第八話 幻影
※二千十六年十一月二日、誤字修正。
「もうすぐかしら、あの目障りな子がこの世から消えるのは……」
暗闇の中で、月明かりに映し出された表情は妖しい笑顔を映し出していた。
目の前には、後ろが透き通った姿の少年は儚い表情で微笑み佇んでいた。
その姿は、他人には見えないにも関わらず、その女性には実在していると認識していた。また、その少年を見えている時は、周囲の景色、人は曖昧な姿になり、色彩を帯びて存在しているのは、その少年と女性のみだった。
「秀勝、苦しいのですか。どうしたの、どうすれば治るの。そう、そうなのね、あの児が居るから苦しいのですね……そうですか……」
「かかぁが、苦しんでいるのか。だか、今は何もできん。岩覚に頼むしかないが、難しいか。おふくろに頼むにしても、すぐに移動することは出来ないか。何事もなければよいが……全ては、わしが悪い、かかぁに苦しみを押し付けてしまったか……すまぬ」
「信長様、罪深き所業、私は良い終りをしないでしょうな……ただ、織田家への忠信と、茶道への探求が残れば、悔いはありませぬ……」
「あの禿鼠、子鼠を害しようとする連中が身近にいるとは思っていまい。しかし、あの禿げ鼠が良からぬ事を企んでそうだな。一時の屈辱など、耐えれば道は広がる。今までもそうだった、そして、これからも……」
初老の男が、不気味に笑いながら、感情を抑え込みながらつぶやいていた。
寧々の言語不明な行動を見てから、岩覚は、鶴松の部屋の周りの警邏の巡回数を増やし、護衛の剣士以外の兵も増員した。兵たちには、寧々が来たとしても、無断で部屋に入れることを禁止し、必ず、連絡を入れることを言明した。
その様子を見ながら、宗矩は、この混乱をどのように利用するか思案しながら考えていた。柳生の進む道として、豊臣家につくか、徳川家に付くか、悩んでおり、徳川家に分があると判断して、現在協力している。ここで、鶴松が死去すれば、秀長亡き後、豊臣家の命運も尽きると考え、積極的に、不測の事態を利用しようと思案していた。その宗矩の思惑を知らず、兵助は、鶴松を守ろうと、必死に周囲に眼を光らせていた。
寧々は、夢うつつな表情をして、部屋で座っていた。
「最近、木下様の出世が著しいわ」
「そうよね、信長様ならもっと引き上げてもらえるかもしれないよね」
「もう少し早く、こなをかけておけば良かったわ」
「身分のある方に近づくのは難しいから、低いうちから繋がりがあれば、良い生活も出来るだろうしねぇ」
「あら、でも、今からでも間に合うのではないかしら」
「どうして?」
「だって、未だに、後継ぎも産まれていないから妾になって、後継ぎを産めば、正室になれるかもしれないじゃない」
「え?まだなの、木下様に問題が?」
「かもしれないわねぇ、木下様は手が早いと聞いているしね」
「でも、寧々様の方に問題があるのかもしれないわよ」
「かもしれないわぇ」
「私ならひとりでもふたりでも産むのに、今からでも声かけてくれれば」
「でも、木下様に抱かれるのかぁ、考えると、ちょっと」
井戸の周りにある長屋の嫁たちが集まる場所での会話や笑い声が、寧々の住んでいる部屋中にも聞こえてくる。
秀吉が出世行く度に、周囲からの嫉妬の視線やすり寄る者たちが増えてきた。隣に住んでいる前田利家の妻松に相談したりして、心の負担を軽減し乗り切ってきた。母に相談したいが、秀吉との結婚の際に縁を切られたような状態になってしまった。秀吉の母なかとは仲が良いため、相談したいが、住んでいる処までは距離があり、気軽に行くことが出ない。
周囲には明るく振る舞っているが、何時も子供が産めないことを悩み続け、一人になった時に、気が落ち込み、言葉にできない精神状態に落ち込んでいた。
まだ、若い、若いからまだ産める可能性があると思って、気を奮い立たせていた。
