第四十六話 政宗
「藤次郎」
「なんだ、藤五郎」
「朝から鬱陶しい」
「なにを」
「小十郎、こいつを黙らせろ」
「無理です」
「おい、藤五郎、当主に向かって」
「なら、当主らしくしろ」
「むきぃ」
伊達成実は、朝からはしゃいでいる政宗にうんざりしていた。幼少からの付き合いのため、奇行は慣れてはいるが、朝からの気分が高揚している政宗に腹が立っていた。
夜が明けるころに、寝所に勢いよく入ってきて、たたき起こされた。何事かと思って飛び起きれば、満面の笑みで、挨拶してくる政宗の姿。それを見て、肩の力が抜けて、呆れて何事が起きたか聞けば、今日から学問所が出来ると言われる。
何言ってるんだと言えば、鶴松様に会えるとにやにやしながら言い出すその顔は、新しい玩具を手に入れた時とそっくりだった。
肩をすくめ、まだ起床まで時間があるから、寝なおすと言えば、そのまま手を引っ張って、部屋から連れ出されそうになる。
後ろに居る政宗の小姓たちに眼で何とかしろと合図すると、眼を背ける始末。
政宗の来た方から歩いてくる景綱に眼を向けると、肩をすくめる。それを見て、手の打ちようがないほど、気分が高まっていて、手の施しようがないということを知り、膝から崩れ落ちた。
それを見た、政宗が体調が悪いのか、休まないといけないなと言いながら、引きずって連れ出されて今に至る。
「そもそも、小十郎、鶴松様は来られるのか」
「見に来られる可能性はあると思いますが、学問所、いや、学校ですか、年齢を考えれば、まだ学ぶ時期とは思えませんので、鶴松様は来られないと思います」
「だと思うが、なんで、これが此処まで盛り上がっているだ」
「まあ、そこは一種の病気なので致し方ないかと」
「だから、お前ら、当主の扱いがひどくないか」
政宗を無視した成実と景綱のやり取りを聞いて、怒り出す。
いつもの事なので、小姓も二人も放置して、話をしている。その態度に、ますます、政宗の表情が歪んでくる。
「お主ら……」
「はいはい、藤次郎、抑えろ」
「抑えられるか」
顔を左右に振りながら、成実は政宗に問いかけた。
「しかし、お前の鶴松様に対する執着はひどいけど、何があったんだ」
問いに、じと目を成実に流しながら答える。
「直観」
成実のその答えに、眼を細めこめかみが動いた。
「お前……」
「成実様、政宗様の直観は馬鹿にできません」
目線を景綱に向けて、あきれ顔になった。
「小十郎、お主は藤次郎に甘すぎる」
「まて、藤五郎、小十郎は甘くないぞ」
成実は、大きなため息をした。
「まあ、いい」
「藤五郎、今の殿下のやり方に違和感がある。大陸への調査団なぞ、殿下が送るわけがない。煩わしい調査をせず、殿下であれば、軍を整え攻め入るだろう」
「殿下は、織田に仕えた頃から入念に下調べをして、戦に臨んだと聞いているぞ。それを考えれば、おかしくあるまい」
政宗は頷いた。
「そう、今までであれば、そうだろう。だが、情報を集めれば、信長公が討ち死にし、光秀を討った頃から傲慢さが見え始めたようだ」
「ほう」
「綿密に情報を集め、敵を切り崩すことは変わらないようだが。多少の失敗は笑って許し、褒美などでやる気を出させて、家臣を大切にしていたようだが、織田を飲み込むようになった頃より変わったようだ。気に入らないことがあれば、激昂することも多くなり、家臣に気を使わなくなり、役に立たないと判断すれば、切り捨てることもいとわないようになったらしい」
「天下を取り、傲慢になったと」
「それもあるだろう。だが、人の本質はあまり変わらない。元々そういう気質があったのだろう。信長公に仕えたことにより出世はしたが、累代の宿老たちからの嫌がらせや、やっかみでさらに歪めたかもしれない」
「そして、天下統一して、誰も上に居なくなったから本性があらわれたと」
政宗は、頷きながら大きくため息をついた。
「まあ、誰にでも傲慢になるのこともあるから仕方あるまい。朝鮮とは交渉事もしたようだが、齟齬もあったのか決裂しているようだ。情報も商人たちから集めていたようだから、勝算があっての決断したはずだが、現地に忍びなどのを入れていない。間接的な情報のみで、判断したとなると危険だ」
「大陸の甘く見ていると」
「朝鮮も明も内情は末期だろう。そこに攻め入れば戦で勝ち支配できると思っているのだろうが、あちらとこちらでは、文化が違う。そこを調べ上げず、進攻しようなど傲慢以外の何物でもないだろう」
「確かに、言葉が違っている時点で、意思の疎通も難しいだろうな。この日本内でもそうなのだから、なおさらだろう」
「傲慢になっているはずなのに、自説を変えさせた誰かが居るはずだ」
「……北政所様ではないのか」
顔を左右に振りながら、政宗は否定した。
