第四十ニ話 博多
※二千十八年一月三日、誤字修正
島井宗室は神屋宗湛と景轍玄蘇らと共に、宗室の屋敷の茶室で人が来ることを待っていた。
宗室に呼ばれた宗湛は、大坂から来る大陸への調査団の事を打ち合わせると考えて、急ぎ足で屋敷に来た。しかし、宗室は何も語らず、茶室に向かうように案内した。
茶室でも話しかけることなく、眼を閉じ問いかけずらい雰囲気を醸し出していた為、宗湛も何も言わず黙して座り続け、茶釜で沸騰する湯の音だけが響いてた。
「旦那様」
「来られたのなら、こちらにお通ししなさい」
「はい」
家人が、人が来たことを継げると、眼を瞑ったまま宗室は伝えた。
それにより宗湛は、体をこわばらせてた。
「宗室殿」
そう声をかけると、宗湛は宗室に顔を向けたが、宗室は沈黙で返した。
朝鮮との交渉については、宗湛も宗室や行長などから話は聞いており、状況は把握していた。
当初は、宗義調は秀吉の言う出兵も大風呂敷を広げるだけで、交渉はこちらに任せられると考えていた。
しかし、義智と共に、呼び出され言明された時には、背筋が凍る思いになった。義調は宗室や行長と相談して、事を進めていたが、朝鮮の情勢を考えれば、到底無理であることは予測できた。失敗する事が確実な交渉は宗氏の未来に影を落とし、その心労のため病を得て倒れる事になった。
宗室も朝鮮との貿易が無くなることを避ける為に、私財を使い王朝側との交渉に尽力した。
何とか、祝いの使者を出させることに成功したが、秀吉は厳命したことが達せられたと勘違いし、服属の使者として喜んだ。
宗室、行長、義智はその勘違いをそのままにして、嵐が過ぎるように、誤魔化したいと願っていた。
宗室はつながりのある大名に回避の尽力をお願いしたが、皆、秀吉から疎まれることを嫌いすべて断られた。
使者の口上と書状は通訳を介する為、誤魔化そうと通訳を派遣しようとしたが、秀吉が公家を通訳を呼び出して居た為、叶わなかった。
思い通りになっていると思っていた秀吉は、使者の横柄な態度に、鷹揚に頷きながら使者をもてなし帰国させた。
使者に持たされた書を確認した景轍玄蘇と義智は、朝鮮側とのすり合わせにより、秀吉の意図した内容とは違った内容に改ざんされ帰国する事になった。
その後、後北条氏の征伐や後始末のために、先送りになっていたが、奥州征伐により日ノ本が統一されると、秀吉の意識が朝鮮や明に向かうことになり、義智らは戦々恐々としていた。
宗湛も、遅れて話を聞いたが、朝鮮との貿易が難しくなるかと先行きを不安に思うと共に、仲介していた宗氏や宗室がどうなるかと暗澹たる気持ちになっていた。
其処に、朝鮮や大陸を調査する調査団が来ると話を聞いて、来るべき時が来たのかと考え、何れの場合においても博多を守ると心に誓った。
茶室の躙口開く音がして、人が入っていた。
義智と共に藤孝、政実が入ってきた。
政実は、茶室に入ると苦虫をつぶしたような表情をしたが、仕方がないとあきらめの表情で座った。茶道なんて知らない、話し合うなら酒の席でも良いではないかと、心の中で愚痴を言っていた。
全員が座ると、宗室が茶をたてふるまった。
政実は、作法なんか知らぬとばかりに、茶を煽ったが誰もそれをとがめなかった。
一通りまわり、ひと段落すると、藤孝が義智に問いかけた。
「この度の用向き、ご理解されていますか」
藤孝の視線を受け止め、義智は答える。
「分かっております」
藤孝は表情を変えず、言葉をつないだ。
「殿下はすべてを知っておられます。義智殿達が、殿下を謀ったことも、朝鮮がこの国をどのように見ているかも」
「全ては、治まった騒乱を広げない為、衆生のためで御座います」
玄蘇は藤孝へ答えた。
「そのお心はご理解しますが、殿下を謀ったことは許されることではありません」
「倭寇に関しての問題はありますが、明へ攻め入るほどの事もなく、ましてや、朝鮮を攻める大義はありますまい」
顔を左右に振りながら、藤孝はその言葉を否定する。
「明へ討ち入るとなれば、補給を考えねばなりません。朝鮮を通らず、大陸へ渡れば途中で物資は途絶えます。そうなれば、戦をする前に渡った者たちは無残に屍をさらすことになるでしょう」
「朝鮮を補給のためだけに、攻め入ると」
「その通りです」