「寧々よ、今は、ゆっくり休め、お前だけの体だけが心配だ」
「旦那様、すみません、すみません……私は、私は……」
「構わぬ、流れてしまった子は残念だが、お前が無事だったことが嬉しいよ、だから、今は休め」
「すみません、本当に、すみません」
子どもが出来た報告をした際に、元服すれば人に秀で、相手に勝つとして、秀勝と名付けようと満面の笑顔で喜んでくれた秀吉の顔を思い出し、寧々は嗚咽しながら泣き続けた。
初めてできた子ども、でも、この世に生を受けなかった子ども。
「ご、ごめんなさい!!!う、う、くぅ……」
「寧々よ、あの時の我が子が、この城を与えてくれたぞ!あの子は、わしを守護してくれておる!わしらの中に生きておるぞ!」
「旦那様……」
秀吉は、寧々が流産した後、寧々以外の女性と数名の子をなしたが、すべて、夭折するか流産してしまっていた。生活水準も衛生環境も悪い時代だった為、新生児の死亡率も高かった。
夭折や流産が父母だけの原因とは言い難いが、周囲は母親の責任として、責めを行うことがあり、最悪の場合、離縁ということもありえた。
秀吉が出世していくにつれ、娘を差し出してくるものも多く、また、秀吉自身も遊女などに行くことも多かったが、寧々と別れることもなく、大事にされていた。
その秀吉の心遣いに何時も心癒されていた。しかし、それだからこそ、寧々は自分を責め続けていた。
「……」
「寧々……」
寧々は二度目の流産を経験した。その際、一時期、命が危険な状態に陥ってしまった。でも、寧々は自身の命より、流産により、子どもを産めなかった事により、精神が一時閉じてしまった。
自分を責め続け、責め続けた後に出来た子どもに、寧々は狂喜乱舞した。しかし……
一カ月ほど、寧々は寝込み続けた。寧々の状況を聞きつけて、松が駆けつけてくれ、看護をしてくれた。主君である信長も気を使い書状を送ってくれるなど、周囲からの手助けを受けて、寧々も日常に戻れるようになっていった。
寧々は、日常生活に支障はなくなったが、それでも心は沈んでいた。秀吉の母なかも駆けつけてきてくれて、落ち着き始めたと思った時に、実母朝日から手紙が来た。
その手紙を読んだ時、寧々の心は壊れてしまった。
「寧々、起きた」
部屋から返事がなく、また寝ているかと思いながら、戸を開けたが寧々はいなかった。
「何処に行ったのかしら」
何時もなら、すぐ戻ってくると思って部屋で待っていたが、胸が騒いだ松は、寧々を探しに行くことにした。出会った者たちにも聞いたが誰も見ていないと返事を受けた為、さらに不審に思った。流産をした女性が悩み落ち込み自殺したことを聞いたこともあり、危機感を募らせた。考えすぎかもしれないと思いながらも探していなかった城の古井戸に向かっていった。緊急時以外使われることもない、人の寄り付かない場所にある古井戸は、人に見つかることもない場所だった。
誰も見ていないことを考えればと思い駆け出して向かうと、其処には、今にも飛び込もうとしていた寧々がいた。叫びそうになるのを抑え、駆け出し、寧々を引き倒し、井戸から離した。
「寧々!何をしているの!馬鹿なことをしないで!」
「松……私は、私は生きていては駄目なのよ……」
「何を言っているの!藤吉郎様は、あなたに生きてほしいと思ってるのよ!私も、あなたに生きてほしいのよ!」
「でも、でも、私が、私が生きていたら、私のせいで子どもが死んだのよ……う、うくぅ、うぁぁぁ」
泣き崩れる寧々を松は受け止め、背中を擦って落ち着くのを待った。その時、古井戸の近くに落ちている書状が気になったが、あえて寧々に聞くことはなく。
しばらくして落ち着いた寧々を部屋に送る際に拾い懐にしまった。
「そうか、松殿、ありがとうございます。この恩はきっとお返しいたします」
「お気になさらずに、藤吉郎様」
事の顛末を聞き秀吉は松に頭を下げた。
