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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第三十四話 保留

※二千十七年五月十日、誤字修正

秀吉の表情を見ながら三成は表情を暗くする。

正則は、攻め込むのに何が問題があるのかわからず、首をかしげていた。支配する事が出来れば、支配すればよい。そもそも、朝鮮は複数の国家の興亡があり、はるか昔、一部は漢王朝の支配を受けている事もあったと教えられていた。

ならば、我々が支配することに問題があるのだろうか、あるとするならば、離れすぎていて支配が難しいという事だろうかと、頭をひねるだけであった。


「鶴松様、補給や襲撃は警護を増員すればよいのではないですか」


正則の質問に鶴松は首を振った。


「守る側より、襲撃をする側の方が優位です」

「優位?」

「ええ、戦場でも奇襲をする事を予測するのは難しいですよね」

「……俺なら瞬時に見つけれます!」

「いや、市松それは無理だろ……」


子供じみた正則の言葉に、三成は深いため息をついた。


「鶴松様の言われる通り、奇襲を防ぐには物見を出し周囲を警戒し、密にするならば忍びも放たなければ難しいでしょう。敵が失敗をしない限り、少数であればあるほど、防ぐには難しいでしょう」


三成の言葉に、口をへの字に曲げ正則は睨みつけた。


「しかし、海の上であれば見つけることは出来んじゃないか」


三成は、首を振り否定した。


「夜間であればどうだ。昼であっても風上や潮の流れを熟知しておれば勢いで圧されるぞ」

「確かに、源氏と平氏の壇ノ浦での戦いでは、義経の当時狙われていなかった漕ぎ手を射る奇策もあったと言われてますが、潮の流れが変わり勝利したとも言われてますね」

「岩覚様まで、佐吉の味方ですか!」


岩覚は笑って、正則の批判を受け流した。


「襲撃や奇襲に怯え、朝も昼も夜も警戒を続けるのは精神的に兵には負担になるはずです。朝鮮では言葉も通じないでしょう。少しの齟齬で争いも増え、心休まるときがほとんどなくなるやもしれません。異国に攻め入るには、周到な準備と現地の綿密な調査が必要です」

「聞いている朝鮮の世情は穏やかではないと聞いていますが」

「支配体制が確立後、安定した世が続くと、支配する側もされる側も気が緩み、王朝の腐敗や内部闘争が起きるのは世の常です。そして、虐げられ苦しむのは弱い立場にある民です」

「そうであるならば、民を煽り反乱を起こして、攻め入ることが出来れば容易に支配できるのではないですか」

「岩覚さんは、言いながらそうなると思ってませんよね」


岩覚の話に頷いていた正則が、鶴松の言葉に驚き目を見開いて岩覚に顔を向ける。


「何故、そう思われますか」

「にやにやしながら話していたら……」

「ははは、すみません」

「支配できるなら良いではないですか」

「正則殿、攻め入り、民の支持を受ければ支配は出来るでしょう」

「ならば良いではありませんか」

「しかし、戦乱になれ者を奪う事に慣れ他国の民を踏みにじることになれた者たちが、異国の民を思いやることができるでしょうか」

その言葉に眉を顰めて、正則は反論する。


「禁止されることはありますが、敗れた民をどう扱おうが、勝った者たちが自由にするのが当たり前ではないですか」

「民は、それを素直に受け入れるのですか」

「逆らえば根伐りにするだけです」

「正則殿がその立場であれば、どうです」

「それは……」

「この地でもそうなのです。民に非道な事をすれば、手痛いしっぺ返しがくるでしょう。親の子の屍を乗り越え、友の屍を捨て、死兵となり刃向ってくるでしょう、鶴松様の言われた一向宗の如く」

「……」

「それに、支配している者たちの中には、我々を蛮族として見下しているものいるでしょう。そのように思っている者たちが、支配を受け入れず刃向うことでしょう」

「なんですと!」

から王朝歴代から政治経済文化の教えにおいて、我らが弟であり朝鮮は兄であると、だから敬えと」

「そんな馬鹿な!」

「少し前に来た使者の態度を見れば良くわかったはずです」

「……」


秀吉と相対した時は横柄ではなかったが、三成等と相対した時は横柄な態度であった。それに対して、秀吉は鶴松を同席させ、使者の様子を観察していた。

怒り暴言を吐けば、それを開戦の理由にしようとしていたが、正使は平然と対応し、副使は表情を少し変えただけで終わらせた。会見後、随員の中には露骨に暴言を吐き謝罪や賠償を要求すべきと騒ぐ者もいたらしいが、正使が秀吉の意図を見抜き抑え込んだらしい。

