第六十九話 話合
大坂城の一室に、慌ただしく清正が入って来た。
「佐吉、大殿は大丈夫か」
その言葉と同時に、正則が障子を開ける勢いで、庭に飛ばしながら飛び込んできた。
「佐吉」
「お主ら静かにしろ」
「そんなこと言ってられるか、どうなんだ」
今にも掴みかかりそうな勢いで、二人は三成に突進する。
どこから取り出したのかハリセンを手にして、三成は二人の頭をはたいた。
「何をする」
「そうだ、ふざけている場合ではないぞ」
「いい加減に落ち着け、話もできないではないか」
「しかしな」
「しかしもかかしもあるか、話が出来ん、何故呼んだか説明できん、座れ」
三成の言葉に、二人は顔を顰めたが、しぶしぶ、座った。
「座ったぞ、早く言え」
「大殿は無事だ」
その言葉に、二人は胸をなでおろした。
「だが、予断は出来ん」
「そうなのか」
「ああ、大殿もお歳だ。今は話すことが出来ているが、言葉がはっきりとは話すことは出来ない」
「……」
「次倒れたら、危険だそうだ」
「それは、誰の言葉だ」
「殿下だ」
「……」
「ふむ、お主たちは信じられんか」
「いや、それは」
「まあ、お主たちは、殿下を身近にみているわけではないから信じられないかもしれんが、曲直瀬に医術の手ほどきをしたのは殿下だぞ」
「まさか」
「医術、薬術など、明の書物以外にも、新しい施術を教えている。学校を作り、医師を育てることを提案したのも殿下だ。独自の技術を持つのは良いが、基礎の技術は教えるべきだと。間違った治療は、不幸しか生まないとな」
「確かに、消毒や治療、薬なども広まっているな」
「そうだ、殿下の指導がなければ、船でも国の外でも、病に苦しめられただろう」
「しかし、腹を切り開き、臓物を取り出すとか、色々噂があるぞ」
「その話は間違いではない」
「なに」
「殿下の言うところでは、漢方などの薬だけでは治らない場合もあり、外科というらしいが、直接、病の元を切り取る必要がある場合もあるらしい」
「そんなことがあるのか」
「説明を受けたがにわかには信じられないし、理解もできなかったがな」
「お前が理解できないなら、俺には理解できないな」
「市松」
清正はあきれながら、正則を見た。
「他の連中には、伝えたのか」
「孝高殿、家政殿には伝えた」
「他には」
「伝えておらん」
「信用できんか」
「病状を伝えるのは、難しいところだ」
「且元殿、長満や孫六には伝えても良いのではないか」
「殿下の容態は伝えた」
「ん、どういうことだ」
三成の話し方に二人は違和感を覚えた。
「何を言っている」
「説明しろ」
「分かっている。今、殿下と孝高殿、岩覚殿が話し合っておられる」
「何をだ」
「大殿から今回のこと、直ぐに周囲に知られるだろうと言われていた。元々、政務から離れて、床につくことが多く、病が重いと周囲は思っていた。その為、今回、倒れられたことで、先が短いと考えるだろうと。病は落ち着いておられるが、油断を出来ない事を考えると、あながち間違いではない」
「佐吉」
三成の言葉に、正則がにらみつける。
「だが、最悪の事態を想定しなければならない。殿下のご年齢を考えれば」
「それはそうだが」
「……それで、大殿はなんと」
「今回の事で、亡くなったと公表しろと」
二人は眼を見開いて、三成を見た。
「それは」
「思い切った手だが、危険ではないか」
「私は反対したが、大殿の言葉に、殿下は頷かれた」
「なんと」
信じられないような表情をして、正則は三成を見た。
「殿下は何故、そのようなことを」
固まった表情をした正則を置いて、清正が質問をした。
