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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第四十四話 出島

※二千十八年三月九日、文章修正

鶴松は、藤孝から送られてきた書状を見ていた。

時々、眉間にしわを寄せながら読んでいた。


初めて鶴松が秀吉からの手紙を読んだときも同じしぐさをして、周囲は心配した。

岩覚たちは、良くないことが書かれているのかと考えた。

鶴松のことを心配した岩覚がそれとなく聞くと、字の癖が酷いときや、分からない字があると話した。

納得した岩覚がそれから書について教えることになった。教本なら未だしも、人により、よく言えば個性的、悪く言えば落書きのような字も多く、鶴松にはまだまだ厳しいものも多かった。

いずれ、現代のような字の書き方を普及させたいと、鶴松は考えていた。


藤孝の字は達筆であり、癖も少なく綺麗だったが、達筆すぎて逆に読みにくかった。


「何かありましたか」

「順調なようです」


岩覚が聞くと、鶴松は書状を渡した。

受け取った書状を素早く読み鶴松へ返した。


「父上の所にも同じものが行っていると思うけど、念のために渡してください」

「分かりました」


岩覚は、書状を手に取り懐に締まった。


「鶴松様」

「何でしょう」

「済州島を買い取る意味はあるのでしょうか。買い取っても火種にしかならないと思うのですが」

「買い取れれば良し、買い取れなくても問題ないです」

「では何故」

「ひとつは、対馬から眼をそらせないかと」

「そらせますか」

「難しいかもしれませんが、多少は逸れればよいです。対馬はこの国の領地であることは、足利義持公の時に両国で確認しあってはいます。でも、今までの宗氏の態度から向こうも反故にする可能性があります」

「確かに、属国扱いをする恐れはあります。あの国からすれば、我が国は、東の蛮族扱いかもしれませんね」


岩覚は、そう言いながら苦笑した。


「対馬から宗一族を取り除いたとしても、あの国立場なら服従したもの達を排除したとして、戦を仕掛けてきてもおかしくないです」

「そのような時に島を売ってくれと言うのは、挑発と受け取られかねないのではないですか」

「なので、義智さんたちはしばらく動かしません。それに、動かすとしても、時期をみないと、朝鮮と組んで反乱を起こしかねません。幾ら戦を忌避していても、属国と見なしているものたちからの要請は断れないでしょう」

「そうなれば、明にも援軍を要請するかもしれませんね」

「元冦の再来になれば、得るものなく鎌倉の二の舞です。なので、対馬は現状のままに見せておき、済州島の交渉をします」

「その交渉をしている間に、対馬の体制を整えるのですか」

「義智さん達次第ですが、問題なければ、代官を派遣しその下で仕えてもらっても良いとは思っています」

「明確な裏切り行為を殿下は許しますか」

「嘘も方便、そうせざるおえなかった事を考えれば、仕方ないところもありますし、父上が治める前のことは眼を瞑ってもよいかと。それに、急な変化は島民も動揺するかもしれませんので」


岩覚にしてみれば、剽軽な秀吉の姿の裏には、苛烈で酷薄な姿があり、義智や博多商人に対して怒りを覚えていると感じていた。

また、甘い対応は、大名たちに侮られる危険もある。今回の件を知っているものも少ないが、戦乱が収まって間がなく油断は出来ないと岩覚は思った。


「済州島が買えれば、義智さん達を移動させても良いです」

「将来の禍根となりませんか」

「禍根など考える前に、治めることに手いっぱいで頭が回らないでしょう」


鶴松の言葉に岩覚は不安を感じながらも頷いた。


「まあ、狙いとしては、済州島を朝鮮との商売をする出島にできれば良いです」

「出島ですか」

「そうです。出城、付城のようなもので、島なので出島と言えば良いのでしょうか、付島でもよいかもしれません。朝鮮や明の眼をそちらに向けておければ良いかと思います」

「眼を向けて、こちらは侵攻の意思はないと。しかし、出城や付城であれば侵攻も視野に入れたものではないのでしょうか」

「まあ、名称は上手くいえば考えれば良いですし、済州島の呼び方は変わりませんし、あくまで、済州島をどういう位置づけにするかという呼び方なので、拘りはないでし、侵攻の為の拠点にする気はありません」

「なるほど、分りました。話がうまくいった時に考えましょう」


鶴松は頷いて、言葉を続けた。


「済州島の扱いとしては、海禁策を取っている朝鮮との取引を滞らずにできれば、こちらも潤います。それに大義名分があれば、朝鮮も納得しやすいでしょう」

「確かに、どこの国も大義名分がなければ、どれだけ利益があることが分かっていても認めれないものですからね」

「もし、そこで朝鮮が認めれば、明とも済州島で取引が出来るかもしれません」

「朝貢している朝鮮の領土での取引と言うことで、納得させれるかもしれないと言う事ですか」

「そうです。明の皇帝はこの世の中心であり、一番と尊いと考えている感じですからね。倭寇の話もありますし、直接的にやろうとすると、頭を垂れ膝をつかないと難しいでしょうから、父上は認めないでしょう」

