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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第四十五話 学校

※二千十八年四月十八日、誤字、文章修正

「そう言えば、学校の建設はどうなりました」


鶴松は、京か大坂に大名やその家臣の子弟を教育する機関の設立を秀吉に頼んでいた。

同席した三成は、諸費用を大名に捻出させるとしても、諸大名の強化に繋がるとして、反対した。

有能な軍配者や補佐役、配下が増えれば大名が富み栄えることになり、統制がきかなく恐れがある。食糧が増えれば、飢えるものがなくなり、兵が増え、その力を背景に反抗するかも知れないと理由を述べた。


秀吉も三成の話を聞いて、否定的な態度になった。

天下統一と言っても、まだ、戦乱の生き残りも多く、あわよくばと考えているものたちも存在していた。

特に、家康を警戒していた。

大領を保持しているのは、前田、毛利、上杉、伊達、最上、蒲生、佐竹、島津などがいる。

伊達、最上、佐竹、島津は、京や大坂から遠く、朝廷との繋がりが薄く上方に登るまで敵が多い。畿内の権謀に疎く、兵は強くとも農兵中心では限度があり、驚異ではなかった。


蒲生氏郷は、長年信長に仕えて、才を見いだされたほどの器量はあったが、奥州の監視役でもあり、周囲の大名も警戒しており同調して立ち上がるのも難しいと考えていた。

奥州を抑えれるだけの器量がある武将が、秀吉の手元にいず、氏郷を配置したが、その才能と若さを恐れていたのもあった。


子飼のものたちが、後、十年ほど経験と実績があれば奥州に配置できたと、係累の無さを秀吉は嘆いた。


前田は、利家は信頼はしている。だが、家を残すためなら非常の決断はできる。利長は才能はあるが、御曹司的おおらかさと、弱さがあり代がかわれば問題ないと考えていた。

毛利は、小早川隆景が死ねば恐れることはなく、上杉は、直江兼続が気になるが、謙信が居たころほど恐れはない。


その大名たちの子弟を育てることにより、豊臣の脅威になるのではと、秀吉は危惧した。


鶴松は、反対は予想出来ていた為、岩覚と話し合っていた。

教育は、教化であり豊臣支配の正当性を刷り込むことでもあると説明した。

それによって、必ず成功するわけではないが、長期で行えば効果があると説明した。

豪族、藤原氏、平氏、源氏、北条氏、足利氏と天下を治めたが、権威や方便もあるが、それが正しいと日本の人々が思い込んでいて、当然と認識していたに過ぎないと鶴松は説明した。

子弟や庶民に教育を施すことにより、豊臣が天下を治めるのが当たり前と刷り込めば、反乱や一揆もある程度は抑えられると話した。

鶴松は、教育は毒にも薬にもなる事を先の未来で学んだので、妄信する気はなかった。

幕末、尊王攘夷の思想に染まり、無差別的なテロが行われ、罪もない人たちが天誅という言葉により殺害された。第二次世界大戦でも偏った教育により国民が戦争への道を歩まされた。そして、戦後は、その反動の偏った教育により戦前のように閉鎖的なっていたと感じていた。

教育の難しさは、知識だけはなく知恵を付けることを考えなくてはいけない。そして、色々な情報や人と接する事により、自律できるような人材を育てることにあると鶴松は思っていた。

今の時代に、それを求めることは難しいと思ってはいるが、方向性は示しておきたいと考えている。


「建物はもう出来上がっています。教材となる書籍の内容を精査が必要です。武経七書、漢詩・漢文、書などの書籍は足利学校や公家衆、寺社などからの借り受け、写しています。数がまだそろいませんので、ひとり一冊は難しいかと思います。南蛮の書物は今訳してるところなので、まだまだ時間がかかるかと」

「南蛮の者は、なるべく早くしてもらいたいですが、仕方ないですね」

「はい。それに、南蛮の書物がなかなか手に入りにくいです」

「……彼らは貪欲です。黄金を積み上げれば、万艱を排して持ってくる気がします。医学、造船、建築、兵書など、一冊でも手に入れれば、こちらのものです。堺や博多の商人に働きかけてください」

「分かりました」

「それに、木版印刷機が出来れば、写す時間短縮できます。活版印刷機が運用できれば良いのですが、現物もないです、文字の数を考えれば、今は木版印刷機の改良と、量産を目指しましょう。明にはより良い者があるかもしれません。明の商人は、南蛮人と同じく貪欲ですから、何とかなるのではないかと思います」

「ふふふ、商人というものは、どの国でも貪欲ですからね」

「確かに」


二人は顔を見合わせて笑いあった。


「教えるものたちは、公家衆や足利学校を出たものや僧や神主などを考えています。三成殿や吉継殿からは家臣を出すと言われましたが、今のところ、何処かに仕えている者たちは使わないことにしています」

「それで良いと思います。他家の紐付きの場合は、色々ややこしいですからね」

「はい」


鶴松の家の大小での差を学校では持ち込まないようにしたいと考えていた。他家から来たものが、仕えている家の者たちを優遇し、派閥を作り、徒党を組むことにより争いが発生し、学校を出てからも後を引けば、争いや謀叛などに繋がるかもしれない。