そのこと聞きながら、手にした書状を秀吉に渡した。
「藤吉郎様、この書状が寧々様に送られてきたのが、今回のきっかけかもしれません」
「これが?」
書状を受け取り読んでいく秀吉の表情が固まった。
「これは、いつ来たのですか」
「当日だと思います」
「そうですか……」
そう秀吉は言うと、畳に殴るようにこぶしを落とした。その姿を見ながら、松も怒りの表情を浮かべえていた。
「これが、この所業が、実の母のすることか!」
「……」
書状は寧々の母からだった。
”親のいうことを聞かず、下賤の男と祝言をあげるから、ご先祖様が怒り子どもがその報いを受けて死んだんだ。孝心のない子どもは不幸を呼び込むもの。もう家に近づくな、穢れ、災いが訪れる。二度と敷居を跨ぐことは許さない。”
実の母からの書状により、寧々の心が傷ついたことは想像にしがたい。
だが、秀吉は一方で、この書状の出所が本当に、実の母か疑問にも思った。出自から、秀吉を不愉快に思っている者たちもおり、陥れるための策動も多くなってきている。他国からの策謀もあり、単純に判断できない。
「松殿、この件は内密にお願いいたします」
「はい、分かっております」
「それと、この書状の出所も調べておきます」
「お願い致します」
「いや、こちらこそ、申し訳ござらん。寧々のこと、よろしくお願いいたします」
「はい」
寧々のことを、松に託し利家に詫びの書状を出した後、書状についての出所の調査を家臣に指示した。
これ以降、秀吉は寧々の体と心を考え、子どものことは言わなくなった。
(秀勝……)
寧々は、つぶやき続けていた。
深夜を過ぎ、深淵に包まれた時刻、大坂城の鶴松のいる部屋に誰かが近づいてくるのを見て取り、警護の兵が不審に思い確認を行った。
「そこの者、此処は鶴松様の寝所である。早々に立ち去られよ」
その兵の言葉に反応することなく、近づいてくる。
兵はますます不振に思い、柄に片手を乗せ再度、忠告をする。
「それ以上近づくな」
近づいてくる人影が蝋燭と月の光により、はっきりと浮かび上がってくる。
その顔を見て、兵を慌てるが、警戒は解かずに声をかけた。
「寧々様、このような夜分、如何なされましたか」
「寝顔を見に来ました」
「孝蔵主様は、ご一緒ではないのでしょうか」
「ええ」
兵は、城内の警護もしており、気さくな人柄で知られる寧々とも何度か会話をしたことがある。
しかし、今の寧々の顔は何処か陶酔しているような、現世に心あらずのような表情をしており、眼も焦点があっていない。兵にも不信感と胸騒ぎを与えた。また、警護責任者である岩覚からも、夜など不審な時刻の寧々の行動にも注意するよう言われており、兵は鶴松への扉の前に立ちふさがりながら、問いかけを行う。
「鶴松様はお休みしております。寧々様もどうぞ、お休みください。寝顔でした、昼寝られている時に来て頂きたいのですが」
「今見ることはいけませぬか」
「申し訳ございません。お役目にて、夜には誰も寝所に入れるなと言われておりまして」
兵が、入ることを拒み、宥め拒絶していると、目と口角がつり上がり、寧々の表情が一変した。
あまりの豹変ぶりに、兵は恐怖に心を捕らわれたが、お役目もあり、必死に留まるように説得を重ねた。
「お、お待ちくだされ、鶴松様が起きられます!」
「そ、そうです、岩覚様に問い合わせますので、しばく、しばらくお待ちくだされ!」
兵はそう叫びながら、必死の形相で叫んでくる寧々に、必死に抵抗する。寧々の表情は、殺気が籠っており、その雰囲気に呑まれ膝がガクガクしながら、立つことも兵は苦しみながら悲壮な表情で、押しとどめていた。
その時、鶴松の寝室から一人の武士が出てきた。
「何事かあったのか」
「こ、これは柳生様、寧々様が……」
宗矩は、廊下での叫び声から寧々が来たことを察していたが、あまりにも普段と違う雰囲気の為、眼を疑った。