「それは、何も咎の無い無辜の民を犠牲にするのではないですか」
政実は話を聞きながら、玄蘇の話を浮世離れをしているか、現実から目を逸らそうとしているのか、どちらかなのかと首を傾げた。
朝鮮との戦を防ぎたい意図は分かるが、こちらの都合で、相手を踏みにじるのは今まで日常茶飯事だったはず。大義名分も勝手にでっち上げられ、滅ぼされた家も数多くあったのに、朝鮮への話だけ違うと言うのだろうかと不思議に感じた。
攻め取らなければ攻められる。領土を広げなければ家臣に褒美を与えられない。今までの戦乱の根底にあったものではないのかと疑問に感じた。
藤孝は表情を変えることなく、玄蘇に告げた。
「殿下の命に背くことは、すなわち叛逆であるとご理解されていますか」
「分かっております。今、この国が統一され、民が安寧に暮らし始めているのです。わざわざ、騒乱の火種をまかずともよいではありませんか」
「玄蘇殿は、何も分かっておりません。それとも目を背けられているのですか」
「どういう事ですかな」
「殿下が日ノ本を統一はしました。しかし、この地には、主家を滅ぼされ、浪々の身にやつした者たちも数多くいます。また、殿下に領地を減らされ不満に思っている大名たちも数多くいます。天下統一という言葉の裏には、不平分子が数多くいることをご理解されてませんか」
「……分かっております。だからと言って、他国と争っていいと言うものではありますまい」
「その他国も、国内にあった国々を滅ぼして成り立った国ではありませんか。そこに大義はありましたか」
「……」
藤孝の言葉に、玄蘇は黙るしかなかった。
朝鮮半島も明の地も、長い歴史の中で異民族や数多くあった国を滅ぼし統一された国であることは事実だった。秀吉が、大陸に攻め入り領土を広げたとしても、非難する事はできない。
かつては、北方の騎馬民族が攻め入り、征服して元という国家が興った。その時も、金と宋という国が存在していた。更に春秋や戦国時代には、複数の国が乱立していた時代もある。
朝鮮半島でも三韓や高句麗、百済、新羅、伽耶の諸国があったわけで、他国に攻めるなと言うならば、それらを滅ぼし統一した国々に大義名分はあるというのかと、藤孝は問い玄蘇は黙るしかなかった。
「藤孝殿」
義智に声をかけられ、藤孝は顔を向けた。
「殿下のお心は変わりませんか」
「行長殿からお聞きしてませんか」
藤孝は、義智と行長・三成の関係から既に情報が渡っていると思った。
「書状は来ております。が、行長殿が詰問されたのち、殿下のお心がどうなったかお聞きしたいと思います」
藤孝は得心が行き、頷いた。
「明へ攻め入ることは、お心の中にあると思います」
義智は唇の端を噛み締め、膝の上に置いたこぶしを握りしめた。宗室は目を閉じて聞き、玄蘇は顔を左右にふった。
「しかし……、今回、調査を命じられた事を考えれば、出兵に関しては、お考えを変えられることは十二分にありましょう」
宗室は目を開け、玄蘇、義智、宗湛は、藤孝の眼を見つめた。
「元々は、鶴松様からの説得があり、殿下も心が揺れているようです」
宗室、玄蘇、義智、宗湛は眉を顰め、宗湛が尋ねた。
「鶴松様はまだ幼子とお聞きしていますが」
その言葉に、藤孝は頷いた。
「そのような幼子が、出兵に利がないと言うのでしょうか」
「私もそう思っています。いや、いましたが政実殿と話して、考えが変わりました」
名前が出た政実は、人差し指で己を指し、とぼけた表情をした。
「幼子であるが、中身は智謀あふれると感じました」
藤孝がそういうと、政実は頭をかいた。
「確かに、俺が最初あった時も信じられなかったが、幼子と思っていたら足もとを掬われるだろうな。それに慈悲深い。信直に消されそうになった俺を引き上げてくれるのだから」
そう言いながら、大きな声で笑った。
「鶴松様も、朝鮮への出兵や、明への討ち入りは益がないと話しておられた。それならば、南方や東方へ行く方が良いと話していた」
宗室は、その言葉に問いかけた。
「南方や東方へと」
「そうだ。まあ、詳しいことは説明を受けていないが、大陸へ行くよりはよっぽど利があると言っていた」
「南方には、南蛮や紅毛が居ますが」
「さあ、そこはどうだろうな。まあ、南に行けば島があるように、更に向こうにも何かあるかもしれないぞ」
「そうですか……」
