第二十七、三話 九戸
※二千十七年六月三日、誤字修正。
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翌日の朝、晴天の元、政実と清正は、広場の中央に立ち、手合わせの時を待った。
政実の後ろには、実親や家国をはじめとした九戸の者たちが見守り、清正の後ろには、秀範、氏規、江雪斎が身も持っていた。
秀範は、不測の事態が内容に、九戸陣営を注意しながら見ていた。
「では、始めるか」
「良いでしょう」
政実と清正は声を掛け合い、離れる。
双方は槍ではなく、木造の穂先を付けた槍を手にしていた。木造ではあるが、当たり所や角度によっては、体を貫けるだけのもので、秀範はそれを見た時、顔を歪め、清正はにやりと笑った。
間合いを取りつつ、槍を構えたまま、動きを止めた二人を、周囲は祈るような気持ちで見守っている。
静まり返った広場で、江雪斎が咳をしたと同時に、政実が槍を清正の顔面に狙いを定め、神速で突き出した。それを清正は見切り、体を捻り躱すと同時に、政実の腹めがけて槍を繰り出す。
政実は、横へ飛び槍を交わすが、清正は突き出した槍を力任せに、横殴りに振ったが、政実は引き戻した槍で受け、弾き飛ばした。
その後しばらく、引いては薙ぎ、突いては払いと、二人は相手を仕留めるかのように、槍を繰り出し激しい手合わせを行った。
四半時続いたのち、二人は動きを止め、必殺の突きを相手に付きいれた。
「そこまで」
江雪斎が、手合わせの終了を告げた瞬間、政実と清正の槍の穂先がのど元の寸前で止められ、二人は口の端を上げ見つめあった。
「清正殿」
「何でしょうか」
「上方に行けば、良い酒はあるかな」
「ありますよ」
「そうか、では、酒に付き合ってもらおう」
「……良いでしょう」
「ん、何かあるのか」
清正の返事が遅れたことに、首を傾げ政実は疑問を口にした。
苦笑しながら、清正は答えた。
「いえ、兄弟分がいるんですが、酒の話が出たら無理やり割り込みそうで」
「わはっははは、いいじゃないか、清正殿の兄弟分とも酒が飲みたいな」
「あいつは酒癖が悪いので、覚悟してくださいよ」
「心得た」
二人の話がひと段落したのを見計らい近づいた江雪斎が話しかける。
「政実殿、この話をお受けくださる出よいですか」
「受けよう。実親、家国、関東へ行く事を希望する者たちを確認してくれ」
「……」
「どうされた、実親殿」
「氏規殿、我らの九戸の地は、どうなります」
「その事でしたら、殿下から指示は来ています」
「清正殿、それは」
「九戸の地は、豊臣家の蔵入り地として、代官を置くとのことです」
「それは……」
「想像のとおりですよ、家国殿」
政実は、氏規の言葉を聴き、にやりと笑った。
「この地が、信直に奪われる事はないということか」
「将来的な約束は難しいですが、現時点では、そうなります」
清正の言葉に、政実、実親、家国は顔を見合わせ、爆笑した。
「我らを追い出して、この地を奪おうと考えていたんだろうが、信直の野郎、悔しがるだろうな」
「家国、気持ちは分かるが、露骨な言い回しはやめとけ」
「そう言っている実親も笑っているじゃないか」
「兄上」
「そういう事なので、一週間ほど、期間を設けますので、準備をお願いします」
「急だな……」
「まあ、今回は、第一陣として、順次移動してもらっても良いです。ただ、兵を率いているので、安全に移動するなら今回の方が良いかもしれません。代官の補佐できる者もお願いします」
「分かった」
その後、場所を移し、今後の事について、打合せを行い。政実たちは、南部家から豊臣家へ移る事になった。
信愛、政栄が、政実たちの動向を確認する為に、九戸城へ入り政実、清正、江雪斎と対面していた。
信愛達と、政実は軽い挨拶はしたが、それ以上の会話をせずに、部屋に入ってきた。
「信愛殿、我らは、豊臣家に移ることにした」
「そうですか、信直様に伝えておきます」