「確かに、倭寇と言っても、実際は、明や朝鮮の者たちが大半なのですけど、彼らにとっては関係なく、倭寇と言う賊も日本という国も同じ扱いかもしれません」

「玄蘇さん、義智さんには交渉を頑張ってもらいましょう。落としどころは、取引を自由にできる場所の確保です。朝鮮も政権が長く腐敗が進み、派閥争いで付け入るすきはあるはずです。朝鮮へ攻め入るのは利益はないですが、取引による利益は大きいはずです。そこに明が入れば、利益は莫大になるはず。手に入れる領地よりも手に入るお金の方が使い道は多いですから、父上も理解してくれるはずです」

「確かに、戦で消える糧秣や資金を考えれば、取引での利益を得る方が良いでしょう」

「商業中継島にして、警備防衛をこちらで行うことが出来れば、長期的に支配を浸透できるやもしれませんが、まあ、取らぬ狸のなんとやらですが」


その言葉に岩覚は笑い、鶴松もつられて笑った。


「商人は、何処の国でも貪欲で、儲けに目があありません。明とて朝鮮とて、そして、わが国でもおなじでしょう」

「国が動かなければ、商人から揺さぶりをかけていくと」

「ええ、じっくり時間をかけていけば良いです」


鶴松の記憶には、清が興り明が亡びるはずと言う記憶がある。朝鮮半島がどうなるかは知らないが、明が倒れると政情も安定しないだろうと考えていた。

自主独立していれば、影響も少ないかもしれないが、属国である状況では影響は計り知れない。そこでつけ入り済州島も手に入れれるかもしれないと思っていた。

手に入れても現代の事を思い出すと火種になるかもしれないが、領土問題も自国領土が標的にならないよう自国の外に火種にしたいという思いもある。


「藤孝さんの調査と情報を待ちましょう。これから琉球もありますし」

「義弘殿が、琉球への出兵を殿下に願い出ているとか」

「それは、認めないように父上には言っています。できれば、琉球はこちらに帰属させ、代官なりを派遣した上で、南の貿易中継地にしたいと父上には伝えています」

「島津家に治めさせるのは無理ですか」

「苛烈な取り立てを行う恐れもありますし、帰属意識よりも反発が強くなる恐れもありますので、琉球は琉球のやり方で治めてもらいこちらに帰属してもらう方が長期的にも良いと思います」


鶴松の考え方は、今の時代には甘いと岩覚には思えた。侵略できるならば、領土を奪う事こそこの時代の考えであり、武力をもたない琉球へ侵攻しようとする島津の考えも理解できた。

だが、鶴松の言うように、侵略をすれば、苛斂誅求を行う可能性は否定できず、明との貿易の利益をすべて島津が独占すると思えた。

琉球の形を残しつつ、教化して帰属させるのが先を考えれば、手間はかかるが最終的な利益になると思えた。


「琉球の先には、高山国もあり、その先には南蛮人が侵略した島もあります。其処に既に住んでいる人たちもいますが、住んでいない土地に入植する事も可能でしょう。無理に土地を奪うより、交渉で土地を譲ってもらう方が良いです。ただ、武力で訴えてきた場合は、対抗せざるおえませんが」

「南蛮人から手に入れた地球儀と言うものが、この世を映していると言うのであれば、広大な土地は他にあるのでしょう」

「ええ、ただ、先に住んでいる人に配慮しなければ、無用な血を流す恐れがありますし、その土地特有の病気も存在します。戦以上に、危険であり見えない敵との戦いでもあります」


風土病の対策は、現状、大半が無理じゃないかと鶴松は考えている。抗生物質や治療技術など、現在とは違い、医療技術が未成熟な状況では命を落とす人も多いだろうと思えた。

道三たちとも協力しているが、まだまだ、追いついていない現状に歯がゆく思えた。もう少し、しっかり勉強しておくんだったと後悔していた。


「そういえば、鶴松様から話のあった佐渡ですが、上杉家が支配を固めているようです」

「そうですか、もう少し早ければ、こちらで抑えれたのですが……」

「佐渡は砂金が取れると言う話は聞いたことがありますが、其処まで重要ですか」

「佐渡には、金山があります。埋蔵量が大きいです」

「……本当ですか」

「夢に、金山彦神様が出てきて神託をくれました」


鶴松の言葉に、岩覚は疑いのまなざしを向けつつ、あえて何も言わず頷いた。岩覚も仏門に入っており、神託や霊験などを信じてはいたが、鶴松の表情から何かあるのではないかと疑問視していたが、それが悪い方向に行っていないため、あえて触れることはなかった。言動や表情から気が付かれる恐れがあることを理解させる為、岩覚はわざとらしい態度をとるようになった。

