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第四話 秀長

※二千十六年十一月二日、誤字修正。

※二千十七年六月三日、誤字修正。

「鶴松よ、征くからな、大事ないようにな。皆の者も、鶴松のこと、よろしく頼むぞ!」

「「はっ」」


秀吉の言葉に、鐘捲自斎、薄田兼相、柳生宗矩・兵助らが平伏し返事をする。

その姿を満足しながら見る秀吉とは対照的に、冷ややかに見つめる淀、無表情で見る寧々が控える。


物々しい軍勢が、大坂の城から列をなしながら出陣していく。

その先頭には、金に輝く千成瓢箪を掲げながら、秀吉が進んでいく。

既に中山道から前田利家を筆頭に、上杉景勝、真田昌幸らが軍勢を進め、東海道は織田信雄を筆頭に加藤清正、福島正則ら子飼いが軍勢を進めている。

関東勢も後北条方を攻めており、本体として、秀吉が軍を率い東征していく。

その後、堀秀政に軍勢を率いらせ、京、瀬田を抜け、美濃国から尾張国へ進ませ、秀吉は、側近と共に、弟秀長の居る大和郡山城に向かっていた。


部屋に入った際、秀吉は、痩せこけ、顔色が悪くなった秀長を見て、息を詰まらせた。

福々しい顔は見る影もなく、体も骨が見える表に浮き上がった状態になっており、誰が見ても、先が長くないと分かるよう身体だった。

目から涙が零れそうになるのを我慢しながら、秀吉は、精一杯耀表情を作り上げる。


「小竹よ、寝ておっては武功が稼げぬぞ」

「兄者……」


秀吉の気持ちを知ってか、秀長は顔を歪めて、涙を流す。


「すまぬ、兄者、私は此処までのようです。天下統一を目の前にして、逝ってしまうのは申し訳ありませぬ」

「小竹……」

「なんて表情をするのですか、兄者らしくない、笑ってくだされ、それで元気を分けてください」

「すまぬ、すまぬ……わしが、わしが、お主を村から連れ出さねば。旭も、お主も、このような目に合わなんだかもしれぬのに」

「兄者、それは言わないでくだされ、決断したのは私です。後悔はありませぬ。大納言として、このような大領を得るなど、分相応です」

「こ、小竹……」

「兄者にお会いできるのも、これが最後でしょう」

「な、何を言うのだ!縁起でもない!」


秀長の言葉を、かき消すように、大きな涙声で否定をする。

そんな秀吉を見て、微笑み返す。


「そのような情けない顔をされますな」

「分かっておる……」

「城に寝たきりになり、これからの豊臣家を考えなければなりませぬ。成り上がりの我らには、一族が多くありませぬ。秀次は内政では力を発揮できましょうが、兵略の力がありませぬ。その他の一門も同様です。私には、子がおりませぬゆえ、誰かを養子にする必要がありましょう」

「辰千代を養子としているではないか」

「私の替わりに、兄上を支える事は無理でしょう」

「しかし……」

「いっそ、鶴松にこの大和の地と、我が家臣団を預けてはどうでしょう」

「鶴松に」

「ええ、我が家臣団は有能なものが多くおります。鶴松が兄者の後を継いだとしても、家臣団は皆無。源次郎はおりますが、ひとりでは何もできますまい」

「しかし、辰千代のことを考えると」

「ならば、我が家臣団を配下にして、側近として仕えさせてはどうでしょう」

「しかしのぉ」

「それに、護衛とした柳生はいまいち信用できませぬ」

「推薦しておいて、それはなかろう」


そう言いがながら、秀吉は苦笑をする。

しかし、秀長は、真剣な表情でその苦笑を受け止めながら話し始める。


「元々、私は、柳生から領地を没収した為に、恨みを買っております」

「ふむ、恨みを買っておると知っておりながら、それでは何故、推挙したのか」

「柳生の剣は、惜しいと感じたこと、それに、敵に回れば、伊賀ともつながりがあり、厄介なことになるやもしれませぬゆえ、こちらに取り込もうと考えて、今回、推挙しました」

「獅子身中の虫になるとは考えなかったのか」

「考えぬ訳でもありませぬが、宗厳殿は、世俗を絶ち、剣の道に入り込み、高僧の如くの心境になりえております。また、厳勝どのは優しき方であり、その子、兵助はまっすぐな子と聞きており、安心しております。宗章殿は、一本気な御仁と聞いておりますので、所領没収の怒りがあり、今回は出てこぬと思っておりましたが、卑怯な振る舞いをするとは思えません。宗矩殿は、伊賀の繋がりで、徳川殿の家臣である本多佐渡とやり取りをしていると聞いておりますので、今回の推挙の話に乗ってくるとは思わなかったのですが……」

