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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第二十三話 移封

※二千十六年六月一日、誤記を修正。

「佐吉、家康の事だがな」

「はい」

「関東に移すのは、止めておこうと思う」

「……」


三成は、秀吉の言葉に、ほっとした表情を浮かべた。しかし、秀吉は、家康を後北条の旧領に移すことを考えていたはずで、その時の意思は固かったと感じていた為、三成は質問をした。


「殿下、何故、お考えを変えられたのですか」

「ふむ、実はな、御仏のお告げを聞いてな、考えを変えたのだ」

「……そんな事はありえないでしょう!」


ジト目で秀吉を見つめながら、三成は突っ込みをいれる。


「ちょっとした、冗談ではないか」

「……」


顔の表情を消して、三成は、秀吉を見つめる。

無言の威圧を感じて、冷や汗を流して、三成から目をそらしつつ、秀吉は話し始める。


「まあ、冗談はさておき、実は、大坂に帰ってから、鶴松と話してな。あやつも、お主と同じように、家康を関東に移すことを反対したのだよ。関東の湿地帯を田畑に使えるようにするには、莫大な費用と労力が必要で、人口の少ないあの地であれば、家康を消耗させられると考えたのだがな」

「鶴松様が……」

「そうだ、家康を関東に移すことは、徳川家の家臣たちを土地から切り離す行為と同じことで、家康の家臣支配を強くする為に、力を貸すことと同じと言われたわ。しばらく後であった時に、天下を取るなら、開発計画を立てるだけで、実施は、ある程度、権力を安定させ長期的に進めるのではないかと、天下を手に入れるまでは、浪費を控え、力を貯めるはずとも言っておったな」

「……」

「それとな、伊豆に金山があるらしい」

「……まことですか」

「神仏のお告げと言っておったが、調べてみるだけの価値はあると思うぞ」


三成は、金山があるという話に疑問は感じていたが、家臣団の統制については、頷けるものがあった。徳川家は、豊臣家とは違い土着している家臣が、家康を神輿として徳川家を形成している状態である。その為、家臣が離反した場合、徳川家が揺らぐ恐れがある。家臣たちは、支配地の領民の力を背景に、家臣同士の繋がりを持って、力を得ている。その為、家康としても、家臣の意向に配慮しながら、徳川家の運営を考え必要がある。その事は、何も、家康だけが特別というわけではなく、各地の大名たちは、家臣に対して同じような悩みを抱えている。

武田信玄が上杉謙信と度重なる戦いをした事も、陣立てなどを厳格に行うことで、家臣統制を強固にする意図があったとも言われている。また、その上杉謙信も独立心旺盛な家臣団に悩まされ続けており、出家騒動や度重なる遠征も家臣統制の意図があったのではないかと言われている。

それに対し、豊臣家臣団の大半は、元は武士ではないもの、武士でも敗れ土地を追われたものなど、比較的、先祖伝来の土地などと言うように、領民と繋がりが強くなく、移封が容易であった為、秀吉の統制が行いやすい体制を保っていた。


「して、家康殿には、どのように対応されるのでしょうか」

「ふむ、官位の奏上、報奨金、武具、茶器などを、家康と数名の家臣に与えることで、お茶を濁そうかと思う」

「納得するでしょうか」

「まあ、其処は、様子を見ながらだな。不満げであれば、まだ、奥州も安定しておらんから、それを理由にするのも良いだろう。今更、家康が叛旗を翻しても、協力する大名も少ないだろう」

「油断はできませんが」

「分かっておるが、情報を集めることは怠るなよ」

「はっ」


三成は、頭を下げた。家康に対する危機感はぬぐえないが、関東への移封を避けられたのは良かったと思った。武蔵国の開発よりも、目の届かない処において、関東や奥州の大名と誼を通じる可能性を危険視していた。京などで、魑魅魍魎のような貴族や足利幕府の家臣たちとの暗闘を考えれば、奥州や関東での駆け引きには差があると三成は感じていた。実際、三成も秀吉に仕えてから、近江国内の豪族、土豪、浅井家などの駆け引きと、大坂、京などの駆け引きの違いに、当初は混乱していた。家康に取っては、奥州や関東の者たちを言葉巧みに引き込むことなど、簡単にできるだろうと、そして、関東以北に足利幕府の鎌倉公方と同じような存在を作ることに、将来の豊臣家の不安材料になると考えていた。鎌倉府には、足利将軍家の息のかかったものたちが居たが、徳川家には豊臣家の息がかかったものはいないのだから不安しかなかった。

