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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第三十三話 検討

※二千十七年四月二日、誤字、文章修正

奥州の仕置きもめどが付き、京にて公家達との調整を終えた秀吉が大坂城に戻ってきた。

秀吉にとって、公家との交渉は武士や商人との交渉より面倒であった。


公家は、元農民である秀吉の出自を持って、最初から見下しているものが多く、近衛前久、久我敦通、冷泉為将など、親しい付き合いのある者たちは別だが、それ以外の公家衆からは蔑みの視線を常に受け続けていた。

信長の命令で京の奉行の一人になった時は、丹羽長秀、明智光秀はそつなく役目を果たしていたが、秀吉は出自から公家衆から袖にされ門前に追い払われ会うことが叶わない事が多かった。秀吉自身も公家に対する気おくれが多少なりともあったのが原因だと思っていた。

しばらくして、信長からの激励と言う建前の叱りの書状が来てからは、開き直り武士や商人と同じように対応し始めた。最初は公家も眉を顰め相手にしなかったが、長秀、光秀との関わり合いから信長の勢いを感じ、秀吉の行政官としての能力を目のあたりにして、すり寄る者たちも出てきた。

そういう貴族たちに笑顔で対応しつつ、恩を売りつつ自身の情報源になるように取り込んでいった。ただ、すり寄ってくる公家の眼には蔑む色があり、関白になった現在でもそれは変わっていない。摂関家の公家や武家と交渉窓口をしている者たちは、そのように悟られる事は少ないが、回りくどい蔑み方をしてくることが多く、藤孝など公家に通じている者たちの助言がなければ、分からないことも多かった。陰湿的なやり取りにさすがの秀吉も疲労を感じていた。関白であり、天下人である秀吉ではあっても、朝廷を軽んずる事が現状出来ない。


天下の武家を従える為、源氏長者の宣下を受け幕府を開くことにより、朝廷と距離を置けばそれも可能であったが、鎌倉や足利の幕府も家臣に乗っ取られ、天下が乱れた末路を考えれば選択肢としてよいか悩んだが、天下を取るための手段として割り切り孝高らと図った。家系図をねつ造するには、親の代以前の家系がはっきりせず元農民である出自も周囲が知っており、ご落胤も噂を広めてみが誰も相手にせず無理があると判断し諦めた。


次に、源氏系の武家に猶子に入ることを考えた。まず足利家の猶子と考えたが、義昭の猶子になるとまたぞろ悪だくみを企てる可能性があり、獅子身中の虫を豊臣家に入れる気はないが、関東に降った公方系では義昭立場より優位性を維持する事が難しい。他の傍系の源氏の血筋でも同様であり、嫡流ともいえる新田系も考えたが、没落や勢力としては小物が多く養子になったとしても、周囲を納得できるものではなかった。足利義維の系統も考えたが、今更足利の影響力を広げる必要もないと考え征夷大将軍の宣下は選択肢から外した。


次の策として、朝廷の位を極めることにより、武家を従えることを考えた。征夷大将軍は朝廷が任じるものであり、位としては関白の下位にあたる。関白の宣下を受けれないか、前久、敦通、為将などと折衝を重ねた。前久は、秀吉が関白になる事により、朝廷に力を持ち干渉してくることを嫌い、一度手に入れた関白の官位を豊臣家が独占するのではないかと危惧した。

そんな前久に、秀吉が近衛家の猶子として関白になれば、近衛家も豊臣家の一族であり関白に就け、近衛家で関白の位を独占することも可能であると孝高が提案した。

前久は、孝高の言葉がどこまで履行されるか疑問視したが、関白となり位を退き太閤となれば席は空くこと、豊臣家は朝廷を支配する気はなくあくまでも武家に対してのみ力をふるうことを、秀吉は説明した。近衛家が朝廷を、豊臣家が武家をとの役割分担し天下を、治め事を提案した。