「なに?宗矩は家康とのつながりがあるのか」

「完全にはつかんでおりませぬが、その影はあります。かといって、宗矩を断り、兵助のみを推挙するのは、柳生の体面を考えれば難しく、確証もなかった故、護衛として推挙しました」

「そうか、確かに、他にも護衛がおり、通常は近づくことはないよう配置はしておるから、大丈夫とは思うが……」

「申し訳ございません」

「気にするな、お主はいつも、わしのことを気にしてくれておる。害意があるとは思っておらぬよ」

「兄上……」


秀吉は笑顔で話、秀長は声を震わせながら涙を流した。


「兵助の方は、子供特有の正義感があり、護衛として問題なく、側近としても鶴松に仕えてくれると思います」

「分かった」

「高虎には、大和の兵を率いて、小田原攻めに参加させます。左近を、鶴松様の処に送りたいと思います」

「分かった。左近については、書状に書くゆえ、それを持って、大坂へ向かうよう伝えておけ」

「お願いします。それと、先ほどの辰千代の事ですが、やはり、小さき領地を与え、そこで経験を積んだのちに、大和家を継いでもらうのはどうでしょうか」

「何故だ」

「辰千代は苦労をしておりませぬ、このままでは、苦労を知らずして大領を得れば、良き家臣団が補佐をしたとしても、身を崩す恐れがあります。鶴松が元服し、兄上の後を継いだ後に、辰千代に才能があれば、大和を下賜して頂ければと思います」

