第二十七、四話 九戸
※二千十六年十月一日、誤字、文脈修正
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「政実殿、よろしく頼む」
政実が、慌ただしく先行して出立する事になった。
それは、大坂へ戻る準備をしていたところ、鶴楯城の晴氏から早馬が飛び込んできた為である。
送られてきた書状には、軟禁状態の晴信、義隆、義忠、広忠の家臣たちが蜂起し、主君の奪還と、豊臣軍を攻める為に準備しているとあった。
清正は急遽、秀範を大将とし、副将に氏規、政実を添えて、先行させることにした。
蜂起までの時間が不明ではあったが、素早く鎮圧するには、早急に援軍を出す必要があり、兵を分ける危険も考えたが、晴信たちが奪還された場合、蜂起が広がる可能性が高く、勢いを増す為、出鼻をくじく必要があった。
それと、清正の元には、鶴松から晴信たちを軟禁する理由と、所領没収による家臣たちの蜂起の可能性があることを書状で先に受け取っており、準備は進めていた。鶴楯城に置いている兵たちの中には、諜報を主としたものたちもおり、周囲へ忍びを放ち、監視をおこなっていた。晴氏から書状が来る前に、不穏な動きも掴んでおり、秀範に何時でも出立できるようにと指示も出していた。
所領没収における不平不満から蜂起の可能性は、清正も懸念しており、鶴松の書状は納得が出来ていた。忍び達の書状には、晴信、義隆は、関わっておらず、義忠、広忠が動いていたとの書状が来ていたが、軟禁状態にあり、直接指示が出ているとは考えられなかった為、鎮圧後の取り調べの必要があり、大坂へ戻る時期がずれそうだと、清正はため息を吐いた。
「何事もないのが一番だが、念の為によろしく頼む」
「鶴松様の家臣になった最初の一番だ、手柄を立てて、大きな顔を出来るように頑張らせてもらう」
政実は、そう言い放ち大きな笑い声を出した。
清正もにやりと笑い、氏規、秀範は政実の開けっ広げな言葉に苦笑した。
「晴氏殿もいるから、鶴楯城が落ちることはないだろうが、絶対はないからな」
「うわさに聞く、晴氏殿ならば、耐えきれるだろうな」
政実は、晴氏の名前を聞いて、にやりと笑う。
「だが、油断は禁物だな」
「その通り」
「露払い、任せてもらおう」
「秀範殿、頼むぞ」
「はっ」
「氏規殿もよろしく頼む」
「分かりました」
大笑いしながら、政実は馬に乗った。
それを合図に、秀範は号令をかけ、鶴楯城へ出発した。
清正は、実親に率いられた九戸の者たちを護衛しながら、その後を急ぎ追うように南下していく事になる。
「晴信殿から話があると」
「はい」
晴氏は、家臣からの話に、不穏な空気を感じた。
所領没収されたものたちの動きが静かすぎ、緊張が高まっているようにも感じ、周囲に配下を放って情報を集めていた。
集めた情報からは、当初は兵をあげるという話はなかったが、軟禁されている者たちの家臣が、活発に動いているとの情報は入っていた。その後、清正たちが九戸の地に入ると、動きが加速しだし、駐留している清正の家臣森本一久からも報告もあり、きな臭い空気に変わって行った。
家臣から晴信からの面会要請があり、一久と共に面会する事になった。
晴氏と一緒に入ってきた一久に、眉を顰めたが、晴氏の心情を考え、晴信は二人を部屋に招き入れた。
「して、晴信殿どのような用件でしょうか」
「うむ……」
晴氏の質問に口を閉ざし、何かを考えるような表情を浮かべた。
四半時程たってから、晴信は苦悶の表情を浮かべながら話し出した。
「……晴氏殿、すまぬ」
「何を謝られているのですか」
「お主の事だ、もう、我が家臣たちの動きは知っておろう」
「……」
「その沈黙は、是と取ろう。一久殿、我が家臣たちが、いや、此処に幽閉されている者の家臣たちが、我らの奪還と、所領回復の為に、兵を起こそうとしておる」
「そうですか」
一久の反応から、蜂起に関する情報を掴んでいたかと、晴信は理解した。
「分かりました。清正様には、晴信様の事を伝えておきます」
「頼める立場ではないが、無関係なものたちへ温情をお願いしたい。必要であれば、我が首と交換でもよい」
晴信の言葉に、一久は眼を細めて見つめた。
「清正様が決める事の為、何とも言えませんが、その言葉も伝えておきます」
「すまぬ」
その後、義隆も晴氏の養嗣子の義康を通じて、蜂起についての話を、晴氏に伝えていた。
現状、蜂起したわけでもなく、巡回するには地域が広く、少ない兵を分散するのは得策ではないと考え、一久と共に、鶴楯城の籠城の準備を進め始める。
