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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第四十一話 秀次

※二千十七年十二月十二日、誤字・脱字修正

豊臣秀次の屋敷に、徳川家康が訪れていたい。

小牧・長久手の戦いでの戦いの後、秀次と家康の仲がこじれないように、秀吉は何度か間を取り持ち、関係修復を図っていた。

秀吉としては、子が居らずこの先産まれるか分からなかった為、秀次の子を養子として家康の子を結び付け、両家の結び付けを強めたいと考えており、秀次や家康にも話をしていた。

二人としても、その話に不満はなかった為、何度かあって話し合いを行っていた。

ただ、家康としては、秀次と二人で会うことによって、秀吉からいらぬ嫌疑をかけられたくなかった為、常に秀吉に確認をしてから会っていた。


天下を統一し、天下人になったころから秀吉からの疑いの眼も薄れてきたと感じてはいたが、三成からの視線を感じており、確認と報告は欠かさず行っていた。

その態度に、徳川家中で不満に思っている家臣も居たが、徳川家の状況を説明して家中を抑えていた。それでも一部の家臣は、納得せず不満をため続けていた。


「これは家康殿、お越しくださりありがとうございます」

「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます」


茶室は、密談と三成に疑われる可能性がある為、秀次から誘われたが断り、宴席が設けられることになった。

部屋には、秀次と共に、田中吉政、前野長康が座っており、家康には、正信と平岩親吉が座っていた。


忠勝は、毎回同席を希望していたが、一本気な性格で表情にも感情が出る為、希望を退けていた。

家康の身を考えて、警護のために同席を希望しているのは家康も分かっているが、些細な失敗が、三成からの攻撃材料になると考え毎回説得をしていた。

いつも愚痴を聞かされる正信はため息しか出ないが、毎回同席してる己への嫉妬もあると推測しており、愚痴を聞きながら相槌を打つぐらいしかできなかった。

親吉は、今川家へ送られる時も一緒にいた忠臣であり、今川家中で虐げられる時も一緒であった。家臣である親吉の方が、家康よりもひどい仕打ちを受けていたかもしれないが、それを一切表情に出すことなく仕えていた。その為、このような一歩間違えれば、どう転ぶか分からに会談に同席させても、表情を変えることなく対応できる数少ない家臣の為、家康は重宝していた。

家康や正信は瑕疵の内容に注意をしながら、忠勝は家康の命の危険を気にしながら行動していた。


目の前に座っている秀次を見ると、そんな気を張ることもないかと思うほどに、気が抜けた表情をしていて、いつも肩透かしを食らっている気になっていた。

秀次には、出世欲や相手を引きずり降ろそうというような考えはなく、好人物と言った印象を強く感じていた。ただ一つ、女癖が秀吉の子ではないかと思うぐらい似て悪いことぐらいが唯一の欠点であり、欲望かもしれないと家康は感じていた。


秀次の希望で、同席した家臣も含めて会食することになっており、会食を進めている中で、家康が秀次の長男の事を聞いた。


「仙千代丸様は、如何お過ごしですか」

「元気に育っています。まだまだ油断の出来る歳ではありませんが、健やかに育ってほしいものです」

「元気なことは良いことです。殿下のお心を考えれば、婿殿になるかもしれませんので、立派な武士に育ってほしいものです」

「ははは、そうですね。まあ、私としては、武士でなくとも元気に育ってくれれば満足ですが」


そう言いながら、秀次は笑顔を家康に向けた。

家康としても、娘なり、孫娘なりを送り込み、豊臣家の切り崩しを考えていたが、どうせならば、鶴松の元に送り込む方が良い気もしていた。ただ、息子ならともかく、可愛い娘を滅ぼすかもしれない豊臣家に入れることへのためらいはあった。

正信には、天下を取るには子も使うこともためらってはいけないと忠告されてはいたが、納得しきれていなかった。


心の中の葛藤を見せないまま、笑顔で家康は秀次に相槌を打った。

隣の正信は、家康の心の中が分かっており、狸は芝居がうまいとの言葉を肴に、注がれた酒を口に含ませた。


「正信も秀次様のお子も立派な武士となると思うな」


正信の動きに、何を考えているか分かった家康が、仕返しとばかりに、酒を口に含んだ時に話を振った。振られた正信は、家康がそうくることを分かっており、慌てることなく口に含んだ酒を飲みこんだ。