「そうか、そうかもしれぬな、身の丈に合わぬ所領を得れば、破滅するかもしれぬな。分かったそうしよう」

「ありがとうございます。家臣たちをどうするかは、私の方で考えます」

「本当にすまぬな、苦労をかける。辰千代の事は任せておけ」

「私の家の事にまで気をかけて頂き、申し訳ございません」

「言うな、わしこそ、お前には苦労をかけっぱなしだったのだ、これぐらいしか出来ぬ」


その後、細々とした打ち合わせをして話を終え、秀吉が席を立とうとする。


「兄者、名残惜しいですが、ここに立ち止ることもできますまい」

「そうだな……向こうで、小六や半兵衛にあったら、よろしく言っておいてくれ……達者でな!」

「はい」


そう秀長は笑顔で返事し、秀吉を見送った。

歩きながら、涙を浮かべ、その泣き顔を見られるのを嫌がるよう、秀長の方に顔を向けず、速足で外へと向かっていった。

秀吉と入れ替わるように、逆の扉から高虎が入ってくる。


「高虎、皆を集めよ」


秀長の部屋に、数人の家臣が集まってきた。

皆、緊張した面持ちで、沈痛な表情を浮かべながら座っている。


「皆に伝えることがある。殿下と話し合い、私亡き後、この大和を鶴松様の所領とすることになり、お主たちを鶴松様の家臣として仕えることが決まった」


部屋に集まった家臣たちは、驚愕の表情を浮かべて、秀長を凝視していたが、ただ一人、高虎のみ表情を変えず話を聞いていた。


「それ故、お主たちは、他所へ移ることなく、鶴松様に仕えてもらいたいが、存念はどうだ」

「辰千代様はいかがなりましょうか」

「辰千代は、別家をたてることになる。元服し、豊臣家を支えるものとなれば、鶴松様が殿下の後を継いだ後に、配慮を頂けるだろう。しかし、奢っておれば……」

「鶴松様の処へいく者が多ければ、辰千代様が不満を覚えるのではないでしょうか」

「そうかもしれぬ、しかし、その程度で、不満を覚えるようでは、豊臣家を支える器とは言わぬ」

「……」

「高虎、お主は大和の兵を率い、殿下に従い関東へ行け」

「はっ」

「それと、左近、お主は少数の兵を率いて、大坂城へ入り、鶴松様を護衛せよ」

「はっ」

「他の者は、各々励め」

「「ははっ」」

「高虎、左近、お主たちはしばし残れ」


高虎と左近のみを残し、他の家臣が去っていった。

秀長は少し、疲れた表情をしながら、いったん目を瞑ったのちに話し出した。


「高虎よ、柳生の動きどう思うか」


その発言を聞き、左近の眉を少し動く。


「柳生は一部で不満があるようですが、今のところ大人しく、何か問題を起こすような気配はございません」

「そうか」

「しかし……」


高虎は左近に視線を一瞬流す。


「藤堂殿、わしは心にやましいところはない」

「そうですか。柳生については、宗矩殿が怪しい動きをしております」

「宗矩殿が」

「そうだ、徳川の本多正信とやり取りをしておる」

「……」

「して、高虎、どのように動くと見ておる」

「今すぐに動くことはないとは思いますが、何かれば、見て見ぬふり、もしくは、ばれぬ程度には手を貸す恐れはあります」

「藤堂殿、それはどういうことですか」


困惑の表情を浮かべた表情の左近から質問を受け、高虎は沈黙し、秀長を見る。


「左近よ、鶴松様の命に関わることだ」

「どういうことですか」

「島殿、徳川様にとって、豊臣家は天下を取る為に邪魔な存在、かと言って、現状、徳川家単独では勝てない、ましてや、関東以北とのつながりもない状況の蜂起は、破滅へ直結する。しかし、太閤様のお子は鶴松様のみ。お子もできにくいことを考えれば、太閤様、鶴松様亡き後、天下への道が広がっている」

「では、鶴松様のお命を狙っていると」

「積極的に行えば、足が付く可能性もあるだろう。それに徳川様は慎重でかつ、粘り強い方、焦らずに機会を待つだろうから、消極的に状況を作り出す可能性はある」

「律義者の徳川様が、まさか」

「徳川様は、信長公、信玄公、義元公などの虎狼を相手にされていた方、我らとは違う」

「ふむ」

「秀長様が、御健康であれば、そのような機会も減るだろうが……」


高虎の発言を苦笑しながら秀長は話を聞いていた。

左近は、顔をゆがめ、これからの事を思案しているようだった。


外は、暗くなり、コン、コンと、大きめの雨粒が当たっているのか、雨が降ってきていた。


「大坂場内では、兵の乱入などはないだろうが、混乱に乗じて行動を起こす奴らもおるやもしれぬ。その場合も含め、鶴松様を護衛してもらいたい」

「はっ!身命にかけまして」

「では、支度をしてくれ、ここに用意してある」

「では」


左近は、秀長より手紙を受け取り、一礼後、室内を出ていった。部屋には、高虎が残る。


「高虎よ、後の事苦労を掛けるが、よろしく頼む」

「はっ」

「本来ならば、お主の事だから自由になり、上を目指したいとは思うが、そこは伏して頼む」


高虎は頭を下げながら、その言葉を聞いている。

高虎は、これまで、近江国の浅井長政、阿閉貞征、磯野員昌に仕え、織田信澄に仕えたが、全て没落滅亡している。秀長の元に来て初めて、活躍の場を与えられ、運も上昇していった。上昇志向も高く、更に上を目指していることは、秀長も気が付いていた。高虎自身もそれを自覚しているが、活躍の場や評価をして引き上げてくれた秀長に恩義も感じでおり、秀長が生きている間は考えていなかった。


「お主には、鶴松様の元に行って、仕えてもらいたい。そして、辰千代のことを気にかけてくれ」

「ご命令とあれば」

「命令ではない、この世で最後の頼みだ。鶴松様を私と思って仕えてもらえぬか」

「なぜ、そこまで私に言われるので」

「お主には、それだけの才能がある。才能があるゆえに、恐ろしいのだ。才あるものが一人でも豊臣家から離れれば、豊臣家の滅亡も早まってしまう」

「早まると」

「そうだ、私と殿下が亡くなれば、滅亡してもおかしくない。寧々様は、私たちが居なくなった豊臣家から距離を置くだろう。秀次も平時であれば良いが、乱世では耐えれまい、他の一族も突出もしておらず、群雄を抑える事は出来まい。お主もそう考えておろう」

