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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第三十七話 準備

※二千十七年八月四日、誤字・文章修正

秀吉からの呼び出しにより藤孝は大坂城に登城していた。しばらく部屋で待っていると、廊下から大きな足音が聞こえてきたが、その足音は幾分乱れたような足音だった。

足音の主は秀吉だろうと予想していたが、いつもはもっと穏やかな音だと思い藤孝は機嫌が良くないと考えた。

藤孝の知っている秀吉は、周囲の目を気にし評価を上げる為にわざと明るく振舞い、気前の良い姿を演出している。家臣であっても人心を掌握する為に明るく対応することが多かった。

それに対し機嫌のよくない秀吉は、世間の目を気にせず、気を使わず人を思いやる気持ちを微塵も感じさせず威圧する事や場合によっては切腹の恐れもあり、藤孝は心を引き締めた。

襖が開く気配を感じ、平伏して秀吉が入ってくるのを待った。


「ふん、待たせたな」


秀吉の声を聴いて、案の定機嫌が悪いと分かったが、一緒に来た三成の声で顔をあげた。

苦虫をかみつぶしたような表情をした秀吉に挨拶をする。


「殿下、ご機嫌麗しく」

「いらん、そのような場をつくろうような言葉は不要だ」

「はっ」

「殿下、落ち着いてください」

「分かっておる、岩覚」


上座に秀吉が座り、左に三成が座っていたが、藤孝と同じ位置に座り右側に座った人物に目を向ける。

その顔を見て、何処かで見たことがあると感じたが、記憶が思い出せなかった。


「藤孝殿、殿下よりめいがあります」


秀吉に顔を向ける。


「貴殿に、朝鮮及び明の王朝の調査を命じる」

「はっ」


平伏しながら噂になっていた大陸への出兵への布石だと藤孝は考えた。大陸出兵について心情的に藤孝は反対していた。領地が増えると何も考えず眼を輝かす者たちや、領地を取り上げられ浪人となっている者たちが大名として復帰したいと野心を燃やす者もいる。ただ、単純に大陸が支配できるとは思えない。


古典にも造詣が深く、大陸の王朝にも詳しい藤孝にしてみれば、歴代王朝がすべて消え失せ血脈自体の存在も確認できないほど、乱れる地を治めても何れ追われる事は目に見えている。その際に、この地を攻める大義名分を渡す必要性を感じていない。

日ノ本と違い、大陸は民族が入り乱れすぎて統治もしにくい。朝鮮半島ひとつ取っても現在は一つの王朝であるが、かつては複数の王朝が存在していた時代もあるが、その血脈も残っているわけではない。

歴代の中華王朝を宗主国として支配を受け入れてきたが、朝鮮王朝を兄とし、日ノ本を弟とすることで下に見る傾向が強く貿易などでの交渉で手こずることも多かった。

そして、それ以上に日ノ本を蛮族として扱い見下し続けるのが歴代の中華王朝であった。そのような頑迷な意識が強い者たちを支配することが可能とは思っていなかった。統治後の苦労に見合うだけのものが到底あるとは思えなかった。

