第五十九話 復旧
※二千十九年五月十九日、誤字、文章修正
廊下を足早に急使が三成の元に向かっていた。
ぶつかりそうになった者たちが眉をひそめながらその姿を見送った。
「ごめん、三成様」
切迫した口調で、使者は三成の執務をしている部屋の襖を開いた。
足音が大きく、何事か出来したと三成は感じた。
「入れ」
「はっ」
「如何いたした」
「地震が起きました。詳しくはこれに」
三成の問いかけに、使者は、書状を手渡した。
受け取った書状を読みながら被害の範囲は大きいが、事前に避難経路などを通告し、徹底していた為に、人的な被害は少なくすんでいた。
ただ、それよりも、事前に言われていた事が現実に起きたことに、三成は衝撃を受けており眉間にしわを寄せていた。
「ご苦労だった、休んでくれ」
使者は、三成の言葉に一礼をして、部屋を退出した。
退出を見送った三成は、報告のために秀吉の元に向かった。
「殿下」
「佐吉か、如何した、入れ」
「はっ」
部屋の中には、秀吉、鶴松、岩覚、孝高が座っていた。
「これに」
部屋に入り、書状を秀吉に手渡し、秀吉は書状を受け取って読んだ。
「三成殿、被害はいかに」
岩覚は三成に問いかけた。
「避難を拒否した一部の住民以外は被害はなく、建物の被害が目立っているようです」
「それほどの規模ではなかったのか」
「建物の被害も多く、余震もあり、予断が許されません」
秀吉は書状から目を離し、鶴松に渡した。
鶴松は受け取った書状を読みながら、人的な被害が少なくて良かったと胸をなでおろしながらも、住む場所の支援の必要性を感じた。
鶴松は、読み終えた後、書状を岩覚に渡した。
「父上」
「ああ、言ったとおりになった。神仏なんぞ信じておらぬお主に信託とは不思議なことだが、次も起こるのか」
秀吉の言葉に、鶴松は頷いた。
人のなすことは、世の流れが変われば、未来が変わる可能性はある。歴史の復元力というものがあるかもしれないが、それは、鶴松が知っている歴史と違っている可能性は高い。しかし、自然災害は、史実通りに起きる可能性は高いと考えていた為、秀吉に地震の時期や対策、支援などをお願いしていた。
「伊予や豊後で起きたのは、二日前だ。ならば、鶴松の言葉が真実ならば、明日、明後日に大規模な地震が起きるという事だな」
「はい、伏見から淡路までの範囲でなどで甚大な被害を及ぼす可能性があります。また、建物の倒壊や崩壊の危険があります。なるべくは、大きな広場に居た方がよいでしょうが……」
鶴松の言葉に、三成は眉をひそめた。警護の事を考えれば、難しいと考えていた。
「佐吉、伏見の者たちに、油断をするなと伝えておけ。あと、摂関家にも伝えておけ。馬鹿をするものもいるだろうから、警護も含め厳重にするように」
「はっ」
「殿下」
「なんだ」
「被害のあった大名や公家衆に支援をするのは構いませんが、支援の内容はどういたしますか」
「金子を渡そうかと考えておるが」
「では、大名や公家衆にはお見舞いとして、金子を渡し、そして、民には食糧を支援しましょう」
「公家衆は別として、大名どもには金子だけでよいのではないか、それで民に食糧を支援するようにすればよいではないか」
「確かにそれが楽ではありますが、食糧をこちらが用意し、こちらで手配するのは、民の心を豊臣に向けさせるため、それと、領地の状況を直に把握するためです」
「金子を増やしてくれれば、こちらで行うという者もいるかもしれんぞ」
「必要であれば、食糧を別に用意すると言えばよいのです。その話を民に噂として広めればよいのです。もし、必要ないと言った者が十分に手当て出来なければ民も不満に思うでしょうし、それを理由に所領を変えることもできるでしょう」