抑揚のない平坦な声で、信愛は答えた。信直を擁立した立役者であり、信直が南部家当主になった以降、政実との関係は冷え切っていた。政栄と政実は交流もあり、親交はあったが、信愛と共に、信直を擁立し為、政実は関係を最低限に抑えていた為、この場でも、特に会話をすることもなく座っていた。
「お二人に信直殿より話が来ているとは思いますが」
「来ております」
「九戸党で、移ることに賛同する者のみ、連れて行く事になっています」
「分かりました。では、九戸の地へ、代官の手配は行っておきます」
「その必要はありません」
江雪斎の言葉に、信愛は、眉を顰めた。
「それは一体どういうことで」
「九戸党を譲り受けるということは、その地も含めてということです。この地は、蔵入り地となりますので、代官は豊臣家から派遣します」
「その様は、信直様から話聞いておりませぬが……」
「大坂城で、聞くことになるでしょう。何か問題でもありますか」
「……」
信愛、政栄は、江雪斎の言葉に眉間に皺を寄せる。
信愛は、反抗的な態度を繰り返し、不倶戴天の敵である大浦為信にも通じている政実を領内から追い出すのは、南部家としても利点があると考えていた。秀吉の寵愛を受け、南部家乗っ取る恐れもあるが、それまでに、南部家を信直でまとめ上げてしまえば、秀吉でも手が出せまいと考えていた。九戸の地においても、政実たちに支持者が付いていくだろうから、残ったのは、政実に心服していないものも多いだろうし、幾らでも抑えることが出来る自信も持っていた。
それに、政実と繋がり叛乱を起こそうとしても、賛同する者も少数であろうし、即座に鎮圧できると考えていた。だが、その地そのものが豊臣家の蔵入り地となれば、手出しができないばかりか、豊臣家からの監視も入ってしまい、南部家としては面白くはなかった。
「そうですか、では、中野康実殿を案内役として派遣させて頂きます」
「信愛殿、それは不要です」
信愛の提案を、清正は断った。
「何故でしょうか、康実殿は、政実殿の実弟、案内・補佐役として、問題ないと思いますが」
「いえ、既に、その役目は、こちらで決めていますので」
「それは……」
「清長殿に、任せた」
「……清長殿ですと」
政実が案内・補佐役の名前を出した時、信愛は言葉を止め確認の言葉を返した。
櫛引清長は、南部家一門ではあるが、政実と親しく、信直の南部家当主就任には意を唱えていた。元々に信直に隔意があったわけではないが、一門にも図ることなく当主を決めたことに反発し、その後の抑圧するような信愛達の差配も怒りを覚えており、挨拶に来ることも、息子の清政に行わせ、自身は領地に籠った状態であった。
政栄は、信直・信愛のやり方に異を唱え懐柔するように進言していたが、信直が聞く耳を持たず、益々、距離が離れていった。
「その通りです。ですので、案内役は不要です」
「分かりました」
「もう少し、準備がありますので、準備が整い次第、上方に向かいます」
清正の言葉に、信愛、政栄は頷いた。
「信愛殿」
「……」
九戸城から三戸城への戻り道、政栄は考え込んでいる信愛に声をかけた。
「良からぬことを考えない方が良いです」
信愛の沈黙は、政栄の不安を煽った。
信愛の元には、捕らえられている葛西晴信、大崎義隆、和賀義忠、稗貫広忠の家臣たちが、奪還のための協力要請が来ていた。政栄は、その話を聞いた時、一笑して、信愛に無視するように伝えていた。もし、そのようなことに協力すれば、豊臣家の逆鱗に触れ、南部家自体が消滅してしまうことが政栄には分かっていた。信愛も分かっていると思い、その事は終わったと思っていたが、九戸の話を聞いて、策略を考え出したかもしれないと不安に思い声をかけた。
「分かっている。お主の考えるような事は考えておらぬ」
「ならばよいですが」
「もし、事を起こしても、奴らは潰される事になるだろう」
「確かに」
清正の率いた兵の装備を見た限り、烏合の衆では戦いにはならないと見えた。
「まずは、政実たちに同調する者がいないか、ある意味、色分けがしやすくなったかもしれん」
「確かに」
「戻り次第、家内を引き締めるぞ」
信愛の言葉に頷き、三戸への戻る足を速めた。




