第四十九話 北方
※二千十八年八月三十一日、誤字修正
鶴松は、岩覚と災害における対策を話し合っていた。
記憶の中にある気温変化は、小氷河期と温暖期の繰り返しが交互に繰り返されていることを覚えていた。地球の自転軸、公転による太陽との距離、火山の大噴火による気温の低下など、理由は色々考えられていたが、何度も繰り返されていたと言われていた。
戦乱も小氷河期による作物不順からの飢饉による作物の奪い合いの結果かもしれないとも考えられていた。
科学の発達していない現状では、鶴松の打てる手は少ないが、災害対策は考えなければ、豊臣政権の支配も揺らぐと岩覚にも秀吉にも説明した。
稗、蕎麦、ヤマノゴボウなど、作物を作り一定期間保存することを推奨する。栃の木、栗の木、カシ、ナラ、カシワなどを植林し、木の実の保存を行わせるなどを説明した。
米に関しても、冷害や旱魃の時に成長できた物を、種もみと等価う事なども説明した。
じゃが芋、サツマイモなど、栽培が成功したものから直轄地で栽培し、飢饉の際、諸大名に配る手配などを考えていた。
諸大名に、じゃが芋、サツマイモを渡しても良いと鶴松は考えていた。しかし、未だ戦乱のにおいが残っている状況では、備蓄できる作物は、諸大名の力の増強に繋がり、危険だと判断し、岩覚は時期尚早として反対した。
「衣食足りて栄辱を知ると、管子も言っています。民とて生活が安定したら戦には出たくなく、協力しないのではないですか」
岩覚は首を振った。
「人の欲に限りはありません。満ち足りたとしても、次を求めるでしょう。民が否定しても、支配している者たちが満ち足りては居ないでしょう。土地を得ることが大事と考えている者も多いのです。力を得れば、行動を起こすものもです」
「豊臣の力が強い間は起きないのでは」
「確かにそうでしょう。しかし、殿下が去られた後、鶴松君が元服していたとしても、諸大名が世代交代していなければ、油断できません。彼らは戦乱を生き残った者たち、隙あらばと考えている事でしょう」
「でも、民が付いてこなければ無理なのでは」
「それも、民も自分たちに利があれば従うでしょう。より良い生活になる為ならばと、思うかもしれません。それに、民の長男以外は土地もありませんし、家を継ぐのも難しい。身を起こすなら戦があった方が良いと思うものもいるでしょう」
岩覚の言葉に、鶴松は暗澹な気持ちになった。民が裕福になれば、戦を起こす武士に従わないと思っていた。岩覚はそれを否定する。
生活が楽になるなら、良いものになるなら、土地をもらえるならと眼の色を変えるものがいるのは納得できるものだった。
鶴松は大きなため息をついた。
「やはり、余剰戦力を海外への探索へ向ける方が良いですね」
「ええ、それが一番だと思います」
「災害対策としての食糧の確保は、災害に強い作物の研究を続ける必要があります。長い年月がかかりますが必要な事でしょう」
農作物の品種改良は、一瞬ではできない。
年単位で行わないといけない為、気の長くなるような時間と労力が必要になる。まして、結果が出るとは限らないところが難しい。
チートスキルがあればと鶴松は思うが、ない物ねだりだと肩を落とす。
「それと、地震対策も必要です」
「天正地震では、内ケ島の者たちが全て消え、若狭から東海までの地域が甚大な被害が起きたようで、対応に追われました。命も多く失いました」
「同じような地震が今後も起きるでしょう。その為に、避難できるような場所を造ったり、簡易的な避難建物を作るれるようにするなどの準備をしなければなりません。食糧の備蓄も直ぐ始めるべきです」
「食糧については、備蓄を始めています」
「明の北方や東北の地域にすむ民族には、移動住居で生活しているようなので、それを手に入れれないか、こちらで作ることが出来ないか、確認してください。住んでいる状況が違うので、そのまま利用できないかもしれませんが、参考になるかもしれません」
「堺の商人に話しておきます」
前に岩覚に今は何年か聞くと文禄2年だと言っていた。次に起きる大地震は3年弱で起きる可能性が高い。それまでに、地震対策と避難の仕方を行わなければと考えていた。
今の時代で死者は少ないかもしれないが、それによる損失は、未来以上に厳しい。災害復興における経済的損失と、復興にかかる費用も莫大になるだろう。
大名によっては、余裕がないために、被災地を切り捨てる可能性も否定できない。
それを防ぐ為に、出来うる限りの対策を行う必要がある。
「氏政殿が、災害対策の責任者になると殿下から聞きました。民を大切にする北条家であれば、適任かもしれません」
民を大切にしていたという後北条家の姿勢なのか、お家再興の為なのか、氏政の考えは分からないが、譜代が少ない豊臣家にとっては、手札が多い方が良いと考え、秀吉は認めた。
氏政は、後北条の家臣は、豊臣の直轄地をまわらせ、諸大名には豊臣の者たちを派遣し、各地を調査し始めていた。領内を調べられることを諸大名は嫌がっていたが、表面上は受け入れて協力していた。
日本の地図に関しては、記憶を思い出して鶴松が説明して書き起こしていた。
避難場所の策定や、危険な場所の確認など、災害の起きる可能性のある地域に記しを付けて行った。それと同時に避難経路もあるかなども調べていた。
詳細なものは時間が掛かるので、これから起きる地域の調査を優先的に行わせていた。
「災害における豊臣家の動きは、民の信頼を勝ち取る武器となります。支援物資を送る時、配布する時は必ず立ち会うようにした方が良いでしょう」
「諸大名は嫌がると思いますが」