後北条の後釜としては、関東以北に目を光らせ、豊臣家に忠誠を誓える人物を配置する必要がある。最有力は、利家ではあるが、秀長亡き後の豊臣家の後見人になってもらう為、今の場所から動かしたくない。

元側近たちは、若年であり、大領を治める経験も浅く、累代の家臣も居ない。そのような状況で、関東以北の諸大名を抑えられるかと言えば、疑問を感じていた。

上杉家は、適任ではあるが、外様であり、心からの信頼をおけないところもある。義を掲げている上杉家とはいえ、お家存続、発展を考えれば、いざという時、豊臣家を裏切る懸念はある。景勝、兼続が生きている状態であれば、ある程度、信頼もおけるが、全面的な信頼は危険である。

織田家の家臣筋として、蒲生氏郷も居るが、その心情をはかることが出来ない。信長に認められた才能は、有為なものではあるが、キリスト教に浸透している処が、更に危険に感じる。大友宗麟のような愚行に走る可能性も否定できず、海に面した大領を与えるには、慎重にならざるを得ない。


「して、殿下、後北条の後には、誰を入れるご予定ですか」

「ふむ、伊豆は直轄として、相模に紀之助を入れ、武蔵の北部に長吉を置く。伊豆の代官を信繁に任せ、金山の調査を行わせようと思っている」

「鶴松様のお側から信繁殿を外すと」

「鶴松の側から、完全には外す気は無いが、経験を積まさなければ、側仕えで終わってしまう。政も戦の面でも、鶴松を支えてもらわなければならんからな、苦労してもらうのよ」


秀吉は、そう話しながら人の悪い表情で三成に話す。その表情を見て、三成は心の中で、信繁にご愁傷さまと言葉を投げかけた。


「それと、江戸を含め、武蔵国は湿地、沼地が多い。灌漑を行い、河川の整備とため池の整備を行い、穀倉地帯として、生まれ変わるように計画する必要がある」

「しかし、それには、莫大な費用と、人員が必要かと」

「もちろん、諸大名に人は出さす、費用に関しては、各地の金山、銀山や商人からの銭を渡して、行う予定だ。まあ、数年で終わるものではないとは思うが、豊臣家を支える土地として、開発していく必要がある」

「分かりました」

「その差配は、お主に任せるが、鶴松と相談しながら進めろ。わしの後を継ぐのはあやつよ、どう作り上げるか聞いておけ」

「……分かりました」


三成の間のある返答に、にやにやしながら秀吉は見つめた。まだ、会っていない為、鶴松の正体を測りかねているのが分かった。


「佐吉、市正が、讃岐、河内のため池を改修する事になっておる。資材についての手配をせよ」

「分かりました。讃岐の満濃池、河内の狭山池ですか」

「そうよ、両方とも(いにしえ)の時代に作られたものよ。最大のため池と、最古のため池よ。其処を改修し、今に残る理由と、参考に出来る技術を取り込み、武蔵国の開発に役立てようと思ってな。湿地帯、川の氾濫が常在するならば、ため池や支流を作り、予防する事ができるだろう」

「なるほど」

「ため池を作れば、田畑を作る範囲も広げられるだろう」

「正家殿たちとはかり、資材の手配を致します」

「市正が帰ってきたら、一緒に鶴松と会うがよい」

「はっ」




(治水は、国の事業だから、ため池の築造や改修は行わないと。災害を起こすのも防ぐのもメンテナンスが出来ているか、いないかの差だから、そのノウハウを蓄積する必要がある。セメントのようなものを作ることも可能だし、其処でしっかり防がないと、農産物にも人的にも被害が出てしまう。災害は、自然が原因だけとは限らないんだから、対策は重要)