「寧々様、どうなされました」
「……」
「鶴松様に、お会いしたいと言われるので、御止めしているのです」
兵を一瞥し、寧々に向き直した際、香の匂いか薬草の匂いが一瞬して、宗矩は眉をひそめた。少し考えるそぶりをしながら、返答をする。
「分かりました。お入りください」
「……」
入れるとわかった途端、寧々の表情は陶酔した表情にあり、部屋に入って行く際に声をかけた。
「部屋にいる者たちを全て、出してください。二人だけで会わせてもらいます」
「そ、それは!?」
「分かりました。兵助!部屋から出てこい、寧々様が入られる」
「や、柳生様、岩覚様からはそのような命令はされておりませぬ!」
「寧々様のお言葉だ」
「な!?」
「叔父上、如何なされました。宿直の役目は終わっておりませぬが」
「寧々様のご命令だ、部屋から出よ」
「何をおっしゃってるのですか」
「子供であるお主が気にする必要はない」
「叔父上!」
「判ってると思うが、皆の者入ってくることは罷りなりませぬ」
そう言い残し、寧々は部屋に入って行った。その様子を見た、兵は、その場を離れて駆け出して行った。
残ったのは、無表情な宗矩と、悔しい表情をしている兵助が立っていた。
部屋に入った、寧々は寝ている鶴松を見続けていた。
何も話しかけることなく、涙を流しながら……
一刻ほどたち、兵を引き連れた岩覚と左近がやってきた。
鶴松の部屋の前には、瞑目しながら立っている宗矩と、それを睨み付けた兵助が立っていた。
その宗矩に、岩覚が声をかける。
「宗矩殿、兵から話を聞いたが、何故、宿直の役目を放棄されておられる」
「岩覚様、寧々様がそういわれたからです」
「殿下からの命令は、鶴松様から離れるなとの事、それをないがしろにされるのか」
「寧々様のお言葉は殿下と同じ、その方の命令を抗ずるのは不可能です。それに、あの時、無理に止めたとしても強引に入られたでしょう。防ぐならば、寧々様を傷つける恐れもあります」
「鶴松様の護衛は、殿下の命令です。入れたとしても、護衛を離れ部屋から出るのは問題ではないですか」
「ぎゃ……」
岩覚と宗矩が言い合いをしている時に、一瞬鶴松の叫びが聞こえた。
その声を聴き、左近が動こうとすると、宗矩は柄に手をかける。
「宗矩殿は、どいていただけませんか」
「寧々様の言いつけです。どなたも部屋には入ってはいけませぬ」
「叔父上!?」
「左近殿、関係ありませぬ。入ってください!」
その岩覚の命令に、左近は動き、刀を抜き放ち宗矩に居合で抜き放つ。
宗矩も居合で、左近の刀を弾く。左近は、剣術ではなく、戦場で鍛えた技で、四方八方から剣戟を加えるが、すべて、宗矩は弾いていた。しかし、宗矩も弾くことは出来ても、力量不足で、防戦一方であった。
その隙を突き、岩覚と兵助が部屋に飛び込み見たのは、”秀勝、秀勝……”と呟き、涙を流しながら鶴松の首を絞めている寧々の姿だった。
涙を流しながら鶴松の首を絞め、虚空を見上げるその姿に、兵助と岩覚は戦慄を覚えた。常ならぬ状況を見て、動きが止まったが、岩覚は意識を取り戻し、寧々に近づき鶴松の首から手を外そうとするが、女性とは思えない力で取り除くことが出来ない。その姿を見た兵助が、すぐさま近づき、寧々に当て身をし、一瞬にして意識を飛ばした為、岩覚は鶴松と寧々を離すことが出来た。
「鶴松様大丈夫ですか!だれか、御典医を!」
寧々が入ってきた時、鶴松は寝ていて、入ってきたことに気が付かなかった。自身に危険が迫ったことを理解しても、幼児の状態では、深夜まで起きることは不可能だった。
外での言い争いから覚醒し始めた時に、首を絞められていた事に気が付いた。
(な!?何で、寧々さんが居るんだよ!柳生コンビは何をしていたんだ!?ち、く、首に手が!?お、大声を!?)
