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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第六十二話 元服

※二千十九年八月三十一日、誤字、文章修正

鶴松の元服式が京おいて、盛大に行われた。

諸大名がすべて聚楽第に集まり行われた。

数えでも10に満たないにも関らず、元服させたことに、内心秀吉の健康状態が悪いのではないかと、邪推するものも多くいた。

秀吉は、甚大な被害を出した地震の後、以前の様な覇気が感じられないと、陰で噂している者もいた。

弟である秀長も体調を悪化させ、身動きできない状態であったが、豊臣家で作られた馬車によって、京に上ってきていた。

意識のない日も多かったが、元服する際は、どうなっても良いから移動せよという事を言われていた家臣が、秀吉の許可を得て実行した。

元服式の後は、参内し、後陽成天皇に謁見し、言葉をかけられた。

その後、秀吉が関白の位を鶴松に譲る許可を得た。

公家衆は、表情には出さなかったが不満げな表情をして、秀吉たちを見ていた。

前久はその様子に、あきれた表情を扇で隠しながら眺めていた。


「兄上」

「おお、秀長」


体を動かすことが出来ず、薄めでしか目を開けることしかできなかったが、聞き問えるような声量で秀長は声をかけた。

それを聞いて秀吉は、体を前のめりにして、顔を秀吉に近づけた。


「元服の事、誠におめでとうございます。某もこれで安心してゆけます」

「何を言う、まだまだ、鶴松、いや、藤一郎はまだまだ、若い、お主か助けてくれないと」

「ははは、相変わらず、兄上は人使いが荒い。それにしても秀永とは、読みが某と同じとは」

「お主のようなものになって欲しくてな。それに、末永く続くという意味もある」

「ふふふ」


涙を浮かべながら秀吉は話しかけた。


「まだ、もう少しは大丈夫ですので、大坂をついの場所にできます。郡山は、秀保に任せます。まだ若いですが、あの時に比べれば、問題ないでしょう。領地はすでに、大半返しております」

「分かっておる。お主と違い20万石程度に落としているが、統治に問題なければ、所領を増やす。出来れば、東か、西の抑えになってもらいたいとは思っているが、まだまだ、経験が足りん。お主の家臣を抜いたのが、やはり、問題だったかもしれん」

「いえ、家臣は今から鍛えればよいですし、仕える者も増えていると聞いています。所領を増やすならば、奥州なり、九州なりに与えて頂ければ、良いと思います」

「厳しいことを……」

「藤一郎が始めた学校というもので、知識は増えたでしょう。しかし、知恵はまだまだです。それは実地でしか鍛えることしか出来ません。まして、今は戦が起きていない、小競り合い程度ですから、伝手のない場所を治めることが出来れば、秀保の宝になるでしょう。それで、使い物にならなければ、それまでです」

「ふむ」

「創業の苦しみを知らぬものが今後も増え、苦労せず恩恵を享受するのが当たり前となれば、良い結果になるとは思えません。佐吉を含め若手は育っているとは言え、永禄元亀に比べれば、穏やかな刻を過ごしただけです。あの時代を生き残った古豪が消えれば良いですが、まだまだ、健在です。油断はできません」

「……」

「やはり、岩覚殿に、還俗してしてもらいましょう」

「しかし」

「兄上の気持ちも分かりますが、支配地が広がり、豊臣の内だけではなく、外も藤一郎を輔弼するものが必要です。佐吉たちは手足として使えばよいですが、あまり、権力を与えると周囲が付け込んできます」

「面倒なこと、確かに秀次に内と外を差配することは出来まいな」

「ええ、子飼いの者を配置すれば、外は問題ないでしょう。しかし、内々のことまで携わらせれば、あの粗忽もの、何をしだすか分かりません」

「女子を漁るか」


秀長の言葉に、秀吉は苦笑した。


「子もでき、今は収まっているようですが、人の本性は変わりません。どこで道を踏み外すか。それを煽るものも出てくるでしょう。ならば、役割を分ければよいかと。他の一門も含め成長して使えるならば、配置していき、豊臣家を強化すれば良いかと」