「はい、秀次様に似た豊臣家を支える良き武士になると思います」


笑顔を向けながら、表情に出さず正信を責めた家康だったが、正信はさらっと躱した。それを見ていた親吉は我関せずで、出された料理を口にしていた。心の中では、相変わらずだと思いながら黙々と箸を進めていた。

吉政は気にした様子はなかったが、長康は長年の経験上、家康に何かしらの悩みがあるとは感じていたが、その中身まで見抜くことはできなかった。


「秀次様は、数多くの妻妾をお持ちなので、これからもお子がたくさん生まれましょうな」

「はい、殿下や鶴松様を支える為の一門を増やすためにも頑張りたいと思います」


吉政や長康はその言葉に苦笑を浮かべた。家康は楽しそうな笑い声をあげて、賛同することを表した。


しかし、一族というのは、家を支える重要な柱になると同時に、柱を食い破る白アリになることも家康は経験してきた。

松平家は一族が数多く、独立性が高かった為、祖父清康、父広忠の死後、その統制に苦労した経験があった。その為、徳川姓を名乗った時、一族でも徳川姓を名乗らせなかった。

明確な身分の差を設けさせ、松平家の上に、家康が位置することを知らしめることにより、一族統制を行おうとして今は成功している。

跡継ぎである秀忠は徳川姓を名乗らせていたが、惣領もしくは、家康の実子の中で認められたものしか名乗らせないように考えていた。

血筋だけではなく、一族内の家格を持たせることにより、惣領の地位を固め、お家騒動を防ぐ狙いも考えていた。家内統制の仕方をどうするかは、お家存続の主要命題とも考え、正信と相談を重ねてきた。

天下を取った足利尊氏も、褒美をばら撒いた結果、主要な一門衆のほとんどが足利家よりちからを持ち、権力闘争に明け暮れ衰退していった。天下人の足利尊氏さえ、一族統制に苦心したことを踏まえれば、それより劣る己が、身を引き締め、吝嗇と言われようとも家臣への褒美は極力抑える必要があると、家康は心に誓っていた。


「秀次様のお心を殿下が聞けば喜びましょう」

「そうかな」


秀次は、家康の言葉に照れ笑いを浮かべていた。扱いやすい御仁だと、家康は改めて思った。


「そういえば、妻妾がまた増えたとお聞きしましたが」

「そうです、増えたのですが……」


歯切れの悪い返事に、家康は首を傾げた。


「何か、気になることでも」

「あ、いや、最上義光殿の娘のことを思い出したら」

「殿」


吉政の言葉に、ばつの悪い表情を浮かべ言葉を取り消した。


「なんでもございません」


義光の娘という言葉で、家康は鶴松と婚約した駒姫の事と推測した。確か、婚約の話が出た時、人の好い秀次が舌打ちをしたことを知っていた。

秀次は女の事となると見境がなくなるということを実感することが出来た。

秀吉の後継者の鶴松の婚約者に横恋慕しているという話が世間に出れば、三成あたりが不審の目で見てくることは必定で、痛くない腹を探られる危険もあるのに、秀次には危機感が感じられなかった。


長康が、眼を細めて秀次を見て、気が付いた秀次は、手を振って誤魔化そうとした。

秀次を貶める情報が手に入ったと思った。秀長ももうすぐいなくなる状況で、秀次も居なくなれば、豊臣家は益々ぐらつくだろう。

今の秀吉では噂を広めたところで、叱責ぐらいで終わるだろう。鶴松が亡くなる時に、噂を広めれば秀吉も猜疑心が強くなり、秀次を亡き者にするとは思うが、今は時期が悪いと心に仕舞い込んだ。


「あまり、頑張りすぎれば、腎虚になるかもしれませんので、ほどほどが一番ですぞ」


秀次の言葉がなかったかのように、家康は振る舞い話の流れを変えた。


「ははは、精のつくものをしっかり食べていますので、大丈夫です」

「その若さがうらやましい限りです」


お互い顔を見合わせ笑いあった。


「そういえば、秀康殿が大陸への旅に同行されているとか」

「ええ、秀康にも良い経験になるかと思い、同行を願い出て認められました。この地以外の外の国を見るのも若い者にとっては見聞を広めるまたとない機会、私も若ければ行ってみたかったです」