正使の心の中には、蛮族が礼儀など知るわけがないという蔑視の心を持っていたと、岩覚は考えていた。


「鶴松よ」

「父上」

「お主の言いたいことは分かる」

「では」

「しかし、止めることは出来ぬ」


鶴松は、秀吉の言葉に悔しい表情を浮かべる。


「土地は痩せ、作物が育ちにくく、今のままでは収穫は見込めません。労多くて得るものが少なすぎます」

「言いたいことは分かる。信長様の後継者として、行わなければならぬ」


岩覚は目を閉じた。


「それにな、内々とは言え通達を出している。簡単に止めれば、わしのまつりごとが疑われる」

「それは……でも、まだ行われておりません」

「確かにな。だが、兵糧など兵站の準備を始めておる。此処で止めればすべて無駄になる」

「……」

「まあ、信長様の後継者と言うのは、建前であるがな」

「それは……」

「別に、あやつらからどう思われようが、知ったことではない。見下した態度はむかつくが恐ろしくはない」

「では」


鶴松を見ながらにやりと秀吉は笑った。


「戦乱が終息したが、諸大名は膨大な兵を養っている。まだまだ、力が残っている状態でわしよりも若い者たちも多い。今のうちに吐き出さなければ、禍根として残る可能性がある」

「諸大名の力を削ぐ意味があると」

「そうだ。それに、支配できれば、目障りなもの達やあぶれ者たちを向こうに追い出すことも可能だ。そうすれば、我々の支配も安定する」

「しかし、それによって、諸大名が困窮し、民が虐げられ恨みが豊臣家に向けられる可能性はありませんか」

「ふむ」


鶴松の疑問に、秀吉は顎に手を当てた。

史実にある朝鮮半島への二度の出兵は、最初は快進撃であったが支配を失敗させ、民から兵站や補給路を襲撃されることになり戦地に居た大名たちは風土病と合わせて困窮することになった。

朝鮮側も指揮をする者たちも逃げ出すことがあり、兵士も組織的な反撃が出来なかったが、李舜臣が命と引き換えに海の補給を壊滅させ、諸大名は補給がはますます困難となり、戦地では怨嗟の声で荒れていた。

二度の出兵を推進したと見られた三成は、出兵撤退になった際、秀吉が死んだ為、怒りの対象となり家康が誘導し豊臣家臣団分裂の切っ掛けにもなったと、鶴松は考えていた。

秀吉の考えも理解できたが、泥沼で先の見えぬ戦いや勝利し支配体制を確立しなければ、絵に描いた餅にしかならず博打をうつ行為にしかみえなかった。


「攻め入るなら定石として、内部からの離反者や内応者を育てる必要があると思うのですが居るのですか」

「おらぬな。まず、話が通じないだろう」

「無人の野を征くわけではないので難しいのではありませんか。詳細をもっと調べた方がよいのではありませんか」

「商人たちの話を聞けば、明も朝鮮は白蟻が内部を喰い荒らした巨木よ、斬り倒すのも簡単ではないか」

「その巨木が倒れた後に這い出る白蟻をどう退治するのですか。その白蟻が豊臣と言う巨木も朽ち果てませぬか」

「……」

「それに、まず、国内の諸大名を統制しなければ、国内の白蟻をつぶした方がよいのでは」


鶴松は、三成に目を向けながら言葉を続けた。

それを秀吉は目を細め見ていた。


「異国と戦うには、まず、国内の意思統一が必要です」

「ふむ」

「朝鮮と相対するならば、対馬の手綱は握るべきです」

「……」

「義智さんや行長さんは交渉を行っているようですが、本当に行っているのでしょうか」

「どういうことだ」

「どの様な書面が作られているか、書かれた内容は確認しているのですか」

「……佐吉」


鶴松の言葉を聞き、秀吉は底冷えのするような声で三成に問いかけた。

三成は、背に冷や汗を流しながら答える。


「はっ、殿下のお言葉を伝えるように命じております」

「その書面は見ているか」

「殿下の前でお聞きしたことを書いた書面は送っております」

「と、言うことだ鶴松」

「しかしながら、その書面を相手に渡しているという確証はありません」

「鶴松様の言葉とは言え……」

「たとえ、出兵に反対とはいえ三成さんを疑っているわけではないです」

「しかしながら」


尚も言い募ろうとする三成を押しとどめる。

宗義智が朝鮮との関係悪化を危惧し偽りの交渉を行っていたと鶴松は記憶していた。島井宗室など商人たちも貿易が出来なくなることを危惧し、義智の考えを支持していた。しかし、秀吉、朝鮮双方に偽りの交渉をして、何とか出兵を断念させようとしたが失敗した。