「それ故に、今回の調査はこの日ノ本の今後を左右するはずです」
藤孝の言葉に、期待の籠った視線を、政実以外の四人は送った。
「義智殿、玄蘇殿、宗室殿、貴殿らには罰が降るでしょう」
その言葉に三人は、既に覚悟を決めていた。
「ただ、今後の態度により、その罰は減ぜられる可能性があります。ただ、義智殿」
「何でしょう」
「貴殿は、対馬から移されると覚悟されていた方が良いでしょう」
藤孝の言葉に、義智はがっくりと肩を落とした。
「活躍次第では、他に領地を頂くことができましょう」
「理由があるにせよ、殿下をだました以上、首が繋がるだけましだろう」
「……はい」
藤孝は軽く頷き、宗室を見る。
「貴殿には、宗湛殿と共に手を貸してもらわなければなりません」
「調査団を商船団とする為に手伝えということでよろしいか」
「その通りです」
宗室は藤孝の眼を見つめる。
「分かりました。ご協力させて頂きましょう」
「よろしくお願いします」
「船団には、宗湛殿を同行させます」
話を聞いた宗湛は、内心ため息を漏らしたが、宗室の状況を考えれば信頼されていないのだと感じた。
堺の商人でも良いとも考えたが、そうなると、博多商人の縄張りに入ってこられて気分が悪い。それを察して、妥協して、推挙されたのだろうと考えた。
「藤孝殿、よろしくお願いします」
「九鬼家の船もありますので、それを含めて、編成の差配をお願いします」
九鬼の名を聞いて、あまり気分は良くなかったが、藤孝に了承の旨を伝えた。
「藤孝殿」
「どうされました」
「実は……」
宗湛は言いにくそうに書状を取り出して、藤孝殿に渡した。
受け取った藤孝は書状に目を通すと苦笑を浮かべた。
「藤孝殿、何がかいてあったんだ」
「秀次殿が、朝鮮で美女が居れば交渉して連れてくることが出来ないかとのことですよ」
「……なに言ってんだ」
「宗湛殿、この書状は無視してもらって結構です。こちらで処分しておきます」
「助かります」
秀次は、有力な商人たちに、美女があれば紹介してほしいと書状を出していた。ただ、強引に紹介したりしないように、相手が嫌がれば、無理にしないようにと書かれていた為、無理に商人たちも動かなかった。
それに下手な女を紹介して、問題が起きても困りものとの考えもあったためだった。
秀次の行動に、藤孝は改めて、秀吉の子どもじゃないかと一瞬考えてしまって、苦笑する事になった。
話し合いが終わり、藤孝、政実は宿舎にしている寺に戻ると、利益がいなかった。
見かけた僧に聞くと、退屈だからと街にでると言って出て行ったと応えた。
深いため息をつきながら藤孝の方に、苦笑をした顔をしていた。
「たぶん、妓楼に行ったのではないですか」
「でしょうね……ったく、人が場違いなところで苦労しているというのに。しかし、奴はどこに遊ぶだけの金があるんだ」
政実は、豪遊する利益に首を傾げた。
「彼は、人に好かれる性質で、ごひいきの商人もいるのですよ」
「うらやましいことだな」
奥州の厳しい環境の中、贅沢が出来なかった今までを想いだし、いや、今でも贅沢は出来ないが、利益の天衣無縫な生き方がうらやましいと感じていた。
「まあ、良いでしょう。大陸に渡ってから、妓楼などで遊ぶこともできないでしょう」
「なら俺も行ってくるかな」
困った表情を浮かべながら、藤孝は頷く。
「それならば、皆を連れて行ってください」
「藤孝殿はどうされる」
「報告書の作成もしなければいけませんし、息子も私が居ると気楽にできないでしょう」
その言葉に政実は笑い声をあげた。
「確かにそうかもしれませんな」
「利益殿が行くところであれば、古血なども心配する事もないでしょう」
「鶴松様からきつく言われてますからな」
「それに、利益殿は、正式な随員でもありませんし、出航まで、今行っている所に居座るでしょう」
「そりゃまた……まあ、二、三日ぐらいですかね。とりあえず、若いのを連れて行ってきますよ」
「ええ、お願いします」
政実は藤孝に挨拶して、踊り出さんばかりの雰囲気を醸し出し、寺へと向かっていった。
その背を見ながら、大陸での調査はどうするかと藤孝は思案していた。
※誤記のご指摘ありがとうござます。
※あけまして、おめでとうございます。
※今年もよろしく、お願いします。




