第二十七、二話 九戸
※二千十六年十月一日、誤字修正
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九戸城の一室に、主だった家臣と共に、ひざを突き合わせて、政実、実親は話し合いを行った。
「どうするのか」
「家国、お主はどう思う」
「上方の者たちは、我らを馬鹿にしておるのか、先祖代々の土地を取り上げ、当てがう領地は新たに切り開けだと、ふざけているにもほどがある。あの者たちを追い払い奥州武士の意地を見せるべきではないか」
「民も家臣も道ずれにしてか」
「応とも。我らは耐え忍んできた。信直たちが南部家を乗っ取っても、我慢してきた。それがこのような結末とは納得がいかぬ。どうせ、信直たちの差し金ではないのか」
「……それはない」
「ないだと」
「ああ、信直に付けている間者からは、秀吉に我々の事は一言も言っていない。言えば、家中を納める能力なしとして、所領没収や減らされる恐れがあるからな。それと、三戸にいる信愛達に、信直はこの件を伝えていて、我らに対する監視を行うことになったそうだ」「それは、俺たちが豊臣に臣従して、此処を離れたら、直ぐに押さえる為か」
「だろうな」
「残った者たちが虐げられる可能性がある。いや、奴らの事だ、田畑を取り上げ、追い出すんじゃないか」
「信愛は考えないだろうが、信直ならやりかねない。俺たち兄弟に恨みを晴らせないから、領民たちに晴らすかもしれん」
「ちっ、残る残らないにしても、やりあう必要があるってことか」
七戸家国の話をしながら、政実は考えた。九戸の民をすべて、連れて行く事は可能か。略奪により土地を追い出された訳でもなく、愛着のある土地をわざわざ捨てる者たちが居るだろうか。まして、年かさ者たちは、移動に耐えることが出来るのだろうか。
かといって、この地に残ったとしても、信直との対立は避けることできない事も分かっていた。秀吉に臣従した信直に逆らうということは、豊臣家と敵対する事になり、九戸の地を焦土と化すことは想像できた。信直もこちらを認めるとは到底思えない。親交のある為信が協力する可能性は、秀吉に臣従し津軽の地の所有を認められた時点で消滅している。為信に降ったとしても、為信の人柄を考えれば、我々を活かしておくとは思えず、大浦家の為に、斬り捨てることは容易に考えがついた。
「後世に名を遺す為に、無駄死にするか」
「無駄死にだと!」
「小田原に十数万の兵が集まった。そのすべてが来るとは思わんが、鉄砲など、我らよりはるか多くを所有している」
「鉄砲如きには、負けはせん!」
「数千の矢をお前は躱せるか」
「なに」
「今、この地に来ている豊臣軍だけでも一万数千だ。その内、半分の兵が弓を射れば、どれだけの兵が倒れるだろうか」
「ふん、籠城さえすれば、被害は出ぬわ」
「北条の者たちは、籠城したが結局やぶれたぞ」
「敗れたとしても、北条は腰抜けだっただけだ。我らなら食い破ることが出来る。どうした、怖気づいたか!」
気の短い政実は、当初は話を聞いた時は、怒りの為に激高しそうになったが、何とか抑えることができたが、家国の言いたいことも分かった。しかし、数千の命を預かる身として、怒りに任せて挙兵しても良いのか悩んだ。それに、家国が怒れば怒るほど、冷静になっていく気がした。
「実親は、どうなんだ!此処までコケにされて、納得できるのか!」
「正直、腹は立った。しかし……」
「しかし、何だ!」
「このままでは、信直に押されてこちらはじり貧だ」
「まだ、わからぬではないか!」
「先ほど、兄上が話した通り、豊臣軍には勝てない。意地を見せるのも良いが、結局我々は討ち死にし、信直は枕を高くして寝られるようになるだけはないか」
「……」
「それなら一緒、豊臣の懐に飛び込み、其処で活路を見出すのも良い気がしてきた」
「それでは、信直に負け、尻尾を巻いて逃げることになるではないか!」
「いや、豊臣家の下で、新たに南部家を立てても良いのではないか」
「それでは、分家ではないのか」
「分家ではなく、別の南部家を設立すれば良いのではないか」