義智は、偽っていたことを誤魔化すために、朝鮮に働きかけを行ったり、出兵の際は先陣として乗り込むことを秀吉に頼んだりと手を尽くしてた。


「義智さんの立ち位置の問題です。対馬の位置を考えれば、朝鮮と友好関係を結ばなければ、攻め込まれる恐れもあります。また、倭寇と偽った朝鮮の海賊が島を荒らしに来ます。古来より、この国の窓口として、対馬は栄えてきました。ここで争えば、己の領地が荒れることを畏れているんだと思っています」

「鶴松様」

「それに、対馬は元寇を経験しています。大陸に対する恐怖が根付いているのかもしれません」

「だか、わしの命を裏切っても良い理由にはなるまい」

「そうです」

「佐吉、早急に調べよ」

「はっ」

「では、父上、出兵の方は」

「いや、このまま進める」

「父上!」

「鶴松」

「!?」


今までにない厳しい表情で秀吉は話しかける。


「上に立つものとして、一度決めたことは、理由なく中止する事は出来ぬ」

「……」


鶴松は唇を噛み締めながら下を向いた。

朝鮮出兵における無駄な犠牲、無駄な消耗は豊臣家の崩壊につながるのを止められないと悔しさがこみ上げてきた。


「上に立つからこそ、簡単に覆しては鼎の軽重を問われる」

「しかし!」

「気まぐれで独善的だった信長様でさえ、理由なくば命令を止めることはなかった」

「……」

「だが、お主の言うこともわかる」


その言葉に鶴松は顔を上げ、秀吉を見た。正面に顔を合わせて、にやりと笑った。


「誰かを朝鮮と明に送り込もう」


鶴松は顔を輝かせ、岩覚は目をそらしながら思案の表情をした。


「して、殿下、どなたを送られるので」

「ふむ、内部まで入り込む必要はないからの、半年ぐらいを目途に行ってもらうか」

「思慮のあるものでなければ、難しい役割かと」

「近々、利休めが隠居するでの、老骨に鞭打ってもらうのもよいであろう」

「利休殿ですか、良い案かと」

「そうだろうそうだろう」


戦国の世を渡り歩いた商人でもある利休であれば、見極めてくれると秀吉は頷いた。


「まあ、利休だけであれば、齟齬が出る可能性もあるだろうから、鶴松お主の元からも一人出せ」

「分かりました」

「佐吉、お主も一人出せ」

「はっ」

「なんだ、市松」


話しかけられなかった正則が不貞腐れた表情をしていた。


「なんだ、お主のところも一人出すか」


その声に顔を輝かせながら頷いた。


「分かりました」


元気よく返事する正則の姿に、皆が笑い声をあげた。


「な、なんだ!」


戸惑っている正則を笑っていると、廊下から人が駆け寄ってくる音が聞こえ、皆が笑いを止めた。

三成が、ふすまを開いた。


「何事か!」

「は、はっ、お話のところ申し訳ございません。千道安様から至急報告するようにと」

「佐吉かわまん、どうした」

「申し上げます、利休様がご自害されましたとのことです」

「何だと!何故だ!」


秀吉が立ち上がり、怒りの形相で小姓に詰め寄った。


「わ、分かりませぬ」

「殿下、それでは応えれません」

「岩覚!」

「落ち着いてくだされ、小姓も話すことができません」


岩覚をひとにらみして、秀吉は呼吸を整え少し冷静になり、小姓に話を進めるように指示をする。


「利休様が屋敷を、引き渡したのち屋敷に来る予定だったそうですが、予定の時刻になっても日が変わっても来なかった為、心配になり様子を見に行かれていたら部屋で腹をめされていたそうです」

「……」

「分かった、下がってもよいですよ」

「はっ」


岩覚の言葉に、小姓はほっとした表情になり下がっていった。


「殿下」

「分かっている」

「利休の件は、この後話す予定だったのだが、情報が集まってからまた話す。ただ、偵察の件は進めるので、人は選んでおけ」

「分かりました」


鶴松の返事と同時に、三成、正則は頭を下げる。

秀吉はそのまま部屋を出ていき、三成、正則は鶴松に頭を下げ、そのあとを追った。


「岩覚さん、どうなっているのでしょうか」

「さて……まずは、出兵を遅らせることは出来たはずです」

「そうですね」


利休が死去する時期は、史実と同じぐらいかと鶴松は思い浮かべたが、秀吉の形相を考えると死んだ理由はなんだったんだろうと考えた。

三成、秀吉が死を命じたと思っていたが、違っていたのだろうかと首をかしげて、秀吉の出て行った後を見つめた。


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