第六十八話 動静
「どうした小十郎」
「日本からの書状が何通か来ております。ご確認お願いします」
その言葉に、頷き、政宗は景綱から書状を受け取った。
国元の書状には、豊臣から提供された農機具や作付けの方法により、順調に作物が育っていることが書かれていた。外征により不逞の者や不満があるものを外へ出すことにより、治安も安定しているとも書かれていた。
「藤五郎からの文句が一番枚数が多いんだが……捨てるか」
その言葉に、景綱はハリセンを出して、政宗を張り倒した。
「っ、痛いな」
それに対して、政宗は怒鳴るが、景綱は涼しいかをで受け流した。
周囲も気にすることなかった。
「殿、ほかには」
「……大殿の体調がすぐれないみたいだな」
政宗の言葉に、場が張り付いた。
「どれほどのもですが」
「寝てる日が多いようだが、重篤ではないようだ。だが、政務は殿下や三成などに任せることが多いとうわさになっているらしい」
「なるほど」
「それで、家中の者たちに接触してくるものが出て来てるようだが、藤五郎がにらみを利かせて相手にしていないようだ」
「確かに、いらぬ誤解は不要ですな」
「しかし、この頼りは数か月の前の話、情報が古い。現状どうなっているか、此処からでは素早い対応は難しい。殿が居ない以上、国元も対応できません」
そう言って、景綱は政宗を見た。
その視線に、政宗は顔を歪めた。布哇の諸島に侵攻し、現地の住人を懐柔し、反抗するものは潰して、支配地域を順調に広めており、終わればさらに東へと考えていた。それがとん挫すると思うと、不機嫌になる。
「小十郎分かっている。いったん戻るしかあるまい。こちらで独立して国を建てても良いが、国元にも一族や家臣が居る。ほっておくこともできまい」
普段ふざけて、女好きで、わがままな政宗だが、決断と判断についてはだけは、景綱は信頼していた。
「綱元、重宗」
「はっ」
「お主らは、此処に残り、支配を安定させろ」
「分かりました」
「常長、宗時」
「お前らも残って、二人に従い学べ」
「分かりました」
政宗から残るものや、帰国するものを振り分け、東への中継点となるように、整備をすることを命じた。
「しかし、一番大きな島を豊臣に取られるのは、悔しいですな」
宗時の言葉に、何人かは頷いた。
人を出した割には、得るものが少ないと思う者達も多い。日本から離れているのならば、勝手に支配しても分からないと考えている者が多かった。
その考えに、政宗は同意しつつも、同調はしなかった。
「宗時殿」
「なんですか、景綱殿」
「確かに、兵は出していますが、此処までどうやって来たか思い出してはどうですか。これから東へ行くにしても、どうやっていくか」
「む……」
景綱の言葉に、宗時は口を曲げた。
秀永の記憶と南蛮船をばらした設計を元に、豊臣家によって外征用の船が作られ、各大名に提供されていた。
日本の海賊などをすべて、豊臣が統括するようになり、船員も含め、豊臣家の者たちによって運営されていた。外征用の食糧の提供や、農作物の作付け技術、作物の提供、農機具の提供など、豊臣家からの支援がなければ、立ち行かなくなっている。
実力行使で、船を抑えようとしても、大砲に関する運用や、航海技術もなく、船だけ手に入れても役に立たない。船が帰国してしまえば、孤立してしまうことは分かっていた。
負担をして、抑えたところを取り上げられるわけではない。抑えたければ、豊臣家が負担したものを返せと言われれば、外征で得たものをすべて手放しても、足りないことは、皆分かっていた。
「分かっているが、もやもやするのは仕方ないではないか」
「まあ、この場は家中の者だけだから良いが、外では言うなよ」
「殿、俺はそこまで分別がないわけじゃないですぞ」
「何を言う、粗忽ものめ」
そう言いながら、宗時を気に入っている政宗は、笑い出した。
「綱元、しっかり頼むぞ」
「はっ」
「安定させれば、文句も言われることもない。現地の者たちを取りこめ」