「大殿も何れ亡くなる。いや、病に倒れたら暗躍するもの達も出てくる。己の年齢を考えれば、侮ってくるものも多いだろう。その者たちをまとめて、挙兵するものもでるかもしれない。ならば、それを炙り出して討つと」
「……しかし」
「そうだ、危険が高い。我らが力を合わせたとしても、どうなるか」
「殿下も分かっている。ならばこそ、外に兵を出し、懐を豊かにすることにより、不満を和らげようとしているが、時間がない」
「そこまで危険か」
「そうだ、諸大名も庶民も今の状況を喜んでいるではないか、不満があるか」
「ある」
「ほんとうか」
「考えてみろ、外に出ることを喜ぶもの達ばかりか」
「領地が増えるならば、喜ぶのではないか」
「殿下に言わせれば、己の土地を守ることに汲々とし、外に出るよりは国内で土地を増やすか、今の立場を守るか。まして、外へ出ることへの不安を持つものもいるだろう。全大名が成功するわけでもないからな」
「固執するものは居るだろうが……」
「見える不満ならば分かり易いが、裏で隠れた不満は見えない」
「そんなことを考えている者がいるのか」
「分からない、分からないからこそ、炙り出す必要がある」
「そうか」
「お主たちにも声をかけてくることもあるだろう」
その言葉に、清正はにやりと笑った。
正則は不満げな表情を浮かべた。
「俺たちが、殿下を豊臣家を裏切るとでも思っているのか」
正則は憤慨しながら吐き捨てた。
それを苦笑しながら清正は言葉を繋いだ。
「俺たちは豊臣を、大殿、殿下は裏切らない……が、だろ」
「そうだ。裏切らないが、私に対してならば、そうではないだろう、市松」
「む」
三成に言われて、正則は言葉を詰まらせた。
「市松だけではなく、少し前の俺ならば、そうだったろうな」
清正の言葉に、三成は顔を左右に振った。
「今は、大殿がいて、殿下がいるから収まっているが、大殿が亡くなれば、私に対する感情がどうなるか判断できない」
「そこまで、俺は愚かでは無いぞ」
「分かっている、分かっているが、感情は理性を越えることもあるからな。そもそも、毛嫌いはなくなったが、そりは合わないだろ」
「まあ、それはな」
「だがな、殿下が居る限り、お前と事を構えることはない」
「敵対するものは、そこを突いてくるだろう」
「馬鹿にするな、口車に乗せられるか」
「……市松はなぁ」
「そうだなぁ」
「虎之助、お前もか」
清正の言葉に裏切られたという表情を正則に浮かべた。
「そこでだ、お主たちに頼みたい」
三成の言葉に、二人は声を向けた。
「なんだ」
「誘いがあれば、乗ったふりをしてほしい。虎之助」
「俺は」
正則が声を荒げた。
「お主は無理だ、素直すぎる。まして、酒が入るといらぬことを言う恐れがある」
「なんだと」
正則はにらみつけるが、三成は気にしない。
「確かに市松は、腹芸が出来ない」
「そうだ、それは良いところなのだが、こういう場合は裏目に出る」
「ぬ……」
「だから、虎之助に同調するようにすればよい」
「そうだな」
「納得できないが、分かった」
「情報のやり取りは、殿下の忍びを繋ぎに入れる」
「分かった」
「市松は動くなよ、炙り出せなくなる」
「くっ、分かった」
「殿下たちも後で来られるので、話を詰めよう」
「分かった」
正則は、不貞腐れたように頷いた。
「しかし、大殿はどうなるのか」
「亡くなったとして、葬儀を行う。そして、有馬あたりで養生することになっている」
「温泉か」
「そうだ、北政所様も一緒に養生してもらう予定だ」
「……」
「ならば、ゆっくり養生できるように殿下を支えねばならんな」
「そうだ」
「石川殿も含め、体制を整理しているところだ」
「ふむ」
「気を引き締めなければならない」
「分かっている」
「そうだな」