「諸大名に任せたいところですが、支援物資を横領する者もいる可能性は否定できません。あくまで立ち会うだけで、差配は諸大名に行ってもらえばよいと思います」
鶴松としては、支援物資を諸大名が配布すれば、諸大名の手柄となり、豊臣家の存在を消されてしまう恐れがある。困っている処に手を差し伸べれるので良いのだけれども、諸大名の人気取りに手を貸すだけなのはどうなのかと考えた。
支援物資をちゃんと配分するかも気になる。懐にしまい込まないとも限らない。不正を監視すると共に、民に豊臣家の存在を植え付ける、何かあれば豊臣家が助けてくれると思ってもらえれば良いと考えた。
「豊臣家の民を思う心を理解し、浸透すれば、諸大名を抑えれるかもしれませんし、情報も入って来るかもしれません。民が一番安心して暮らせるのは、戦のない世です。災害が起きる可能性もあるのに、戦に力を注ぐのは愚かすぎます」
「確かにその通りですね」
「この世の力は、我々人のみではどうしようもありません。なのに人が争って、何の意味があるのか」
「……」
主導権争いで物資や命を減らすなら、一丸となって動けば発展していけるのにと、鶴松は人の業の深さを感じる。
「そういえば、亀井家家臣から陳情があがっています」
「どうかしましたか」
「まだ、後継者が幼子、茲矩殿が調査に出て万が一があれば、家が立ち行かなくなる何とか時期を遅らせられないかと」
「船もまだですし、もう少し先になると思っていたのですが」
鶴松の言葉に、珍しく岩覚は肩を下ろし疲れた表情で答えた。
「話をした時、前のめり過ぎて、帰ってすぐ北方に行く勢いでしたが、まさか、直ぐに行ける準備を整えるとは、油断しておりました」
「でも、船がありませんよね」
「嘉隆殿が出ているので九鬼家は、まだ使えませんと言っていたのですが、上杉家や最上家に話をしたようで、景勝殿や義光殿が協力を約束したと言ってきました。利家殿にも話が来たようですが、殿下が許可すればと言ったら、殿下に許可を取ったようです」
「勝手に、上杉家とかに交渉しては問題があるのではないですか」
「あります。が、調査隊に任命されたので、調整はこちらで行うのが筋と言い出して、聴いた殿下は笑って許したそうです」
秀吉が変わった人物好きには困ったものだと、呟いて岩覚は苦笑した。
「九鬼家や長岡家だけが恩恵を受けるのも良くないでしょうから、北陸や羽州の協力が得れれば、楽になるとは思います。十三湊を有している安東家、津軽家や蝦夷地の蠣崎氏にも声を声をかけると言って、殿下から許可を得ていました」
蝦夷地は広大なため、蠣崎慶広に治めさせる気は鶴松にはなかった。
「蠣崎氏の支配している地域以外の蝦夷地は、豊臣家直轄としたいと思っていますので、所有を希望してきても退けてください」
「分かりました」
「船の手配だけではなく、食糧などの供給をしっかりしなければ、調査は進めれないと思います。だから、もう少し先にしたかったのですが」
「茲矩殿もそこは理解しているとの事で、まず、拠点づくりを早々にして、環境になれたいとのことです。日本で経験した事のない厳寒の地であると聞いているので、少しずつでも調査していきたいと思っているようです」
「かつて渤海国があったところには、女真族と言う騎馬の民が支配していると思います」
「明の支配地ですか」
「大きい意味では、支配地域ですが、その地域で内部分裂を促進し、強大な勢力が出ないようにしているようです。ですので、多少入ったところで、明も過剰に反応しないでしょうし、蛮族同士が潰しあってる程度の認識になるかもしれません」
「それより北はどうでしょう」
「たぶん、同じような騎馬の民がいると思いますが、明の手は届いていないでしょう。それと少し、西に行けばシビル・ハンという国もあるようです。それより西にあるロシアという国に攻められ、苦境にあるようですので、支援してロシアの東進を止めるべきかもしれません」
「……そのような知識を何処で」
「夢の中で、御仏が教えてくれました」
その言葉に、眼を閉じながら岩覚は考え込んだ。真実かどうかは調べれば分かる。もし、ロシアという国が本当に東進してしまえば、広大な地域を支配することになり、日本の北の脅威となる事は考えられた。
明とロシアが協力すれば、日本は一夜にして滅ぼされるだろう。
それならば、余剰戦力を使い、北を守るための橋頭堡の国を作るのも良いと思い至った。
状況によって、奥州や羽州の大名を遷しても良いのではないかと思った。
「行くにしても、物資の問題があります。明から買い取ることは可能だと思います。海禁をしても、商人たちは隠れて交易を求めるでしょう。琉球が重要な役割を持つでしょう。その先にある東番とも呼ばれる地を、南蛮から奪い明との貿易拠点にしていかなければいけません。東番と呼ばれる地や琉球を使えば、物資の購入もできるでしょう」
「外の国が力をつける前に、こちらも力をつけるという事ですね」
「ええ、力無き平和はありえませんので」
「では、北方も含めて、忍びを送り込みましょう」
「嫌がるでしょうけど、上杉家、最上家、前田家からも人を出してもらいましょう」
「それは……」
鶴松は軽く顔を左右に振る。
「人が足りないのです。それに、あちらの忍びの方が寒さにも強いかもしれません。使えるものは使いましょう」
岩覚は頷いた。
「それを考えると、豊臣家以外の情報を纏める人が必要になるかもしれません」
「そうですね……」
「おいおい考えましょう」
「はい」
伊達家の屋敷では、政宗の呟きがあったとかなかったとか。
「また、声をかけられなかった、解せぬ」