「確かに、影響力はあるだろうが、政策を変えさせることは無理だろう。そうであれば、諸大名や商人が北政所様に群がっているだろう」
「では、淀君様か」
「違うだろう、あのお方は、そのようなことは言わない気がする。殿下と同席した所を見たが、あれは、殿下から一線引いている」
「そうか。かといって、それで、鶴松様ということはあるまい。歳を考えれば、低すぎるぞ」
成実の言葉に、にやりと笑いかけた。その顔をみた成実は、いらっとして、顔を殴ったがとっさに政宗はかわした。
「おい」
「すまん、その顔見ていらっとした」
「成実様、お気持ちはわかりますが、抑えましょう」
「いや、ほんとお前らひどいな……まあ、いい。歳を考えたらふつうはない」
「だろ」
「だが、最近、鶴松様の情報が集まらないのがおかしい。黒脛巾によれば、関東に居た風魔が豊臣に従ったらしいが、鶴松様に関わるところに見え隠れしているようだ」
「……判断としては、微妙ではないか」
「そう、だから直接見て判断したいのだ」
「……だから、気分が高揚しているのか」
「そうだ」
「なるほど、迷惑だ」
「おいぃぃぃぃぃ」
「小十郎頼むぞ」
「はい」
政宗の絶叫は無視され、成実は景綱にはめを外し過ぎたら強制的に退場させるように話をした。
一回目の講義が終わり、鶴松の元に岩覚が報告に来ていた。
本格的に実施する前に、問題点や改良点を見つけ出すために、一回目の講義が実施された。
参加は、秀次など一門、三成、清正、正則、吉継など秀吉子飼いの大名やその一門、信繁や後北条など鶴松の家臣たちの予定だったが、政宗がごり押しで頼み込んだため、政宗だけは特別に参加が許された。
「どうでした」
「政宗殿が鶴松様に会えなくて残念がっていました」
「え」
「なので、接触しないように気を付けてください。今、殿下の行っている中で、鶴松様が関わっていることがあると政宗殿は考えているようで、わくわくした表情で鶴松様の事を探していました」
「……なんで」
「さあ、戦乱末期とはいえ、乱世の武将。情報とするどい己の勘を持っているのでしょう。若いとはいえ、油断はできません」
鶴松の記憶には、男女関係なく手当たり次第の拙僧なしの人物。遅れた英雄、もう少し早く生まれていれば天下を取っていたと、誇大表現された人物の印象がある。
才能もあり、配下も優秀なのは理解できたが、地域が京より遠く、たとえ、早く生まれたとしても天下は無理だろうと思っていた。
(まさか、貞操の危機じゃないよね。油断できないか)
「小太郎さんに、周辺警護と情報収集をお願いしないと」
「はい」
「それで、反応はどうでしたか」
「剣術や槍術は正則殿や若い者たちには興味津々でした」
「軍略には興味があるようでしたが、農政などには三成殿や吉継殿ぐらいしか興味を持たなかったようです。書については、年若なものは教えれそうですが、年かさのものは難しそうです」
「そうですが、書に関しては、統一的な書き方を指導し、報告書などを書く家臣たちに覚えさせた方が良いかもしれませんね」
「和歌などは政宗殿が興味を示したぐらいですか。あと、秀次殿が女子はおらぬのかと肩を落としていました、やる気が全くないようです」
「……」
(秀次も政宗も女好きは同じなのに、なぜこうも違うのか……女性問題で失敗しそうだな……)
「やる気がなくても、秀次殿は、内政に関してはそこそこ理解できているので、問題はないのですが、女子がいるかどうかでやる気が変わるので、他の一族に期待したいところです」
「まったく……」
「女子の話で、政宗殿と秀次殿が言い争ったり、和気あいあいと話したりと、二人だけ周囲と違う雰囲気がありました」
「何やってるの」
岩覚の話を聞いて、鶴松はがっくりと肩を落とした。
「言われた通り、豊臣家の正当性を教えるという事は今回はしませんでした」
「ええ、時期が早いですし、ある程度年齢が経った方は難しいので、もう少ししてからになるかと思います」
「分かりました。内容はもう少し詰めます。それと、豊臣家に対する忠誠を教え込みましょう」
「まだまだ、検討が必要ですね……あ、そういえば、藤孝さんから書状が来たとか」
「ええ、交渉しつつ、移動しているようですが、途中、倭寇に襲撃を受けたとか」
「倭寇と名を騙る朝鮮や明の海賊ですね」
「ええ、大半がそうらしいですが、彼の国は認めたくないようで、未だに倭寇として、こちらに責任を擦り付けることが多いようです」
「それで、どうなりました」
「利益殿たちが活躍したらしいです。政実殿などは、船での戦に慣れていなくて、手間を取ったようですが、撃退に成功したようです。多少の怪我はあったようですが、死者はいないようです」