天下第一の勢力を誇る秀吉に逆らうのは得策ではないと判断し、猶子を受け入れ関白に就任するように公家衆や天皇家に周旋をすること約束した。前久の心の中では、秀吉の年齢と後継者を考えれば、豊臣家の将来は予測できない。秀吉に何かあれば関白の位も戻すことは可能であろうし、次席の実力者である家康とも関係を深める必要があると心の中で決めていた。

秀吉の関白就任後は、前田玄以と共に前久が公家衆との調整を行ってくれるようになり、秀吉としては楽にはなったが、やはり面倒であることには変わりはなかった。


歩きながら自分で肩を揉みつつ三成に話しかける。


「癒しのために、鶴松に会いに行くか」

「はっ」




鶴松の部屋に入った秀吉は、ドカッと座り込み、鶴松を膝に置いた。

一緒に来た三成、正則も部屋に入り座った。


「帰ったぞ」

「はい」


そう言い、鶴松は秀吉に笑顔を向けた。

その笑顔を見ながら、秀吉は疲れが癒されたと感じて、にこにこ微笑んだ。

三成は、生真面目な表情をしながら心の中で、鶴松の存在が秀吉の精神安定になっていると思い、何かあればすべてが壊れる気がして、心が落ち着かなかった。


「そういえば、鶴松」

「何でしょう」

「源次郎に与えていた赤備えの件だがな」

「何か問題がありましたか」

「あれに何か理由があるのか」

「理由ですか」

「家康殿の家臣の直政が褒賞として、赤備えの占有を願い出てな。わしとしては別に問題はないのだが、鶴松が特にと言って源次郎に与えたものだからどうしようかと思ってな」


(そういえば井伊直政って、武田の旧臣を与えられ赤備えを編成したとか聞いたことがあるけど、占有を希望するほど拘っていたのかな?)