「なるほど、そうするか。正家、長盛に命じていた備蓄状況はどうなっている、佐吉」
「予定していた量以上の食糧は用意しています」
「ならば良い。鶴松が取り寄せた大陸の小屋でも使ってみるか」
「あれをですか」
「戦場で使えるかの試しだ」
鶴松が遊牧民の使っているゲルを手に入れるように秀吉に伝え、明の商人から手に入れて、複製したものがいくつか用意されていた。
朝鮮との済州島の話は進展せず、上から目線で見下した回答ばかりだった為、秀吉が拒否してた。
博多の商人も、秀吉を宥めようとしていたが、それが余計に秀吉の怒りを買った。
義智は、一向に進まない現状に、お取りつぶしの危機感を持っていた。対馬には、九鬼水軍を中心とした安宅船の軍船と、兵五千が常駐しており、義智の監視も担っていた。
秀吉は、義智を信用しておらず、朝鮮に寝返る可能性も視野に入れて、壱岐を直轄として、脇坂安治を入れていた。
その動きに朝鮮は疑念を持っており、済州島を足掛かりに攻めてくるのではないかと、義智の話を受け付けず、明に支援を要請していた。
明もその要請に応え、女真族の抑えの一部を朝鮮に入れていた。その為、女真族は明からの圧力が減り、民族内での内部抗争を始め主導権の取り合いを行っていた。
常駐する明兵の負担は朝鮮に負わされ、民にしわ寄せが行っていた。背に腹は代えられないとはいえ、民の疲弊が少しずつ進んでいく事になる。
「孝高殿、ご領地は大丈夫ですか」
「岩覚殿心配かたじけなく、言いくるめて長政を送っているので問題ないでしょうが、手当は必要かもしれませんな」
「本当に、島一つ沈むのでしょうか」
「佐吉よ、地震は起きた。沈む沈まないではなく、それだけの規模の地震が起きる可能性があるということだ。起きてから対応するというやつもいるが、それでは遅い。ならば、起きる前提で動けばよい。無駄になれば、それはそれで使い道はある。それと秀次はどうだ」
「秀次様は、食糧の備蓄の管理と、避難に関する書状などを被害が出ると想定される場所にすべて送り終わっております。大陸の小屋を空き地に建て、そこで生活をしております」
「……まあ、それは認めるが、ここなら、遊女も呼べるとか、言って将右衛門に殴られたと聞いたぞ」
秀吉の言葉に、三成は眼をそらし、岩覚は苦笑、孝高は笑っていた。
「将右衛門が久しぶりに会いに来たから何事かと思ったら、わしの子供ではないかと、恐ろしい顔で聞いてきたぞ。わしはそんなに女癖悪くないと言い返したら、昔の事蒸し返してきやがった……」
「それでも秀次様は、ご役目をこなしておられます」
「なら良いがな。秀長は起き上がれず、意識を戻す日も少ない。秀次が一門の長老として、後見としてしっかりしてもらわなければならんのだがなぁ、あの女癖が……」
人の事は言えないでしょという視線を、岩覚、孝高、三成は秀吉に向けていた。
それに鶴松は苦笑をしながら考えていた。史実であれば、秀次は自害しているはずだが、生きており秀吉の補佐をしている。女好きには変わりはないが、実直に政権運営を助けており、周囲は、ただの女好きではなかったと評判は上がっていた。
今回の災害でも陣頭指揮は、秀次がとることになっており、体制や支援物資の備蓄など、三成や正家などと共に、準備を整えていた。
「明日、起きるかもしれん、油断するな」
「「はっ」」
翌日、有馬から伏見に渡り大地震が起きた。周辺にも波及し、建物の倒壊や土地が荒れた。その少し前には、豊後でも大規模な地震が起き、瓜生島が沈んだ。
事前に聞いていた者たちは、秀吉の神意と天運に驚きを感じたが、それは余震も収まり、少したってからだった。また、余震はしばらく続くことも伝わっており、気を引き締めて被害地域の復旧を行うことになる。