「分かりました」
「殿下の言葉ではないが、我々の言葉や文化を取りこんだもの達に教えろ」
「現地の言葉、風習、言い伝えも集め、まとめておきます」
「ああ、頼んだ。俺が戻って来た時、東へ進める準備を整えておけよ」
政宗は、船が入れ替わる時に、日本に戻る船に乗り日本へ戻っていった。
「母上、叔父上からはなんと」
「大殿の体調が悪いので、駒と殿下の祝言がどうなるか分からないようです」
「戻った方が良いのでは」
「愚痴だけで、兄上ならば問題ありません」
「私は戻りたいのですが……」
義康の言葉に、義親も力強く頷いた。嫡子と次男を妹の元に送り、何がっても守り通せと厳命された二人は、早く国元に戻りたいと切に願っていたが、義姫無視した。
「政宗は東へ、最上は西へ、影響力を広げるのは今しかないのです」
そう言い、甥の二人を睨みつけた。睨みつけられた二人は、肩を落とした。
「クチュム・ハンは、遊牧民の力強さを取り戻しつつあります。こちらの鉄砲の運用も取りこみながらコサックや、ロシアの軍を抑え込んでいます。ここで、我々が揺らげば、シビル・ハン国は揺らぎます。義康、お主は、クチュム・ハンの娘を貰い受けたではないですか」
「いや、まあ、そうなんですが」
「女真や、モンゴルの者たちも抑え、取りこむ必要があります。政光」
「はい、母上」
「女真、モンゴルを抑えなさい」
「分かりました」
「義康はロシアを、義親は私の元に居なさい」
「はい」
義親は元服前にも関らず、義姫を助けろと言われて、送り出されて、泣きそうになっていた。義姫は無理はさせず、教育を施すために手元に置いていた。
義光は、戦の収まった国内よりも、国外に出すことにより、視野と経験を積ませようという考えを、義姫はくみ取っていた。
「殿下から兵站について、資料をもらったが、輜重との違いがいまいちわからない。しかし、物資の輸送、兵の移動が大事なのが実感できる。ここまで戦域が広く、シビル・ハン国への支援も考えれば、今までのように現地で集めるなど不可能。まして、この周辺はそこまで豊かではない略奪で兵は養えない。日本での戦の仕方と違い過ぎる」
日本にはない広い大地のでの戦いは、日本ではあり得ない。その為、兵の運用も違い当初は戸惑いも多かった。
シビル・ハン国から物資の支援と交換して、武官を派遣してもらい兵を鍛え、家臣たちも学び鍛えられた。明からの逃れて来た者たちを雇ったり、新たな戦の仕方を吸収し続けていた。
「此処に居る者たちは、日本にいる者達とは違い、戦巧者になっているのは間違いない。間違いないが、日本の土地で生かし切れるものが少ないのが残念だ」
そう義姫は言いながら政光たちを見た。
「しかし、母上、兵の運用、物資の輸送など、生かせるものも多いです。まして、これからは、国内ではなく、国外の戦いが多くなるはずです」
政光の言葉に、義姫は顔を左右に振った。
「まだ、国内は落ち着いていません」
「まさか」
「大殿が亡くなれば、一波乱あるかもしれません」
「……」
「家康殿を始め、元亀・天正を生き抜いた古豪が息をひそめて、機会を伺っているのです。それに、政宗もです」
「兄上が……確かに、そうかもしれません」
「殿下が、もう少し早く生まれておれば、安定していたとは思いますが……。義康」
「分かっております。細川から来た書状は、お渡したもののみ。勝手に動きません」
その言葉に義姫は頷いた。
「お主たちも勝手に動かないように、家臣たちにもしっかり生かせるように、分かりましたか」
「はい」
義光から徳川の井伊が家臣と接触してきていると書状に書いてあった。それが、家康からの指示なのか、井伊が勝手に行っているのか、判断が出来ないとも書いてあった。
家康が三成に責めるような行動を今とるのか、疑問に思える。
寵臣であっても、問題があれば非常に捨てるだろうが、判断を間違えると家を潰されかねない。駒姫が秀永と婚姻しているとはいえ、油断はできない。