「且元さん、どうでしたか」

「氏政殿の話では、土を盛り立て、岩などで補強していたようです。湿地帯では、中々うまくいかず、ところところで水害が起きていたようです」

「そうですか……」

「ため池も造っていましたが、谷や丘などの谷間を利用しているようです。纏めたものがこちらになります」


且元は、氏政から聞いた内容をまとめたものを岩覚に渡した。


「ご苦労様です」


岩覚は、頷きながら受け取りわきに置いた。


「ありがとうございます。且元さん、では、満濃池と狭山池の調査から行ってください。それと、気に付く池やため池、河川も改修が必要なら、纏めておいてください」

「分かりました」


(満濃池も築造から九百年弱、狭山池は千年弱と言われているし、知られていない古いため池もあるかもしれないな。保全をしっかりして、後世に伝えていかないと、寺社仏閣ばかりが遺産じゃないって、今は違うか)


「農業用の水を確保して、災害対策も行う必要があるので、よろしくお願いします」

「分かりました」

「三成さんは、資材と、忍城での堤を作る際の問題や対応など、且元さんと情報交換を行ってください。それと、資材については、廃船になった戦船などや船大工など、樋を作るのに必要になると思うので、手配も併せてお願いします。」

「……はっ」

「どうかしましたか」

「いえ、何もありません」


三成は、鶴松がしっかり話している姿を見て、動揺していた。岩覚が主導して行っていたと思っていたのに、秀吉の言っていた事が本当だった為、思考が止まってしまった。

その姿を見て、自身も同様に感じていた事を思い出して、岩覚も且元も苦笑していた。

迷信などを信じず、現実主義の三成としては、何者かに取憑かれたなどと言う発想は出てこないが、現実を受け入れるのに、時間がかかった。


「三成さんには、負担をかけるかもしれませんが、色々、相談させてください」

「はっ」

「では、鶴松様、私はこの辺で失礼します」

「お願いします」


且元は一礼して、部屋を出ていった。


「鶴松様、忍城でのご助言ありがとうございました」


そう言い、三成は平伏した。


「若輩者の私の言葉、気分を害したかもしれません。ごめんなさい」

「いえ、鶴松様のご助言があったからこそ、忍城の開城することが出来ました。自身の未熟さを実感しました」

「無事、忍城を開城させ、武功を上げられたのは、三成さんの力です。自信を持ってください」

「ありがとうございます」


三成の姿を見ながら、岩覚は微笑んでいた。横柄者と言われている三成が、仁義に厚く、情にもろいことを小さな頃から知っていた。正則の話を聞き、三成の横柄さが少しでも減り、敵対姿勢がなくなればと心から願っていた。


「……三成さん、険が少し、取れましたね」

「え?」

「前は、人を寄せ付けない、突き放した感じで話していましたが、その雰囲気が無くなっていたように感じました」

「そうですね、私もそう思います」

「……鶴松様まで、そう思っていたのですか」


鶴松の言葉に、三成は衝撃を受けていた。子どもにもそう思われているとは思わなかった。いや、幼児がそう思うことがあるなんて、考えていなかった為、深く落ち込んでしまった。

その姿に、鶴松と岩覚は顔を見合わせ、苦笑しあった。


「三成さん」

「はい」

「三成さんの冷静冷徹な判断は、豊臣家を支えています、私も頼りにしていますが、それが、豊臣家臣団の分裂につながる危険性もあることを心に止めておいてください、お願いします」