「確かに……」

「別に、表に出す必要はないのです。内々の取次にさえすればよいのです。子をなしてもらい、血を残していただきたいのです」

「お前……」

「このまま、血を絶やして欲しくはありません。かつて、甥として、主君となるべく仕えた方の血を残してもらいたいのが、私の我がままです」


家名存続と、織田家での地位を安定させるために、信長から子を養子として願い入れて、受け入れられた。

保身だったとはいえ、子が亡くなった寧々が、養子とはいえ、子が来ることを喜び、秀吉も喜び身内だけの宴会をしたことを秀長は頭に思い浮かべていた。

正勝たちも集まり、夜遅くまで酒を交わした。

秀勝は養子とは言え、体は弱かったが素直な子だったこともあり、当時の羽柴家ではすんなり受け入れられた。

羽柴家になじむ努力と、勤勉さで周囲の信頼も勝ち得ていた。

しかし、生来の病弱さが活躍の場を奪わせ、戦場にも、外にも出ることが難しくなっていった時、秀勝は、秀吉に申し訳ないと頭を下げた。

秀吉は、先に亡くなった子たちを思い出し、養生することを命じた。確かに、亡くなった場合の信長に対する言い訳を込めたものでもあったが、亡くなって欲しくはないという本心でもあった。

信長が死んだことにより、秀勝の地位は不安定になったが、それを利用し、病死したことにして隠遁したいと秀吉に申し出た。

秀吉にとっては、天下を目指すには秀勝は邪魔であり、最悪、謀殺もせざる得ないと考えてはいたが、養子にした我が子を手にかけることにためらいがあった。

その為、秀勝の申し出は渡りに船で、寧々と相談の上、病死したことを公表し、人の来ない山深い寺に養生の為、隠棲した。

寧々は秀吉と共に、薬草や精のつくものを何度も送った。

そのかいがあり、健康状態も良くなり、秀吉の要請を受け鶴松の後見を行う事になった。


余命のない最後のご奉公として、岩覚が子を残し、血を繋いでもらいたいと秀長は思っていた。


「分かった、岩覚に相談してみよう」

「ありがとうございます」

「浄土真宗の僧であれば、還俗を考える必要もなかったのだがな」

「ははは、それでは無理です」

「ははは、確かに」

「まだまだ、豊臣の権威も、政権も安定していないのが心残りです。岩覚殿には私の代わりに、見守って頂き、支えてもらいましょう」


天正に比べ、それ以前は諸勢力がしのぎを削り、食うか食われるかの時代だった。足利幕府や寺社の力も侮れず、権威を無視することが出来ない状況で、信長に付き従って勢力を拡大させたときの苦労は今の時代に経験することは出来ないと秀長は考えていた。

信長の比叡山焼き討ち、一向一揆の壊滅、足利などの血筋による権威の低下など、銭と力で破壊してきた過程の後半を経験したものが豊臣政権には多い。

権謀術策を駆使して生き残った家康や元親、島津一族など、油断が出来ないものが多い。政宗のように遅れて来た者がいるが、中央から遠すぎる為、脅威とは思えないと秀長は考えていた。


「明日にでも藤一郎と会ってもらう」

「おお、それは楽しみですな」

「疲れただろうから、今日はもう休め」

「ははは、母上が来るらしいので、もうしばらく起きています」

「そうかそうか、まったく」


なかが来るまで、昔話に花を咲かせた。




「秀永様、関白就任おめでとうございます」


岩覚の言葉に、秀永は苦笑を浮かべた。

数え10歳にならない関白って、意味ないんじゃないかと思うけど、朝廷自体が関白が居なくても運営できるので、問題ないかと思っていた。

ただ、参内した時の周囲の公家衆の表情に、非難と拒絶だけではなく、蔑みも感じていた。


「元服はめでたいですけど、関白就任は、目出たいのかどうか」

「いえいえ、先の大地震による被害の慰撫がある程度終わり、復旧はまだ時間はかかりますが、切り替えるにはちょうど良いと思います」

「縁起が悪いとかの場合、元号替える気がするんですけどね」

「その話もありました。太閤殿下がそれは不要と断ったとか」


自然災害や不作や飢饉による人心の不安や、悪化した情勢を改善、切り替える、責任を取る為に大名が隠居することもある。朝廷なら、元号を変えるという事も多く、元号が多すぎて覚えられないと秀永は悩んでいた。