この地で力を蓄え、潰されないだけの力を持たなければならないと義姫は考えた。
「豊久殿、殿からはなんと」
高山国の島津が治めている陣屋にて、国元の義久から送られてきた書状を豊久は読んでいた。
「大殿が体調を崩しているという噂は本当らしい」
「真で」
「ああ、しかし、意識はしっかりしているようで、忠棟殿が話をしたらしい」
「……」
忠棟の名前を聞いて、周囲は嫌な表情を浮かべた。
三成と親交があり、豊臣に近すぎることに、島津家中では不満が出ており、裏切り者と言われていた。
義久は危機感を持っていたが、義弘は間諜として使えばよいと言って容認していた。
周囲の雰囲気を無視して、豊久は話を続けた。
「国元は気にせず、こちらに集中しろとある。安定させて、先に進んで行けと」
「それはもちろんですが、また、戦乱に戻るのでは。戻って力を蓄えた方がよいのでは」
「商売で儲けて、力を蓄えるべきだ。直ぐに何かが起きるわけではないだろう。叔父上たちがいる以上、問題はない」
「しかし、送られてくる情報はかなり前のもの、刻を逃すのでは」
「慌てたところで、何も得られん。老臣たちも叔父上たちを支えている、気にするな」
そう周囲に者たちを、豊久は宥めた。
義久、義弘や二人を支えた家臣も残っている、そこは豊久も安心している。
しかし、義久と義弘の考えの相違から溝が出来ていると聞いている。義久は唯々諾々とはいえ、現状維持で島津の発展を考えている。それとは違い、義弘は積極的に打って出ようとしている。
危ない橋を渡り、野心を隠し切れない忠興や、古豪の古狸家康、病床とはいえ油断の出来ない元親などと、連絡を取り合っていると聞いてる。
三成あたりが知れば、義弘の命も失いかねない。
まだ早いと、忠告したが、そこまで深いやり取りはしていないから大丈夫と返事が来たが、気が気でない。
外に出たから実感する。周囲に敵しかおらず、見方も支援もない土地でのいくさ。豊臣の水軍の力、物資の支援など、その力を見せつけられた。
もし、豊臣の水軍が国元に向かえば、国元は火の海になり、滅びる未来しか見えない。薩摩隼人として、死力を尽くし、一人でも道連れにとは思うが、無駄死するしかない。
豊臣と互する為に、外で土地を得、商売で武具を作り、力を蓄える必要がある。
義弘からは、南蛮と極秘に話をしろと言われているが、やつらは信用できない。足元を見て鉄砲や煙硝の値段を上げ売りつけてくる。あの目つきは、見下している奴の目だと感じていた。
使えるものは使えとは考えるが、大友の惨状を思えば、劇薬にしか思えない。家臣たちが惑わされないように、しなければならない。
国元は叔父二人に任せて、己がやるべきことをするしかないと豊久は気を引き締めた。
畳の上の日本地図を見ながら、秀永は諸大名の動きを考えていた。
病床で元気ではあるが、秀吉の体調が崩れ政務からも離れ、表に出ることが少なくなった。その影響が出始めているのか、外に出ていた諸大名が国元に戻ったり、重臣も国元に呼び戻されるなど、国内の動きが活発になってきた。
自分自身がまだ幼少であることを理解しており、豊臣政権が盤石でない中、秀吉の不在は政権の屋台骨を揺るがしていると感じてた。
地図の上には、諸大名の領地と大名、主要家臣の駒を置き、動きを観察した。
大領を得ている大名は、家臣を外に派遣し、本人は領地に居ることが多かった為、ほとんど動きはなかった。しかし、重臣たちが戻ってくることが見受けられた。
小領地の大名は自ら外に出る者が多かったが、大半が戻ってきていた。
動きだけを見れば、世が乱れ、天下の主が変わる可能性がると、諸大名が見ているのが人の動きでわかった。
諸大名が直接動くことはなくても、家臣たちが繋ぎの動きをしていることは報告として挙がっていた。
どうすか、秀吉や岩覚と相談しながら考えるしかない。
古豪たちに勝てるか、悩み続けていた。