「……分かりました」

「三成さんは、大陸の蜀漢の名宰相諸葛孔明を目指してください」


その言葉に、三成は顔を上げて、鶴松を見た。


「公平無心において、豊臣家に仕えてください」

「……心しております」

「鶴松様」

「何でしょう」

「三成殿が、諸葛孔明であれば、関雲長、張翼徳は、誰でしょう」

「そうですね……関雲長は清正さん、張翼徳は正則さんでしょうかね」

「なるほど、趙子龍は、信繁殿ですかね」

「そうかもしれません」


鶴松はそう言いながら笑ったが、笑い顔が固まる。


「どうされました」

「いや、そうなると、父上が劉玄徳であれば、私は、劉公嗣になり、国を亡ぼすことになるかと思うと……」

「ふむ、こうも考えられませんか、かつての間違いを取り戻す為に、現世に戻ってきたと」

「そうですね……失敗は繰り返さず、学び、それをいかせばよいですね」

「その通りです」

「ありがとうございます、迷いが晴れました」

「いえいえ、鶴松様のお力です」

「ですので、三成さんも、お力沿い、よろしくお願いします」

「……身命を賭して、お仕えします」


(言霊は、実際にあるから気を付けないと、災い転じて、福としなければ……、岩覚さんに助けられた)




岩覚、三成が部屋を出て、兵助のみ部屋に残った。


「小太郎さん居ますか」

「……此処に」

「寧々さんの件、どうなっていますか」

「利休殿に怪しいところはありませんでした」

「怪しい香の件は」

「香に幻覚などの症状を起こすようなものはありませんでした」

「……」

「ただ、香炉に幻覚を起こす薬が付けられていた形跡がありました」

「香炉ですか」

「香が焚かれ、その香の煙に混ざるように塗られていたようです」

「ならば、利休さんは、関係ないと」

「そうとも言えないようです」

「その薬は、利休殿が南蛮より取り寄せたようです」

「先ほど、関係ないと」

「薬の入手は、利休殿で、それを依頼したのは別の様です」

「それは、誰ですか」

「淀様です」


鶴松はその返事を聞いて、眉間に皺を寄せた。

記憶の中に、何度も殺害された記憶の中で、犯人の一人である淀は、犯人としては想定の範囲内であったが、実の母親と考えれば、気分が悪くなる。

その姿を兵助は心配そうに見ていた。


「それで、その薬は、どこに渡されたのですか」

「側に仕える大野治長に渡され、徳川の者に渡されたようです」

「家康さんですか」

「いえ、秀忠殿の手の者のようです」

「……でも、どうやって、寧々さんの香炉に」

「その徳川の者が、孝蔵主殿に渡したようです」


小太郎の言葉に、鶴松は驚愕の表情を浮かべる。寧々の信頼も厚く、誠心誠意仕えている孝蔵主が、徳川家と繋がり、裏切っているとは思っていなかった。


「孝蔵主さんは、徳川の手の者ですか」

「いえ、秀忠とかつて、関係があり、個人的なつながりの様です」

「しかし、寧々さんは……」

「孝蔵主殿は、香炉を磨くための研磨剤として、渡されていたようです」

「では、騙されていたと」

「その可能性は高いかと」

「……すまないけど、その内容を纏めて、出してもらえないかな」

「はっ、後程お持ちします」

「しかし、孝蔵主さんや淀さんの繋ぎは、忍びが行っていないの」

「はい、秀忠は個人で忍びは抱えていないようです」

「秀忠さんの監視も必要か」

「家康やその周辺に比べれば、楽です」

「じゃ、お願い」

「はっ」


小太郎は、返事の後、部屋から消えていた。


(前途多難だな……)




秀吉は、関東での仕置きを行わず、大坂城に諸大名を呼び、大広間にて仕置きを開示した。

小田原に参陣しなかった諸大名を葛西氏、大崎氏などを改易し、伊達政宗を減封し、 最上義光ら小田原に参陣した諸大名の所領を安堵した。

蒲生氏郷を会津に移封し、織田信雄に、尾張国と蒲生氏郷の旧領と近江国の一部を交換、徳川家康には加増なく、正二位内大臣の官位と、茶器、刀を下賜するに留め、養子となっていた家康の子秀康を、結城氏の養嗣子として、所領を与えることにより、家康に対する間接的な加増とした。

相模国に吉継、武蔵国の北部に長吉、上野国の真田領返還なども併せて通達される。


その広間には、鶴松も呼ばれており、普通の赤子のふりをしながら、諸大名を見学していた。


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