考えすぎかもしれないが、危険性は認識しておかなければならないと岩覚に説明していた。

何でも完璧に出来るわけでも、思い通りになるとは思わないが、問題管理と対策を立てる事の必要性は何度も岩覚には説明した。

三成にも説明したが、岩覚とは違い問題があれば、処罰すれば良いと失敗を許さない方向に行きそうだったので、くどいほど説明して納得させた。

幾分、柔らかくなったとはいえ、まだまだ柔軟さが足りない気がしたが、秀吉も岩覚も三成を窘めることはなかった。

それが三成の良いところでもあると思っているから、二人は受け入れているが、未来を知っている鶴松は気が気でなかった。


「ああ、それと学校の参加者に関して、問い合わせありました」

「どのようなものですか」

「子弟だけではなく、当主でも行くことは可能なのかと」

「向上心が高い人がいるのですね」

「まあ、向上心の高いと言うか……」


岩覚が困った表情をして言いにくそうにしていた。


「三成さん、吉継さん、正則殿さんですか」

「いえ、彼らは忙しいですから時間が開いた時に聴講するか、書籍を借りると言う話は聞いてます」

「信繁さんや北条の子弟は当主でもないでし……氏直さんですか」

「氏直殿は、当主ではありますが、ご家中の方々の願いもあり参加予定です」

「では、だれが」

「何名が居るのですが……まず、輝元殿」

「え……」

「隆景殿からの願いがありまして、鍛えなおしてほしいと」

「いや、でも、輝元さんの話を聞く限り、内政も含めて問題なく行えていると聞いていますが」

「そうなんですが、隆景殿にしてみれば、物足りないのでしょう。兄である隆元殿が亡くなり、元就殿亡き以降、元春殿と共に、後見人として支えていますが、戦乱を経験した身としては物足りないのでしょう。太平の世であれば、良き当主でしょうが、まだ、戦乱が燻っている今は安心できないのでしょう」

「父上はなんと」

「入れてやればよいと許可を出しています。三成殿は苦虫潰したような表情していましたが」


思い出しながら岩覚は口元を緩めていた。


「隆景殿が直接頭を下げにきましたから、剣術の稽古も手加減なしでお願いしますと、厳しいことを言っておられました」

「……父上が許可しているなら良いと思いますが」


岩覚は頷いた。


「しかし、(亀井)茲矩殿や(伊達)政宗殿は、自ら殿下に面会を申し出て参加を嘆願しました」

「政宗さんは、なんか首を突っ込んできそうな感じがしますが、茲矩さんとは」


鶴松は、有名な人だったかと、記憶をあさったが、茲矩と言う名前に記憶がなく、首を傾げた。


「茲矩殿は、元々尼子の家臣で、尼子が毛利によって所領を奪われた後、尼子勝久殿と山中幸盛殿共に、尼子再興の活動をしていました。敗れとん挫したのちは、殿下に従いました」

「なるほど」

「学校で南蛮の事が学べると聞いて嘆願に来たようです。かつて、琉球を賜りたいと言うほど、南蛮や国外に興味が強いようです」


岩覚は、嘆願に立ち会った時の茲矩の事を思い出して苦笑いした。

今にも飛び上がらんばかりの勢いで部屋に飛び込み、秀吉や三成、小姓たちが若干引いていたことを思い出した。いつもの三成なら窘めるはずだが、あまりの勢いに口が引きつって何も言えなかった。


「殿下は、領内の事もあるから難しいのではないかと殿下も説得しようとしたのですが、飛び上がらんばかりに行きたい思いを延々と語りだし、殿下が折れて許可をだしました」

「……なかなか、個性的ですが、やる気はあるのですね」

「確かに、茲矩殿は問題ないと思うのですが」

「では、政宗さんが問題と」

「ええ……、茲矩殿とは違い、好奇心旺盛と感じたのですが、どちらかと言うと鶴松様に会えるからだと思います」

「私ですか」


岩覚はうなずいた。


「前から鶴松様に会いたいと公言し、面会の申し出も何度もありました。殿下や三成殿の判断ですべて却下していました」

「確かに、この歳で会うのは止めた方が良いですね」

「政宗殿は、好奇心だけではなく、野心も持っていますから、会われたのちに、よからぬことを企む可能性もありますので、注意した方が良いと思います」

「なら、会うことがあったら一般の子どもと同じふりをした方が良いですか」

「その方が良いですね」

「分かりました」

「それで、政宗さんは」

「三成殿は反対していましたが、殿下は面白がって許可されました」


独眼竜と言われ、戦国末期の武将の代名詞の一人である政宗に、鶴松は興味があった。

だが、周囲は、人間性で悪影響が出るのではないかと、鶴松から遠ざけている。素直なところもある鶴松が籠絡されるのではないかと、政宗を毛嫌いしている三成あたりは警戒を強めている。

