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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第五十四話 利益

※二千十九年二月二日、誤字、文章修正

遊郭にて、どんちゃん騒ぎの音が響き渡っていた。

太鼓や笛など、拍子の良い曲が流れ、それに合わせ、美声が流れてきていた。

遊郭を通り過ぎていく人々は、あの男が帰って来たことを知った。

また、騒がしく賑やかな事になるのかと、嬉しさを浮かべたあきれ顔をしていた。


ここしばらく見かけなくなり、戦もないのに何処へ行ったのかと噂しあっていた。

京に行ったのではと言い合っていたが、京からは噂は聞こえてこなく、旅に出たのではないかと結論になったが、誰も、死んだとは思わなかった。




「慶次郎様は、何処へ行かれていたのですか」

「風の向くまま、気の向くまま」

「やだぁ」


女たちの黄色い声が重なって、騒がしかったが、利益はにこにこと話をしていた。

そして、その隣には、長岡興元が座っていた。

利益は、一緒に行った者たちで、秀吉に報告に上がった藤孝、政実、嘉隆以外を誘ったが、まずは、主君への報告があるとして、辞退していた。

藤孝が、しばらくした後に、宴を開くとの話もあったが、秀吉からも同じように帰還の祝いの宴を開くとの話があった。

利益は、藤孝の宴には出ると答えていたが、秀吉の宴は出ないと藤孝に断っていた。気楽な宴なら参加するが、想いのままに参加した身であり、何より堅苦しい宴はおもしろくはないから参加したいとは思わなかった。

