第五十三話 慈矩
※二千十九年一月一日、誤字、文章修正
博多に居る藤孝から書が届き、情報を収集に時間がかかっており、もう少し刻がかかると伝えて来た。
三年にもわたる長旅を、不十分な情報を報告して、失敗したくないとの思いも書から伝わったと、岩覚は感じていた。
旅立った主要な者たちは無事だが、乗り組んだ人たち全て帰ってきたわけではないようだった。色々な争いや問題が生じて、危機を乗り切ったようだと、鶴松は説明を受けた。
「藤孝さん達は、今、博多ですか」
「ええ、朝鮮に送った者たちを待っているようです。後は、明の倭寇の情報を集め、交渉をしているようです」
「倭寇は、確か、明の者たちが大半と聞いていますが、それでも倭寇ですか」
鶴松の言葉に、苦笑をしながら岩覚は答えた。
「まったく、日本の者たちが居ないという訳ではないですが、首領も含め、明の者で占めているという話です。名乗っている者たちは、倭寇と名乗れば伝わる武勇を利用でき、明国内では倭寇とすれば、蛮族として日本を示せ、討伐すれば夷を討つとして、功績として誇れるのでしょう。明国内の者とすれば、政が乱れていると言われかねないので、士大夫たちや地方の役人は誤魔化すことが出来るのだと思います」
「我が国もうまく利用されているのですか。明国内では、倭寇を使う蛮族と思われているのかもしれませんね」
「ありえるかと。ただ、沿岸部の者たち以外は関心は無いかもしれません。商人や役人たちは内実を知っているでしょうし、戦にでもならない限り、表面化することは無いかもしれませんね」
「関係がなければ、気にしないという事ですか。そうかもしれませんね」
「ええ、ただ、倭寇は商人の姿もしているので、明や朝鮮の内実や、南の事についても情報を多く持っているはずです」
「それは分かるのですが、大丈夫でしょうか」
「気になる事でも」
「旅の間に、何度か倭寇を撃退して、根拠地も潰したと報告が来ていたと思うのですが、交渉できるのでしょうか」
「問題ないかと、倭寇内でも派閥があり、対立しているところもあるようです。壊滅させられた者たちを吸収して、勢力を広げた者たちもいるとか。博多と繋がりのある者たちもいるようで、見聞きした事と、整合性を確認することは問題ないと思います。それに一部は、朝鮮や渤海の方にも行くものいるとか、話を通しておいて損はないと思います」
「渤海ですか」
渤海を含め、シベリアに調査団を派遣したが、そちらは冬の寒さの厳しさにより、厳しい状況だった。
厳寒であることを想定して、寒さ対策を指示してはいたが、想像を超えており、現地で凍死する者たちが数多く出てしまった。
綿をいれた服や、熱した石を懐炉代わりに使う方法や、アルコール度数の高い酒などの手配や、遊牧民の使うゲルを使った防寒を考えたり、対策はとれるだけ取った為、壊滅するほどの状況ではなかったのが幸いだった。
亀井茲矩は、上杉家、最上家、前田家の者たちと協力し、秀吉に指示された平成にウラジオストックと呼ばれる場所に拠点を作り上げた。
周囲にいる遊牧民を交渉と討伐で従えつつ、支配地域を広げた。
溢れる浪人たちや、農民の次男以下の者たちを募集し、奴隷にされた者たちも買い上げて、入植を進めていた。
東日本の諸大名の戦力を落としつつ、現地の取引などの利益や、家中の不穏分子の受け皿として、人員を増やしていった。
女真族やモンゴルの遊牧民の一部と交渉しながら、シビル・ハン国との交渉を進めていった。
シビル・ハン国は、首都を放棄しており、草原で遊牧をしながらロシアの侵攻と戦っており、勢力も縮小し劣勢は否めなかった。
敵対しているコサックの対抗として、馬防柵や長槍、竹などによる盾の使い方を提案したが、馬鹿にしているのかと激怒された。
馬を降りて戦う事は、弱者のする事と見下すものたちもある一定勢力あった。
「滅びたければ、滅びたら良い」
拉致のあかない交渉の中で、茲矩は言い放った。
慈矩の言葉に、シビル・ハン国の者たちはいきりたち、双方が武器に手をかける状況になった。
その中にあっても、慈矩は平然として、クチュム・ハンを見つめていた。
