中を治めることが出来るか」

「小太郎さん、監視を強めてください」

「分かりました」






「皆さま、お集まりいただきありがとうございます」


茶室にて、茶の持て成しをした後、忠興は言葉を発した。

清正、正則、輝政、幸長、長政、安治、家政、嘉明らを集めて、利家の死から数日後、茶会を行った。


「それで、話があると聞いたが」


清正が忠興に聞いた。


「はい、最近、三成殿の専横が目立ってきたかと。殿下に取り入り豊臣の家政を壟断している事を憂いています」

「だからなんだ、何故、こんなところで話をするんだ。殿下に直接話せばよいではないか。利家様が亡くなられたから、何かするかと思っていたら、佐吉の事か」


忠興の言葉に、正則は興味なさげに話を返した。


「これは、豊臣家の柱石である正則殿のお言葉とは思えませんな。このままでは、三成殿に好いように、殿下が利用されますぞ。なき、大殿になんと申し開きすればよいのか」

「だから、不満があるなら、殿下に奏上しろ」

「何を、まだ幼少の殿下に奏上しても、三成殿が受け取って握りつぶすに決まっております」

「……お前、殿下を馬鹿にするのか」


秀永を軽んじる忠興の言葉に、正則は表情を変えて睨みつけた。


「そのようなことはない。しかし、殿下のお歳を考えれば、三成殿が殿下の名を使って勝手にしているのは、推測できます」


正則は右の眉を一瞬上げ、清正に顔を向けた。

清正は肩をすくめて、仕方ないという表情をした。

集まったもの達で、秀永と話をしたことはあるものもいるが、どのような人となりか理解している者は、清正、正則以外では、幸長と家政と長政は知っていた。

父長政から話を聞いている幸長と、父正勝の関係で秀吉に眼をかけられていた家政は、秀吉と会う時に何度か秀永と話をしていた。

父孝高の繋がりで長政は直接仕えた時期が少しあり、今の政策を立案、実施しているのが秀永と理解していた。

他の者たちは、聡明だとは思ってはいたが、年齢を考えて、三成などが補佐をしているのだろうと思っており、忠興の言葉を受け入れていた。


「馬鹿馬鹿しい、世話になった利家様の法要について、前田家とは別に行う相談かと思ったら、時間の無駄だ」


そう言って、正則は立ち上がった。

その態度に、日ごろから三成を批判している正則を焚きつけれると考えていた忠興の考えは外れた。内心焦りを感じていた。


「日ごろ、豊臣家の事、殿下の行く末を案じ、三成の専横を批判していた正則殿のお言葉とは思えない。何かありましたか」

「はん、何もないわ」

「清正殿は、どうお考えですか」

「そうだな」


清正は顎を撫でながら考えるそぶりをした。


「市松と同じだ。問題や不満があるなら殿下に奏上すればよい。このような処で話すことではない」


この言葉に、忠興は衝撃を受けた。三成批判の急先鋒の二人が、日ごろ不満を口にするのに、怒りを爆発させない。三成を生贄にして、豊臣家を弱体化させる策が成り立たなくなると焦った。


「お二人ともどうなされた。三成殿に篭絡されたか」


煽るように、忠興は言葉を発した。

清正は呆れた表情で、正則は小ばかにした表情で忠興を見た。

それに対して、忠興は腹を立て、顔を真っ赤にした。


「三人とも辞めろ。利家様が亡くなって間もないのに」


この中では、長老格ともいえる家政がため息をつきながら話した。

清正と正則の三成嫌いを知っていた為、皆、三成の専横を言い出した忠興の言葉に、二人は同調すると考えていた。しかし、そうはならずに、拒絶する態度を取ったため、様子見の状態になっていた。


「家政殿、失礼いたしました」


忠興は、家政に詫びを入れ、清正と正則を会釈をした。


「家政殿も、三成殿の専横について、思うことはありませんか」


その忠興の問いに対して、家政は答えた。


「特にはない」


それを聞いて、忠興は周囲を見渡したが、三人以外は、苦笑しているだけだった。

当初の当てが外れ、忠興はどうすれば挽回できるか考えた。


「まあ、市松、虎之助が言うように、殿下に奏上すればよい。いちいち佐吉の不満を此処で言う必要はないと思う。それに、文句があるなら直接佐吉にいうぞ、我々はな」


そう言って、清正と正則の顔を見て、家政は笑った。仕方ないという表情になり、二人も笑顔で答えた。


「せっかく集まったんだ。市松は座れ」


家政に言われて、しぶしぶ正則は座りなおした。


「利家様について、我々でできる供養は何か考えようではないか。それで、利長殿に伝え、殿下に裁可を頂こう」

「そうだな、法要は前田家が行ったから、供養塔か仏像、五輪の塔あたりはどうだろう」


家政が音頭を取って、利家についての供養を始めると、正則が案を出してきた。

それをきっかけに、忠興以外はどうするか話し合いを始めたが、忠興だけが、何も言わず、考え事をしていた。


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