「……」

「なれば、ひとりでも多く、才あるものを、豊臣家に残したい。そして、お主には鶴松様の股肱の臣となってもらいたい。徳川殿に走らぬように、重しを付けさせてもらう」


そう話終わり、秀長は目をつむった。

高虎は、ジッと秀長を見つめ、何も話さず、しばしの間沈黙が続いた。


「分りました。誠心誠意、鶴松様に仕えさせて頂きます」

「よろしく頼む。今度の小田原征伐で、参加したものたちを見てきてほしい」

「頼みとなる人物を見てきます」


その返事を聞いて、微笑みを秀長は浮かべる。豊臣家単独では、子飼いを大名として配置しても限度がある。成り上がりの宿命として、信頼できる配下が少なすぎ、領地を治めるノウハウも少ない。領地を徐々に増やすにしても、増えた家臣を統制するのも時間がかかる。家内に不安がある状況では戦は難しい。それに、豊臣家内部にも、文治派、武断派で、確執が出始めている。今であれば、領地も少なく、大事にはなりにくいし、敵対しても影響を抑えられる。しかし、領地が多くなれば、影響力も規模も大きくなり、その波及は、豊臣家が分裂してしまう恐れがある。そこを家康に付け込まれれば、豊臣家は滅亡するだろう。子飼いのものたちはそのことに気が付いていない。家康の危険性が分かっていても、豊臣家滅亡の危険性は理解出来ない。未熟と言えば未熟だが、先の無い秀長ではそれを修正できる時間がない。

信頼できる家臣団を鶴松の元へ送ることにより、豊臣家の中心を強固にし、文治派と武断派の間に入れ、崩壊を防ぎたいと考えた。辰千代には、恨まれるかもしれないが、手札が少ない状況では耐えてもらうしかない。

高虎には小田原で敵対・協力する大名の見極めをしてもらいたいと思っていたが、高虎は理解していたようで、思わず微笑んでしまった。


「それと、北条氏政の切腹は避けれぬだろうが、それ以外の弟達をお主の配下に置けるように、殿下にはお願いしている」

「戦力強化ですか」

「そうだ、兵を差配できる武人は希少だ。特に、氏照は殺すには惜しい。それと、北条を降した後、風魔党を取り込め」

「風魔党と言えば、北条は以下の乱破ですね」

「鶴松様の直轄の忍び集団を作り上げろ」

「しかし、伝手がありませぬが、ましてや、北条を滅ぼした後となると……」

「伝手は、真田源次郎を使え、誰にも漏らさぬように注意せよ、この事を知っているのは、殿下、私、お主、源次郎、そして、鶴松様のみだ。風魔党を受け入れる際は、大和内に所領を与え、首領には、武士の身分を与えよ」

「忍びを、武士に」


秀長の発言に、高虎は驚きの声を上げる。忍びは、豪族などの身分を持たぬ者たちは、人として扱われることは稀で、消耗品のような扱いにされてしまう場合が多い。それゆえか、忍びの結束力は強く、排他的である。敵味方に分かれたとしても、手加減をして見逃すことや情報交換を行う事もしばしばあり、大規模な集団になればなるほど、その傾向は強かった。


「伊賀党や甲賀党は信用できぬ。かといって、殿下の配下のものでは寧々様にも話が漏れる恐れもある。鶴松様の事を考えれば、独自で柵の少ないものたちが必要だ」

「分りました。源次郎殿には、小田原にて話をしてみます」

「頼む、お主には、3万石を加増しておく」

「それで、これからのことを賄えという事ですか」

「ははは、その通りだ。少ないとは思うが、大幅の加増は、家内に不和を招くから、済まぬな」

「いえ、加増の沙汰ありがとうございます」

「では、よろしく頼む」

「はっ」


その後、高虎は、大和の兵を集め、小田原征伐の本隊の後を追って旅立っていった。


「兄者すまぬ、旭よ、向こうで詫びるから、まだ、そちらに行けぬが少し待っておれ、母者、逆縁の罪を許してくだされ」


ただ一人、部屋に残った秀長は、誰にも聞こえないような声で、そうつぶやいた。






闇に閉ざされた時刻、豪華な部屋の一室で、一人の女性が、位牌の前で、涙を流しながら苦しみの声をあげていた。


「秀勝!秀勝!秀勝!!!何故、何故、死んでしまったのです!私を置いて!あなたが生きていてくれれば、うぅうぅう」


声をあげながら、畳を叩き続けていた。


「私は!私は!寂しい、辛い、苦しいのです!」


その絶叫は、しばらくの間、闇の中に響いていた





乳母に抱かれている鶴松の側には柳生兵助、鐘捲自斎が控え、護衛をしていた。


「おんぎゃぁ~」

(小田原征伐で、大坂城にいる人たちが少なくなっていく、前にはいなかった護衛の剣士がいるけど、安心できないのは何故だろう。淀君もしばらくしたら居なくなるけど、せめて体が動かせて、話せればと思うけど。出来ないものは仕方ないか。とりあえず、喉だけは大切にしよう。これからの出来事の為に……)


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