「ギャッ」
(く、苦しい……抵抗が出来ない、た、助けてくれ、寧々さん、寧々さん、正気に戻って……よ……こ……こ、し……ぬのか……)
首を絞められ、鶴松は意識を失った。
寧々は鶴松を見ず、その先にある場所を見つめていた。其処には、鶴松を睨み付け、恨みを籠った表情をした少年が立っていた。
宗矩は、兵助、岩覚が部屋に入ったことに一瞬意識を移した時、一瞬の隙が生まれた。その隙を、左近は見逃さず、上段からの一撃を宗矩に振り落す。それを見た宗矩は、渾身の力で受け止めたが、腕が痺れてしまい身動きできない。そのタイミングで、左近は、刀を離し、顔を殴りつける。宗矩は避けることが出来ず、殴られ吹っ飛ばされ壁にぶつかる。
「お主ら、宗矩殿を捕縛しろ!」
「は、はい!」
縄により宗矩は、縄で縛られたのを確認し、左近は、部屋の中に入って行った。部屋の中は、寧々が寝かされており、岩覚と兵助が必死に鶴松に呼びかけていた。
その姿を見て、左近は、鶴松に近づき息をしているか確認した。
「左近殿……」
「しばし……」
左近は、鶴松を仰向けにし、気道を確保する。その後、軽くほほを叩き、覚醒を促した。しばらくすると、鶴松はうめき声をあげはじめた為、岩覚も兵助も安堵する。
「絞めるのを素早く止めた事と、寧々様がそれほど強く絞めていなかったのではないかと。その為、一時的に、意識を失ったのかもしれません」
「そうですか、後は、御典医に見て頂きましょう」
「そうですな、兵助、良くやった」
「いえ……」
兵助は、左近から褒められたが、宗矩の事があり、素直に喜べなかった。場合によれば、柳生家取り潰しの可能性を考えて落ち込んでいた。
その姿を見て、岩覚が声をかけた。
「兵助殿、あまり気になさりますな。殿下に取り成しは致します。宗矩殿がどのような処遇になるかは不明ですが、柳生家に類は及ばないように致します」
「岩覚様、申し訳ございません……」
「左近殿、後は頼みます」
「はっ」
(宗矩殿と家康殿との繋がりは判っては居たが、この段階で、行動をするには危険が高すぎる。行動した真意は何処にあるのだろうか。こちらへの探りか、それとも、何処まで踏み込めるか……いや、それにしても危険すぎる賭けだ……)
岩覚は、宗矩の行動に疑問を感じていた。若さゆえの短絡な行動と言うには、宗矩は愚か者ではない。だからこそ、何があったのか疑問を考えながら、御典医に鶴松を任せ、秀吉に書状へ手紙を出すために、部屋に戻って行った。
眉間に皺を寄せながら、秀吉は大坂より送られてきた書状を読み、眼を落していた。
「殿下、どうなさいましたか」
三成が声をかけるが、秀吉は反応せず、沈黙を続けていた。表情は暗く、思いつめた表情をしていた。三成がそのような表情を見るのは、信長が本能寺で討たれた時以来だった。
「……佐吉、寧々が鶴松を殺そうとしたそうだ」
「な!?つ、鶴松様は!」
「大きな声を出すな……」
「す、すみませぬ」
「鶴松は大事ないようだ」
「そうですか」
その返答を聞き三成は胸をなでおろした。しかし、事の重大さに気が付き苦い表情をする。
「……殿下」
「わかっておる。しかし、今は、小田原を何とかしよう。対応はそれからだ」
「……はっ」
(寧々、お前をそこまで、わしは追い詰めていたのが、すまぬ……)