事前の対策、復旧支援などを受けた者たちは、秀吉を崇めたてるようになり、小さな社を立てて手を合わせるようになる。
各大名の屋敷にも被害が出ており、秀吉から見舞金が贈られており復旧を行っているところが多かったが、被害地域の人出が足りず、領地から大工などを読んで立て直しをしているところが多かった。
公家衆も全体的に支援が行われ、摂関家などは別として、困窮していた貴族たちは諸手を上げて、秀吉の支援を歓迎していた。
協力的な家には多めの見舞金が贈られていたが、そうでない処にも相応の見舞金が贈られ、秀吉は孝高の助言を受け入れ、公家衆の取り込みを行った。
耶蘇教が炊き出しなど行う事を防ぐため、豊臣家の名のもとに、炊き出しを行い一定の支持を得ていた。
鶴松は、キリスト教の無私の行為は認めるが、十字軍を煽った宣教師たちの行動や言動を考えれば、信用は出来ない。まして、責任も取らず、失敗したら参加した人たちを不信者として貶める。
原理主義の場合、どの宗教でも同じではあるのだが、仏教を利用して攻める国は今のところ周辺に存在しない。だが、西洋の諸国は利用する可能性は否定できない。妄信的に信じている人々は扇動に乗る可能性は高いだろう。一向宗の前例を持ち出して、信者を増やさないことを秀吉に勧めるのは容易だった。
副作用としては、秀吉は慈悲深いと民に広がっている。
「弥八郎、被害はどうだ」
「屋敷で横転して、怪我をしたものと、屋敷に被害が少し出ているぐらいです」
「そうか、殿下からの見舞金で問題ないか」
「はい」
家康の屋敷でも被害が出ていたが、大きな損失ではなかった。
損失を補う以上の見舞金であり、懐は逆に温まった。その分、家臣などに分配する気は家康はなかった。律儀ではあるが、吝嗇で有名である家康はそのまま倉庫に余った分は溜めていた。
吝嗇と陰口を叩かれても家康は気にしなかった。それが、いざ一戦となれば資金となる。ことを起こすためには必要なものだと割り切っていた。ただ、名刀や鎧など個人で使うものや工芸品は気前よく家臣に与えていた。現金化や兵糧や兵の武具にすぐ替えれるものであれば別だが、時間のかかるものは不要と処分していた。
「炊き出しや復旧への支援、大名や公家には受けが良いようだな。いざとなれば助けてくれると、民の評判も良い様だ。さすが、人気取りの上手いことよ」
「まことに」
「そういえば、細川の若造が、ご機嫌伺に来ていたとか」
「はい、直政殿を通して来ておりました」
「わしが、殿下の処に挨拶に行っている時に来たのは、わざとかな」
「かもしれません、直政殿への繋がりを強める意図があるかもしれません」
「律義者と思わせたいのか、笑止なこと、万千代とて分かっておろう」
「確かに、ただ、何度も行えば、騙されるかもしれませんが」
「そこまで愚かではないだろう」
正信は、直政が愚かとは思わないが、人は己の都合の良いことを見て、思い考えるものだと考えている。
何度も忠興が吹き込めば、都合の良いように思い込むことはあり得ると考えたが、家康が直政の言動で軽々に動くとは思えないと信頼していた。
「しかし、殿下の評判が上がるのは面白くないな。鶴松様の室も決まっている。食い込むすきがない」
「……捨丸様に付けますか」
「ふむ、確かに鶴松様に何かあれば、だが……あの悋気の強い母御が居るぞ」
「それはそれで利用できるのでは」
「煽るか」
「それも良いかと」
「……よし、一度、殿下に話してみよう。どこからか養女を取るか」
「いえ、秀忠様のお子がおられます」
「千か、秀忠と話さなければならんな」
「はい」
「それにしても、鶴松様の情報が入ってこないな」
「聡明であるとは聞こえてきますが……殿下が元服をするとうわさもあります」