どちらの場合も圧倒的な兵力と、利益を与えれば歴代王朝を見る限りしばらくは支配できるだろうが、それが途絶えれば追い出されるのは目に見えている。

正直、貿易であれば参加したいが、領地は御免蒙りたいと藤孝は思っていた。


「藤孝、しっかりと視て来い、その結果によってこれからが決まる」


秀吉の言葉に言葉を返す。


「そのような重要な役割、私ごときでよろしいのでしょうか」


藤孝の言葉に、秀吉は顔を歪める。


「本当は、お主ではなく、利休に任せたかったのだがな」

「……申し訳ありません」


不機嫌な秀吉の言葉に反応して、藤孝は謝罪する。


「かまわん、死んだ者は還ってこぬ」

「はっ」


そのまま藤孝は顔をあげて、秀吉をみるが不機嫌ではあるが、藤孝を不愉快には思っていないと感じた。


「それと、藤孝殿」

「何でしょう」

「一緒に行くものを、数名こちらからも出します」


三成の言葉に、監視役も兼ねるのだろうと藤孝は予測を付けた。


「どのような方々でしょうか」

「福島家、石田家の家臣、そして、鶴松様の家臣から出す予定です」

「……鶴松様の」


鶴松の名前が入っている事に疑問を感じたが、三成に頷いた。


「鶴松様の家臣の説明の為に、岩覚様が来られています」


藤孝は岩覚に顔を向け、それを受けて岩額は頷く。


「先の事を考え、鶴松様の家臣の経験を積ませるために一緒に行ってもらおうと思います」


そう言いながら、九戸政実、北条氏房・繁広、柳生宗章の名前を伝える。


「それと、影働きの風魔の者を数名付けます」


その言葉に、藤孝は目を細める。


「行った時に、港に数名ずつ置いておき、帰りに拾ってきてもらえば良いです。長期間調べる事が出来ないので、現地に残って詳しく調べてもらうためです」

「我々の役目は」

「風魔の者たちには、王城なども含めた港以外の調査も行ってもらう予定です」


そう説明するが、それが全てではなく、数週間、数か月ではなくもっと長期間を含めた情報収集を行う者たちも合わせて送りこむ予定だった。

攻める攻めないは別にして、隣国の情報は常に手に入れなければ防衛上問題であり、日ノ本内の裏切り者を調べ上げる事にも繋がる可能性はあった。

鶴松の言う情報の大切さを岩覚は隣国を含め、外の国にも広げていく予定で風魔の者たちに語学を含めた特訓を課しており、現在は日ノ本の主要な場所に人を送り出すか、人が居なければ現地の者を取り込んでいた。


藤孝も説明通りに受け取ってはいないが、身に危険が及ぶものではないと判断した。


「それと……」


奥歯に挟まった岩覚の言葉が続いた。


「どうした岩覚、他に誰かいるのか」

「ええ、鶴松様の配下の者ではないのですが……」


秀吉はにやりと笑った。


「誰だ」

「利久殿の息子殿です」


利久と言う言葉に、首を傾げながら誰だったかと秀吉は考え込む。


「利家殿の兄上の利久殿ですか」

「その通りです」


藤孝の言葉に、秀吉は興味を持った表情になり、三成は不機嫌になった。

三成としては、鶴松の家臣でもない者を一緒に行かすことについて問題があると考えた。


「岩覚様、鶴松様の配下でもない者を入れるのは少しまずいのではないでしょうか」


三成の責めるような言葉に、困った表情を岩覚は浮かべた。


「まあ、そうなんですが……政実殿が、利益殿は藤孝殿の知り合いだから、結局行くことになるのではないかと言いましてね。かの御仁の気性を考えると結局行くことになるならこっちで取り込んだ方が良いということになりましてね」


岩覚の説明に益々表情が曇っていく三成を見ながら、藤孝はため息をついた。


「確かに、岩覚殿の言われる通り、あの御仁ならいつの間にか船に乗っている可能性が高いですね……厄介ごと、面白いことに首を突っ込みたがりますからね……」

「そういう事です」


岩覚と藤孝は顔を見合わせ苦笑いした。


「傾奇者の利益か、あってみたいが」


秀吉の言葉に岩覚は首を振る。


「それをすれば、利益殿は理由をつけて逃げるでしょう、無理やりであれば周囲を巻き込んで死ぬことになるかもしれないとの政実殿と鶴松様の考えです」


付き合いがあると見受けられる政実は分かるが、鶴松が利益の気性まで知っていることに藤孝は不思議に思った。その知識が未来で知ったと分かるわけがなかったが。


岩覚の利益の説明に秀吉は不機嫌になった。天下人である己の命令に従わないことに怒りが込み上げてきた。かつて見下し虚仮にしてきた者の顔が頭に浮かんだ。

秀吉の雰囲気の変化に気が付き、三成は眉を顰めた。秀吉の勘気に触れれば、利益は処罰されるかもしれない。それ自体はどうでも良いが、それによって秀吉と鶴松の関係が悪くなることを危惧した。だから知らない者を入れるのは問題があると言ったではないかと言う意味も込めて、岩覚に視線を送る。

それを受けた岩覚は涼しい表情をしたまま、秀吉に話しかけるが怒気が籠った返事が返ってきた。


「殿下」

「何だ」

「利益殿のように生きる事が出来れば、人は穏やかに生きれるかもしれませんね」

「何がだ」

「土地に縛られず、人に縛られず、風のように動けるのは、この苦界に生きるものに取ってひとつの理想の生き方ではないでしょうか」

「だから、何が言いたい」

「命令を聞かないと言って、怒っていては身が持ちませぬ。信長様と同じ轍を踏んではいけません」

「……」


秀吉は手に持っていた扇子を畳に叩きつけた後、大きく深呼吸を二度ほどした。


「分かった」


岩覚は言いたい事を秀吉が理解してくれたと感じ軽く頭を下げる。

怒りを周囲に叩きつけていたら、叩きつけられた本人は怒りを覚え反発する。逆に怯えたとしても、怯えすぎたら暴発する恐れもある。そして、それを見ていた周囲の者たちは秀吉に不信感を持ち出し、怒りを受けないようにどのような内容の進言もしなくなってしまう。