蜂起の話が出てからしばらくし、各地で一揆が発生した。家臣たちが改易後、豊臣家の圧政を広め、領民の不安を煽り、一揆を主導し、蜂起する事に成功した。
豊臣家の圧政は、偽りではあったが、情報伝達が遅く、正確な情報を一般の民が仕入れる事は難しく、家臣たちの煽りに踊らされる事になった。
ただ伝え聞いている検地について、隠し田が摘発されて、没収される事や、税が上がることなどの話は伝わっており、全て嘘ではなかった為、民は信じる事になった。
家臣たちは、主君奪還開放を題目に、各地で一揆を起こし、各地の城を落としていった。
葛西、大崎、和賀、稗貫の旧領全域に広がり、晴氏、一久は、各地の兵たちを引き上げさせ、鶴楯城に立て籠った。一揆に参加しない者たちは、山間部などに退避するように指示し、騒乱が落ち着くまで隠れるように指示した。
和賀忠親が中心となり、一揆勢を集合させ、鶴楯城に押し寄せた。
抵抗がなかった為、無人の野を行くように快進撃を進め、三万弱に及ぶ兵を集めることに成功する。
家臣たちは、主君奪還よりも、勝利する事により領地を増やすことを考えているものも多く、一枚岩のような結束ではない状態であったが、勝利により、かろうじて烏合の衆にならずに済んでいた状態であった。
一揆が進むごとに、その進路にある地域は荒廃し、恨まれることになるが、一揆勢はその事に気が付いていなかった。
「晴氏殿、大勢押し寄せましたな」
「一久殿、数は脅威ですが、所詮は寄せ集め、些細なことで崩壊する事になるでしょう」
「確かに、油断は禁物ですが、清正様が戻られるまで、守り切る事も可能でしょう。ただ、内部から崩れないように、晴氏殿お願いします」
清正から一久には、既に、先行する軍勢の事が知らされていた。晴氏にも伝えられており、一揆勢を城と挟撃する為、どれだけ、意識を城に向けさせる事ができるかを考えていた。
鶴楯城には、豊臣軍の物資が送られてきており、かなりの量が蓄えられていた。関東などから送られてくる物資は、鶴楯城経由で清正の元に送られており、来るたびに、物資を送り出していた為、鶴楯城に備蓄が少ないように一揆勢は考えていた為、鶴楯城を短期で攻め落とせると考えていた。しかし、送られてくる物資の5割程度が送られ、残りは備蓄にまわされおり、実際には大量の物資が備蓄されていた。特に、弾薬はかなりの量が備蓄されており、籠城には十分耐えられると、一久は考えていた。豊臣軍の備蓄倉庫は、一久が管理しており、晴氏は内実は知らない状態だった。晴氏を信頼していないというわけではなく、大崎と繋がりが深い黒川家の家中の者から情報が漏れるのを危惧しての措置であり、晴氏も了承していた。
「危惧していたような、内通者は居ないようです」
「そうですか」
「何か、ありました」
「籠城が負け戦と考えたものたちが、通じる可能性も捨てきれませんので」
「……」
一久と、晴氏は、話しを終え、籠城の準備をする為、配下の下に戻った。
豊臣軍の中で、寝返る可能性が全くないとは言え切れないが、地の繋がりのある黒川家の家中の方が危険性があるのは確かであった。領地没収され、上方に移る話もあり、家中で不満のないものは居なかった。所領が増えるかもしれないが、先祖代々の土地を離れる不安や怒りは、根深く残っている可能性が高く、そこを煽られて、胡乱なことをしないともかぎらなかった。
織田家、豊臣家の支配地は、領地替えが何度も行われている為、抵抗は低かったが、それ以外の地域は、領地替えによる反発が大きかった。
九州大分の城井氏が、領地替えを拒否し、蜂起した結果、族滅にあったことは、土地に拘る武士の意識を表しているともいえた。
鶴楯城を包囲した三日後、一揆軍が城攻めを開始した。
一揆勢とはいえ、百姓たちも領主に率いられ戦を経験しており、人によれば、武士よりも腕の立つものもいた。その為、寄せ集めとはいえ、意気軒高であり、恐れることなく、鶴楯城を攻め始めた。
それに対し、一久率いる鉄砲隊が、銃眼で銃を構えて、敵兵を待ち構えた。その後ろには、豊臣軍の弓隊が控え、間を置かずに銃撃をする為の配置を行っていた。
晴氏は、死角になりそうなところに、弓隊を配置し、隙を無くす体制を整えた。
「引き付けよ!」
晴氏の配下の中には、大軍のに委縮し、震えているものもいた。大軍の怒号と、足音の大きさに馬たちも落ち着きがなくなっていた。
一久の号令の元、豊臣軍は、圧倒的な他軍が押し寄せて来ることにも、落ち着いて銃を構えて、攻撃の号令を待っている姿を見て、豊臣軍の精強さを晴氏は感じていた。
殺傷率が上がる距離になり、一久は号令をかけた。