とかく権力者は身勝手で、遊び心がないものが多い。あえて近づきたいとは思わなかった。


「興元殿、しかめっ面は、この場に合わないぞ、笑え笑え」

「しかしですね」

「藤孝殿も、楽しんで来いと言っていたじゃないか」

「父上は報告をしている時に、遊んでよいのか。周りはなんと思うのか、いや兄上が」


そういう、興元の背中を力強く利益は叩いた。


「ごほっ」


あまりに強かったのか、興元は前に倒れ込みそうになった。

その姿を見て、周囲の芸妓や遊女、大夫は笑い囃し立てた。

興元は、顔を真っ赤にしながらせき込んだ。


「若いのに周りを気にしすぎだ。もっと、気楽にやりたいようにしろ。父が兄がなんぞ、考えるな。興元殿は、興元殿だ」

「……」


俯きながら、興元はうなっていた。言われている事は分かっているが、踏ん切りがつくわけではない。父藤孝の顔、兄忠興の顔を思い浮かべた。


「まあ、言われても分からんだろうな。旅をしている間のお主は思い悩んでいても、もっと、生き生きしていたぞ」

「……」

「難しいことは考えず、これだけの美女が居るのに、楽しまないのは失礼だぞ」

「いや、しかし」

「そうですよ、楽しまないと」

「そうそう、それとも、私たちと居ると楽しくないですか」

「いや、だが」


利益の言葉に被せる様に、周囲の女たちが茶化し始める。

利益に対するのと違い、戸惑いの表情と慌てる動作が、さらに女たちを楽しませて、笑いが広がった。


「とりあえず、飲め、飲めば忘れる、考えずに済む。これからの事は、終わってからで良い」

「……分かりました」


そう答え、利益の注いだ酒を飲みほした。

やんややんやと周囲が盛り上げ、さらに利益は興元の盃に酒を注ぐ。それを飲み干し、興元は利益の盃に酒を注ぎ込む。

利益は、笑いながら飲み干し、注ぎ返す。

それを繰り返し続け、いつの間にか興元は、酔って寝入ってしまった。

それを微笑みながら見つめ、別の部屋で寝かせる様に伝えて、部屋から運び出されていった。


「慶次さん、楽しそうですね」

「ああ、若いのは良いな」

「それなりの歳と思いますが、慶次さんにとっては、皆子どもの様なものかもしれませんね」

「そうか」

「まあ、一番の子供は、慶次さんですけどね」


その言葉に、周囲は爆笑し、利益も笑った。


「優秀な父、才能のある兄を持つと、苦労するだろうな。俺も若いころは色々悩んだもんだ」

「えぇ、嘘でしょう」

「そうそう、子供の頃から自由な人だったと聞いていますよ」

「誰に聞いたんだ」


利益は、誰だ、そんなことを言いふらしているのはと、嫌そうな表情で聞いた。


「助右衛門さんです」

「あの野郎」


そう言いながらも楽しそうな表情を浮かべた。


「やつはな、若いころに俺に女を取られて、嫉妬した事を今でも覚えている奴だからな、言っている事を信じては駄目だぞ」

「それは、誰のことだ」


声を聴いて、やばいなと思いながら、後ろを振り向いた。

誰かが居る事は気配で分かったが、まさか、奥村永福が居るとは思わなかった。殺気がなかったから気にもしていなかったのが仇になった。


「助右衛門か、元気か」

「ふう、お前は相変わらずだな」

「人が悪いな、盗み聞きか」

「ちょうど来た時に、俺の名が聞こえたのでな、入るのをやめたんだよ」

「お前ら、来るの知っていたのか」

「いいえ」


そう言いながら、周囲の女たちは顔を左右に振って、否定した。


「お前が此処に来ていると聞いて、やってきた」

「ふむ、まあ、何にも知らんよ、楽しんできただけだからな。伯父上も、俺に探りを入れようとはな」


永福が来た意図を読み取って、利益は釘を刺した。

苦笑しながら永福は肩をすくめ、利益の向かいに座った。


「いや、殿からの命ではない、何処をほっつき歩いているのかと、叱りに来た」


苦笑しながら、注がられた酒を利益は飲み干した。


「まあ、そうしておこうか。そもそも、伯父上に不興を買って、前田家を退転した俺が何をしようが、勝手だろうに」

「そうなんだけどな、お前の行動は、前田家に対しての攻撃材料になりえるからな」

「ったく、めんどいな」

「ならば、気まま勝手にするな」

「断る」


そう言いあい、笑いあい、酒を注ぎあった。


「で、楽しかったか」

「ああ、楽しかったよ。酒を飲みかわし、語り合ったな」

「先ほどの者もか」

「ああ」

「女はどうだったのだ」


女という言葉に周囲は色めき立ち、利益の顔を一斉に見た。悲しそうな顔で永福を見て、肩をすくめた。


「旅の同行の約束事で、女は抱かないというものがあって、酒を飲んで楽しんだだけだな。良い女も多かったよ」

「えぇ」


周囲の女は、驚いた表情を浮かべた。


「その約束で、よくお前が旅に出たな、信じられん」

「まあな、女を抱くより面白い事がありそうだったし、この機会を逃すと次がないかもしれなかったからな。いや、面白かった」

「何を生き急いでいるのか、まあ、お前らしい」


利益は、座っている後ろにおいていた包みを掴み、永福に渡した。


「これは」

「向こうで手に入れた、書物だ。好きだろ」


差し出された、受け取った永福は中を確認した。明の書物に、薬草の本など、十冊ほどが入っていた。


「良いのか」

「ああ、博多に居る時に、何冊か写しているから問題ない。しばらくしたらお前に届けようと思っていたんだよ」

「そうか、有難く受け取っておく」


永福は頭を軽く下げて、包みを傍らに置いた。


「そういえば、正虎殿は忠勤に励んでいるぞ。お主と違い真面目で、殿の覚えが良い」


苦笑を浮かべながら、利益は何も言わず。永福に酒を注いだ。







「氏房さん、繁広さん、宗章さん、お疲れさまでした」

「はっ」


藤孝たちが、秀吉に報告する時は、鶴松も立ち会うことになっていた。

その前に、長房たちに鶴松は会って、労いの言葉をかけていた。政実も本当は居るはずだったが、藤孝たちと報告に上げる内容を打ち合わせしていた為に、後ほど、労いの言葉をかけることになっていた。


「しかし、風魔のまとめ役であなたが行っているとは思いませんでしたよ」

「小太郎は、こちらでのまとめがありますからな。手すきのわしが行くのが一番かとおもいまして」

「いやいや、年齢を考えたら……」

「死ぬも生きるも、決まりはありませんな。死ねばそれまでのこと」

「老いてますます盛んとは……慶次郎さんといい、気をつけて下さいよ、太郎さん」


その言葉に、風魔太郎は、にやりと笑い返した。


「明、朝鮮、高山国に、忍びは置き、地元のものも取り込み、徐々に広げて行ってます。小太郎の話では、北方にも着々と浸透しているとの事です」

「組織を作り上げるのが早いと思ったのは、あなたの手腕ですか」

「岩覚殿には話はしていたのだが」


鶴松が岩覚を見ると、岩覚は微笑んで返した。

なんだかなあと思いながら、鶴松はまあいいかと思った。


「報告は、書面で出してもらいます。内容に疑問があれば、都度、質問します。一つだけ、明、朝鮮は攻め取る事は可能ですか」


氏房はその問いに答えた。


「治世が長きにわたった結果、両国とも経済の停滞と腐敗が進み、民の心も衰えているのが現状です。よって、民を味方につければ、攻め取ることは可能だと。藤孝殿は言われていました」

「そうですか」


鶴松はその言葉に顔を曇らせた。


「ですが」

「ですが、何ですか」

「民の扱いを失敗すれば、一向衆との争いと同じようになり泥沼の戦いになると、そして、海路が抑えられれば、孤立し壊滅する可能性が高い。よって、攻め込むのはやめた方が良いとの事です」


その言葉に、鶴松と岩覚は頷いた。


「殿下にもそう報告するようです」

「なるほど」

「民は苦しんでおります。賄賂が横行し、貴族や商人が富を独占し、治世は乱れております」

「乱世であれば、人心は荒廃し、治世が長くなり政が緩めば、人心は弛緩する。古今東西、避けられないんでしょうね」

「鶴松様」

「いや、何でもありません。皆さん、ご苦労様です。落ち着いてから、慰労の宴をしたいと思います」

「ありがとうございます」

「太郎さんは、小太郎さんと話し合って、別途報告をお願いします」

「わかりました」


秀吉が報告を聞いて、どう判断するか、鶴松はそれによって、どう行動するか考えようと思った。

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