その視線に、もうそろそろ神様で押し通すのが難しいかもと思いつつ、気が付かないふりを鶴松はする。


「鶴松様から聞いた水銀流しという手法は、画期的で産出量も上がったと聞いています。それを使えば、佐渡の算出は莫大となるのでしょうか」

「はい、佐渡の海岸にも金が含まれた石も大量にあると思いますし、何れ、上杉家が気が付く前に直轄地にした方が良いと思います」

「あそこには、兼続殿が居ます。こちらの動き次第では気が付くのではないでしょうか」

「だからこそ、兼続殿であれば、上杉家の事を考えて譲ってくれるのではないでしょうか。それに代わる土地は必要になるとは思いますが」

「滅ぼされないためですか」

「その通りです。不満を持たれない為に、越後の湿地帯の干拓と、貿易による利益供与と交換しても良いかもしれません」

「越後の湿地帯を干拓ですか」

「ええ、干拓が成功すれば、穀倉地帯となり膨大な米がとれるようになれると思いますよ」

「あの雪深い地域がですか」

「籾も選ぶ必要があります。寒さに強く、災害にも耐えた稲の籾を選んで増やしていく事と、品種改良をしていけば、米の品質も上がっていくと思います。その土地土地であった、米を育てる為に、選別していく必要があります。短期では無理ですが、長期計画で進めていくべきです」

「品種改良は、直ぐ行えるものではないですから、長い目で見ないと無理ですね」

「後は、外から作物を仕入れて、地域ごとに振り分けて、育て品種改良をすれば、その土地の特産にもなります」


鶴松の話を聞いて、どれだけ先を見ながら考えているのかと岩覚はため息をついた。

天下統一したとはいえ、まだまだ、戦国の空気の中で先の見通しもしっかりできていない状況で、日本の未来を見ている鶴松に岩覚は感心した。

鶴松にしてみれば、未来からの歴史を知っていてるだけのずるだと思っていたが、知らない人が見れば、異才に見えていた。

その異才は、人によっては引き付けられるが、逆に忌避され畏れられ排除すべき人物に見られる場合があり、岩覚は気を付けねばと思った。






「正信、藤孝が何やら博多で義智や博多商人どもと話したらしいな」

「そのようです」

「何か聞いているか」


家康の言葉に、正信は左右に顔を振った。


「伊賀者や甲賀者たちは」

「防諜が厳しく、潜り込めなかったようで、呼ばれた者たちからも何も情報を引き出せなかったようです」

「口がかたいか」

「そうですね。洩らせば、身代だけではなく一族全てが処罰される恐れもあったかもしれません」

「それでは、博多の商人どもが黙っていまい」

「黙っていなければ、博多を火の海にして、更地にしていちから作り直せば、思い通りになるかもしれません」


正信の言葉に家康は苦笑した。いちから作り直せば、思い通りになるが、全てのつながりが消え、取引もいちから構築する必要があり、混乱と停滞しか残らず、利益はない。

いくら秀吉が苛烈であってもそこまではすまいと、家康は思った。


「冗談はさておき、朝鮮や明と事を構えない方が、こちらとしても良いかと」

「領地が増えるかもしれんぞ」

「領地が増えても失うものも多く、家中に不満がたまる恐れがあります」

「反抗的なものを始末して、扱いやすい連中に挿げ替える事もかのうだが……朝鮮への出兵は、豊臣家への不満を高め、屋台骨を腐らせる為の布石と思えば安いかもしれん」

「うまくいくか分らず、博打に近いですね」

「ふむ、博打はすかぬな」

「それに、こちらも兵を出さざる得ず、出せば損失しか出ないでしょう」

「領地も替えられず、出兵を拒否もできないな。やはり、領地替えがなかったのは惜しかったかもしれない」

「殿の実力を考えれば、現地での総大将か、補佐を命じられるかもしれません。それにかかる糧秣と銭を考えれば、立て直しに時間がかかるほどの損失もありえます。豊臣家の支配が緩んだとしても、天下を取ることが難しくなります」

「運がない事よ」


幼少時代の人質から、信長との同盟と言う名の臣従を経て、博打の危険性は十二分に分かっていた。

家臣や周辺大名に見下されないため、信玄との決戦に及んだが、それ以外は、慎重に慎重を重ねてきた。ここで、朝鮮の事に介入すれば、破滅する恐れもあるかと、家康は考えた。


「情報だけは集めておけよ」

「はい」






「ちくしょう、俺も大陸に行きたかった」

「何を言っているんですが、大名の立場で行けるわけないじゃないですか。まして、殿下とも繋がりも信用もない状態で」


大陸への調査隊の話を聞いて、悔しがる政宗を、冷めた目で景綱が突っ込んでいた。


「鶴松様と早く会いたい」

「無理でしょう」


そんな欲望の絶叫と、冷めた突っ込みが伊達家の屋敷で行われていた。


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