「撃て!」
その号令は、瞬く間に、伝わって行き一気に、千の銃声が鳴り響いた。それが止まることなく、繰り返された。一列目が射撃、二列目が待機、三列目が玉込めと、撃てば三列目に移動し、二列目が射撃位置に移動して、撃ちはなった。
城に進んでいた一揆勢は、次々と撃たれ倒れたり、傷つくが兵力を頼みに、力攻めを行った。
一揆勢の中には、左右から攻めようとする部隊があったが、それには、弓隊を移動させ、攻撃を行い、城には近づけさせなかった。
被害が甚大になり、忠親は、一旦、攻めるのを止め、一揆勢の再編を行うおうとするが、寄せ集めの為、指示が上手く前線まで伝わらず、逆に混乱する状態となっていた。
半刻ほど、一揆勢の攻撃が続けられらたが、絶え間なく続く、銃と弓の攻撃に、死傷者が一万ほどになりつつあり、及び腰となっていた。当初は、鉄砲による攻撃も、大量に放たれていることを考え、直ぐやむと考えていたが、まったく、止まることがなく死傷者の山を見て、逃げ出すものもあらわれだし、忠親は、頭を抱えだした。再度、引くように指示を出した。
一揆勢は、その指示を聞いて、及び腰にもなっている事もあり、今度は、忠親が居る場所まで引き出した。
それを見ていた晴氏は、一久に城を任せ、城門を開き、数百の兵で、引いていく一揆勢に、突撃を行った。
一揆勢の中には、城門が開き晴氏が一揆勢に突入していった後に、城に入ろうとしたものが居たが、一久が、素早く弓隊と鉄砲隊を城門前に配置し、一掃した。
突入した晴氏たちは、当たるを幸いに、引いていく一揆勢を打ち取って行った。
「上方に魂を売ったこの奥州の恥さらしめ!」
馬に乗った一気に参加していた武士が、そう言い放ち、晴氏に槍を突き出した。
その槍を馬上で半身でかわし、逆に槍を首めがけて突き出した。槍を晴氏に向かって突き出し、かわされ体勢が崩れた武士は、槍を受け絶命し、馬から突き落とされた。
それを見ていた周囲の一揆勢は、退却しているという意気が低下した状況で、あっさり倒されていく武士たちを見て、恐怖にかられだし、退却から潰走に変わり始めていた。
「まだ!まだ兵力はこちらが上だ!」
忠親は、必死に周囲を鼓舞し、周囲の一揆勢を退却の支援に送り出していた。
しかし、丁度その時、忠親の背後に秀範率いる軍勢が姿を見せた。兵には鉄砲隊はなく弓と歩兵と騎兵しかいなかったが、背後を取った為、突入を開始した。
「政実殿、先陣をお任せします!」
「任せろ!」
秀範の言葉に、政実は胸をたたいて、返事を返し、忠親に向かって、九戸勢を率いて突入していった。
「氏規殿、政実殿の援護をお願いします」
「承った」
静かに氏規は頷き、兵を率いて、政実の後を追った。
「皆の者!この戦、勝ったぞ!」
秀範の言葉に、周囲の兵は歓声が、鯨波となり、忠親に降りかかった。
その声に気が付き、忠親は、後ろを振り返り、政実たちが進撃してくるのが見えた。その状況に顔が青ざめ、敗北すると分かってしまった。
「くそっ!もう少しであったのに!」
「忠親様、逃げますか」
「無駄だ、このまま逃げても捕まるだけだ」
「しかし……」
「逃げたければ、逃げろ。俺は、奥州武士の意地を見せてくれるわ」
「……」
忠親の言葉に、家臣たちが頷き、忠親と共に、政実に向かい突撃をかけた。
「我が名は、和賀忠親なり、尋常に勝負しろ!」
「ふん!俺は、九戸政実だ、冥途の土産に名前を憶えてけ」
「上方に魂を売った、奥州武士の面汚しが!」
忠親は、槍を頭上で回し、その遠心力で、政実に槍を振り下ろす。
その槍を政実は、槍で振り払い、体制を崩した忠親に槍を突き出す。忠親は、躱せないと感じ、左腕を犠牲にして、槍を受ける。その受けた左腕で、政実の槍を振り払い、右腕だけで槍を突き出す。槍が忠親の左腕に刺さり抜けない状態だった為、政実は、槍を離し、刀を抜き槍を叩き切り、そのまま、距離を詰めて、忠親が刀を抜く前に袈裟斬りで倒した。斬られた忠親は、そのまま馬から落ちた。
「奥州武士の面汚し……か、確かにな……」
忠親の言葉に、政実はつぶやいた。
「政実殿」
「氏規殿か」
「まだ、一揆勢が残っております。気を引き締めましょう」
「……そうだな」
秀範率いる豊臣軍の参戦を確認した一久も守備兵を残し、一揆勢を追撃し、挟撃を受けた一揆勢は壊滅した。
戦場から逃れた一揆勢たちは、降伏するか、各地に逃げた。
その後、秀範たちは、鶴楯城に入り、一休みをしたのち、各地の一揆勢掃討を行い鎮圧することに成功する。
しかし、一部の一揆勢は、羽後などに逃れ、不穏な空気を醸成する事になる。