ロシアに対抗するための手段と、物資を提供するというのに、無為無策で滅びを選んでいるという姿に呆れ果てていた。かつての尼子再興の姿と重ね、これほど優遇されているのに、馬鹿としか慈矩は思えなかった。
クチュム・ハンとしては、支援は望んでいるが、何を望んでいるか分からず、慈矩たちを疑っていた。その為、家臣たちの言動を制止せず、状況を見守っていた。
慈矩の言動で場が剣呑な雰囲気になったが、クチュム・ハンは制止て、問いかけた。
「お主らは、我らに何を望む」
「ロシアの東進を防ぐ盾と、我らとの共存を」
即座に、慈矩は答えた。
クチュム・ハンの家臣たちは、なんと身勝手な発言なのかと眉を顰めたが、クチュム・ハンは大声で笑いだした。
今まで関わり合いがない者たちからの厚遇過ぎる支援は、信用できないし、疑っていた。しかし、慈矩の利を考えている発言に、納得ができた。
それならば、手を結ぼうと慈矩に答えた。ただ、馬防柵や長槍は無理だと言い、兵を借りたいと提案を受けた。慈矩は、上杉、最上、前田の者たちと話し合い、兵を提供することを約束した。
三家の家臣を指揮官として、浪人の中で使えるものを部隊長として、農民兵を与えて馬防柵や長槍、鉄砲隊の運用を任せた。
そのおかげで、ロシアの侵攻を防いでいる状況で、追加支援を検討している状況だった。
また、周辺の遊牧民との取引も広げ、経済的にも浸透を図っていこうと画策している。
「現状、まだま安定はしていないですが、明の北方に楔を入れれましたね」
「ええ、このまま、ロシアの侵攻を止めれれば、北からの脅威は今後減るでしょう。まあ、あの地で根付いた者たちが、反旗を翻さなければですが」
鶴松の言葉に、岩覚は困った表情をした。
「しかし、慈矩さんは、元気ですね」
「ある程度目途が付いたから、今度こそ、南へと言いだしに殿下に直訴しに来ましたからね」
慈矩がシビル・ハン国との交渉を終え、拠点の目途が付いたと同時に帰国し殿下に、次に行きたいと直訴しに来た時を思い出し、二人は笑い出した。
「鶴松様が、次の場所を殿下に伝えましたね」
「はい、伊豆大島の南方にいく事を進めました」
「野分を避ける事を進めたのに、喜び勇んでいこうとしましたね」
「それに、慈矩さんが、帰国したことを聞いた政宗さんが押しかけて話を聞いて、一緒に行きたいと騒いだとか」
「伊達家の家中の者が無理やり屋敷に戻して、諦めさせたとか」
伊達家の家臣の事を考えて、心労が絶えないのだろうと鶴松は考えた。
「政宗さんにも何か役割を与えた方が良いですか」
「さて、何かありますか」
「蝦夷以北の調査は残っていますね」
「そうですね……殿下に伝えてみます」
「あと、家康さんですね」
岩覚は深い溜息をした。
「南方への調査に関して、表面上は考えているふりをしていますが、行いたくはないと思っています」
「それは、風魔から」
「いいえ、彼の御仁の気性は分かっておりますし、寺社の繋がりからも情報は集めれます。日本の外に興味は持たない方です。ですので、利益が出るか分からないものに、物資や人を浪費したくはないはずです。日本を手に入れるならば別でしょうが」
秀吉から家康には、調査団が帰国した後に、南方への調査の協力を依頼していたが、返事は未だない。調査団が戻ってきていない為に、急がれてはいないので秀吉も何も言っていない。
興味があるなば、早く返事を返すはずだが、未だに返していない状況を考えると、岩覚の考えも正しいと思っている。
「調査と入植は、諸大名の力を落としつつ、この国のためになる事ですが……」
「家康殿は、削減の事も気が付いているでしょうし、元々の性格が影響されているんでしょう」
豊臣政権が盤石とは鶴松は思っていないが、国内での争いをあまり起こしたくなと考えていた。国内の騒乱の起点になる可能性がある家康の力を削ぐことは、重要だと考えていた為、調査に協力させたいと思っている。
「もう直ぐ、藤孝さんが帰ってきます。家康さんがどう動くか見守りましょう」
「そうですね」
「佐吉よ、北陸と奥州の者たちはどうだ」
「大陸への入植で不平分子は国内から出せ、家中統制に役立っているようです。また、遊牧民たちとの取引で儲けていますので、費用以上の利益を分けれておりますので、不満はないようですが、参画できなかった者たちは面白くないようです」