秀吉は、政宗の傾奇者ぶりに好感を持っていて、何事も面白がっている感じがあった、政宗に、亡き信長の若き日を重ねているのかもしれないと岩覚は考えていた。


「会う時があれば、相談します」

「わかりました」






「小十郎、学校に行く許可をもらったぞ」


子どものようにはしゃぎ、大きな声をあげて屋敷に戻ってきた。

その姿を見て、首を左右に振り、今後の事を考えて気が重くなった。子どもの頃は引っ込み思案で、もじもじしていたのにと遠い目をした。

無邪気で子どもの様な稚気は政宗の魅力だと思っている。当主として冷徹に判断し躊躇なく役に立たない思えば切り捨てる。絶妙な平衡感覚を持った主だと景綱は仕え応えがあると思っている。

ただ、稚気も行き過ぎると、家中で収まればよいが、対外的になってしまうと笑って済ませることが出来ない為、頭を抱える日々が続いている。


「殿、行ったとしても、鶴松様に会えるとは限りませんよ」

「まあ、それはそれよ、あそこに行けば、南蛮の言葉や書物が読めるかもしれん。向こうの情報が入れば、貿易もやり取りもできるやもしれん」

「確かに、今後を見据えて、準備をするのは大事かと」

「わしが居ないときは、お主と藤五郎に任せる」

「はい。ただ、藤五郎殿が殿だけが面白いことするなと、ごねそうですが」

「ふむ」


政宗は、右手で顎を何故ながら屋敷の天井を見つめた。次第に、口元を歪ませ始め、景綱は呆れはじめた。


「殿何をお考えで」

「いやな、藤五郎が行きたいと言うなら、お前も含め、皆で行けばどうだ」


こめかみを指で揉み、何を言っているんだこの人はという視線を政宗に向けた。


「大人数を受け入れてくれるはずないでしょう。思いつきで言わないでくだ……って、殿」


景綱が言葉をかける途中に、背を向けて屋敷から出て行こうと政宗は駆け出した。


「殿、何処に」

「殿下に嘆願に行ってくる」

「ちょ、ちょっと、待ってください」


駆け出した後ろから景綱が追いかけていき、護衛もものたちも慌てて駆け出していた。






「何やら、伊達の若造が騒いでいたようだな」

「はい、殿下が作る足利学校のようなものに行きたいとごね、許可をもらった後に、更に家臣もと嘆願に行ったようです」

「で、許可はもらえたのか」

「条件付きで」

「ふむ」

「参加人数を見てとの事です」


かつて、今川家の人質の時に大原雪斎から受けた教えを思い出し、自分も若ければと家康は考えた。しかし、首を振りながら、今更、他の者たちと学ぶなど億劫に感じた。もし、学ぶのであれば、こちらに来させて教えさせればよい、自ら行く必要はないと思い直した。


「で、その学校はものになりそうなものか」


家康の元にも、学びに来るものが居るかの問い合わせは来ていた。教育などに興味がなかったはずの秀吉の行動に疑問を感じ、返答を保留にしていた。


「学ぶ内容は、足利学校と同じようなものに、南蛮のものが追加されるようです」

「ほう、南蛮か」

「はい、行かせる価値はあるかと思います」

「では、誰を」

「家中では、この件は小ばかにしているようで、希望者はおりません」


正信の言葉に家康は苦笑した。徳川家家中の中には、秀吉を快く思っていない者が多く、豊臣からの申し出には嫌悪感と反発を強烈に出してくることが多い。

笑顔とは言わないが、流せるほどの処世術は持ってほしいと家康は思っていたが、偏屈者が多く困ったものだとぼやいた。


「使えそうな秀康は、もう送り出したな」

「ええ……そういえば、直政殿が行きたいと言っているとか」

「無理だな、問題を起こす未来しか見えない」


大きなため息をつきながら、行かせることが出来れば次代を担う直政は適任だが、かつての殿下とのやり取りを思い出すと、危なくて送り出すことが出来ない。


「拙者の倅を出しましょう」

「家中からまた嫌味を言われそうだな」

「今更です」


家康の気遣いに、正信は苦笑で返した。


「まあ、文句があるならだれかを出させるか」

「殿にお任せします」

「正純を付けて、秀忠を行かすか。」

「分かりました」


秀忠には、足りないところを学ばせ、正純に他家との繋がりや情報収集を任せようと家康は考えた。正信も特に言われることもなく、家康の考えを理解していた。

ただ二人とも、正純の性格を考えて、もめないように注意する事だけは忘れないでおこうと考えが一致していた。

正純の存在は、豊臣家の三成と同じであり、徳川家の問題でもあった。有能であるが融通が利かず、高慢な態度、只でさえ父正信が家中で嫌われているにも関わらず、態度を改めようとしない事に危惧を家康は感じていた。

正信は所領を僅かにして、家中の不満をかわそうとしているが、その事を正純は理解しているとは思えなかった。

若いと言うわけではないが、甘いと家康は考えていたが、正信は、それで家が滅んだとしても仕方ないと思っていた。

既に、三河一向一揆で、一度、わが身は滅んだもの、家康にとって、徳川家にとって害になるなら滅びれば良いと、達観していた。


「家臣を育て、鍛えてくれるのであれば、それを利用すればよい」

「はい」


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