「ははは、何を言われる。家康殿はまだまだお若いではありませんか」

「いえいえ、若いころのように、戦場での野宿など、身に応えます。特に、鎧をまとった状態での睡眠は体に毒です」

「ご謙遜を」


そういい、笑顔で秀次は家康に答えた。

家康としては、まだまだ、全盛期とまではいかなくても、息子や若い者たちには負けないと自負している。漢方の調合や食事に気を使い、体の健康も管理している。

だが、豊臣の眼があるところでは、殊更、年齢による体力の衰えを口にし、警戒心を持たれないように心掛け、好々爺を演じていた。

秀吉や三成など、歴戦の古豪や知恵者の眼は誤魔化せていないが、若い者たちには野心よりも好々爺の姿を印象付けることに成功はしている。

家臣たちにもその姿を信じる者が居て、後継者についての小競り合いが少しずつ見えて来ていた。正信などは、そんな小競り合いをあきれた心で見ていたが、一切口出しはしなかった。口を出せば、反発を買い小競り合いで済まなくなり、家中を割る恐れを抱いていたからだ。


「秀次様も、興味がありましたか」

「交渉事には、興味がありませんが、異国の女子おなごはどのようなものか、興味はあります」


秀次の言葉に、一瞬、家康は虚を突かれたような表情をした。


「おや、どうなされましたか」

「秀次様は、英雄色を好むというか、探求心がおありですな」

「いやいや、それほどでもないですよ」


秀次は家康の言葉に照れた笑いを浮かべながら、顔の前に手を上げて、左右に振った。

その姿に家康は笑顔で答えたが、内心、女を与えておけば操れるのではないかと思った。秀吉が前のように女に興味を持っていたら、大陸の漢王朝末期の呂布と董卓を反目させた王允のように、貂蝉のような女を使い反目させられるかと考えた。

駒姫に未練のある秀次であれば、あるいはとは思うが、最近の秀吉は女に興味をなくしたように見え、新しい側室も居られる気配はなかった。


長康は、片眼を少し上げたぐらいで表情を変えなかったが、内心あきれているように見えた。女好きは仕方ないが、交渉ごとに興味がないとは、秀長亡き後、豊臣家の大黒柱となれるか心配だと心の中でため息をした。

また病気が始まったと、吉政は特に表情を変えることはなかった。戦では頼りないが、内政面では家臣の補佐をうけつつも地道に実績を上げており、領内整備も出来上がりつつあった。仕事さえしてくれれば、側室が何人増えようと、秀吉の親族が増えるかもしれず、気にしてはいなかったが、財政面で厳しくなるかもしれないと頭を悩ませてはいた。


「堺や博多あたりの商人に話をすれば、手を打ってくれるのではないですか」

「いや、それでは味気ないではないですか。己で口説いて落とすのも楽しいものですよ」

「なるほどなるほど」


家康はたわ言と思ったが、愛想笑いで秀次の言葉を流した。財力と権力によって、差し出されているだけだろうと思っていたが、秀次の側室や愛妾の中には、身分が低い者もおり、熱心に口説いて落としたものもいた。

数多くいる女性たちにもこまめに会いに行ったりしていたが、そこまで家康は知らなかった。正信は伊賀者や甲賀者から情報が上がってきており、秀次の言葉が嘘でないことを知っていたが、それをここで口にする必要もなかった為、黙っていた。


「いった者たちの土産話が楽しみです。藤孝殿の事だから歌を詠まれることもあるかもしれませんから、そこからまだ見ぬ情景が想像できるかもしれませんね」

「その時は、私も同席させていただきたいものです」

「是非に」


二人は笑い合いながら会食は終了し、子どもの婚姻話について談笑して家康は屋敷を後にした。


長康は、吉政と子景定に秀次が駒姫についての噂話が広まらないか注意しておくことを支持し、参加した者たちにも口止めをした。

徳川家には注意できないことが悔やまれるが、噂が出回れば発信元を突き止めるようにも二人に厳命した。

腹を張って話せる、義兄弟の蜂須賀正勝が既に亡くなっている事は、長康にとって痛手であり、何度もついてきた深い溜息をつくしかなかった。


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