後北条家でも、氏政が家督をついて、名君と言われた氏康が隠居したのも、飢饉の責任を取ったためと氏直から話を聞いていた。

名君と言われても自然の力によっては無力だと、話を聞いて感じていた。

中国では、流れ星や自然の災害は治世に問題があると天が罰しているという迷信も聞いたことがあった。

小氷河期も将来に起きることを考えると、食糧の備蓄、天候不順でも育つ作物の普及など、対策は必要だと考えてはいた。しかし、現状では諸大名の力が増すだけと反対されていた。

戦乱を生き抜いた諸大名の強かさを甘く見てはだめだと、岩覚から注意を受けていた。


「豊臣藤一郎秀永ですか。秀長叔父上と比較されそうで怖いですね」

「ははは、そこは考え過ぎては駄目です」

「兵助も既に元服しましたけど、年齢的には私は早い気がしますが……」

「……しかし、関白を返上するのですか」

「ええ、別に関白の位が必要とは思えないのです。公家衆が五月蠅そうですし、いらないことを考えられるよりましかと」

「太閤殿下の太政大臣への就任も言われていましたが」

「役割のない名誉職ですし、まあ、平清盛、足利義満の件もあり、印象は良くないかもしれませんが、禄などを朝廷から頂くわけでもないですからね。関白は、豊臣家が一度任命されるもので、その後は、太政大臣に就任する道筋で良いのではないでしょうか。関白の職掌はありますが、太政大臣はありません。朝廷に口出すこともないと言えば良いとは思います」

「そうですか」


職掌もなく、名誉的なものであっても、清盛や義満が就任すれば、それだけで公家衆には脅威に思えるかもしれない。地位だけで言えば、公家衆の上なのだから、あの強欲なものたちが納得できるかと岩覚は首を傾げた。


「まあ、別に新しい令外官を作り出しても良いと思いますけど」

「それは……」

「武家と公家の官職が同じだと、良い感情は持たないでしょうし、まして、官職に見合った仕事をするわけでもないですしね。本当であれば、官職自体をなくしたいと思いますが……まだ、無理でしょうね」

「それをすれば、公家も武家も敵に回します」

「太政大臣のような名誉として残すのは良いとは思いますが、将来的にはなくしたいですね。もうそろそろ、朝廷や幕府という呪縛から解かれるべきだと思います」

「……」

「もしくは、公家も含めた体制が必要かもしれませんが……」


岩覚には、秀永の言葉は困難であると感じた。官位や朝廷、幕府は今迄有ったものであり、武家や公家の生きざま溶け込んでいる。たしかに、庶民にとってみれば、意味をなさないかもしれないが、そういう慣習は馬鹿にできない。

確かに、朝廷や幕府があるから拠り所になっているが、それが、まとまりのない現状に影響しているともいえる。

鎌倉や足利の幕府はあっても、官位は朝廷の権益であり、元号もそうだった。幕府に伺いを立てても、朝廷という権威の上になりたっているものであり、幕府もそれを利用していた。

幕府は、確かに源頼朝以前にはなく、廃止もありえるかもしれないが、武家にとっては、あって当然のものと思っていると考えていた。だからこそ、それのなくなる治世を考えるのが難しかった。明のような皇帝を中心とした治世を考えているのか。それをすれば、朝廷だけではなく、寺社や大半の武家が反旗を翻す可能性もあると岩覚は思えた。


「先の話です。ただ、そういう方向性を考えていかないと、今のままでは、外から来る者たちと戦えないです」

「外から来ますか」

「来るか来ないかではなく、対策が必要です。南蛮の者たちも来ています。数は少なくても拠点を作り拡大すれば、そこを補給地として、大船団できてもおかしくないです」

「……」

「刀伊の入寇、奥州でも大陸からの攻められたという事も過去にあるとか。狭い島国で争っていても無駄です。さいわい、外での戦いは順調ですし、余剰戦力を出すことによって、国内の治安も悪くないです」

「確かにそうですね。ただ、積極的に協力しない方々もいますので、国内も油断はできないかと」


岩覚の脳裏には、家康の姿があった。

秀康など人員は出しているが、積極的ではなく、領地の開発と着々と戦力の増強、諸大名との交流を進めていた。


「これからですよ。義兄上たちとの協力も必要です。あす、秀長叔父上とも話し合う必要があるでしょう」

「はい」

「思いを受け止めることが出来るのでしょうか」


そういった秀永の横顔を、岩覚は見つめていた。


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