「いえ、武田の家臣でもあり、大名家として残っているので赤備えと言えば真田と思ったのですが……」

「鶴松様」

「何ですか」

「赤備えと言えば武田と言いますが、北条家でもありますし、大規模でなくても赤備えを保持している者たちもいます」

「なんだってぇー」


驚愕の表情を浮かべ、鶴松は三成を見返した。

その反応に、秀吉は爆笑し、つられて正則も笑い三成は苦笑し岩覚は微笑んだ。


「そうかそうか、鶴松はあまり知らなかったのか」

「す、すみません」

「鶴松様が気になさる事はありません。直政の要望が僭越すぎます」


三成は声を怒らせながら話す。


「佐吉、きりきりするな。直政殿も武門を誇りたいんだろう、あまり言ってやるな」

「しかしだな、市松」

「武門の誉れとして、唯一無二の存在になりたい気持ちはわかるぞ」

「お主はそうかもしれぬが、鶴松様のお気持ちを踏みにじってもよいと思うのか」

「確かに、そうだがやいのやいの言うほどのものではあるまい。家康殿も断っているのだから」

「そうだが……」

「お主は考えすぎだ」


三成は、目を下に向けた。


「市松、私が気にしているのは、家康殿の考えと、直政殿の気持ちだ」

「何だそれは」

「家康殿がどのような考えで殿下に、この件を持ってきたのか」

「そんなもの直政殿の恩賞を与えると言われたから、その希望にそってお願いに来たのではないのか」

「殿下の不興を買うかもしれないのに、家康殿がか」

「不興って……そのようなことで殿下が罰するわけがなかろう」

「常ならばな。ただ、この件は、鶴松様の希望によって源次郎殿に与えられたこと。鶴松様を溺愛している殿下の気分を害する可能性もあるのではないか」

「いや、しかし……確かにそうだが」

「それを踏まえて、あえてなぜ、このような事を願い出たのか」

「三成殿」

「なんでしょう、岩覚様」

「あくまで、私の考えではありますが、家康殿は家中の不和を畏れているのかもしれません」

「不和ですか」

「ええ、今でこそ徳川家は、家康殿の力が行き届いているように見えますが、かつては一族や家臣たちの力が強く、統制が難しかったのです」

「そう聞いておりますが、今は、家康殿が一手に家中を握っているのでは」

「確かに、重きを置いていた数正殿がこちらに移り、忠次殿も隠居し徐々に掌握しつつあるのは分かりますが、まだ、頑固者が何名もおります」

「なるほど」

「寵愛あつき直政の存在は、三河者たちの嫉妬の対象となりましょう。まして、殿下からの恩賞の話、どのような願いをするか注目することでしょう。財宝や武具などの恩賞を家康殿が願えば、三河者たちも不愉快に思うかもしれませんが、赤備えであればそれほど不愉快に思うことはないでしょう」

「それは、既に与えられているからですか」

「そうです。それに、武功を誇るのは三河者も同じ、赤備えを豊臣家から奪えるとなれば、彼らも手を打って喜び、直政殿をほめるやもしれません」

「豊臣家に、抑えられている事への不満解消ですか」

「叶えられなくても、直政殿がもらえなかったとして、胸をなでおろすものもいるでしょう。直政殿の我がままを赦すのではなく、武功を誇ることを認めさせようとする家康殿の意向と、直政殿の考え、認められても認められなくても、家康殿にとっては何も問題ないのです」


難しそうな話に正則はしかめっ面をしていたが、三成は、顔を上に向けながら、何度か頷いた。


「そうじゃのぉ、わしらは一門も譜代もいないのが弱みだが、家康殿はいることが強みであり、弱みでもあるの」


秀吉の言葉に岩覚は頷いた。

鶴松は、三成たちの話を聞きながら考えた。


(日本史で、戦国大名への変化には、国人衆や譜代衆、一門衆をどれだけ抑えれるか、掌握できるかが問題だと聞いたことある。家康は、祖父、父共に家臣に殺害され、一門衆や家臣の掌握が難しかったんだろうか……この時期においても、完全に掌握できていないのかな)


「あと、直政殿のお気持ちですが、三成殿の危惧されている通りと思います」

「どういうことだ」


岩覚の返答に、正則が三成に聞いた。


「お主が直政殿の立場であれば、納得できるか」

「それは仕方なかろう」

「……お主は」

「なんだ、文句あるのか、あぁ」

「これ、やめぬか」


三成の言葉に、正則がかみついたのを秀吉が窘めた。


「ふむ、では市松、佐吉が恩賞を認められて、お主が認められなければ納得できるか」

「納得はできませぬ」


即答で返答する姿に、三成はやれやれと肩を竦めた。


「認められない事に対する反感は同じということだろう」

「その通りです、殿下」

「三成殿が懸念しているのは、恩賞を認めなかった殿下に対する恨みです」

「はぁ、何を言ってるのですか、岩覚様。窘めて断ったのは、家康殿でしょう」

「確かにそうですが、家康殿は殿下に話をしましたが、認めなかったのは殿下です」

「認められない事もあるのに、それを恨むのは……」

「人とはそういうものです。都合の良いように解釈するものです」

「そうかもしれませんが……」

「其処が家康殿の真意かもしれませんが」

「真意とは」

「直政殿の不満を殿下に向けさせること、そして、引き抜きを阻止する事」

「岩覚様もそう思われますか」

「ええ、ただ、直接的に今のところ何かに影響する事はないかと思います」

「確かに問題はあるまいが、相変わらず、家康殿は」


そう言いながら秀吉は笑い出した。


「まあ、いちいち三成は気にしすぎだ。家康殿がどう動こうか考えないようにすればよい」

「それは……」

「唐入りをすれば、其処まで手を回すことは出来まい」


(唐入りって、文禄・慶長の役のことかな。もし、そうなら反対しなければ、豊臣家は滅びる!)