「まだ、齢六つぐらいではなかったか、血迷ったか」
「殿下もご年齢がご年齢ですから」
「ならば、豊臣の家臣団を割ることが可能か」
「いえ、三成派と清正派との反目はあっても、対立はありません。煽っても、逆に結束が固まる恐れがあります」
「朝鮮にでも行っていれば、三成と清正たち武断とでは反目したかもしれんが……」
「日本から外に、あふれた者たちを出すことによって、治安も安定していますから、民衆も不満も少ないようで、そこで今回の災害ですから」
「待つしかないか、ふむ、待つのは慣れている」
家康は、今川、織田、豊臣と、仕える・同盟者を移るごとに力をつけて来た。待つことの意味を理解していた。忠興の様に無駄に動けば、機会を失うと。
「細川の若造は警戒しておけ、勝手に自滅するのはかまわんが、巻き込まれてはたまらん。最近は公家の繋がりを強めようとしているようだからな」
「藤孝様とは違うという事を理解していないかもしれませんな」
二人は顔を見合わせ苦笑した。
倒壊した家から下敷きになった人を助け出そうと、大勢の男たちが集まり、手分けして動いていた。
「くそ、これなら言われた通りに、逃げ出しておけばよかった」
「うるせいぞ、ぐだぐだ言っている暇があれば、動け」
「わかってるよ」
言い合いをしながらも救出活動をしていた。
中には、怪我をしている者もいるが、気にせず歯を食いしばって活動していた。
「五の字、そっちはどうだ」
「何軒か潰れた、救出できたが怪我のひどい奴がいたが……」
五の字と言われたものは顔を顰めた。爪はじきにされていると認識があり、上の者たちは助けてくれるとは思っていない。だからこそ、横のつながりで助け合って生きて来た。
だが、この被害では、それも限界に思えた。
この怒りをぶつける先はないかと、周囲の者たちは救出をしながら思い募った。
赤ん坊や幼子はなき、母は宥めつつも先の見通しのなさに、眼が死んでいた。
「やってられんな。蓄えは出せるが限度がある」
「まあな」
そう話していると、周囲のざわめきが出て来た。何事かと思いそちらに眼を向けると、数十人の兵がこちらに向かってきていた。何しにきやがったと思って、兵たちの前に出た。
「何の用だ」
「此処の被害と、人手が必要か、怪我人が居れば、運ぶ必要がる」
「は」
「とぼけた顔をしている場合か、一刻も争う、早く言え、なければ、ほかに行かなければならん」
「あ、い、ああ、あそこ一帯の数件が崩れて、助けが必要だ。けが人もいる」
「わかった、おい、お前たち救出を手伝え、それと、人手とけが人搬出の要請にも行け」
隊長格の指示に部下は動き出し、救出に向かい出した。
その姿にあっけに取られていたら、隊長格のものに更に問われた。
「けが人は何人だ、重症なものはどれぐらいだ」
問われたものは重傷者の人数やけが人の人数を大まかに説明した。
「分かった軽症のものは治療後は任せる、此処で治療できないものは、治療所で行うので搬送するので付き添いを一人つけろ」
「分かった」
「食料についても、しばらくだが炊き出しをすることになる。あくまで数日だけだが」
「いや、それだけでも助かる」
「そうか」
隊長格はそうだけ言って、救出している場所に移動した。
後姿を見ながら狐に摘ままれた気分になった。
「五の字、なんだありゃ」
「しらん、しらんが、助かる」
「まあ、俺たちは助かるが……上の連中、変なもんでも食ったか」
「そんな馬鹿な」
五の字と言われたものは、そう言いながら、己の知っているやつに戻った気がする。
天下を取って、冷酷になったあいつが、昔に戻ったのか。
一度確かめに行きたいが、さて、どうしたものかと、話しかけてる者の話を聞きながら思案した。