死者が居ないと聞いて、鶴松はほっと胸をなでおろした。
「倭寇を討った後、その船などを引き渡せと明の役人が言ったようで、交渉した後引き渡したそうです」
「交渉ですか」
「ええ、役人たちが自分たちの手柄にしたかったようで、強奪しようとしたようですが、これもまた、利益殿や倭寇の戦いで鬱憤を晴らすために政実殿が暴れたようです」
「まずくないですか」
「其処は、相手も打ち身ぐらいの怪我で大したことがなかったようです。藤孝殿が役人と交渉し、港に入る事と商売をする事を黙認し、乱闘もなかったことにすれば、倭寇と船を引き渡すと言ったそうです」
「でも、乱闘したら藤孝さんたちが悪いとして、捕らえられませんか」
「そうですね。でも、倭寇を撃退し捕らえ、それを奪おうと兵を引きつれた役人たちもすべて捕らえるようなものたちを相手にすれば、被害が大きくなり失敗を隠せなくなります。事によれば、物理的に首が飛びます」
「それで、裏取引をしたと」
「ええ、多少の袖の下もあったようですが、補給したらすぐ離れたようなので問題なかったようです」
「海路は荒れているようですね」
「明や朝鮮の政が乱れている証拠かもしれません」
「それだけに、攻め入れば勝てると父上も思ったのでしょうが……」
「書状では、朝鮮の地は得ても痩せており、整えるにも莫大な費用と時間がかかると。明の地は、個々別々で意思がまとまらず、多民族でおさめるのが難しいともありました。調査はまだまだですが、得るものが少なく感じていますね」
「労多くて、幸少なくでは意味はないと思います。今、藤孝さん達は、どこにいるのでしょうか」
「あちらも、まだまだ色々ありそうですね」
「中間報告も、土産話も楽しみです」
「慶次郎、船が見えるぞ」
政実の声に、帆先に向かい遠くに目を向ける。その先には、大小の船がこちらに向かってきているのが見える。
もっと目を凝らすと、船上に立っているものたちを見ると、国内の海賊の様な雰囲気がしており、手にも武器を持っていた。
「ありゃ、海賊だな」
「交渉できそうか」
「わからんが、備えをしたほうが良いな」
利益の話を聞いて、政実の元に報告に走った。それには目を向けず、向かってくる船から目を外さなかった。
久しぶりに戦いが出来ると、そして、不慣れな船上での戦い。
不利な状況での戦いに血がたぎってきたことを感じつつ、船室に武器を取りに行った。
戦支度をし終わって、相手に見つからないように隠れた。
船員の一人が、大きな声で、呼びかけた。
「おぬしら何かようか。ようがなければ近寄るな」
船員の声を無視し、相手の小舟が速度を上げて近づいてきた。
中型の船から弓が放たれ、呼びかけた船員の近くに突き刺さった。それを見て、舌打ちをしてから船員は倭寇だと言って、船室に武器を取りにもどった。
「慶次郎、その弓引けるのか」
「いい弓だろ、鉄でできた弓だ」
そう言いながら、弓を引き絞り攻めてきた船に放った。
矢が帆柱に突き刺さり倭寇の者たちは驚愕の表情を浮かべた。
慶次郎の弓を合図に、船員や政実たちが弓を放ち始めた。
倭寇は、弓の攻撃にめげず、船をぶつけて乗り込んできた。
船がぶつかり揺れることにより、船員は慣れたもので迎撃をしていたが、政実たちは慣れておらず、体を崩したりしながら迎撃をしていた。
船乗り以外が苦戦している中、利益は相手の船に乗り込み敵を叩ききっていた。
「藤孝殿、大丈夫か、慶次郎が向こうに言っているぞ」
「……風魔の者が付いているので大丈夫だろう。楽しそうなので、放っておけばよい」
政実と話しながら、藤孝は倭寇を切り伏せていた。
船上での戦いを難なくしている藤孝を見ていると、政実は新当流の剣士とはすごいと感じていた。
公家と対等に付き合える公家武士と思っていたが、考えを改めた。
しばらくしたら大半の倭寇を切り伏せ、船を拿捕し終えた。
重症の者も何人かいたが、命の危険はないようで治療を進めていた。鶴松が用意した薬草や蒸留酒などで治療を行った結果だった。
「おい、大丈夫か」
「政実は、どうだ」
「こっちは全員無事だ、多少傷を負ったものもいるが。船員で深手をおったが、治療をして命の危険はない」
「なら良かった、こっちは、問題ない」
「なんか、物足りなさそうだな」
「いや、なかなか楽しかったぞ、船上の戦いは歯ごたえがある」
利益の言葉を聞いて、政実は呆れた顔を見せた。
「まあ、これから倭寇の根拠地を叩きに行くか」
「それは……」
「藤孝殿から、許可は得ている。残っているものも少ないだろうし、楽しみだな」
「はぁ」
その後、倭寇の根拠地を襲撃し、財宝や船などを手に入れ、倭寇の船に、倭寇を縛り付けて曳行して、港へ向かう事になった。