秀吉の言葉に、三成は眉を顰め、正則は期待のまなざしを向ける。

国内の経済的にも人的被害を考えても損失が多いと考え三成は賛同しかねていた。小西行長とも話をしており、何とかそしてできないか、宗義智からの要望が上がっており、頭を悩ましていた。

正則は戦が出来ることを喜び、武功をあげ所領を増やせると喜びの表情を浮かべた。

好対照な二人の表情を見て、秀吉はにんまりとしていたが、岩覚は何かを考える表情をしていた。


「殿下、朝鮮に攻め入るのですか」

「うむ、かの者たちが明へ攻める先導をせぬというならば致し方あるまい」

「天下が治まりましたが、まだ安定はしておりませぬ。今しばらくお待ち頂けませぬか」


三成の言葉に不愉快の表情を浮かべ、秀吉は問いかけた。


「行長や義智は、どの様に言っておる」

「はっ、二人とも今はまだ時期尚早と言っております」

「前もそう言ってなかったか、何をやっておる!」


三成の返答に、秀吉は激怒した。

行長と義智に、朝鮮との交渉を行わせていたが芳しい返事がなかった。

朝鮮は日本を自分たちより下位の者として扱っており、対等なんて烏滸がましいと考えられていた。まして、宗主国である明に対して攻撃を仕掛けることを了承する事はありえず、行長も義智も指示を受けた時、絶対無理であると三成に言ったほどであった。

三成も無理とは思っていたが、秀吉の命令は絶対であり二人に指示を出したが、どうやって延ばして諦めさせるか考えていた。話をされた時は小田原、奥州征伐前であり、直ぐには終わらず、国内が安定するまで延ばせると思っていたが、終わってすぐに言い出すとは思わなかった。


「先導役が出来なければ攻めればよいではないか」

「市松……」


無理なら攻めればよいという単純な正則の思考に、三成は頭を抱えた。


「朝鮮に入るなら輸送路の確保のための水軍の強化は必要だ。また、兵糧などの確保や物資も膨大になる。天下が治まったとはいえ、直ぐには用意できぬ。滅びた者たちの家臣を戦に駆り出せば、不穏なことが起きることは減るかもしれぬが、まだ、今は時期が早い」

「佐吉、言っていることは分かるが、これは信長様の天下を受け継いだわしの使命なのだ」

「殿下……」


秀吉の言葉に、三成は顔を下に向けた。

重い空気の中、鶴松は口を開いた。


「父上」

「……なんだ、鶴松」


鶴松が口を出してくるとは思えず、不思議な顔を向けた。


「私は、唐入りは反対です」

「なに」


溺愛しているとはいえ、鶴松に反対され不愉快な顔を向ける。


「何故だ」

「理由はあります」

「何だ」

「うまみがないからです」

「……うまみがない」


反対の理由がうまみがないと言われ、不愉快な表情が崩れる。交渉が難しいとか、国内状況が落ち着いていないなど、三成たちと同じような理由であれば秀吉も不愉快であったが、損得勘定であれば聞いてみようかと気持ちを変えた。


「はい、朝鮮は王朝が既にあり民を支配しております。その為、他国の者たちが侵略してくれば、反発する可能性が高く、わが軍に対する反抗も頻発に起きる危険があるかと思います。そうなれば、人的も物資も消耗していくだけです」

「刃向うものが居れば、根切りにすれば良いのではないか」

「それをすれば、朝鮮の民は一向宗と同じ行動をとると思われます」

「死兵か……」

「はい、各地で補給路を襲撃し、暗殺が横行し、指示系統が寸断される可能性があります。民の反発が爆発すれば、騒乱が起きることは確実です。それに、明も援軍を出してくることは確実です。長期対陣は、消耗戦になり海路の補給が途絶えれば、戦地にいる者たちは餓死します。王朝に心服しなくても、民同士の連携による反抗の可能性は高いです」


鶴松の話を聞きながら、秀吉は苦い表情を浮かべる。


閑話は、思いついた時に書きます。


あくまで、架空です。

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[一言] 真田の赤備えについて、以下はwikipediaからの引用です。 ただし、真田氏で赤備えを導入したのは信繫が最初ではなく、信繫の父真田昌幸が存命中の文禄2年(1593年)に豊臣秀吉から「武者…
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