「別だと」
「そうだ。元々、南部家も晴政様がまとめるまで、内部で争っていたではないか。それならば、殿下に降り、朝廷のお墨付きを受け、南部家を上方で起こせばよい。鶴松様は幼少ではあるから先は分からぬが、上方に居れば、天下の情勢も知ることができ、諸大名や朝廷との繋がりも持てる。何れは、信直の鼻を明かすこともできるのではないか」
「……」」
「どうです、兄上」
「俺も同じ考えだ」
「では」
「しかし、何事もなく降ったとして、家国ではないが、納得できないものも多いだろう」
「それは確かに……」
「では、どうするんだ」
「考えたが、清正殿と一騎打ちをしてみようかと考えている」
「一騎打ちだと、なら、俺の出番か、上方の腰よわどもを捻ってやる!」
家国の言葉に、政実は、左右に首を振った。
「なら、誰がするんだ。実親か」
「俺がやる」
「はあ、何を考えてやがる」
にやりと笑いながら、政実は話す。
「家国、お主が出たら、清正殿の家臣が出て来るだろう。そうなると、清正殿の実力が分からん。豊臣軍を率いた対象である清正殿の実力を見れば、一応皆が納得してくれるのではないか」
政実の言葉に、疑りのまなざしを向けながら家国は質問する。
「本心は何だ」
「清正殿の腕前が見たい」
満面の笑みで答えを、政実は返す。その表情に、家国と実親は、盛大な溜息を吐きながら肩を落とす。
政実は、面白い事があると、率先して行動し、言い出したら聞かないことを二人は知っていた。
「この性格はかわらんのか、いい加減落ち着け」
「家国、お主には言われたくはない」
憮然としながら政実は返す。
「お前は、九戸の当主だぞ、万が一のことがあったらどうすんだ」
「そんな下手はうたんよ」
「しかしだな」
「家国、兄上は言い出したら聞かない、諦めよ」
家国は救いなしとあきれながら、顔を左右に振った。
「兄上、清正殿に、一騎打ちの事、連絡してきます」
「おう、任せた。俺は少し体を慣らしておく」
「いや、明日だぞ、今からやると日が落ちてからになるわ」
実親は、政実の相手を家国に任せ、部屋を出て、清正の下に向かうことにした。
「して、清正殿、実親殿は何と」
「明日の朝、一騎打ちを申し込まれた」
清正の言葉に、秀範は眉を顰め、氏規は呆れ、江雪斎は微笑んだ。
「奥州武士らしいというか、実力を見たいと」
「笑い事ではありませんぞ、江雪斎殿」
「秀範殿、頭が固いですな」
「硬くて結構です。もし、相手が何らかの策で、清正殿を害さないとも限らないではないですか」
「それはないです」
「しかしです、氏規殿」
「伝え聞いている政実殿の性格や、九戸の者たちの事を考えれば、正面から戦って、名を残そうとすることはあっても、卑怯な真似事はしないでしょう」
「しかし」
「まあまあ、秀範殿。話の続きがあるのではないですか、清正殿」
江雪斎が、氏規と秀範の話に割って入り、にやにやしている清正に話を振った。
「江雪斎殿、確かに話の続きはあります」
「それは」
「降るとしても、家臣や領民が納得できる形や結果が必要であるとの事です」
「ほう」
「それでは、清正殿なくても、私でも良いのでは」
「いや、秀範殿。軍を率いている大将である私の実力を見たい、見せつけないと殿下の力を判断する事ができないのでしょう」
「しかし、傷を負ったり、万が一の事が起きれば、どうなさるのです」
「槍に鞘をするから大丈夫だろ」
「鞘をしても、致命傷になりますよ!」
「鞘に布を巻き付けるようだから、問題ないようだぞ」
「だからですね」
「秀範殿、諦めなされ」
「江雪斎殿」
「頭でわかっても、心が納得できなければ、心服させることはできません。此処で、清正殿が正々堂々と、政実殿を打ち破れば、九戸の者たちも納得して降ることができるでしょう」
江雪斎の言葉を聴き、秀範は深いため息をついた。
「……分かりました。しかし、危険と判断すれば、強引にでも介入します」
「入れるものなら入ってみよ」
清正は、秀範の言葉を頼もしく聞きながら、挑戦的な笑みを向け、秀範は真正面から受止めた。