「ふむ」
「鶴松様から南方への進出の話や、蝦夷以北の入植、東への調査など、今後も予定をしておりますので、不満も減少すると思います」
「国内は落ち着きそうか」
「……そうとも言えません」
「狸か」
「それもありますが、やはり、土地に縛られている者たちは、外へ出る事への疑念と不満があるようです」
「ああ、領している土地の開発と発展が重要だという事か」
「はい、それと未知への恐怖かと」
「人は理解できないものに恐怖を感じるものと、好奇心を刺激されるものに分かれるからな。狸は、故郷を奪われ、取り換えしたがゆえにしがみ付きそうだな」
「はい」
可愛い息子の鶴松の進言だったので、明の北や大陸沿岸部へ調査や交渉を行ったが、あまり期待はしてはいなかった。
上手くいけば良いし、明の北への進出は明への侵攻に役に立つと考え、沿岸部への調査は、朝鮮と明の情報収集を目的としていた。
成功しようがしまいが、明へ侵攻の前段階になると考えていたが、秀吉の思いと違う状況になった。
明の北への進出は、治安の乱れの要素になる浪人を外に出し治安が安定した。参画した大名は不穏分子を外に出した為、家内統制ができて、秀吉に感謝していた。
当初の思いとは違うが、明への侵攻で広がる領土が、明の北で広がり領地が広がった。信長を越えるための明の侵攻が、侵攻することなく実績が上がったことに、秀吉は微妙な気持ちになった。
また、参画できなかった関東、東海や西日本の諸大名が不満を持っているというのも、利益につられたものだと思った。
南方への調査については、主要な大名には内々に伝えているので、表立って不満は高まっていない。
「狸や忠興あたりが、参画していない大名どもを煽ったと聞いているが」
「あからさまな事ではないですが、茶の席での雑談のなかに、毒を混ぜ込んだようで」
「忠興は気位が高すぎて、鼻で笑われようが、その後に、狸あたりが囁けば不満や疑念は湧くだろうな……繋がっているのか」
三成は、顔を左右に振り否定した。
「それはないかと」
「では、忠興が自ら踊っていると思っているが、実際は、狸に操られて踊っているようなものか」
「はい」
秀吉は顎に手を当てて、考えるようなそぶりをした。
「まあ、よい。今は何もできないだろう」
「はい。ただ、島津やは気を付けた方が良いかと」
「琉球のことか」
三成はその言葉に頷いた。
「其処まで、琉球が欲しいか」
「本拠地の薩摩や大隅は、なかなか作物も育ちにくい地との事、その代りに交易で利益を得たいのでしょう」
「だが、琉球やそれにつながる島は、此方で押さえなければ交易のうまみも減ってしまう。中継点を押さえられたらまずいからな」
「はい、家康殿は島津へ便宜を細々図っているようです」
「茶屋あたりが融通しているのか。島津の兄弟も死ぬきっかけになったし、仲が良かったと聞いているから恨まれているか」
「……」
「島津は結束力は高いが、伊集院忠棟は使えぬか」
「家中、特に義弘殿と、後継の忠恒殿が危険視しているようです」
「佐吉と昵懇にしていることを危険視しているのか」
「はい、殿下の眼がありますので、表立って動いてはおりませんが」
「引き抜けぬか」
譜代が少なく、代々の家臣がいない秀吉は度々、諸大名の有能な家臣を引き抜こうとしていた。だが、有能であればあるほど、忠義が高く引き抜くことができなかった。
「無理かと、忠棟殿は、代々家中で重きを置かれた家柄。島津家の忠義は動くことはないかと」
三成の言葉に、秀吉は己が否定されたようで不愉快ではあったが、忠義が厚いからこそ欲しいと思ってしまう。
「島津は動向を探っておけ、あと、キリシタンの連中も」
「はっ」
思い通りにいかないことに秀吉は不満であったが、今の状況は豊臣家にとって良い方向に進んでおり、納得せざる得なかった。
「何故だ!また、慈矩が南に行った!!!」
「叫ぶなよ」
「俺に、何故声がかからない!!!」
「いや、お前、降伏するのも遅かったし、心証悪いんじゃないの?」
「それより、殿、この書類をさばいてください」
伊達屋敷での成実、景綱、政宗のいつものやり取りだった。