そのような状態が続けば、組織として機能不全を起こし崩壊する可能性がある。秀吉が気付かなければ、それを周囲が気付くようにしなければならないと岩覚は思っていた。


「利益殿に関しては、鶴松様とも縁が出来ます。何れお会いして、利家殿へのいたずらを聞くことにしましょう」


岩覚はにやりと笑いながら秀吉に顔を向ける。それを見て、秀吉は一瞬あっけにとられるが人の悪い表情になった。


「なるほど、又左も呼んで聞くことにするか」

「そうしましょう」


二人は笑いだし、三成と藤孝は困った表情になった。


「福島家からは足立保茂、可児吉長、石田家は渡辺勘兵衛、大音新介が行きます」

「まあ市松の方は、本来出す予定ではなかったんだが、佐吉が出すとなって対抗心でな」


その言葉に、正則の事を考え藤孝は呆れた表情を浮かべた。


「だが、市松にとっても良いことだろう。外を見た家臣が居れば、視野の広い助言がもらえることになるだろう」


秀吉の子を思う親のような配慮の言葉に、三成は心の中で頭を下げた。正則の家臣の苦労は脇に置いていてだが。


「分かりました。して、どれぐらいの期間を予定されておられますか」

「一年ほどだな」

「分かりました」

「船に関しては、嘉隆が張り切っておってな」

「まさか、嘉隆殿が同行するとかは……」


嘉隆の男臭い笑顔を思い浮かべ、喜び勇んで来るだろうと思い出しつつ藤孝は確認した。


「分かっておるだろう」

「……わかりました。なるべく、先々で問題を起こさないように注意して頂きませんか」

「分かっておる、奴ももう年を取って落ち着いておる、心配するな」


秀吉の慰めに、心の中で藤孝は疲れた表情を浮かべ肩を落とした。嘉隆は水軍の将として信頼も信用もしているが、海の男故、鼻っ柱が強く、喧嘩っ早い。織田家からあまり接点はなかったが色々な話は聞いていた。


「まあ、問題になっても構わん。向こうが仕掛ければこっちから仕掛ける手間は省ける」

「……殿下」


岩覚が秀吉の言葉に注意をした。


「分かっておるわ、奴も見極めが出来る男だ、其処は信用しろ」

「揉めないとは言わないのですね」

「当たり前であろう」


秀吉は大声で笑って、藤孝の言葉を受け止めていると、廊下から足音が聞こえてきた。


「如何致した」

「はっ、行長で御座います」

「入れ」


秀吉の言葉に、小西行長が部屋に入ってきて平伏した。


「行長殿、今日は登城する予定はなかったと思うが」

「その通りだ。実は、宗義智より書状が来ましたゆえ、殿下にお渡しするために登城した」


そう言いながら行長は義智の書状を三成に渡し、三成は秀吉に渡した。

受け取った書状を見て顔を不機嫌になっていった。


「殿下」


三成の言葉に、手にした書状を渡し受け取った三成は目を通した。苦い表情になりつつ、岩覚へと渡した。


「行長よ」

「はっ」


秀吉の声の低さに、とっさに平伏し背に汗を流しながら行長は答えた。


「お主の話では、義智は朝鮮と交渉してうまくいっていると言っておったな」

「……はい」

「下れ」


秀吉の言葉に、平伏しながら小姓が開けた襖から行長は出て行った。


「義智殿はどのような話を朝鮮にしたのでしょうか」

「知らぬ、ただ言えるのは、義智はわしの命令を無視したとしか思えない」


義智からは、朝鮮側からは明へ攻め入ることに対する断りが来たと書かれていた。そこには懸命に交渉したが、相手側が頑迷に抵抗した為と書いてあった。

先に来た使節は笑顔で祝賀の言葉を述べ、豪華な贈り物を献上してきた。こちらも祝賀の宴会を設け、終止友好的であり通訳も交渉がうまくいったかのように説明をしていた。

その為、秀吉は今回の書状は納得できなかった。


「義智殿も双方の中間にあり、領地を治める為に苦労されているのでしょう」

「岩覚よ」

「分かっております。殿下のめいに逆らうことは許されません」


三成は岩覚の言葉に顔を下に向けた。大陸への出兵について反対の最右翼のひとりだった三成は、行長と共に義智に対し回避するように指示を出していた。今でも大陸への出兵は反対だが、鶴松から調査の話を聞くに事により行長には調査が終わるまで待つことを説明していた。義智の書状も行長のところで止めることが出来たが、調査が始まれば露見する可能性もあり、行長は見せることにした。


「佐吉」

「申し訳ございません」

「ふんっ、藤孝」

「はっ」

「対馬にも寄れ、情報を集めろ」

「分かりました」

「岩覚、調査の者たちが出る前に、風魔の者を対馬に潜り込ませろ」

「伝えておきます」

「徹底的に調べよ、嘘偽りは許さぬ」

「「「はっ」」」


三成、岩覚、藤孝は平伏して答える。


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